学位論文要旨



No 119986
著者(漢字) 横林,しほり
著者(英字)
著者(カナ) ヨコバヤシ,シホリ
標題(和) 減数分裂特異的な還元型染色体分配の新規制御因子Moa1の解析
標題(洋) The novel protein Moa1 regulates reductional segregation at meiosis I in fission yeast
報告番号 119986
報告番号 甲19986
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4715号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 助教授 堀越,正美
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 渡辺,嘉典
内容要旨 要旨を表示する

 体細胞分裂期の細胞は、染色体DNAの複製と分配を繰り返しながら増殖する。複製されたDNAである姉妹染色分体は、分裂中期になるとスピンドルの両極から伸びた微小管によって捕らえられ、赤道面に並ぶ。そして分裂後期に姉妹染色分体の接着が解除されるとともに、姉妹染色分体は両極に均等に分配される。出芽酵母の遺伝学的解析から、このDNA合成期から分裂後期まで複製された姉妹染色分体間を接着する因子としてコヒーシンが同定された。コヒーシンは酵母からヒトまで真核生物に広く保存されたタンパク質複合体であり、Scc1、Scc3、Smc1、Smc3から構成される。コヒーシンに欠損を生じると、染色体分配が異常になることが示されている。

 一方、生殖細胞では、半数体の配偶子を形成するために減数分裂が行われる。減数分裂過程では、体細胞分裂と異なり、一回のDNA合成の後に二回の染色体分配が連続して起きる。まず減数第一分裂では姉妹染色分体はスピンドルの同一極の方へ移動する(還元分裂)。このとき、姉妹動原体は一方向から伸びた微小管によって捕らえられ、さらに姉妹動原体間の接着は分裂後期においても維持される。つづく減数第二分裂では、体細胞分裂と同様に、姉妹染色分体は両極に均等に分配される。多くの真核生物には減数分裂特異的に発現するコヒーシンサブユニットが存在する。分裂酵母にはScc1相同因子としてRad21とRec8が存在し、体細胞分裂期にはRad21が発現して姉妹染色分体間の接着を担う一方で、Rec8は減数分裂期特異的に発現する。rec8破壊株では、減数第一分裂で姉妹染色分体が両極に移動する均等分裂が起きてしまい、その結果減数第二分裂で不均等な分配が起こり胞子の生存率が低下する。このことから、Rec8は減数第一分裂における還元分裂の確立に必須の役割を果たしていると考えられている。

 動原体を構成する部位であるセントロメアにおけるコヒーシンの局在に着目すると、Rec8とRad21では異なる局在様式を示す。分裂酵母のセントロメアはその特徴から、ヘテロクロマチンを構成する繰り返し配列を持つ外側領域とその内側に存在する中央領域の二つの領域に区分されている。Rad21は外側領域に主に局在するのに対し、Rec8は外側領域と中央領域の両方に局在する。rec8 破壊株でRad21を減数分裂期に過剰発現すると、Rad21は外側領域に局在するが中央領域へは局在しない。さらにこのとき、Rad21はRec8の機能を相補することができず細胞は均等分裂を行うことが示されている。体細胞分裂期の細胞を用いた最近の研究から、中央領域にはスピンドル微小管と動原体の結合に必要な動原体タンパク質が多く局在することが示されている。このことにより、セントロメアの中央領域はスピンドル微小管と動原体との結合様式(分配様式:均等分裂vs還元分裂)の決定を担っており、Rec8の中央領域への局在が還元分裂(姉妹動原体が一方向からのスピンドル微小管によって捕らえられる : monopolar attachment)の確立に重要な働きを担っている可能性が示唆された。しかし、Rec8を体細胞分裂期に異所的に発現させるとrad21欠損株の生育不能を抑圧でき、細胞は均等分裂を行う。この時のRec8の局在を調べたところ、Rec8は減数分裂期と同様に中央領域にも局在していた。このことから、Rec8の中央領域への局在は還元分裂の確立に必要ではあるが十分ではなく、還元分裂の確立にはRec8と協調して働く減数分裂特異的な未知の因子が必要であることが示唆された。そこで本研究では、そのような未知の因子を同定するために分裂酵母を用いた新たな遺伝学的スクリーニング系を構築した。さらにそのスクリーニングにより単離した新規タンパク質Moa1の機能について詳細な解析を行った。

