学位論文要旨



No 120006
著者(漢字)
著者(英字) Apirumanekul,Chusit
著者(カナ) アピラムマニークン,チューシット
標題(和) マルチフラクタルによるグリッド月降雨量から日降雨量への時空間ダウンスケーリング手法の極値統計への適用に関する研究
標題(洋) Application of Spatial and Temporal Downscaling of Monthly Gridded Rainfall to Daily Rainfall by Multifractal to Statistical Extreme Events
報告番号 120006
報告番号 甲20006
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5948号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 沖,大幹
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 佐藤,慎司
 東京大学 教授 目黒,公郎
内容要旨 要旨を表示する

 現在の水文学には時空間スケールでの高解像度の気象データが不可欠である。洪水、水資源管理、都市化に伴う水質汚染などの水に関連する諸問題はこの数十年で大きく増大している。これらの問題は、結果として、経済や環境の破壊、人命の損失、住民に精神的な負担をもたらす。また、主要な都市において水の供給が停止することで、重大な経済活動の損失が生じることも考えられる。人口密集域では、洪水を抑制する目的で、治水目的のダムや貯水池のリスク・アセスメントを行う必要がある。このためにはPMP(可能最大降水量)が必要となる。ある場所におけるPMPを見積もるためには、多くの物理的要素(気象学、山岳やその他)を考慮した詳細な降雨過程の解析が必要である。このためには、アジアの多くの地域では困難なことであるが、複雑な気象データとその地域の気候に精通した気象学と水文学の専門家が必要である。

 時空間スケールにおける高解像度の降雨データは水文学的な分析に必要不可欠であるが、これらのデータを得るには膨大な時間とコストが必要となる。実際の水文学における問題を解決するために、利用可能な低解像度データから時空間におけるダウンスケーリングが研究されてきた。小規模スケールにおける降雨データを作成するため、雨量計の単純な内挿法、統計的ダウンスケーリングや雨量計と衛星データ、気候モデルのデータの合成が行われてきた (以降、合成降雨データとする)。

 本研究では、時空間スケールにおける降雨データのダウンスケーリングに関し、フラクタルスケーリング解析を行った。降雨データの分析とダウンスケーリングに加えて、水資源管理に使用されているPMPもマルチフラクタル解析により得られた。このPMPを決定するマルチフラクタル解析(FMP)における最大の利点は、必要とされるデータが少なくて済むことであり、つまり降雨データだけが必要となる。また、FMPは統計的手法と物理法則から得られる。ここ二十年、様々な研究分野でフラクタルとマルチフラクタルの理論が発展してきた。最初に、マルチフラクタルの概念が降雨に適応可能かを調べるため、雨量計や衛星観測による降雨データにおけるフラクタルのスケーリングと性質が調べられた。既存の研究の大部分は、ヨーロッパやアメリカ、オーストラリア、日本などの比較的広範囲の高解像データを用いている。しかし雨量計が少ない地域での研究は存在しない。さらには、水文学において重要な降雨のダウンスケーリングや最大降雨量の算定はマルチフラクタル解析ではほとんど行われてこなかった。本研究の目的は、水文学研究のために低解像度の降雨データを高解像度化し、マルチフラクタル解析を利用して雨量計の少ない地域におけるPMPを求めることである。マルチフラクタル解析を適応するために、まず最初にスペクトル解析を用いて、ある期間(この期間で、マルチフラクタル解析が適応される)の降雨強度の空間分布を調べた。タイにおける日降雨データのスペクトルの変動は月降雨データのスペクトルの変動に対応していて、両方のパワースペクトルの傾きは0.28であり、これは日降雨データと月降雨データでのマルチフラクタルが一致していることを示している。実際、スペクトルはおよそ1ヶ月で傾きに大きな変化が見られる。また、DTM(Double trace moment)法が全体のマルチフラクタルパラメータ(α,C1)を求めるために利用された。これらのマルチフラクタルパラメータは降雨データのマルチフラクタルの特性を示すだけでなく、時間方向のダウンスケーリングに確率場を作り、またフラクタル最大降雨量(FMP)の算定に用いられている。

 PMPの算定にはかなりの労力と広範囲なデータが必要とされるので、アジアではほとんど利用されてこなかった。雨の極値もマルチフラクタルの特徴を持ち、最大積算降雨がマルチフラクタルパラメータのみから得られる。FMPによる日降雨データでのスペクトルの傾きはおおよそ10日と1年で変化している。一方月降雨データでは、6ヶ月と12ヶ月で変化している。それゆえ、DMD法によるマルチフラクタルパラメータの算定は上記に記す期間に制限されていて、FMPそれらの期間で算定される。

