学位論文要旨



No 119989
著者(漢字) 表,賢珍
著者(英字)
著者(カナ) ピョウ,ヒョンジン
標題(和) 管状要素分化特異的遺伝子ZCP4の発現制御機構の解析
標題(洋) A study on the regulation mechanism of the expression of a tracheary element differentiation - specific gene, ZCP4 (Zinnia cysteine protease 4)
報告番号 119989
報告番号 甲19989
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4718号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 助教授 上田,貴志
 東京大学 助教授 杉山,宗隆
 東京大学 助教授 梅田,正明
内容要旨 要旨を表示する

 管状要素分化過程では管状要素特異的形態変化に伴い、二次細胞壁形成に関連する遺伝子および細胞死特異的遺伝子群の一過的な発現が起こる。これらの管状要素分化特異的な遺伝子の制御機構については未だ不明なままである。システインプロテアーゼをコードする ZCP4 遺伝子は、管状要素の自己分解に先立って一過的に発現する。

結果と考察

1. シロイヌナズナ芽生えの発達過程における道管分化パターンの追跡

(1)原生木部道管分化パターン

 道管の初期発生過程を、ZCP4 プロモーター::GUS融合遺伝子を導入した形質転換シロイヌナズナを用いて解析した(図1-7)。T3 ホモラインの種子を吸水させ、吸水後 3 時間ごとに 20 個以上のサンプルを回収し GUS 発現を観察した結果、原生木部道管の分化は子葉の主脈の基部側と胚軸先端側で始まるがわかった。子葉の主脈の基部側と胚軸先端側で分かれて始まった道管分化は、子葉の先端から根の先端までほぼ同時に不連続的に進み、これがつながって連続した道管を形成することが分かった。

(2)後生木部道管分化パターン

 後生木部道管に由来する GUS 発現は、成熟した原生木部道管の内側に観察された。この発現は胚軸・根の境界付近(図3B2)で始まり、求頂的、求基的の両方向に順次進んだ(図3, 4B4)。

(3)子葉の二次脈における道管分化パターン

子葉の二次脈に由来する GUS 発現は、子葉の一次脈の先端と中央部に観察された(図5C1)。その後、一次脈の先端付近を起点とした求基的な道管分化と中央部からの求頂的な分化が起こり、ループ状の二次脈が形成された (図5C2)。

2. ZCP4 の未成熟管状要素特異的発現に関わるシス配列/トランス因子の探索

(1)シス配列の探索

 ZCP4 上流域 403 bp 中に存在する未成熟管状要素特異的発現制御領域の決定を行った。-403 bp までの ZCP4 プロモーターの領域を 5' 側から 54 bpずつ、さらに 9 bp ずつ欠失させたコンストラクトをシロイヌナズナに導入し発現を調べた。その結果 -106bp から -97bp 付近の配列が ZCP4 プロモーターの未成熟管状要素特異的発現に必要であることが分かった。そこで、次に -111 bp から -92 bp までを 2 bp ずつ異なる配列に置き換えたリンカースキャンを行った。その結果、-105 〜 -102 (ACTT)、-99 〜 -96 (AAGC) の配列を換えると発現量が著しく低下し、-95 〜 -94 (AA) の配列を換えると発現が全くなくなったことから、これらの配列が ZCP4 プロモーターの発現量や組織特異性決定に重要であることが示された (図9)。この -105〜 -94 (ACTTGAAAGCAA) の配列を、ZCP4 のシロイヌナズナホモログである XCP1、XCP2 およびシロイヌナズナの管状要素分化特異的遺伝子群のプロモーター領域と比較したところ、多数の遺伝子のプロモーター領域に相同性の高い配列が共通に存在することが明らかになった。そこで、これらの配列が管状要素分化特異的発現制御に関わる共通のシス配列である可能性を検討した。その結果、ZCP4の11 bpの配列と 6 種類の類似配列が管状要素特異的発現を誘導することがわかり、これらの配列が未成熟管状要素分化特異的発現制御に関わるシス配列として機能していることが明らかとなった(図10)。そこで、このシス配列 CTTNAAAGCNA を TERE (Tracheary Element Regulating cis Element)と名付け、さらに解析した。