 通常分裂酵母は二倍体を形成して減数分裂過程に入るが、遺伝学的な操作をほどこすことにより一倍体のまま減数分裂過程に入り、さらに減数第一分裂後に減数第二分裂をスキップして二つの胞子を形成するような株を作製することができる。このような一倍体細胞の減数分裂では、第一分裂で還元分裂を行い姉妹染色分体のペアがどちらか一方の娘細胞にのみ分配されるため、形成された胞子の生存率は低い。一方、減数第一分裂時に均等分裂が起きるような変異(例えばrec8 変異)を持つ株では、同様の一倍体細胞の減数分裂を行わせると各胞子に姉妹染色分体が均等に分配されるため胞子の生存率が高くなると考えられる。そこでもとの一倍体の親株に栄養要求性マーカーカセットを非相同組換えによりゲノム上にランダムに挿入することによって突然変異を導入し、減数分裂誘導後、胞子の生存率が上昇する株を選別した。さらに染色体の特定部位をGFP蛍光タンパク質で標識するシステムを用いて、分配様式を確認した。得られた変異体については、ゲノムに挿入されたマーカーを指標にして挿入位置を特定し、原因遺伝子を同定した。

 スクリーニングの結果、80%以上の細胞で均等分裂が観察される変異体が複数単離された。原因遺伝子を同定したところ、rec8 の他にまずdcc1、ctf18 およびpds5 が同定された。Dcc1とCtf18はその出芽酵母における相同因子の解析から、姉妹染色分体間の接着に関与していることが示唆されている。Pds5もまた分裂酵母および出芽酵母の解析から、コヒーシンと相互作用し接着の確立に寄与していることが示されている。これに加えてさらに、新規タンパク質をコードしている遺伝子が同定された。mRNAの発現プロファイルを記載したデータベースにより、この遺伝子が減数分裂期に発現誘導されていることがわかった。またこの遺伝子の破壊株が一倍体細胞の減数第一分裂においてrec8破壊株と同様にほぼ100%の細胞で均等分裂を示したことから、この因子にmoa1(monopolar attachment)と名付けた。

 moa1 破壊株で通常の接合を経た生理的条件での減数分裂を誘導したところ、減数第一分裂時に均等分配を行う細胞の割合が部分的に増加した。さらに組換え反応に必要な遺伝子であるrec12 を欠損させて染色体分配を調べると、rec12単独破壊株では姉妹染色分体はほぼ完全に還元的な分配(スピンドルの同一極へ移動する)を行うのに対し、moa1rec12 二重破壊株ではほぼ全ての細胞で均等分配が観察された。次に、Moa1タンパク質の発現を調べるため抗Moa1抗体を作製してWestern Blot解析を行った。その結果、Moa1タンパク質は体細胞分裂期の細胞では検出されなかったが、減数分裂期に一過的に発現が誘導されていた。さらにGFP融合タンパク質の観察から、Moa1は減数分裂前DNA合成期からセントロメアに局在し始め、減数第一分裂後期の間に局在が消失することが明らかになった。さらにChIP解析によりセントロメアにおける局在領域を詳細に調べたところ、Moa1は中央領域に特異的に局在していることが示された。Moa1とRec8との関係を調べるためmoa1 破壊株でRec8の局在を調べたところ、Rec8はセントロメアに局在したがその局在パターンに野生株との違いが見られた。また、酵母two-hybrid法や共沈実験においてMoa1とRec8のタンパク質間の相互作用が観察された。これらの結果から、Moa1はおそらくRec8(コヒーシン複合体)と相互作用することにより、姉妹動原体が一方向からのスピンドル微小管によって捕らえられるmonopolar attachmentの確立に寄与していると考えられる。

 近年、染色体分配の制御機構の解明を目指した研究は大きな発展を遂げており理解が深まっている。しかし、なぜ、減数第一分裂に特異的に還元型染色体分配が起きるのか、体細胞分裂期でみられる均等分配との分子メカニズムの違いは、ほとんどわかっていない。出芽酵母の研究からこの還元分配に関わる因子が複数同定されているが、その分子機能は未だ不明であり、また他の生物との保存性も明らかではない。今回分裂酵母の研究から、還元分配に必要な因子Moa1とコヒーシンRec8との相互作用が示唆された。分裂酵母が他の高等真核生物に類似したセントロメア構造を持つことから、今後Moa1とRec8との機能相関をさらに詳細に解析することは、減数第一分裂特異的な姉妹動原体の構築機構を解明する上で重要だと考えられる。