 本研究の目的として、ダウンスケーリングは月降雨データを用いて行い、月単位の観測データから日単位データへのダウンスケーリングを行った。そして新たに提案された手法として、平均降雨強度や季節変動といった降雨パターンを再現する合成降雨データを作成した。また、月単位のマルチフラクタルパラメータを用いた1次元カスケード過程から確率場が求められた。本研究はタイに着目したものであり、同国では4ヶ月ごとに季節が変化するため、季節ごとに確率場が求められ、これらの確率場を日単位に変換した。合成降雨データの大きさはカスケードに依存するので、カスケードが高いほど、合成降雨データの降雨強度は高く示された。数種類の異なるカスケードを用いたシミュレーションを行い、月単位での合成降雨データと観測データが統計的に有意な関係となる場合のカスケードを抽出した。

 妥当な降雨の空間分布を再現するには、高解像度における月降雨データと日降雨のフラクタル期間が一致しなければならない。そこで本研究では時間スケールに関する新しいダウンスケーリングを提案し、降雨の平均値と季節変動のみから高解像度の降雨データを作成した。この高解像度の降雨データと観測の降雨データを比較したところ、両者には統計的に有意な関係が得られた。

 空間スケールにおけるダウンスケーリングでは、降雨過程はカスケードから求められる確率場と空間方向の不均一性という2つの要素から構成される。まず確率場に関しては、データ数の増加に伴いマルチフラクタルの信頼性は高まる。しかしマルチフラクタルの信頼性のみでは空間スケールの降雨パターンの不均一性は再現されない。そのため長期平均された降雨データを確率場に用いることで降雨パターンの不均一性を再現することができた。マルチフラクタルとこの長期平均された降雨データの併用により、空間方向の変動やパターンの不均一性を再現する高解像度の降雨データが作成された。従って空間方向の変動パターンを再現するには、この長期平均された降雨データが空間方向の不均一性を示す重要なパラメータとなる。そこで高密度に分布した雨量計網から内挿した長期平均された降雨データを用いることにより、空間的に高解像の不均一性を再現した。各グリッド上での長期平均された降雨データはタイに設置されている43の雨量計から内挿されたものである。空間スケールにおけるこのモデルの妥当性は雨季(9月)の全球降雨データ (GPCP(2.5°)の5日平均データ)を用いて検証された。高解像度の降雨データの検証には、降雨量ごとに地域を区分し、その地域ごとに降雨強度を統計的に比較により行われた。その結果、本研究により作成された高解像度の降雨データは統計的有意性が得られた。

 本研究の最終目的はFMPを応用した時空間ダウンスケーリングを用いた雨の極値の特徴を示す降雨データの作成にある。そのためにまず、GPCPの2.5°格子スケールの月降雨データを用いて空間スケールにおけるダウンスケーリングを行った。そしてダウンスケーリングにより高解像度化された月降雨データは最終的に時間スケールのダウンスケーリングに用いられた。空間解像度はカスケードや信頼性の高い長期平均の降雨量に依存する。時間スケールにおけるダウンスケーリングを行うには高解像度化された月降雨データが必要となり、この月降雨データからマルチフラクタルパラメータはグリッドごとに求められた。空間方向に高解像度化された月降雨データから基準となる降雨特性(平均値や標準偏差等)によりフィルタリングされ、時間スケールのダウンスケーリングが行われた。そして、従来の方法とFMPにおける雨の極値の再現性を比較することにより、本研究で得られた高解像度の降雨データの検証が行われた。最終的にFMPを用いて得られた日単位の高解像度降雨データを雨の極値を的確に再現し、各年における最大値は確率分布関数に一致するものであった。また1950〜2000年までの50年といった長期の確率年であっても、雨量計の日降雨データと高解像度の降雨データから求まる確率分布関数の推定値における誤差の平均値は統計的に有意であることがわかった。以上から、時空間スケールの2つのダウンスケーリングを併用することにより得られた日単位の高解像度降雨データは雨の極値を十分再現するものであると結論づける。

 本研究では、時空間スケールにおけるダウンスケーリングに関し、新たな数値モデルを用いた手法を提案し、雨量計の少ない地域においてその適用可能性が検討された。この数値モデルは全球を網羅する月降雨データから、日単位の高解像度の降雨データを作成した。本研究によって新たに提案された合成降雨データはマルチフラクタルの特性と空間分布を再現しているものであった。また、最大降雨量についても、本研究で提案されたマルチフラクタル解析により算定された。結論として、本研究はマルチフラクタル解析を用いて降雨データを時空間スケールに高解像度化することに成功した。このことは水文学が直面する水に起因する諸問題の解決に役立てられるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

 適切な水資源管理のためには、水マネジメント手法の高度化も重要であるが、社会基盤インフラストラクチャーの様な施設の整備も不可欠である。水管理施設の設計や、洪水、渇水といった自然現象に対応するためには、事前に降水や河川流量等に関して想定する規模の極値を設定する必要がある。