(2)トランス因子の探索

 TEREに特異的に結合し、未成熟な管状要素特異的発現制御を担うトランス因子を単離するために、酵母の one-hybrid 法を行った。シロイヌナズナとヒャクニチソウのライブラリーのスクリーニングを行った結果、シロイヌナズナは 1 種(AtbZIP51 /VIP1)、ヒャクニチソウは 2 種(ZebZIP1、 ZebZIP2)のタンパク質をコードするクロンを単離した(図11)。さらに、今回単離した遺伝子産物は、ZCP4 プロモーターおよび ZCP4 のシロイヌナズナホモログ XCP1 に結合すること、一方、異なるグループの bZIP 転写因子(AtbZIP57)はいずれにも結合しないことが明らかとなった(図12)。

3. シロイヌナズナbZIP 遺伝子の発現および機能解析

(1)ZebZIP1、ZebZIP2、AtbZIP51 およびシロイヌナズナ bZIP ファミリーの発現解析

 ヒャクニチソウの ZebZIP1、 ZebZIP2とシロイヌナズナの AtbZIP51 は、シロイヌナズナ Group I bZIP 遺伝子と bZIP ドメイン領域で高い相同性を示し、遺伝子ファミリーを成していることがわかった(図13)。そこで、AtbZIP51、AtbZIP18、AtbZIP29、AtbZIP30、AtbZIP52、AtbZIP59 および AtbZIP69 の 7 つのシロイヌナズナ bZIP 遺伝子について発現を調べた。その結果、AtbZIP18 は若い子葉において維管束と葉肉細胞で (図14A,B)、AtbZIP51 は根の維管束で (図14C,D)、AtbZIP52 は子葉および根・胚軸の維管束での発現が観察された (図14E,F)。またAtbZIP59 は子葉の維管束と根の中心柱での発現が観察され (図14G,H)、これら遺伝子が維管束で働いている可能性を示唆した。一方、AtbZIP29、AtbZIP30 および AtbZIP69 は維管束特異的発現を示さなかった。

(2)過剰発現 および dominant repression を用いたシロイヌナズナ bZIP 遺伝子の機能解析

 7 つのシロイヌナズナ遺伝子の過剰発現体を作成した。また、遺伝子の後ろにrepressionドメインをつないだ機能阻害型植物体を作成した。その結果AtbZIP18 の過剰発現体、dominant repression 形質転換体の子葉においては、顕著な維管束形成異常が見られ、AtbZIP18 の維管束分化への関与が示唆された(図15)。

まとめと展望

1. ZCP4 のプロモーターを道管分化の分子マーカーとして用い、シロイヌナズナの芽生えにおける時間的・空間的道管分化パターンを追跡した。

2. ZCP4遺伝子の詳細なプロモーター解析を行い、ZCP4およびシロイヌナズナホモログXCP1、 XCP2 を含め、未成熟管状要素特異的発現に関わる共通のシス配列 TERE(CTTNAAAGCNA) を決定した。

3. 酵母のone-hybrid法を用い、ZCP4 のシス配列に結合するトランス因子の候補として、ヒャクニチソウから 2 種、シロイヌナズナから 1 種の bZIP 転写因子を単離した。

4. シロイヌナズナ Group 1 bZIP 遺伝子の発現解析により、4 つの遺伝子が維管束で強く発現することを明らかにした。また、そのうちの 1 種は過剰発現および dominant repression により維管束異常が誘導されることが分かり、維管束形成における関与が強く示唆された。

図1. 形質転換シロイヌナズナ子葉の主脈、胚軸、根の原生木部道管分化過程におけるZCP4プロモーター::GUSの発現パターン

T3ホモラインの種子をGM培地に蒔いた。発芽を同調させるため、4℃、暗黒下で72時間培養した後、22℃の連続光下で培養した。 (A1),子葉主脈の基部側での発現;(A2)、胚軸の先端部での発現;(A3),(A1)と(A2)両方での発現;(A4-1,2),子葉の主脈から胚軸一根の中央部に沿った不連続な発現;(A5),子葉の主脈から胚軸-根の中央部に沿った連続的な発現。aとbはそれぞれA1,A2の黒いボックスで囲んだ部分の拡大像。(A1-A3)、84HAI(hour after imbibition);(A4-1,2),90HAI;(A5),99HAI;の芽生え。バーは(A1-A5) 200μm;(a,b)30μm.

図2. 原生木部道管分化過程におけるZCP4プロモーター::GUS発現の経時的変化

20個以上の形質転換シロイヌナズナの芽生えを3時間ごとに回収し、GUS発現パターンの変化を観察した。

図3. 形質転換シロイヌナズナの胚軸-根の後生木部道管分化過程におけるZCP4プロモーター::GUSの発現パターン

(B1),根の先端側の原生木部での発現;(B2),胚軸-根junctionの後生木部道管での発現;(B3),子葉-胚軸junctionの後生木部道管での発現;(B4),後生木部道管での不連続な発現。(B1),105HAI;(B2),117HAI;(B3),114HAI;(B4),120HAI目の芽生え。バーは(B1-B4)200μm.

