No | 119995 | |
著者(漢字) | 末次,貴志子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スエツグ,キシコ | |
標題(和) | 日本周辺の上部漸深海底生魚類の種組成における短期的変動とその日周期性、および変動に関する物理的要因との関連について | |
標題(洋) | Short-term fluctuation and diel periodicity in species composition of deep-sea demersal fishes, and its relationships with physical factors on the upper slope around Japan | |
報告番号 | 119995 | |
報告番号 | 甲19995 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4724号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 深海とは一般に主躍層より深い部分の海洋を指す。その環境は時間的に一定であると考えられてきたため、これまで多くの深海研究が深海底生生物群集は時間的に安定であるという概念に基づいて行われてきた。しかし近年、深海底生生物群集の様々な生物で季節変動などの時間的変動が存在することが明らかになってきた。これは深海底生生態系の動態を考える上で、深海底生生物における時間的変動の把握が重要であることを示している。そこで、本研究では深海底生魚類に注目してその時間的変動を明らかにすることを目的とした。深海底生魚類は大型深海底生生物の中でも密度・生物量共に大きな部分を占め、その変動が深海底生生物群集に与える影響は大きい。また、その高い移動能力から海底上の有機物輸送の経路としても重要な役割を果たす。よって、深海底生魚類の時間的変動を明らかにすることは深海底生生物群集の動態および海底上における有機物輸送を考える上で重要であると考えられる。 深海底生魚類群集の時間的変動については、季節変動だけでなくより短期的な変動についても上部漸深海を中心とした研究が近年行われ始めた。北東大西洋の研究から、上部漸深海底生魚類の種組成には海面の昼夜に対応した短期的変動が存在すること、その主な変動要因として餌生物の入手しやすさが挙げられることが示唆された。これまでの食性研究から深海底生魚類の多くが中層成分をも捕食することが知られている。多くの中層生物は日周鉛直移動を行うため、深海底生魚類の餌生物は日周的に変動する可能性が考えられる。もし、深海底生魚類群集の短期的変動を引き起こす主要因が餌生物の移動とその追跡であるならば、深海底生魚類群集の変動にも日周期性があると期待される。しかし、底生魚類の短期的変動に含まれる周期性に注目した研究はこれまでなかった。 また、深海底生魚類群集の変動に影響を与える要因として、海面の昼夜以外の物理的要因も考えられる。本研究では水温と塩分濃度の2つの物理的要因に注目した。深海は水温・塩分濃度がほぼ一定であり、その短期的変動が生物に与える影響は小さいとこれまで考えられていたため、水温・塩分濃度と底生魚類の種組成変動の関係について研究はなかった。 本研究では深海底生魚類の種組成に見られる短期的変動を明らかにし、その変動要因を特定することを第一目的とした。このため、上部漸深海底約500mからトロールネットにより得られた底生魚類標本を用いた。中層生物の多くが海面近くから水深500m付近までは日周鉛直移動を行うことが知られているため、水深500m付近では底生魚類の餌生物が海面の明るさに直接反応して変動すると考えられる。よって、この水深における上部漸深海底生魚類の種組成変動やその周期性、および変動要因の特定を試みた。 深海生物研究ではこれまで定量性のある比較可能な標本を得ることが困難であった。深海性大型底生生物の採集には主にビームトロールネットが使われてきたが、この機器は海底と実際に接していた時間を常に正確に推定できるとは限らないという欠点があった。曳網時間の正確な推定は標本の標準化に必要である。そこで、従来のトロールネットに実用的な着底スイッチシステムを組み合わせた。本研究ではこの改良したトロールネットを用いて、研究船淡青丸と白鳳丸で生物採集を実施した。 本論文は以下の3章に分けられている。 