学位論文要旨



No 119987
著者(漢字) 昔,東姙
著者(英字)
著者(カナ) ソク,ドンイム
標題(和) イセハナビ属Parachampionella群(キツネノマゴ科)の分類の再検討
標題(洋) A revision of Parachampionella group in the genus Strobilanthes (Acanthaceae)
報告番号 119987
報告番号 甲19987
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4716号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 邑田,仁
 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 教授 大場,秀章
 東京大学 助教授 舘野,正樹
 東京大学 助教授 伊藤,元己
内容要旨 要旨を表示する

 イセハナビ属Strobilanthesは最も広義のTerao(1983)の定義では約350種を含む多様な属とされているが、研究が不十分で属の範囲や種のまとまりが明らかになっていない点の多いグループである。インド―マレシア地域を中心に東アジアとオーストラリア北部に分布する草本または低木性の群であるとされる。属の分布の北限に近い日本や台湾には、この論文でParachampionella群と呼んでいる、Strobilanthes flexicaulisと、これに近縁とみられる種類があり、分類が特に難しいグループである。

 Parachampionella属は最初Bremekamp(1944)によって設立され、球形の花粉をもつP.tashiroiとP.rankanensisからなっていた。そのあと、Hsieh & Huang (1978)がP. flexicaulisをこの属に加えた(これらの種は最初イセハナビ属と記載されていた)。Parachampionella群で最も分類が難しいのは日本の南西諸島から台湾にかけての地域に分布するStrobilanthes flexicaulis、S.tashiroiとS.glanduliferaの間の種レベルの分類の問題に絞られる。山崎(1991)、Yamazaki(1993)はこれらをS.flexicaulis1種とし、葉に毛が多いことで変種 var.tashiroiを区別した。Flora of Taiwan第1版 (Hsieh & Huang 1978)ではS.flexicaulis(ここではParachampionella flexicaulisとされた) は台湾の固有種とされ、従ってS.tashiroi やS.glanduliferaを含まず、第2版 (Hsieh & Huang 1998)ではS.flexicaulisがS. glanduliferaを含み、S.tashiroiを含まないとされている。本研究では、このように分類の混乱が続いているStrobilanthes flexicaulisとこれに関連するイセハナビ属植物をWood & Scotland (2003)のまとめに従いParachampionella群と呼ぶこととする。

 本研究は、イセハナビ属Parachampionella群を対象とし、現地調査と標本調査、分子系統解析に基づいて各分類群の特徴を明らかにし、分類を再検討することを目的として行った。その結果、日本・台湾産のParachampionella群を4種2変種と1推定雑種に分類した(図1)。このうち、S.lanyuensisは新種、S.flexicaulis var.yaeyamensisは新変種、S.flexicaulis var.glanduliferaは新組み合わせである。

 なお、本文中の議論では本研究の結果として認めた分類群名を用いている。また、特に必要のない限り属名を省略し、最も下位のランクを示すエピセットを用いている(たとえば、S. flexicaulis var. glanduliferaをglanduliferaと略す)。

 第1章 分子系統解析I:Parachampionella群が単系統群かどうかを調べるため、イセハナビ属全体を対象とし、葉緑体DNAのtrnL-trnF遺伝子間領域と核DNAのITS領域に基づいて分子系統解析を行った。この結果、Parachampionella群が単系群であることが示唆された(図2)。また、Parachampionella群との近縁性が指摘されていたヒマラヤ地域産の S.wallichii は近縁ではないことが明らかとなった。

 第2章 形態の比較:さく葉標本と生きた植物を用いて形態観察と染色体数の調査を行い、分類形質の再検討を行ったが、そのうち特に詳細に検討したものについて以下に示す。

 1)花粉形態:イセハナビ属の花粉形態が多様であることはよく知られており、Bremekamp(1944)は花粉形態を属レベルの主要な分類形質として用いた。分子系統解析の結果、花粉形態は平行進化しており、属の識別形質としては不適当であることが示されてきているものの、種の識別形質としてはその重要性が認められている(Bennet & Scotland 2003など)。そこで走査型電子顕微鏡によりParachampionella 群の花粉形態を観察した。その結果、3つのタイプ(図3)が認められた。 rankanensis, tashiroiは球形で表面に突起があるタイプ、flexicaulis、glandulifera、yaeyamensis、およびlanyuensisは楕円形で表面にはしご状の模様があるタイプであった。沖縄では、従来Parachampionella 群で知られていなかった、楕円形で表面に突起のある花粉(上記2タイプの中間型とみられる)を持つ株(以下hybrid と呼ぶ)が複数発見された。沖縄産の植物の同定は主にこの花粉形態によって行った。

