学位論文要旨



No 119991
著者(漢字) 山野上,祐介
著者(英字)
著者(カナ) ヤマノウエ,ユウスケ
標題(和) ミトコンドリアゲノム分析に基づくフグ目魚類の分子系統学的研究
標題(洋) Molecular Phylogenetic Study on Tetraodontiform Fishes Based on Mitochondrial Genome Sequences
報告番号 119991
報告番号 甲19991
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4720号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松浦,啓一
 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 教授 西田,睦
 東京大学 講師 上島,励
 東京大学 助教授 藤田,敏彦
内容要旨 要旨を表示する

 フグ目(Tetraodontiformes)はCuvier(1817)によって提唱され,それ以降多くの研究者によって単系統群として認められてきた分類群である.フグ目魚類は最も派生的な魚類の一群であるスズキ類(Percomorpha)に属し,8科100属に分類される340種を含む.そのほとんどは海産魚で,一部が淡水域に生息する.近年では,フグ目フグ科のトラフグが脊椎動物最小のゲノムをもつ生物として注目され,ゲノムの全塩基配列が決定された.しかし,フグ目の系統的位置や内部の系統関係についてはいくつかの仮説があり,いまだにコンセンサスが得られていない.また,フグ目が他のグループから分岐した年代についても研究例がない.

 本研究では,近年高次系統解析に有用であることが明らかになったミトコンドリアゲノム全長配列に基づき,フグ目の単系統性と系統的位置,そしてその内部の系統関係を明らかにした.特にモンガラカワハギ科についてはミトコンドリアゲノムに遺伝子配置変動が見られたため,属レベルで塩基配列を決定し,遺伝子配置の比較および系統解析を行った.またフグ目内ならびにフグ目と他のグループとの分岐年代についても推定を試みた.

1. フグ目のミトコンドリアゲノムの構造

 Miya and Nisrida(1999)によるロングPCRと多数の魚類汎用プライマーを適用した手法を用いることにより,計61種のフグ目ならびにフグ目に近縁なグループのミトコンドリアゲノム全長配列を新たに決定した.その結果,フグ目のミトコンドリアゲノムは,他の脊椎動物と同様におよそ16,500bpからなる環状構造をもち,13のタンパク質遺伝子,22のtRNA遺伝子,2つのrRNA遺伝子をコードしていた.遺伝子の配置も,モンガラカワハギ科のアミメハギを除き,他の脊椎動物に見られる典型的なものと同じであった.また,モンガラカワハギ科のハナツノハギとテングカワハギにおいて,tRNAPhe遺伝子と12SrRNA遺伝子の間に約180bpの挿入配列が見られた.

2. 系統解析法

 本研究で得られたミトコンドリアゲノム全長配列の多重整列は,Proalign0.5a(Loytynoja and Milinkovitch,2003)を用いて行った.系統解析については,複雑な進化モデルを大規模なデータにも適用できることで近年注目を集めているベイズ法(MrBayes3.04b;Ronquist and Huelsenbeck,2003)を用いた.ベイズ法は,樹形と置換パラメータの探索を同時に行い,短時間で系統樹の事後確率を算出できるという他の方法には見られない大きな利点がある.また,AIC(Akaike,1973)とBayes factor(Kass and Raftery,1995)という基準により,3〜5の研究で用いたデータセットに対して,タンパク質遺伝子を第一・第二・第三座位の3つに分け,残りの領域をtRNA遺伝子とrRNA遺伝子の2つ,計5パーティションに分割することが最適であると判断された.また,塩基置換モデルはGTR+I+Γ,mモデルが最適であると判断された.

3. フグ目の単系統性と姉妹群の探索

 フグ目魚類は眼下骨,鼻骨,頭頂骨,臀鰭棘が欠失し,腹鰭が退縮していることなどの形質を共有し,フグ目の単系統性について形態形質からの異論は見られない.一方,その姉妹群については,ニザダイ亜目(Mok and Shen,1983;Rosen,1984;Holcroft,2003),マトウダイ目(Rosen,1983),アンコウ目やヒシダイ亜目(マトウダイ目)(Miya et al.,2003)などの仮説が提出された.

