学位論文要旨



No 120000
著者(漢字) 雪田,聡
著者(英字)
著者(カナ) ユキタ,アキラ
標題(和) ツメガエル初期発生におけるWntシグナル伝達系に対するSUMO化修飾の機能解析
標題(洋) The functional analyses of SUMO modification in the Wnt signaling pathway during early Xenopus development
報告番号 120000
報告番号 甲20000
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4729号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 助教授 松田,良一
 東京大学 助教授 平良,眞規
内容要旨 要旨を表示する

 SUMO(Small Ubiquitin-related MOdifer)分子はsentrin、SMT3Cとも呼ばれるユビキチン分子に類似した約100アミノ酸からなるタンパク質で、SUMO分子が標的タンパク質に結合するSUMO化修飾はユビキチン化に類似したタンパク質翻訳後修飾である。SUMO化修飾の反応経路はユビキチン化修飾と同様にSUMO分子を活性化させるE1、活性化SUMO分子を運搬するE2、基質にSUMO分子を結合させるE3により触媒されるが、SUMO化とユビキチン化とで触媒する酵素は異なっている。SUMO化修飾経路は可逆的であり、SUMO化されたタンパクからSUMO分子を外す活性を持つ脱SUMO化酵素が複数同定されているが、基質特異性などについてはまだ未解明な部分が多い。SUMO化修飾を受ける標的タンパク質は現在までに数多く報告されており、SUMO化修飾によりその細胞内局在、安定性、転写活性が変化することが分かってきている。この事からSUMO化修飾は多くの生命現象に関与する重要なタンパク質翻訳後修飾であると考えられるが発生段階におけるSUMO化修飾の役割については殆ど報告がない。そこで私は発生段階におけるSUMO化修飾の役割の役割について研究を行った。

 第一章では、Wnt/βカテニンシグナル伝達系における脱SUMO化酵素の役割を調査した。Xenopus(ツメガエル)を用いた研究などから、脊椎動物の発生段階において様々なシグナル伝達経路が厳密な調節を受けて重要な役割を担っている事が明らかになっている。その1つがWnt/βカテニンシグナル(カノニカルWntシグナル)であり、細胞質でのβカテニンの分解を抑制することによりシグナルが伝達される。ツメガエル初期発生において、Wnt/βカテニンシグナルに関与する因子が背腹軸の決定に重要な役割を担っている事が知られている。背腹軸の決定に関与するWntリガンドは決定されていないが、少なくとも将来背側となる領域にはβカテニンの蓄積が認められ、SiamoisやXnr3といった標的遺伝子の転写活性を促進し、背側領域を決定すると考えられている。DishevelledやβカテニンなどWnt/βカテニンシグナルの促進性因子を将来の腹側領域に過剰発現させると異所的な二次軸が誘導され、AxinやGSK3βといった抑制性因子を背側領域に過剰発現させると頭部を含む背側構造の欠失が認められることから、Wntβカテニンシグナルに関与する因子は背腹軸の決定する活性を持っている。

 近年、Wntシグナルに関与する因子のいくつかがSUMO化修飾を受けうる事、および脱SUMO化酵素の1つであるAxam/SENP2がWnt/βカテニン経路を抑制的に調節する事が報告され、Wntシグナル伝達経路はSUMO化修飾により何らかの調節を受けることが示唆されている。そこで、発生段階でのWntシグナル伝達系におけるSUMO化修飾の役割について解析したいと考え、脱SUMO化酵素であるAxam/SENP2によるWnt/βカテニン経路の抑制に着目し、ツメガエルを用いて研究を行った。ツメガエルにおいて脱SUMO化酵素についての報告は無かったので、脱SUMO化酵素群で保存されているC末端側領域に相同性の高いツメガエルEST配列をもとにスクリーニングを行った。その結果、ツメガエルではじめて脱SUMO化酵素と予想される配列を同定し、Xenopus SENP1(XSENP1)と名付けた。XSENP1 mRNAは母性因子としてツメガエル卵に存在し、脱SUMO化活性を実際に有している事を確認した。さらに、XSENP1 mRNAの顕微注入によって、ツメガエル胚は背側前方構造の欠損した表現型を示し、Wnt/βカテニンシグナルの標的遺伝子の1つであるXnr3の発現を抑制することが分かった。この事はXSENP1がAxam/SENP2と同様にWnt/βカテニンシグナルの伝達を抑制する活性を持つ事を示唆している。その一方で、Axam/SENP2はその脱SUMO化活性によりβカテニンの分解を促進する事が報告されているのに対し、XSENP1の過剰発現によるβカテニンの分解促進は認められなかった。このことはXSENP1がAxamとは異なる作用でWnt/βカテニンシグナルを抑制していることを示唆している。また、Wnt/βカテニンシグナルの促進性因子との共発現から、XSENP1はβカテニンの下流かつ、標的遺伝子の1つであるSimaoisの上流でWnt/βカテニンシグナルを抑制することが示された。近年、Wnt/βカテニンシグナルにおいて転写因子として機能するTcf4がSUMO化を受ける事で転写因子としての活性が上昇する事が報告された。この事とXSENP1が主に核内に局在するという本研究での知見と併せて、核内においてXSENP1は転写因子TcfファミリーのSUMO化を阻害しTcfの活性を抑えることでWnt/βカテニンシグナルを負の方向へ調節するモデルを考えている。