 2)花序:イセハナビ属の花序は一般に、枝に頂生または腋生する穂状花序で、節間がどのくらい短縮するか、苞葉がどのくらい変形するかにより、見かけ上さまざまな形状を示している。Parachampionella 群では茎葉と苞葉の形の違いが著しいものとそうでないものがある。glanduliferaでは違いが著しく、栄養期の普通葉は大型で先が尖っているが、花期になるとこのような茎葉はほとんど脱落し、小型で丸みをおびた苞葉が植物体を覆い、全く別の植物のように見える。花序の多くは短枝状に側生する。lanyuensis、flexicaulis、yaeyamensisおよび中間型もこの傾向がある。tashiroiでは側生する花序は少なく、多くは頂生のものだけで、葉は茎葉から苞葉に向かって急に小さくなるが、形の変化は少ない。rankanensisでは植物体が小型で花は斜上する茎の上部に1個から少数つき、茎葉と苞葉は似ている。

 3)萼の形状: Parachampionella群では全ての分類群において5枚の萼片のうち向軸側の3枚が下部で合着する(図4B)。萼は花が終わってから大きくなるが、一般にtashiroiでは果実より長くなり腺毛がなく、glanduliferaでは果実より短くて果時に腺毛が出るものが多いので,これらの識別に有効である。

 4)花冠のねじれ:イセハナビ属では雄蕊の基部が花筒の向軸側に合着してfilament curtainが形成される(図5)。そして多くの種では花冠がfilament curtainとともに基部からねじれることがよく知られている(萼はねじれない)(図6a)。花冠は若いつぼみの時にはねじれておらず、開花に至る段階でねじれてくる。ねじれの程度はfilament curtainが開花時に花序軸からどれくらい変位しているかで判断することができる。従来、雄蕊群が花筒の上側にあるか下側にあるかは花冠のねじれと関連づけられてきたが、本研究で比較観察した結果、花冠のねじれではなく花冠の曲がりと関連していることが明らかとなった。すなわち、花冠はその上部で片側に曲がるが、filament curtain側に曲がれば雄蕊群は花筒の下側に位置し、filament curtainと反対側に曲がれば雄蕊群は花筒の上側に位置することになる(図6b)。lanyuensisは花冠がねじれず、また花冠が雄蘂群の反対側に曲がることで特異的であることが明らかとなり、新種とする最も大きな根拠となった。

 5)果実の形状:成熟した果実は一般に先がふくらんだ円柱形で、やや扁平である。果実の形状は乾燥標本では詳しく比較できないためほとんど分類形質とされてこなかったが、生きた状態で比較すると、glanduliferaでは先が切形であるのに対し、tashiroiでは尖ることが明らかとなった。中間型はこの形質でも中間である(図7)。

 6)染色体数: Parachampionella群のすべての分類群で2n=30の2倍体であった。

 第3章 生活史の調査:イセハナビ属には多年草、低木および木本性の一回繁殖型植物があることが知られている。また一回繁殖型植物では種特異的な一斉開花サイクルを示すことも報告されている。しかし日本・台湾では、glanduliferaについて一回繁殖型植物との指摘があったが、詳しい報告がなされていない。そこで、沖縄島、石垣島、西表島の現地集団の個体、およびそこから植物園に移植・栽培した個体に標識し、開花とその後の生育状態について追跡調査を行った。また、多年草であることが明らかなrankanensisを除き、台湾のflexicaulisについても植物園に移植して調査した。その結果、glanduliferaは一回繁殖型植物(6年周期で開花)、tashiroiとflexicaulisは多年草であった。yaeyamensisは数回繁殖した後に新芽ができずに枯れるという特異な性質を持つことが明らかとなった(図8)。