図4. 胚軸-根での後生木部道管分化過程におけるZCP4プロモーター::GUS発現の経時的変化

20個以上の形質転換シロイヌナズナの芽生えを3時問ごとに回収し、胚軸-根でのGUS発現パターンの変化を観察した。

図5. 形質転換シロィヌナズナ子葉の二次脈におけるZCP4プロモーター::GUSの発現パターン

(C1),遠位二次脈の先端と基部側での発現;

(C2),遠位二次脈に沿ったループ状の発現

(c,d)はそれぞれ(C1)の黒いボックスで囲んだ部分の拡大像。(C1),111HAI;(C2),117HAI目の芽生え。バーは(C1,C2)100μm;(c,d)50μm.

図6. シロイヌナズナ芽生えにおけるZCP4プロモーター::GUSの発現パターンの模式図

灰色,青,赤,ストライプラインはそれぞれ前形成層,GUSを発現する原生木部道管,GUSを発現する後生木部道管、成熟した道管を示す。

図7. シロイヌナズナ芽生えにおける道管分化パターンの模式図

mv, 主脈;

ds, 遠位二次脈;

ps, 近位二次脈

図8. ZCP4プロモーター解析I:5'欠失変異体

-133bpまでのZCP4プロモーター領域を5'側から9bpずつ欠失させたクローンをシロイヌナズナに導入し発現を調べた。

図9. ZCP4プロモーター解析II:リンカースキャン

5'D5-2(-115〜+9)の-111〜-92の領域を、2bpずつ別の配列に置き換えたコンストラクトを作成し、シロイヌナズナに導入し発現を調べた。GUS活性の強さは道管での発現が確認できる染色時間で示している。

図10. 未成熟管状要素特異的発現に関わるシス配列のGain-of-function解析

ZCP4プロモーターの-104〜-94配列とZCP4のシロイヌナズナホモログXCP1,XCP2を含む8種類のシロイヌナズナ道管分化関連遺伝子のプロモーター上に見られる類似配列を、それぞれ5つのタンデムリピートととし、35S minimalプロモーターにつないだ。これらをシロイヌナズナに導入、発現を調べた。Aは未成熟管状要素での発現が観察された配列を、Bは発現が観察されなかった配列を示す。右の写真はAcetyltransferaseの配列を導入した場合を示している。

図11. ヒャクニチソウbZIP遺伝子のアミノ酸配列比較

酵母one-hybrid法で単離された遺伝子断片の塩基配列から予想されるアミノ酸配列。同一アミノ酸をボックスで囲んだ。bZIPドメイン領域を赤線で示した。矢印はone-hybrid法で単離されたZebZIP1の3クローンのN末端を示している。

図12. AtbZIP51、ZenZIP1、ZebZIP2のZCP4プロモーターの11bp、18bpシス配列およびXCP1プロモーター配列への統合

A:HIS3遺伝子をレポーターとした検定。シス配列に結合するものは-His、10mM 3AT入りプレートで生育している。写真左はbaitとしたシス配列を示す。B:Aの各プレートにおける、形質転換酵母の塗布位置。GAL4の活性化ドメインに融合させた各bZIPタンパク質を示している。

図13. ヒャクニチソウとシロイヌナズナbZIPファミリーおよび既知のbZIP遺伝子のアミノ酸配列をもとに作成した系統樹

図14. シロイヌナズナbZIP遺伝子プロモーター::レポーターの発現パターン

約2kbのプロモーター領域にGUSあるいは核局在YFPレポーター遺伝子を繋ぎ、シロイヌナズナに導入し、その発現を観察した。(A,B)AtbZIP18プロモーター::GUS;(C、D)AtbZIP51プロモーター::GUS

(E,F)AtbZIP52プロモーター::GUS;(G)AtbZIP59プロモーター::GUS;

(H)AtbZIP59プロモーター::YFP-NLS(核局在シグナル)。

バーは(A,B,C,E,G,H)200μm;(D)50μm;(F)100μm.