 第2章では、脱SUMO化酵素だけではなくSUMO化修飾のツメガエル発生段階での役割も知りたいと考え、Xenopus SUMO-1(XSUMO-1)分子およびSUMO化修飾においてE2、E3として機能するXenopus UBC9(XUBC9)、Xenpus PIASy(XPIASy)の過剰発現、およびXSUMO-1のモルフォリノオリゴ(XSUMO-1-MO)による機能阻害実験を行った。第1章より、これらのSUMO化因子がWnt/βカテニンシグナルの伝達を促進すると予想し腹側への過剰発現を行った。しかし、予想に反してSUMO化因子の過剰発現による異所的な二次軸の誘導や標的遺伝子の発現の促進など、Wnt/βカテニンシグナルの活性化は認められなかった。一方、SUMO化因子をツメガエル卵の動物極側へ過剰発現すると、軸の伸長および神経管の形成に不全が認められた。この表現型はツメガエルにおいてWnt/PCP(細胞内平面極性:Planar cell polarity)経路に関与している因子を過剰発現及び機能阻害した場合に観察される表現型に類似している。Wnt/PCP経路はショウジョウバエにおける翅の小毛の極性、ツメガエルやゼブラフィッシュにおける原腸胚期の細胞運動の制御などに関与することが報告されている。Wnt/PCP経路もWnt/βカテニン経路と同様に、Wntリガンドが受容体であるFrizzled(Fz)に結合することによってシグナルが細胞質へと伝えられる。細胞質中ではDishevelled(Dsh/Dvl)を介してRhoおよびRacが活性化され、JNK(c-Jun N-terminarl kinase)によるc-Junのリン酸化レベルを上昇させる事で細胞極性を制御している。表現型の類似性から、SUMO化因子の過剰発現およびXSUMO-1の機能阻害による表現型がWnt/PCP経路の調節を介して原腸胚期の細胞運動に関与しているのではないかと予想した。ツメガエル後期胞胚の動物極側から切り出した予定外胚葉領域(アニマルキャップ)をアクチビン処理すると、アニマルキャップは伸長する。この伸長は原腸陥入時の細胞運動を模倣していると考えられている。実際にドミナントネガティブWnt-11やFzなどの過剰発現によってWnt/PCPシグナルの伝達を乱した胚から切り出したアニマルキャップはアクチビン処理による伸長が阻害される。XSUMO-1-MOによってXSUMO-1を機能阻害させた胚から切り出したアニマルキャップも同様にアクチビン処理による伸長が大きく阻害されていた。さらにXSUMO-1 mRNAを過剰発現させることによってc-JunのN末側におけるリン酸化レベルの上昇が認められた。以上のことから、XSUMO-1の過剰発現および機能阻害の結果からSUMO化修飾の標的タンパク質は不明ではあるが、何らかの因子のSUMO化修飾によりWnt/PCPシグナル伝達を正の方向に調節する事で原腸胚期の細胞運動の調節を行っている事が考えられる。

 本研究は第1章において脱SUMO化酵素の1つであるXSENP1を、第2章ではSUMO分子の1つであるXSUMO-1、およびSUMO化修飾を促進する酵素XUBC9、XPIASyのツメガエル発生段階における機能を解析した。その結果、SUMO化修飾はWnt/βカテニンシグナル伝達の調節及び、Wnt/PCP経路を介して原腸陥入時の細胞運動に関与することが示唆された。現在までに様々なタンパクがSUMO化修飾を受けることが報告されており、発生段階においても本研究で得た知見の他にも多様な役割を担っている事が予想される。発生段階でのSUMO化修飾の役割を解析することは複雑に制御されている発生現象のさらなる解明の一助となることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では第1章において脱SUMO化酵素の1つであるXSENP1を、第2章ではSUMO分子の1つであるXSUMO-1、およびSUMO化修飾を促進する酵素XUBC9、XPIASyのツメガエル発生段階における機能を解析している。