 第4章 自動自花受粉の確認:栽培個体を用いてネットかけ実験により受粉様式の検討を行った。この結果、Parachampionella群の植物は、flexicaulisをのぞき、すべてが、高い頻度で自動自花受粉することが明らかとなった(表1)。

 第5章 分子系統解析II:Parachampionella群内の系統関係を調べ、また、交雑の可能性を確かめるため、葉緑体DNAと核DNAの塩基配列の変異を用いた系統解析を行った。 葉緑体DNAの matK, trnL-trnF, trnT-trnL, atpB-rbcLの塩基配列変異に基づく系統解析の結果から、Parachampionella群の4つの種間には遺伝的な分化が認められた(図9)。また、形態や生態的特徴および分布からtashiroiとglanduliferaの間の雑種と推定されたhybridは、核DNAのITS領域の塩基配列変異の変異パターン(表2)でもそのように考えて矛盾がないことが示された。

 以上の5章で得られた結果に基づき、日本・台湾産のParachampionella群を4種2変種と1推定雑種に分類した。この中には、花冠の特徴の検討を通じて発見した、台湾蘭嶼に固有な新種 S.lanyuensis(図4)、生態的特徴の検討を通じて識別した、八重山諸島に固有な新変種 S.flexicaulis var. yaeyamensisを含む。flexicaulis、yaeyamensisとglanduliferaは塩基配列に固有の変異が認められなかったが、生活型や植物体の大きさなどの生態的性質に分化が認められること、分布が離れており、現状では地理的隔離があると推定されることから、変種として区別した。tashiroiは従来、これらとの間で分類学的な混乱があったが、花粉形態や果実の形状、生活型などに明らかな違いがあり、塩基配列にも固有派生形質を持っており、独立種と認められる。また、雑種の存在はイセハナビ属内で初めて指摘されるもので、その花粉形態が両親種の花粉の特徴を合わせ持つ中間型であることは、きわめてまれな例であると考えらる。Hybridは、核DNAのITS塩基配列パターンと分布や形態を考慮すると、これらを両親とする雑種であることが考えらる。また、葉緑体DNA系統樹で tashiroi側のクレードだけに属していることから、tashiroiを母親としglanduliferaを父親とする組み合わせで生じたと推定した。分布はほとんど重なっておらず、重なっている本部半島で雑種が生じている。

図1.本研究で認めたParachampionella群の分類群。

図2.葉緑体DNAのtrnL(UAA)5'exon-trnF(GAA)遺伝子間領域の塩基配列に基づくNJ系統樹。枝上に50%以上のブートストラップ値を示す。

図3.花粉の形態(SEM像)。A S.flexicaulis var. flexicaulis; B hybrid; C S. tashiroi. Bars=10mm.

図4.新種S.lanyuesisの部分図。A filament curtainが付着する上唇部;B 萼;C 完熟した果実;D 苞;E 小苞.

図5.イセハナビ属の花の模式図。花序軸に対する相対的な位置を示す。花冠がねじれると、coとfが一体となって回転する。a 花序軸;br 小苞;bt 苞;ca 萼;co 花冠;f filament curtain.

図6.a.花冠のねじれを示す側面図(模式図).A S.lanyuensis; B S.flexicoulis var. flexicaulis.赤破線は花冠の下唇の中脈を示す.

図6 b. 花冠の曲がりを示す正面図(模式図).A S.lanyuensis, nototribic 雄蕊群が花筒の上側に位置;B S. tashiroi, sternotribic 雄蕊群が花筒の下側に位置.

図7. 果実上部の形態。A S.flexicaulis var. glandulifera; B hybrid; C S.tashiroi.

図8.S.flexciaulis 3変種の生活型を示す模式図.赤色は開花の次年に成長する部分を示す.A var.flexicaulis; B var. yaeyamensis; C var. glandulifera.

表1.ネットかけ実験の結果。開花前に枝全体にネットをかけて昆虫が侵入しないようにした場合の開花数と結果数。

図9.葉緑体DNAのmatK,trnL-tranF,trnT-trnL,atpB-rbcLの塩基配列(3,207bp)に基づいたイセハナビ属Parachampionella群の最節約系統樹(CI=0.935、RI=0.951).枝上の値は1,000回試行のプーツストラップ確率、枝下の値はbranch lengthsを示す.