 そうしたいわば設計外力としての極値水文量を定めるためには、生起確率に応じた長期の観測データが原則的には必要である。しかし、雨量に関してですら、十分な密度で地上観測されている陸地は世界でも限られており、データの蓄積も限定的である。これに対し、近年の衛星観測技術の向上や数値モデルとの同化手法の進歩に伴って、グローバルスケールの降水量データが整備される様になっている。ただし、そうしたグローバル降水量データは、月単位と時間分解能が粗く、また、空間解像度も緯度経度2.5度格子(約300km)等という風にそのまま現実の水資源管理に利用するには十分ではない。

 そうした背景のもと、本研究は、そうした粗い月単位降水量データから、マルチフラクタル理論を応用して日単位の降水量の時空間分布を推定するための実用的な手法を、開発したものである。

 空間的ダウンスケーリングに関しては、全球降水量気候値プロジェクト(GPCP)の2.5°格子スケールの月降雨データから高解像度の降水量分布データが作成された。具体的には降雨分布をマルチフラクタル理論に基づくカスケード過程に従う確率場と、気候値に対応する空間的不均一性の重ね合わせで表現できるものとし、長期平均された降雨分布を確率場に掛け合わせることで降雨パターンの不均一性を再現することができた。本研究では例としてタイに設置されている43の雨量計観測データからクリギングにより内挿した長期平均された降雨データを用いることによって、空間的な不均一性を再現した。空間的ダウンスケーリングにおけるこの取り扱いの妥当性は雨季(9月)の観測データ(2.5度格子GPCPの5日平均データ)を用いて降雨量ごとに地域を区分し、その地域ごとに降雨強度を統計的に比較することにより検証されている。その結果、本研究によって作成された高解像度の降雨データは統計的な有意性を持って精度が得られていることが確認されている。

 時間に関するダウンスケールにあたっては、スペクトル解析を用いて、ある期間(この期間で、マルチフラクタル解析が適応される)の降雨強度の空間分布がまず調べられた。タイにおける日降雨データのスペクトルの変動は月降雨データのスペクトルの変動に対応していて、両方のパワースペクトルの傾きは0.28であり、これは日降雨データと月降雨データでのマルチフラクタルが一致していることを示している。実際、スペクトルにはおよそ1ヶ月の時間スケールで傾きに大きな変化が見られる。この情報に基づき、DTM(Double trace moment)法が全体のマルチフラクタルパラメータ(α,C1)を各格子ごとに求めるために利用された。これらのマルチフラクタルパラメータは降雨データのマルチフラクタルの特性を示すだけでなく、時間方向のダウンスケーリングに確率場を作り、またフラクタル最大降雨量(FMP)の算定にも用いられた。

 提案された手法では、月単位のマルチフラクタルパラメータを用いた1次元カスケード過程から確率場が算定され日降水量時系列が作成されている。本研究では適用例はタイに着目しており、同国では4ヶ月ごとに季節が変化するため、季節ごとに確率場を定めた場合にもっとも日降水量変動の統計的再現性が高くなるという結果が得られている。マルチフラクタルによって合成される降雨データのピークの大きさはカスケードプロセスの回数に強く依存するが、数種類の異なるカスケードを用いたシミュレーションを行った結果、月降水量の標準偏差と最適なカスケード回数との間の相関が一番高いことが判明し、経験式が提案された。

 こうして月降水量から空間的、時間的ダウンスケーリングを経て得られる高空間解像度日雨量データは、その時空間スケールにおける観測値の代用となり、さらにそれらに基づいて、最大積算降雨をマルチフラクタルパラメータのみから推定する手法が提案された。FMPによる日降雨データでのスペクトルの傾きはおおよそ10日と1年で変化しているが、一旦マルチフラクタルにより日降水量時系列を推定することにより、この10日という時間スケールにおけるスケールギャップを克服し、元々は月単位のデータから、日降水量変動に関する最大フラクタル降雨量のスケーリングが可能となっている。そして、実際には日降水量データが存在する領域に提案手法を適用し、伝統的な水文統計的手法による雨の極値の再現性と精度が比較された。その結果、FMPを用いて得られた日単位の高解像度降雨データは雨の極値を的確に再現し、各年における最大値は確率分布関数に良く一致することが示された。以上から、本研究によって提案された手法による日単位の高解像度降雨データは雨の極値を十分再現するものであると結論づけられる。

 水文学・水資源学分野ではマルチフラクタル理論はどちらかというと現象の理解、説明に使われることが多く、本研究の様に現実の問題に適用可能な形で時空間ダウンスケール手法が開発された例は極めて少ない。また、最終的に得られた精度も高解像度データがあった場合とほぼ同等であり、本研究は当該分野の研究を新たに開拓する画期的な研究であるとして、高く評価される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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