学位論文要旨



No 120007
著者(漢字) 小田部,裕一
著者(英字)
著者(カナ) オタベ,ユウイチ
標題(和) 複合水和発熱モデルの一般化と水和組織形成に着目した強度発現モデルの開発
標題(洋) Generalization of Multi-Component Hydration Heat Model and Development of Strength Evolution Model based on the Structure Formation of Hydration Products
報告番号 120007
報告番号 甲20007
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5949号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岸,利治
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 助教授 石田,哲也
 東京大学 講師 加藤,佳孝
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では,複合水和発熱モデルの一般化および適用範囲の拡張を目的とし,ポルトランドセメントや混合セメント内での反応間相互依存性を中心に検討を行った.複合水和発熱モデルの一般化や適用範囲拡張を包括したモデルの高度化を図るためには,セメントの水和反応における様々な現象の本質的な機構解明が不可欠であり,それらを適切に評価し,モデルに反映することが重要である.本検討を通じて,複合水和発熱モデルによる出力情報の信頼性が向上し,鉱物レベルの反応をも忠実に再現するに至った.それによって,コンクリート硬化体の性状を表す根本である水和進行の追跡が可能となり,複合水和発熱モデルと連関した強度発現モデルへの展開を図ることができた.以下に本研究の構成および概要をまとめる.

 第1章では,温度ひび割れ照査やコンクリート構造物のライフスパンシミュレーションでの水和の追跡において,複合水和発熱モデルの存在価値について示した.上記分野における複合水和発熱モデルのニーズは大きく,その一般化や適用範囲の拡張を包括した高度化の必要性について触れた.また,既往の研究について概観するとともに,実用に耐えうるモデルを構築するためには,単なるセメントの反応論に留まらないセメント化学とコンクリートの物性を適切に関連付けたモデルが有意であることを示した.更に,複合水和発熱モデルの基幹的価値として,空隙形成モデルや強度発現モデルへの発展性が存在するとし,複合水和発熱モデルと連関した強度発現モデルのニーズについて記述した.これらに基づき,本研究の目的を示した.

 第2章は,ポルトランドセメントの複合水和発熱モデルの一般化とし,主要クリンカー鉱物の反応間相互依存性について評価した.ポルトランドセメントを構成するクリンカー鉱物の中で,エーライト(C3S)とビーライト(C2S)はそれらの含有量だけで80%程度に及び,これらの反応がポルトランドセメント総体の反応を左右すると言っても過言ではない.それらエーライトとビーライトの反応間には相互依存性があり,それぞれの反応を組成割合に応じて足し合わせるだけでは,両者が混在した総体的な反応を表現することができない.実際に,エーライトリッチの組成からビーライトリッチの組成に変化すると,エーライトの反応は促進され,ビーライトの反応は抑制されることが既往の研究成果より明らかになった.

 ビーライト単体の反応は,反応速度が非常に緩慢であり,エーライトの存在によって反応が活性化される.これは,鉱物の反応が液相中の石灰飽和比に依存しており,ビーライト単体では析出反応に十分な石灰過飽和状態に達し得ないのに対し,エーライトの混在によって,石灰飽和比が高まり,ビーライトの反応が活性化される.

 一方,エーライトの反応は,初期段階で不活性に近いビーライトが鉱物微粉末効果をなすことによって促進されるといった見解に至った.このような機構に基づき,液相中の石灰飽和比による発熱速度の変化や鉱物微粉末効果による反応促進を評価することによって,早強ポルトランドセメントからビーライト含有量が75%にも及ぶ高ビーライトセメントに至るまでモデルの対応が図れた.また,上記のようなエーライトとビーライトの反応間の相互依存性を評価することによって,鉱物レベルの反応を再現することが可能となった.

 第3章では,有機混和剤による反応遅延効果と混和剤種類に応じた反応遅延能力を表す係数について整理した.これまでの複合水和発熱モデルでは,有機混和剤による反応遅延効果は,水和発熱過程における誘導期の延長として考えられてきた.しかし,既往の研究成果より,この遅延効果は発熱速度の第2ピークが現れる加速期にも影響を及ぼすことが明らかになった.更に,ポルトランドセメントと高炉スラグ微粉末とでは,反応遅延作用を消失させるCa2+の供給能が異なり,両者に対する反応遅延作用は一様でないことが解析を通じて明らかになった.よって,水和発熱過程の区分や遅延作用を及ぼす材料毎それぞれに見合った反応遅延効果を評価した.