 SUMO (Small Ubiquitin-related MOdifier) 分子はsentrin、SMT3Cとも呼ばれるユビキチン分子に類似した約100アミノ酸からなるタンパク質である。SUMO化修飾経路は可逆的であり、SUMO化されたタンパクからSUMO分子を外す活性を持つ脱SUMO化酵素が複数同定されているが、基質特異性などについては未解明な部分が多い。そこで論文提出者は発生段階でのSUMO化修飾の役割の役割について研究を行った。

 第1章では、Wnt/βカテニンシグナル伝達系における脱SUMO化酵素の役割を調査した。ツメガエルの発生段階でのWntシグナル伝達系におけるSUMO化修飾の役割について解析したいと考え、脱SUMO化酵素であるAxam/SENP2によるWnt/βカテニン経路の抑制に着目し、ツメガエルを用いて研究を行った。ツメガエル胚背側割球にAxam/SENP2 mRNAを顕微注入すると背側前方構造の欠損、Wnt/βカテニンシグナルの標的遺伝子の1つSiamoisの発現抑制が認められた。このことから、ツメガエル発生段階におけるWnt/βカテニンシグナルにおいても脱SUMO化酵素が関与し得ると考え、発生段階における脱SUMO化酵素の役割をさらに解析するため、ツメガエルの脱SUMO化酵素の機能解析を行った。ツメガエルにおける脱SUMO化酵素についての報告は無かったので、脱SUMO化酵素群で保存されているC末端側領域に相同性の高いツメガエルEST配列をもとにスクリーニングを行った。その結果、ツメガエルではじめて脱SUMO化酵素と予想される配列を同定し、Xenopus SENP1(XSENP1)と名付けた。XSENP1 mRNAは母性因子としてツメガエル卵に存在し、脱SUMO化活性を実際に有している事を確認した。さらに、XSENP1 mRNAの顕微注入によって、ツメガエル胚は背側前方構造の欠損した表現型を示し、Wnt/βカテニンシグナルの標的遺伝子の1つであるXnr3の発現を抑制することが分かった。さらに、Wnt/?カテニンシグナルの促進性因子との共発現から、XSENP1はβカテニンの下流かつ、標的遺伝子産物の1つであるSimaoisの上流でWnt/βカテニンシグナルを抑制することが示された。

 第2章では、脱SUMO化酵素だけではなくSUMO化修飾のツメガエル発生段階での役割も知りたいと考え、Xenopus SUMO-1(XSUMO-1)分子およびSUMO化修飾においてE2、E3として機能するXenopus UBC9 (XUBC9)、Xenopus PIASy (XPIASy)の過剰発現、およびXSUMO-1のモルフォリノオリゴ(XSUMO-1-MO)による機能阻害実験を行った。SUMO化因子をツメガエル卵の背側動物極よりへ過剰発現すると、軸の伸長および神経管の形成に不全が認められた。この表現型はツメガエルにおいてWnt/PCP(細胞内平面極性:Planar cell polarity)経路に関与している因子を過剰発現及び機能阻害した場合に観察される表現型に類似している。ツメガエル後期胞胚から切り出したアニマルキャップをアクチビン処理すると、アニマルキャップは伸長する。この伸長は原腸陥入時の細胞運動を模倣していると考えられ、実際にドミナントネガティブWnt-11やFzなどの過剰発現によってWnt/PCPシグナルの伝達を乱した胚から切り出したアニマルキャップはアクチビン処理による伸長が阻害された。XSUMO-1-MOによってXSUMO-1を機能阻害させた胚から切り出したアニマルキャップも同様にアクチビン処理による伸長が阻害されていた。さらにXSUMO-1 mRNAを過剰発現させることによってc-JunのN末側におけるリン酸化レベルの上昇が認められた。以上のことから、XSUMO-1の過剰発現および機能阻害の結果からSUMO化修飾の標的タンパク質は不明ではあるが、何らかの因子のSUMO化修飾によりWnt/PCPシグナル伝達を正の方向に調節する事で原腸胚期の細胞運動の調節を行っている事を明らかにした。

 なお、本論文の第1章は道上、福井、桜井、井原、山本(秀)、菊地,浅島らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったものである。第2章については論文提出者が全て主体的に行ったものである。それゆえ、本論文は論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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