 本研究では,フグ目と近縁であるとされたグループを系統解析に用い,フグ目の単系統性の確証と姉妹群の探索を行った.ベイズ法による系統解析を行った結果,図1の系統樹が得られた.フグ目の単系統性は事後確率100%で支持され,その姉妹群はアンコウ目+ヒシダイ亜目となり,古くから近縁だと考えられていたニザダイ亜目は比較的離れた系統的位置を占めることが明らかになった.

4. フグ目内部の系統関係

 現在,フグ目は8科に分けられており,これらはギマ上科(ベニカワムキ科,ギマ科),モンガラカワハギ上科(モンガラカワハギ科,ハコフグ科),フグ上科(ウチワフグ科,フグ科,ハリセンボン科,マンボウ科)の三つの上科に分けられている(Winterbottom,1974).しかし,ウチワフグ科,ギマ科,ハコフグ科の系統的位置については諸説あり,コンセンサスは得られていない.

 ベイズ法による系統解析の結果,図2のようにフグ目の科は全て単系統群であり,A群とB群の大きく2群に分かれた.A群にはハコフグ科,ウチワフグ科,ベニカワムキ科の3科が含まれ,B群には残りの5科が含まれる.3上科は何れも単系統とはならなかった.過去の解析に使われた形態形質でこの2群を明確に識別できる形質は見つかっていない.しかし,A群はハコフグ科の一部を除き深海底層域に生息する一方で,B群は浅海域,外洋表層域,淡水域に生息するといった違いが見られる.

5. モンガラカワハギ科の系統関係

 モンガラカワハギ科はモンガラカワハギ亜科とカワハギ亜科の2亜科によって構成され,42属135種を含む.本研究では,内部の系統関係をより詳細に検討するため,本科33属33種についてミトコンドリアゲノム全長配列を決定し,ベイズ法による系統解析を行った(図3).その結果,2亜科が単系統となったが,それぞれの内部の関係についてはいくつかの相違が認められた.Matsuura(1979)ならびに松浦(2000)がカワハギ亜科に認めた4つの群のうち,モロコシハギ群とアザミカワハギ群はそれぞれ単系統となったが,ウマヅラハギ群とウスバハギ群は単系統とはならなかった.特にウスバハギ群は腹鰭要素の退縮によって特徴づけられたグループであったが,腹鰭の退縮は各クレードで多系統的に出現し,この形質に関して平行進化が何度も起こったことが強く示唆された.また,テングカワハギとハナツノハギが単系統群となり,tRNAPhe遺伝子と12SrRNA遺伝子の間に見られた180bpほどの挿入配列が両種の共通祖先に生じた共有派生形質になることが明らかになった.

6.分岐年代の推定

(1)モデル生物を含めた魚類の主要系統間の分岐年代推定

 近年,全ゲノム塩基配列解読が終了したトラフグ,ミドリフグに加えて,ゼブラフィッシュ,メダカ,トゲウオなどさまざまな魚類で同様のプロジェクトが進められている.一方,ゲノム配列を比較し,その違いがどれだけのタイムスケールで生じたのか知るためには,その分岐年代を知ることが欠かせない.モデル生物間の分岐年代は化石記録に基づく仮説を用いるのが一般的となっているが,Kumazawa et al.(1999)によるミトコンドリアゲノムの部分配列(約2200bp)の分子時計(進化速度一定)を用いた推定では,分岐年代が化石記録とは大きく異なる結果が報告されている(表1).本研究では,ミトコンドリアゲノム全長配列(ND6遺伝子とコドンの第3座位を除く1,0781bp)に基づきベイズ法による分岐年代推定を試みた.本手法は,分子時計に基づく手法とは異なり,進化速度の一定性を仮定する必要がなく,また年代設定を範囲で指定できるなど柔軟性が高い.

