学位論文要旨



No 119997
著者(漢字) 十亀,麻子
著者(英字)
著者(カナ) ソガメ,アサコ
標題(和) ツメガエルにおける内胚葉性器官の形成に関与する遺伝子の探索と解析
標題(洋) Screening and Characterization of Genes Involved in Endoderm Differentiation during Early Xenopus Development
報告番号 119997
報告番号 甲19997
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4726号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 松田,良一
 東京大学 助教授 平良,眞規
内容要旨 要旨を表示する

 脊椎動物の卵は卵割を繰り返した後、外胚葉・中胚葉・内胚葉と呼ばれる三種類の胚葉を形成する。外胚葉からは表皮や神経系が、中胚葉からは筋肉や脊索、血管、腎管などが、内胚葉からは主に消化器官や呼吸器官が分化する。さらに消化管上皮の異なった領域から胃や腸、肝臓、膵臓などの付属器官が分化する。これらの器官が分化し形成されていく過程については多くの研究が行われ、様々なことが明らかになっている。例えば膵臓は、組織形態と発生様式が脊椎動物で広く共通しており、消化管上皮からまず背側原基が続いて腹側原基が順に生じた後、両者が融合して単一器官としての膵臓が形成される。この過程において、消化管上皮に対して間充織や脊索等の隣接する組織からの作用が重要である。一方、肝臓は心臓からのシグナルを受けて腹側の消化管上皮から単一の原基として生じる。膵臓と肝臓は非常に近接した領域から発生し、発生過程において互いに密接な関係がある。また、未分化な消化管上皮は周辺器官との組み合わせによって、膵臓にも肝臓にも分化する事が知られている。近年、これらの器官の分化に関与している遺伝子が明らかになりつつあるが、その分子メカニズムは複雑で未だ不明な点が多く残されており、形成機構を分子レベルで解明するには鍵となる遺伝子の探索と解析が必要である。

 本研究では、まず内胚葉性器官の中でも膵臓に注目し、膵臓が分化する際に発現している遺伝子を探索する事を目的として実験を行った。現在までに、アフリカツメガエルの予定外胚葉片(アニマルキャップ)はアクチビンとレチノイン酸で処理すると膵臓に分化することが報告されている。この系は組織間の相互作用等を極力省いたシンプルな系であり、膵臓の様々な分子機構を解明する系として有用であると考えられる。試験管内で誘導された膵臓は、外分泌構造と内分泌構造を備えた形態的及び機能的にも十分に分化した組織であることが確認されているが、前腎など他の組織の混入という問題点があった。そこでアクチビンの濃度について検討を重ね、アニマルキャップ中に誘導される前腎の形成率を抑える条件を確立した。この新しい系を用いて、膵臓の分化が進み様々な膵臓特異的遺伝子が発現していると考えられる時期を選択してcDNAライブラリーを作成し、スクリーニングを行った。その結果、ツメガエル胚の膵臓に特異的に発現する既知の消化酵素をコードする遺伝子が数多く単離できた。近年、ほ乳類において膵臓形成の研究は盛んであるが、両生類の膵臓形成に関する研究は少なく、いくつかのマーカー遺伝子が報告されているだけである。今回得られたこれらの遺伝子は有用なマーカーになりうると考えられる。以上の結果より、膵臓の様々な分子機構を解明する際に、アニマルキャップを用いた系が有用であることが示された。

 次に私は広く内胚葉性器官の形成に関与する遺伝子の探索を試みた。スクリーニングを効果的に行うために、まず前述のアクチビンとレチノイン酸で処理したアニマルキャップ中に誘導されている組織についてさらに詳しく検討した。低濃度のアクチビンで処理した後にレチノイン酸で処理したアニマルキャップ中には内胚葉性の組織だけでなく中胚葉性の組織である筋肉や前腎も誘導されていたが、アクチビンの濃度を上げて処理した場合にはこれらの中胚葉性組織の誘導は抑えられていた。

さらに膵臓形成の初期段階において重要な役割を果たすことが知られているXlHbox8に注目し、mRNAの時間的な発現の変化を確認したところ、処理したアニマルキャップ中では処理後18時間から発現が開始していた。また内分泌マーカーであるinsulinの発現は少し遅れて開始し、外分泌細胞のマーカーであるcarboxypeptidaseAはより分化の進んだ約40時間を過ぎた時期から発現が認められた。これらは正常発生における発現開始時期とほぼ一致していた。このことから、アニマルキャップ中での発生過程は正常胚とほぼ平行して進んでいることが示唆された。