1章では上部漸深海底生魚類の種組成変動について昼夜間で比較し、短期的変動の存在を明らかにすることを目的とした。房総東沖と遠州灘における水深500mの2点で昼夜別の生物採集を行い、トロールキャッチの種組成を比較した結果、両地点ともに底生魚類の種組成が昼夜で明確に異なっていた。また、この短期的変動には優占種が大きく寄与していた。このような変動を引き起こす要因として、同一地点で連続的な生物採集を行ったことによる標本間の偏りも考えられたが、それだけでは種組成の短期的変動をすべて説明できなかった。よって、上部漸深海底生魚類、特に優占種の水平的あるいは垂直的移動が種組成全体の短期的変動に寄与していることが示唆された。 2章ではこのような短期的変動の日周期性について、房総東沖とオホーツク海の2地点から2日間にわたって得た魚類標本に基づいて検討した。解析の結果、2地点ともに種組成の短期的変動は見られたが、明確な日周期性は確認できなかった。房総東沖では種組成が昼夜で分かれる傾向を示したものの、その差は曖昧であった。一方、オホーツク海では種組成が採集日によって変動する傾向が見られ、昼夜間での変化は見られなかった。これまで上部漸深海底生魚類の種組成変動には餌生物の入手しやすさが主に関与しており、深海底生魚類の種組成は餌生物の日周鉛直移動を介して海面の昼夜で変化すると考えられてきた。しかし、本研究の結果から上部漸深海底生魚類の種組成変動における日周期性は弱く、種組成の短期的変動には昼夜以外の要因が大きく寄与することを示唆した。 3章では種組成の短期的変動に関与する昼夜以外の物理的要因として水温と塩分濃度をパラメータとして、上部漸深海底生魚類の種組成における短期的変動と物理的要因との関連を解明しようとした。土佐湾、房総東沖およびオホーツク海の水深500m地点で生物採集と同時に、トロールに水温計と塩分計を取り付けた。また、昼夜も1つの物理的要因として解析に加えた。これら3つの物理的要因と種組成変動の関連性を多変量解析で調べた結果、この3要因が種組成変動の半分以上を説明することが明らかとなった。また各要因と種組成変動の関連を調べた結果、昼夜は水温・塩分濃度に比べて寄与が小さく、3地点のいずれでも種組成変動に最も寄与を示す要因ではなかった。以上から、海面における昼夜は上部漸深海底生魚類の種組成変動に大きく寄与せず、これまで考慮されなかった水温や塩分濃度の変動が種組成変動に強い関連を示した。これは上部漸深海底生魚類が明確に日周期性を示さなかったことの理由の一つであろう。また各地点で各物理的要因の寄与率が異なり、各要因に関連を示した優占種の割合に対応した。よって、種組成の短期的変動と物理的要因の関連を調べる際には鍵種を中心とした解析が有効であることが示唆された。 3海域に共通して出現した種はいなかったが、房総東沖と土佐湾では9種の共通種が存在した。その出現と物理的要因の関連性を地点間で比較した結果、異なる地点でも各種は同じ物理的要因と相関を示した。これは海域に関わらず、種の出現と物理的要因の関係が安定したものであることを示唆している。9種の中で優占した3種は異なる要因との関連を示した。オキアナゴCongriscus megastomusは昼夜と最も強い相関を示したことから、本種の出現は海面の日周期と関連していると考えられる。一方、イトダラHymenocephalus lethonemusとネズミダラNezumia condyluraは水温と強い相関を示した。水温は底層流向と強い相関を示したことから、これら2種は海底付近の流向にその出現を左右されると考えられる。 生物採集を行った土佐湾、遠州灘、房総東沖2地点の計4地点では共通した優占2種(オキアナゴ、イトダラ)が認められた。この2種はそれぞれ異なる物理的要因と関連したが、その出現パターンについては物理的要因の変化が直接その行動に影響を与える可能性と、餌生物の変動を介した間接的な物理的要因との関連が考えられた。脂肪酸分析を行った結果、2種間で食性が異なる傾向が示された。よって今後はこの2種の変動だけでなく、その餌生物を特定しその動態を含めた観察が必要である。 本研究は上部漸深海底生魚類の種組成が短期的に変動すること、またこれまで深海底生魚類の時間的変動にほとんど影響を与えないと考えられていた水温・塩分濃度の短期的な変化が種組成全体の変動に大きく貢献していることを示唆した。これらの結果に基づき、今後は明確な変動パターンを示した種や時間的変動を示さなかった種について、その食性も含めた生物学的な特徴に関する詳細な研究の必要性が明示された。本研究で得られる知見は、深海底生魚類群集が静的なものではなく、底生生物群集は深海底で生き抜く上で様々な生活戦略をとるものの集合体であることを明らかにしていく仕事の一環をなす。 | |