 データは,コドンの第一・第二座位,tRNA,rRNAの4パーティションに分け,PAML3.0(Yang,1997)とestbranches+divtime 5b(Thorue et al.,1998;Kishino et al.,2001)を用い,HKY+Γモデルによる推定を行った.肉鰭類と条鰭類の分岐は分子時計と化石記録の両者から4億5千万年前と推定されているため(Benton,1990;Kumar and Hedges,1998),本研究ではこの年代に固定し,それ以外にも化石記録から8つの年代の制約を与えた.その結果,表1の結果を得た.これはKumazawa et al.(1999)の分子時計に基づく推定値に近く,一方,化石記録による推定値との隔たりは極めて大きかった.これはそれぞれの系統が分岐した年代と化石記録に残るほどのバイオマスを得るまでの年代に大きな差があったためだと考えられている(Kumazawa et al.,1999).

(2)フグ目に関する分岐年代推定

 上記3〜5の研究で用いた計84種を用い,コドンの第一・第二・第三座位,tRNA,rRNAの5パーティションでHKY+Γモデルを用いた解析を行った.外群(ギンメダイ)と内群(キンメダイ)の分岐年代の上限と下限に6(1)の解析結果の95%信頼区間を用い,さらに化石の産出記録より14の年代の制約を与えた.その結果,フグ目は1億2600万年前に最も近縁なアンコウ目+ヒシダイ亜目と分岐し,その後,A群とB群が1億2200万年前に分岐したことが推定された.フグ目の8科は白亜紀の中ごろまでに分岐しており,最も分岐が古い科はウチワフグ科(1億1300万年前)で,最後に分岐した科はフグ科とハリセンボン科(1億年前)であった.挿入配列を持つテングカワハギとハナツノハギは1600_2600万年前に分岐しており,この挿入配列は最低でも1600万年の間保持されてきたと考えられた.

図1.

ミトコンドリアゲノム全長配列に基づきベイズ法によって得られたフグ目とその近縁なグループの系統関係.内部枝に示した数値は事後確率(%)を示す.

図2.ミトコンドリアゲノム全長配列に基づきベイズ法によって得られたフグ目内部の系統関係.内部枝に示した数値は事後確率(%)を示す.

図3. ミトコンドリアゲノム全塩基配列に基づきベイズ法により得られたモンガラカワハギ科の系統関係.内部枝に示した数値は事後確率(%)を示す.●はモロコシハギ群,■はウマヅラハギ群,◆はアザミカワハギ群,○はウスバハギ群を示す.*はミトコンドリアゲノムに遺伝子配置変動が見られた種,下線は挿入配列が見られた種を示す.

表1.ミトコンドリアゲノム全塩基配列を用いてベイズ法により推定されたフグ目魚類とモデル生物を含む魚類の主要系統との分岐年代.

分子時計による推定値はKumazawa et al(1999),化石による推定値はBenton(1990)を参照した.単位は100万年.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は豊富なデータと緻密な分子系統解析によってフグ目魚類の系統関係を明瞭に示すことに成功している。ベイズ法による解析も見事であり、分子データを用いた魚類の系統解析としては極めて高く評価すべき内容である。特にフグ目魚類のスズキ類内部における系統的位置を明瞭にしたこと、フグ目魚類の姉妹群を明らかにした点は重要である。また、フグ目内部の系統関係についても緻密な研究を行い、フグ目が二つの大きなクレードから構成され、フグ目内部には8科が存在することを明らかにした。また、モンガラカワハギ科については、これまでの形態学的研究に基づく研究を批判的に検討しつつ、ミトコンドリアゲノムのデータ解析によって属レベルの詳しい系統関係を明らかにすることに初めて成功した。さらにゲノム研究のモデル生物となっているトラフグやミドリフグ、ゼブラフィッシュなどを含む魚類の主要な分類群とフグ目魚類の分岐年代をミトコンドリアゲノムのベイズ法解析によって明らかにした。従来、化石記録と分子時計のデータの間で魚類の分岐年代には大きな見解の違いがあったが、本研究によって魚類の主要な分類群の分岐年代が明瞭に示されたことは高く評価された。また、本研究は以上の結果に基づいて、フグ目魚類の新たな分類体系を示し、分類学的な貢献度も高いことが評価された。