以上の結果をふまえ、処理後18時間のアニマルキャップを用いてcDNAライブラリーを作成し、ディファレンシャルスクリーニングを行った。その結果、処理したアニマルキャップ中で強く発現している、全長1,366 bp、392アミノ酸からなる遺伝子が得られた。この遺伝子はヒトのPAI-1 mRNA-binding protein (PAI-RBP1)とDNAレベルで65%、アミノ酸レベルでは72%の相同性があった。そこで得られた遺伝子をXenopus PAI-1 mRNA-binding protein (XPAI-RBP1)と名付け、解析を行った。XPAI-RBP1は、ツメガエル、ヒト、マウス、ラット、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエにおいて非常に良く保存されたRNA結合ドメインと核移行シグナルを有する。PAI-RBP1は血管内皮細胞由来の培養細胞を用いた研究からPAI1遺伝子の3'末端側に含まれるU-richなCRS領域に結合する因子として単離された。しかしながら、その機能についてはmRNAに結合するという報告があるのみで、発生段階における役割は全く解析されていない。近年、いくつかのRNA結合タンパク質が内胚葉性器官の形成において重要な役割を担っているということが示されている。また膵臓形成において血管上皮からのシグナルが重要であるという知見から、XPAI-RBP1が膵臓あるいは内胚葉性器官の形成に関与しているのではないかと考え、さらなる実験を行った。

各発生段階にある胚を用いてRT-PCR法解析の結果より、XPAI-RBP1の発現は神経胚期から開始し、その後幼生期においても持続していることが示された。空間的な発現パターンをwhole mount in situ hybridization法を用いて確認したところ、XPAI-RBP1は神経胚期から神経領域周辺において弱く発現が開始し、尾芽胚期には眼や鰓弓、弱いながらも前方内胚葉に発現が見られた。発生の進んだ幼生期には前方内胚葉におけるXPAI-RBP1の発現は膵臓原基に限局していた。XPAI-RBP1タンパク質の細胞内局在を確認するために、XPAI-RBP1とEGFPの融合タンパク質をアニマルキャップ中に強制発現させ蛍光顕微鏡下で観察した。その結果、XPAI-RBP1は核移行シグナルを有するにもかかわらず、細胞質全体に存在していることが示された。

胚内での機能を調べるために、XPAI-RBP1のmRNAを顕微注入によって前方内胚葉の予定域である背側帯域に過剰発現させたところ、尾芽胚後期から初期幼生において前方内胚葉組織の肥大が観察された。さらに、アニマルキャップ中で、XPAI-RBP1はアクチビン、レチノイン酸処理を模倣し、内胚葉マーカーを誘導できるのかということを確認した結果、肝臓マーカーであるHexの発現がわずかに観察された。しかしながら、内胚葉や膵臓のマーカー遺伝子の発現は検出されなかった。また、XPAI-RBP1 mRNAを過剰発現した胚においては、尾芽胚期にHexの発現領域が拡大していたが、幼生期には認められなくなった。膵臓マーカー遺伝子については、発生過程を通して発現の変化はなかった。

次に私は、アンチセンスモルフォリノオリゴ(MO)を使用した機能阻害実験を行った。XPAI-RBP1 MOの内胚葉への影響を調べるために、8細胞期の背側植物割球に顕微注入したところ、発生初期には大きな変化は見られなかったが、消化管の回転が始まり膵臓や肝臓の原基が観察できる時期には、消化管の回転及び伸長が妨げられ、それぞれの原基は形成されているが正常な構造をとるには至らなかった。XPAI-RBP1 MOを顕微注入した後、原腸胚期に切り出した背側帯域では、肝臓マーカーであるHexやProx1、HNF3B、内胚葉マーカーであるendoderminなどの発現量に差異は見られなかったが、膵臓マーカーであるXlHbox8やPtf1a、また小腸マーカーであるIFABPの発現量は著しく減少していた。さらにwhole mount in situ hybridization法を用いて各マーカー遺伝子の発現を確認したところ、XPAI-RBP1 の機能を阻害した胚では、尾芽胚期においてXlHbox8及びPtf1aの発現の低下が示されたが、発生が進むに伴いこれらの遺伝子発現は回復し、幼生期においては、膵臓原基の構造は異常ではあるもののマーカー遺伝子の発現は確認された。一方、肝臓マーカーであるHex及びPTBの発現は正常胚と同様であった。

本研究では、XPAI-RBP1が前方内胚葉に発現し内胚葉性器官の遺伝子発現を調節しているということを示した。これらの結果より、XPAI-RBP1は発生初期には膵臓や肝臓といった前方内胚葉の領域を維持し、膵臓原基ができた後には各組織での特異的な遺伝子発現を維持することで、前方内胚葉性組織の分化に関与していると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなる。第1章は膵臓形成における遺伝子スクリーニングとその解析を行い、第2章では内胚葉形成に関与する遺伝子のクローニングと機能解析について述べられている。