 有機混和剤の反応遅延効果を評価する手段として,混和剤の種類に応じて反応遅延能力を表す係数を複合水和発熱モデルでは設定している.この係数の設定値は,これまで複合水和発熱モデルを構築する段階で使用された混和剤に限定されていたため,多様化しつつある混和剤種類への対応について懸念された.そこで,この係数は当該混和剤を用いたモルタル試料の凝結時間と密接に関係することを明らかにし,反応遅延能力を表す係数の簡易的算定手法について提案した.

 第4章では,混合セメントの複合水和発熱モデルの拡張および高精度化を目的として,混合セメント内における反応間相互依存性の評価とシリカフューム混合セメントに対応するモデルの構築について検討した.

 高炉スラグ微粉末やフライアッシュは基本的にCa(OH)2を刺激剤として反応するが,高炉スラグ微粉末の反応はCa(OH)2に依存せずに反応率10%程度まで継続できるといった仮説のもと,高炉スラグ微粉末を多量に置換したケースにも複合水和発熱モデルの適用が図られた.高炉スラグ微粉末は,僅かな石膏量を起爆剤として反応率10%程度にまで反応し得ることが実験的検討から明らかになり,この仮説を裏付けることができた.

 エーライトとビーライトの反応間の相互依存性において,ビーライトの反応は液相中の石灰飽和比に依存することが明らかになった.液相中の石灰飽和比は,高炉スラグ微粉末やフライアッシュの混和によるCa(OH)2の消費によって更に低下するため,石灰飽和比の相違に応じた発熱速度の変化を混合セメントの全体系で評価することとした.

 混合セメントの複合水和発熱モデルの最終段階として,多成分系混合セメントへのモデルの適用について検討し,各コンポーネントのモデル化の妥当性について再確認を行った.その結果,高炉スラグ微粉末とフライアッシュが共存する条件下では,両者の反応間でのCa(OH)2の消費バランスを適切に再現することの重要性を認識した.それによって,フライアッシュの反応速度を見直すことになり,フライアッシュの非常に緩慢な反応速度を表現することによって,Ca(OH)2の消費バランスが再現され,多成分系混合セメントに対するモデルの適用が図られた.

 シリカフューム混合セメントの反応モデルを構築するため,まずシリカフュームの発熱特性値(基準水和発熱速度,温度活性)について検討した.シリカフュームの反応に相当する発熱量は,シリカフューム置換率を変化させた断熱温度上昇試験値より概ね特定することができた.また,シリカフュームの反応速度は,フライアッシュの反応速度の修正を通じて見出した,ポゾラン反応特有の未反応核の表面積に比例して減少する反応速度モデルを適用させた.また,シリカフュームの反応に伴うCa(OH)2の消費率は他の混和材にくらべて大きく,置換率10%を超える域から刺激剤の不足によって未反応粒子が残存する.その未反応粒子は,鉱物微粉末効果を果たし,ポルトランドセメントの反応を促進させることが明らかとなった.

 第5章では,複合水和発熱モデルと連関した強度発現モデルの開発を試みた.これは複合水和発熱モデルから出力される水和反応率と鉱物の化学反応式から水和物の形成を表現し,強度発現と関連付けるものである.既往の強度予測式におけるパラメータを新たな視点で解釈することによって,物理的根拠と合理性を兼ね備えたパラメータの表現についての糸口を掴むことができた.そこで,強度発現を表すには,従来の空隙減少論より,初期キャピラリー空隙に対する水和生成物濃度の変化による評価が適しているとの考えに至った.

 上記の検討を通じて,強度発現を表すパラメータや強度予測式が決定するに至り,標準養生や断熱養生を行った強度の実測値を概ね再現できた.しかしながら,実構造物に見られる温度上昇後に温度降下が生じるような温度履歴パターンで養生を行った強度を再現するには至っていない.そもそも,提案した強度発現モデルの特徴は,水和の進行に伴って空間内(キャピラリー空隙)に平均的な水和物が生成することを表現している.したがって,初期高温を受けたセメント硬化体の組織構造のように,空隙分布の不均一化が顕著になる場合には,この影響を加味することが必要となる.

 第6章は,以上の検討をまとめ,本研究の結論を示した.