 本論文は7章から構成されている。第1章のイントロダクションでフグ目魚類の系統分類学的研究を簡潔にまとめ、フグ目魚類の系統的問題に関して本論文が解明すべき課題を示している。第2章ではフグ目のミトコンドリアゲノムは、他の脊椎動物と同様におよそ16,500 塩基対からなる環状構造をもち、遺伝子の配置も,モンガラカワハギ科のアミメハギを除き,他の脊椎動物に見られる典型的な遺伝子配置と同様であることが示され、カワハギ科のハナツノハギとテングカワハギにおいて,tRNA-Phe遺伝子と12S rRNA遺伝子の間に180bpほどの挿入配列が見られることを初めて明らかにした.

 第3章は過去の研究によってフグ目と近縁であるとされたグループを系統解析に用いてフグ目の単系統性の確証と姉妹群の探索が行われ、フグ目の単系統性が事後確率100%のデータによって示され、その姉妹群はアンコウ目+ヒシダイ亜目(マトウダイ目)となり,古くから近縁だと考えられていたニザダイ亜目は比較的離れた系統的位置にあることを明らかにした.Bayes factorによる検定の結果,他の仮説は明瞭に否定され、本研究によって姉妹群が明瞭に示された点は極めて高く評価される.第4章ではフグ目内部の系統関係を扱っている。ベイズ法による緻密な系統解析の結果,フグ目はハコフグ群とフグ群の2群に分かれることが明らかになった。第5章ではモンガラカワハギ科の33属33種についてミトコンドリアゲノム全長配列を用い,ベイズ法による系統解析を行った結果,モンガラカワハギ亜科,カワハギ亜科はそれぞれ単系統群であることを明らかにした。それぞれの内部の関係については,形態形質に基づく既往の仮説と相違が認められた。従来の研究で認められていたカワハギ亜科の4つの群のうち,モロコシハギ群,アザミカワハギ群は単系統となったが,ウマヅラハギ群,ソウシハギ群は単系統とはならなかった.また、腹鰭の退縮は各クレードに多系統的に出現し,平行して何度も起こったことを明瞭に示した点は魚類の系統研究の上で大きな貢献といえる。

 第6章ではミトゲノム全長配列に基づいたベイズ法によってモデル生物を含めた魚類の主要系統間の分岐年代の推定を行った.その結果,フグ科魚類とゼブラフィッシュとの分岐年代は3億年前,メダカとの分岐年代は1億7500万年前,トゲウオとの分岐年代は1億6700万年前と推定された.また,フグ目は1億2600万年前に最も近縁なアンコウ目+ヒシダイ亜目と分岐し,その後,フグ群とハコフグ群が1億2200万年前に分岐したことが推定された.フグ目の8科は白亜紀の中ごろまでに分岐しており,最も分岐が古い科はウチワフグ科(1億1300万年前)で,最後に分岐した科はフグ科とハリセンボン科(1億年前)であった.このように魚類の分岐年代を総括的に扱った研究は初めてであり、高い評価を得た。

 第7章では本研究の系統解析に基づいて新たな分類体系を提唱した。スズキ類内部の系統関係が不明である現状を考慮して,フグ目を亜目とし,その外群であるアンコウ目,ヒシダイ亜目,タイ類も同じ目の亜目として,アンコウ亜目,ヒシダイ亜目,タイ亜目として分類している.また、フグ目の内部についてはハコフグ群,フグ群を上科のランクとして提唱しているが、これは系統研究に基づく合理的な分類体系であると評価された。

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