審査要旨 | 本研究は、深海底生魚類群集が静的なものではなく、深海底で生き抜く上で様々な生活戦略をとるものの集合体であることを明らかにしていく仕事の一環として、これまで生態学的知見が乏しかった上部漸深海底生魚類に注目し、種組成に見られる短期的変動やその日周期性の把握、および変動要因の特定を試みたものである。また、深海生態学的研究において懸案であった大型底生生物サンプリングの定量性の精度を高めるため、トロールに着底確認モニターシステムを装着・使用している。 1章では上部漸深海帯に属する水深500mの底生魚類種組成が短期的に変動することを証明しようとした。房総東沖と遠州灘の2測点で昼夜別に生物採集を行い、トロールキャッチの種組成を比較した。その結果、両地点ともに底生魚類の種組成が昼夜で明確に異なっていた。この変動を引き起こす要因として、同一地点での連続的な生物採集による標本の偏りも考えられたが、上部漸深海底生魚類の水平的・垂直的移動も種組成全体の短期的変動に寄与していることが強く示唆された。 2章ではこの日周的短期変動の有無を、房総東沖とオホーツク海から得られた標本を用いて検討した。房総東沖では昼夜の種組成が変動する傾向があるものの、その差は曖昧であった。一方、オホーツク海では昼夜間の種組成変動が見られなかった。これらの結果から上部漸深海底生魚類の種組成変動における日周期性は不明瞭であり、種組成の短期的変動には昼夜以外の要因が関連している可能性が示された。 3章では種組成の短期的変動に関与する昼夜以外の物理的要因として水温と塩分濃度を加え、上部漸深海底生魚類種組成の短期的変動と物理的要因との関連の解明を試みた。その結果、海面の昼夜は上部漸深海底生魚類の種組成変動に大きく寄与せず、これまで考慮されなかった水温や塩分濃度の変動が種組成変動に強く関連した。また各地点で各物理的要因の寄与率が異なり、各要因に関連を示した優占種の割合に対応した。水温や塩分濃度の短期的変動は海底での水の動きを表すので、上部漸深海底生魚類の種組成変動には海面の昼夜より海底付近の水の動きに影響を受けると考えられる。房総東沖と土佐湾に共通して優占した3種の出現は、異なる物理的要因に左右されることが示唆された。オキアナゴCongriscus megastomusは昼夜と最も強く相関したことから、本種の出現と海面の日周期との強い関連が考えられる。一方、イトダラHymenocephalus lethonemusとネズミダラNezumia condyluraは水温と強い相関を示した。水温は底層流向と強く相関したことから、これら2種の出現は海底付近の流向に影響されると考えられる。このような種によって異なる出現パターンについては、2つの可能性が考えられた。物理的要因の変化が直接その行動に影響を与える可能性と、餌生物の変動を介した間接的な物理的要因との関連である。脂肪酸分析で食性を調査した結果、魚種間で索餌空間が異なる傾向が示された。よって底生魚類の変動だけでなく、その餌生物の特定・動態を含めた観察が必要であることを示した。 本研究は、上部漸深海底生魚類の種組成に短期的変動がみられることを示した貴重な研究例である。また、海底付近での水温・塩分濃度の短期的変動、もしくは低層流レジームの変動が上部漸深海底生魚類の種組成変動に反映することをはじめて実証し、その原因の一つが餌生物の時空間的短期変動とリンクしたものであることを明らかにした。今後の他海域やより広い水深範囲における深海底生魚類の短期的変動研究との比較によって上部漸深海帯における特殊性か否かを検討する必要もあるが、様々な時間スケールで変動する環境パラメータ、それによって変動する種群、変動しない種群、捕食-被食関係のような生物間相互作用の時空間的変動を総合することによって、深海底生魚類群集とは様々な生活パターンの複合した動的なものであるという新たなる認識を導く重要な契機となるものと位置づける。 なお、本論文第1〜3章は太田 秀との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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