図15. AtbZIP18の過剰発現体およびdominant repression(DR)形質転換体における表現型

(A)野生型;(B,C)過剰発現対;(D,E)DR形質転換体(C)は(B)の拡大図

(C)の黒枠は異所的な管状要素分化を示している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなり、第1章では、Prefaceとして、この研究の背景と研究を始めるにあたっての動機を述べている。第2章では本研究で使われた材料と方法について記述されている。第3、4、5章は研究の結果とその考察であり、第3章では、分子マーカーを用いたシロイヌナズナの芽生えにおける時間的・空間的道管分化パターンの追跡について、第4章ではZCP4遺伝子の未成熟管状要素特異的発現に関わるシス配列の決定とそこに結合するトランス因子としてのbZIP遺伝子単離について、第5章では、トランス因子候補として単離されたbZIP遺伝子のサブファミリーの遺伝子群に関する網羅的な発現解析と機能解析が述べられている。第6章では得られた結果を受けて、総合的に木部分化過程で働く細胞間相互作用について考察している。

 論文提出者は、まず、提出者自ら作成したZCP4プロモーター::GUS融合遺伝子導入植物を用いて、道管の分化初期過程を詳細に解析することから始めた。この解析の結果、原生木部道管の分化は子葉の主脈の基部側と胚軸先端側で始まること、その後、分化は子葉の先端から根の先端までほぼ同時に不連続的に進み、これがつながって連続した道管を形成することを明らかにした。また、後生木部道管の分化は、胚軸・根の境界付近で始まり、求頂的、求基的の両方向に順次進むことを初めて明らかにした。このように、論文提出者は、これまで不明であった道管分化初期過程を明らかにするとともに、分化が不連続に起こること、これまで信じられていたような1方向への分化ではなく、2方向への分化の進行が起こりうることを発見した。この結果は、維管束の形成における基本的な知見を提供するものとして、高く評価された。

 続いて、論文提出者はZCP4プロモーター上の管状要素特異的発現を支配するシス因子の検索を行った。様々な領域の欠失変異をもつプロモーターおよび2塩基ごとに塩基置換したプロモーターとレポーター遺伝子を融合したコンストラクトを遺伝子導入し、その活性を測定した。その結果、11塩基からなる領域が管状要素特異的発現のために必須であることを明らかにした。さらに、遺伝子導入により、この領域が管状要素特異的発現を付与できることを明らかにした。さらに、管状要素分化特異的な発現を示す遺伝子を網羅的に選抜し、そのプロモーターを調べ、多くの遺伝子で類似のシス配列を見いだした。これらの配列もまた、管状要素特異的な発現を誘導できることを証明し、これらの配列の共通性をもとに、管状要素特異的遺伝子誘導シス配列をTERE(Tracheary Element Regulating cis Element)として提案した。これは世界で初めての植物細胞分化特異的制御シス因子の発見であり、高い評価を受けた。続いて、論文提出者はTEREに結合する転写因子を酵母one-hybrid系を用いて検索し、新規bZIPタンパク質をシロイヌナズナから1種(AtbZIP51)、ヒャクニチソウから1種見いだした。これらはいずれも同じグループに属していた。これにより、新規シス因子とトランス因子からなる管状要素分化特異的遺伝子発現制御システムの全貌を明らかにすることに成功した。この成果は、植物分化における統一的遺伝子発現制御の初めての提示として、審査員から高い評価を受けた。

 次に、論文提出者は、管状要素分化を支配するbZIP遺伝子が小さな遺伝子ファミリーを形成することに着目し、この遺伝子ファミリーに属する7種のシロイヌナズナ遺伝子の発現の網羅的な解析を行った。その結果、4種の遺伝子が維管束で強く発現することを発見した。また、7種の遺伝子の過剰発現植物および機能抑制植物を作出し、その形態形成及び維管束形成における異常を詳細に観察した。そして、そのうちの1種AtbZIP18の過剰発現により子葉中の管状要素の異所的な発現が誘導され、この遺伝子の機能抑制により管状要素分化が抑制されることが明らかとなった。本結果は、AtbZIP18がin situで植物の管状要素分化を正に制御していることを示すとともに、このクラスのbZIP遺伝子が協調して維管束形成をコントロールしていることを強く示唆した。この発見は、このクラスの転写因子の生体内での働きを、統合的かつ網羅的に理解するための重要な知見となった。

 なお、本論文第3章は出村拓、福田裕穂氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 以上、ここに得られた結果の多くは新知見であり、いずれもこの分野の研究の進展に重要な示唆を与えるものであり、かつ本人が自立して研究活動を行うのに十分な高度の研究能力と学識を有することを示すものである。よって、表 賢珍提出の論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める。

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