表2.ITS領域の塩基配列変異のまとめ.変異のあったサイトだけを取り出している.Y=T+C;M=C+A;R=G+A.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はイントロダクションに引き続く5つの章と総論および分類学的結論からなる。

 イントロダクションでは、研究対象としたイセハナビ属Parachampionella群の紹介と、特にその分類の歴史をまとめて問題点を指摘している。

 第1章では、Parachampionella群が単系統群かどうかを調べるため、イセハナビ属全体を対象とし、葉緑体DNAのtrnL-trnF遺伝子間領域と核DNAのITS領域に基づいて分子系統解析を行った結果が述べられている。その結果、Parachampionella群が単系群であることが示唆された。また、Parachampionella群との近縁性が指摘されていたヒマラヤ地域産のStrobilanthes (以下S. と略す)wallichiiは、近縁ではないことが明らかとなった。

 第2章では、さく葉標本と生きた植物を用いて形態観察と染色体数の調査を行い、分類形質の再検討を行った結果が述べられている。その結果、茎葉と花序中の苞の形状の差、花冠のねじれと曲がりに関連した雄しべ群の位置、果実形態や果実と萼片との相対的長さ、花粉形態など、この群の分類に有効な多くの特徴を認めることができた。染色体数はParachampionella群のすべての分類群で2n=30の2倍体であった。

 第3章では、分類群の生態的な違いを明らかにするため、現地および栽培下で継続観察を行い、比較を行った結果が述べられている。現地調査はS. tashiroiとS.flexicaulis var.glanduliferaが同所的に分布する沖縄島の本部半島で特に詳しく行った。その結果、S.tashiroiは多年草で多回繁殖性、S. flexicaulis var. glanduliferaは1回繁殖性(6年周期で開花)であることが観察された。また、これらの間に雑種と思われる中間型(hybridと呼ぶ)が発見された。栽培比較では現地調査の結果が裏付けられたほか、S.flexicaulis var. yaeyamensisが、数回繁殖した後に新芽ができずに枯れるという特異な性質を持つことが明らかとなった。

 第4章では、栽培個体を用いてネットかけ実験により受粉様式の検討を行った結果が述べられている。この結果、Parachampionella群の植物は、S.flexicaulis var.flexicaulisをのぞき、すべてが、高い頻度で自動自花受粉することが明らかとなった。

 第5章では、Parachampionella群内の系統関係を調べ、また、交雑の可能性を確かめるため、葉緑体DNAと核DNAの塩基配列の変異を用いた系統解析の結果について述べられている。葉緑体DNAのmatK, trnL-trnF, trnT-trnL, atpB-rbcLの塩基配列変異に基づく系統解析の結果から、Parachampionella群の4つの種間には遺伝的な分化が認められた。また、形態や生態的特徴および分布からS.tashiroiとS.flexicaulis var. glanduliferaの間の雑種と推定されたhybridは、核DNAのITS領域の塩基配列変異の変異パターンでもそのように考えて矛盾がないことが示された。

 以上の5章で得られた結果に基づき、日本・台湾産のParachampionella群は4種2変種と1推定雑種に分類できると考察した。この中には、花冠の特徴の検討を通じて発見した、台湾蘭嶼に固有な新種S. lanyuensis、生態的特徴の検討を通じて識別した、八重山諸島に固有な新変種S.flexicaulis var.yaeyamensisを含む。また、雑種の存在はイセハナビ属内で初めて指摘されるもので、その花粉形態が両親種の花粉の特徴を合わせ持つ中間型であることも、種子植物を通じてきわめてまれな例として特筆するに価するものと考えられる。

 イセハナビ属の分類学的研究は現在イギリスのScotland博士の研究室で大規模に推進しているが、それにもかかわらず本研究では以上のように多くの新事実と新発見があった。そして、Parachampionella群が遺伝的には非常に近縁でありながら、花形態、花粉形態、生活型や生殖様式に幅広い多様性を示す特異なグループであることを示した点でも、イセハナビ属の分類学的進展に大きく貢献するものと評価できる。

 なお、本論文の内容のうち新種S.lanyuensisの記載発表は、邑田仁、許長富との共著論文として行ったが、論文提出者が主体となって調査、解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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