 脊椎動物の卵は卵割を繰り返した後、外胚葉・中胚葉・内胚葉と呼ばれる三種類の胚葉を形成する。外胚葉からは表皮や神経系が、中胚葉からは筋肉や脊索、血管、腎管などが、内胚葉からは主に消化器官や呼吸器官が分化し、さらに消化管上皮の異なった領域から胃や腸、肝臓、膵臓などの付属器官が分化する。

 第1章では、まず内胚葉性器官である膵臓に注目し、膵臓が分化する際に発現している遺伝子の探索を行った。既にアフリカツメガエルの予定外胚葉片(アニマルキャップ)はアクチビンとレチノイン酸で処理すると膵臓に分化する事が報告されている。試験管内で誘導された膵臓は、形態的及び機能的にも充分な構造であることが確認されているが、前腎管など他の組織の混入という問題があった。そこでアクチビンの濃度について検討を重ね、アニマルキャップ中に誘導される前腎管の形成率を抑える条件を確立した。この系を用い、膵臓特異的遺伝子が発現していると考えられる時期を選択してcDNAライブラリーを作成し、スクリーニングを行った。その結果、ツメガエル胚の膵臓に特異的に発現する既知の消化酵素をコードする遺伝子が数多く単離できた。近年、ほ乳類と比較して両生類の膵臓形成に関する研究は未だ少ない。今回得られた遺伝子は有用なマーカーになりうると考えられる。以上の結果より、膵臓形成の分子機構の解明に、アニマルキャップを用いた系が有用であることが示された。

 そこで膵臓形成の初期段階において重要な役割をもつことが知られているXlHbox8に注目し、mRNAの時間的な発現の変化を確認したところ、処理したアニマルキャップ中では処理後18時間から発現が開始していた。また内分泌マーカーであるinsulinや、外分泌細胞のマーカーであるcarboxypeptidaseAの発現時期は正常発生における発現開始時期とほぼ一致していた。このことから、アニマルキャップ中での発生過程は正常胚とほぼ平行して進んでいることを明らかにした。

 第2章ではこのような条件下、処理後18時間のアニマルキャップを用いてcDNAライブラリーを作成し、ディファレンシャルスクリーニングを行った。その結果、全長1,366 bp、392アミノ酸からなる遺伝子が得られた。この遺伝子はヒトのPAI-1 mRNA-binding protein (PAI-RBP1)とDNAレベルで65%、アミノ酸レベルでは72%の相同性があった。その遺伝子をXenopus PAI-1 mRNA-binding protein(XPAI-RBP1)と名付け、解析を行った。

 各発生段階の胚を用いたRT-PCR法による解析の結果、XPAI-RBP1の転写は神経胚期から幼生期まで持続していた。またWhole mount in situ hybridization法による解析でXPAI-RBP1は神経胚期から神経領域周辺において弱く発現が開始し、尾芽胚期には眼や鰓弓、弱いながらも前方内胚葉に発現が見られた。発生の進んだ幼生期には前方内胚葉におけるXPAI-RBP1の発現は十二指腸及び膵臓原基に限局していた。XPAI-RBP1とEGFPの融合タンパク質をアニマルキャップ中に発現させた結果、XPAI-RBP1タンパク質は核移行シグナルがあるにもかかわらず細胞質に存在することが示された。

 XPAI-RBP1のmRNAを顕微注入によって前方内胚葉の予定域である背側帯域に過剰発現させた結果、尾芽胚後期から初期幼生において前方内胚葉組織の肥大が観察された。内胚葉性器官への影響を調べる為に、機能阻害効果をもつXPAI-RBP1のアンチセンスモルフォリノオリゴ(XPAI-RBP1 MO)を8細胞期の背側植物割球に顕微注入した結果、消化管の回転が始まり膵臓や肝臓の原基が観察できる時期には、消化管の回転及び伸長が妨げられ、各原基は形成されているが正常な構造をとるには至らなかった。さらにXPAI-RBP1 の機能を阻害した胚では、尾芽胚期においてXlHbox8及びPtf1aの発現の遅れが示された。

 これらの結果より、XPAI-RBP1は発生初期には膵臓や肝臓といった前方内胚葉の領域で、膵臓原基ができた後には各組織での遺伝子発現を維持することで、前方内胚葉性器官の分化に関与していることを明らかにした。

 なお、本論文第1章は早田および浅島との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったものであり、第2章は論文提出者が全て主体的に行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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