図1 モデル

 分裂酵母のセントロメアは外側領域と中央領域に区分されている。体細胞分裂期にはコヒーシンRad21複合体が外側領域に主に局在して、複製された姉妹染色分体を接着する。分裂期になると姉妹動原体は両極から伸びたスピンドル微小管と結合し(bipolar attachment)、均等分配を行う。減数分裂期には、減数分裂特異的なコヒーシンRec8複合体が外側領域と中央領域に局在する。その後、Moa1が中央領域に局在する。中央領域に局在するRec8とMoa1が協調して機能することにより、姉妹動原体が一方向からのスビンドル微小管により捕らえられ(monopolar attachment)、還元分配を行うことが可能になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は要旨(和文および英文)、序、材料と方法、結果と考察(1-3章)、まとめと展望、参考文献および謝辞から構成される。

 「序」では、体細胞分裂期および減数分裂期における染色体分配の様式の違い、および正確な染色体分配を制御するために必須な染色体接着因子コヒーシンについてのこれまでの知見が述べられている。さらに、本研究の目的が、減数第一分裂に特異的な分配様式である還元分裂の確立機構の解明にあることを記述している。

 「材料と方法」では、本研究に使用した大腸菌および分裂酵母の菌株と培地、および実験手法について詳細に記されている。

 「結果と考察」は3章から構成される。第1章では、コヒーシンの局在と分配様式の関係について述べている。還元分裂のときには動原体が同じ方向からスピンドルと結合するためには、コヒーシンとして減数分裂型のRec8が作用する必要があり、体細胞型のコヒーシンRad21では両方向からスピンドルの結合が起きてしまう。この理由を解明するために、動原体を構成するDNA(セントロメア)におけるコヒーシンRad21およびRec8の局在の違いについてChIP(chromatin immunoprecipitation)法を用いて詳細に解析している。分裂酵母のセントロメアは中央領域と外側領域に区分されており、解析の結果Rad21は主に外側領域に局在するのに対し、Rec8は外側領域だけでなく中央領域にも局在していることが示された。スピンドルは特に中央領域と相互作用するというそれまでの知見と合わせて、減数第一分裂ではRec8がセントロメアの中央領域に特異的に局在して接着を担うことにより、姉妹動原体が構造的に同一方向を向くように促進されている可能性が示唆された。第2章では、還元分裂における一方向性結合の確立に必要な新たな因子のスクリーニングについて述べている。本論文では、還元分裂に欠損を生じる変異株を胞子の生存率の差によって選択するという、新規のスクリーニング系を構築している。第3章では、スクリーニングで単離された新規タンパク質Moa1について機能解析を行っている。Moa1は減数分裂期にのみ発現されるタンパク質であり、減数第一分裂前DNA複製期から減数第一分裂後期までセントロメアの中央領域に局在することが示された。一方、moa1破壊株では、動原体の一方向性の確立に特異的な欠損が見られ、セントロメアのRec8の局在にも異常が観察された。さらに免疫沈降実験等によりMoa1とRec8がタンパク質間で相互作用することが示された。

 「まとめと展望」では、減数第一分裂ではMoa1が中央領域に局在することにより、Rec8による姉妹染色分体の接着を安定化して姉妹動原体の一方向性結合を確立しているというモデルが述べられている。さらにMoa1タンパク質の分子的な特徴を明らかにするため、今後の解析の指針について述べられている。

 本論文で示されたコヒーシンの局在様式の違いは、均等分裂と還元分裂における動原体の方向性の違いを分子レベルで説明する新規のモデルを提出している。スクリーニングにより単離された新規動原体タンパク質Moa1の解析結果もこのモデルを支持し、さらにそれを強める結果となっている。分裂酵母のセントロメアの構造は、他の高等真核生物と類似している点が多いことから、ここで提言された動原体の方向性制御の分子モデルは、ヒトを含む多くの真核生物に当てはまる可能性が高く、基礎生物学におけるインパクトは大きい。

 本論文に示されたデータはすべて論文提出者が主体となって行ったものである。したがって、審査委員会は全員一致で横林しほりに博士(理学)の学位を授与できると認める。

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