審査要旨 要旨を表示する

 長期にわたる健全性が期待される鉄筋コンクリート構造物にとって、早期劣化は深刻な問題である。また、セメントの水和熱や硬化収縮に起因する早期材齢におけるコンクリートのひび割れは、構造物の耐久性に多大な影響を及ぼし、現在でも根絶されないコンクリートの生来的な課題である。したがって、鉄筋コンクリート構造の耐久性確保をより確実なものとするためには、施工段階でのプロセス検査と共に、設計段階での性能の事前照査が重要である。また、コスト増加を伴う対策の要否について設計・施工段階でその効果と経済性のバランスを踏まえて合理的な判断を行うには、事前解析の確度を一層向上させることが必要である。本論文は、このような背景のもと、コンクリート構造のライフスパンシミュレーションと温度ひび割れ予測技術の信頼性・適用性の向上に資するべく、コンクリート中のセメント系結合材の反応を複数の鉱物水和反応の総体として記述する複合水和発熱モデルの高度な一般化と、任意の養生温度履歴における種々のセメント系結合材の強度発現を合理的に推定する一般性の高い強度モデルの開発を目指したものである。

 複合水和発熱モデルは、コンクリートの温度ひび割れ問題の解析的検討やコンクリート構造物のライフスパンシミュレーションにおいて、水和硬化過程を記述する基幹技術と位置づけられ、事前検討用の解析ツールとして実務に活用するには、広範なセメント系結合材種類に対応することが求められる。したがって、反応鉱物間の複雑な相互依存機構を明らかにしてモデルの高精度化と一般化を図り、適用性と信頼性を高める必要があった。そこで、研究の工学的な適用を睨みつつ、科学的な視点に立った分析と検討を進め、反応間の相互依存機構の定量的な解明を通して、それらのモデル化が行われた。その結果、早強セメントから低熱セメントまでの広範なポルトランドセメント種類への適用性の向上はもとより、高炉スラグ微粉末、フライアッシュ、シリカフューム、石灰石微粉末といった現在使用されるほぼ全ての混和材料の多量使用や混合使用に対しても高い適用性を有するモデルの開発に成功している。

 強度発現モデルの開発では、強度を記述する上で指標とするべき物理量に関してメカニズムに立脚した理論的な検討を行い、水和組織形成における空隙の粗密を反映した水和生成物の空間占有率に基づいて定式化することを提案し、その合理性を論じている。この結果、異なるセメント系結合材種類、種々の水結合材比、異なる養生温度を対象として強度発現の時刻歴変化を統一的に記述できる高い一般性を有するモデルの開発に成功している。圧縮強度は、コンクリートの物性を表す最も一般的な指標であり、コンクリート工事においては、常に必要とされるデータである。特に、コンクリートを製造する立場からは、管理材齢における圧縮強度の早期判定が必要であり、製造段階で数ヶ月先の強度を高精度に予測することへのニーズは非常に高いといえる。このように、従来、多くのエンジニアが判断の拠り所としてきた強度に対しても、種々の条件下で確度の高い推定が可能となったことは、設計段階での事前評価のみならず施工管理においても大きな効用をもたらすものと期待される。

 本論文の第1章では研究背景と、既往の研究事例、そして本研究の目的について記述している。第2章では、ポルトランドセメントの複合水和発熱モデルの一般化として、主要クリンカー鉱物の反応間相互依存性について明らかにした。主要鉱物反応間の相互依存性を評価することによって、鉱物レベルの反応を高精度で再現することを可能とした。第3章では、有機混和剤による反応遅延効果について論じ、混和剤種類に応じた反応遅延能力が当該混和剤を用いたモルタル試料の凝結時間と密接に関係することを明らかにし、実務に適した混和剤の反応遅延能力の簡易算定手法を提案した。第4章では、混合セメントの複合水和発熱モデルの拡張として、シリカフュームに対応する要素モデルの導入と、多成分系混合セメントでの適用性の検討を通したモデルの改良を行った。第5章では、複合水和発熱モデルと連関した強度発現モデルの開発を行った。複合水和発熱モデルから出力される水和反応率と鉱物の化学反応式から水和物の形成過程を定量的に捉え、自由空間に占める水和生成物体積を強度発現を表す基本パラメータとした定式化を行い、種々の温度履歴における発現強度の実測値を概ね再現することに成功した。第6章は、以上の検討内容をまとめ、本研究の結論が示されている。

 以上、本研究は、実務における工学的な適用性が極めて高く、かつ基礎研究の観点からも種々の支配機構を定量的に明らかにした意義は大きく、有用性に富む独創的な研究成果と評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク