学位論文要旨



No 120011
著者(漢字) 鄭,守卿
著者(英字)
著者(カナ) ジョン,スギュン
標題(和) 救命救急センターにおける初療室の建築計画に関する研究
標題(洋)
報告番号 120011
報告番号 甲20011
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5953号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

 救急医療体制は、昭和39年救急病院・救急診療所の告示制度から、一〜三次の救急医療機関及び救急医療情報センターへの体系的な整備へと推進されてきた。特に、一・二次医療機関で対処しえない患者を中心とした最重症患者の受け入れ機関である救命救急センター(三次)は、現在は170ヶ所(平成15年12月現在)であり、地域の差はあるが救急医療の量的な整備はほぼ完成されつつあると言える。このような状況の中、今後の課題として救急医療施設の質の確保が挙げられるであろう。救急救命センターでの受診の流れを大別すると、処置(外来)と回復(病棟)であるが、最も緊急性を求められるのが最初の処置で、診療作業は短時間のうちに正確に行われることが必要されているため、その重要性は言うまでもない。本研究は、このようなことに着目し、大学病院付属の救急救命センター初療室(救急治療室)の使われ方から症状別に医療行為の流れや特性を把握し、医療作業の領域構成を明確にすることによって、救急医療の建築計画に関する基礎的な指針を得ることを目的とする。

 第1章では、救命救急センターの定義や救急医療の歴史から救急救命センターが発展してきた歩みを説明し、救急医療の中心となる救命救急センター初療室を深く検討すべきであるとの問題提起をしている。さらに、救命救急センターに関する既往研究を参照しながら、症状別の処置の流れや症状ごとの救命救急センターの領域構成が建築計画において重要な手がかりになるという論点を示した。

 第2章では、調査対象であるK大学付属病院救命救急センターとT大学付属病院救命救急センターが位置している東京都の救急体制を説明することとともに、両施設における一ヶ月間(内調査日数は15日)の調査に対する調査方法や分析方法を説明し、調査施設の1年間患者数などの概要やスタッフの構成を示した。

 第3章では、KとT施設で行われた観察調査の結果に基づいて、時系列で述べることにより、症状別の処置行為を明確にした。調査で一番多く見られた症状を五つに分け、初療室内での処置の流れをまとめ、症状別の特性を考察した。

 処置の流れから言うと、まず、患者が搬送され、ABC(Airway・Breathing・Circulation)を確保する処置、例えば、心電図モニター連結、意識状態や瞳孔確認、酸素マスク(または、気管内挿管)、採血(血液・血液ガス検査)、点滴(抹消・CV)カテーテル挿入、バルーンカテーテル挿入処置が行われるまでは、患者の状態にもよるが症状別に差がなく、その後行う検査において異なることが分かった。処置が終わると様々な検査が行われるが、ポータブルX線撮影や血液・血液ガス検査は全症状で見られた。初療室内で行われない検査(CT、MRI、血管造影(T施設は初療室で可能))に行く際には、心電図モニターをポータブル心電図モニターへ切り替え、酸素ボンベをベッドに載せ、点滴の輸液とカテーテルを整理してから処置台ごとに移動する。ここまでが救急処置の領域であり、以後は症状別に各専門医に申し送りを行い、そこでの相談で患者の行き先が決められ、家族との面会の後、救急病棟(ICU)、CCU、一般病棟、転院、帰宅、霊安室(死亡)に行くことになる。転院は、本院の病床の空きがない場合と、家族の希望による場合があるが、いずれも消防署に救急車の要請をして患者を搬送する。

 症状別の処置や検査の特性を両施設の調査データを総合して見ると、

(1)CPAOA(来院時心肺停止)の場合は、処置が行われている最中でも、一人はずっと心臓マッサージをしていることが特徴であり、頻度が多くはないが、除細動の機器を使う場面も見られた。なお、死亡率が90.5%に至るため、処置後の家族面会に配慮する必要があると考えられる。

(2)外傷の場合は、交通事項や落下による患者が多く、必ずCTと超音波検査を行う上、整形外科専門医の縫合処置を行う場合もあり、全般的に処置時間が長引く傾向がある。

(3)虚血性疾患の場合は、心電図(100%)、超音波(76.9%)、CT(30.8%)が多く行われ、循環器内科専門医が初療室に登場し申し送りすると、今後の患者の担当になり、CCUに移す傾向が見られた。

(4)脳血管障害の場合は、CT(100%)、心電図(53.8%)、超音波(30.8%)が多く行われ、30.8%は手術も行われた。T施設では当直の中に脳外科専門医がいるということから、初療室で手術が行ったケースもあった。

(5)薬物中毒の場合は、心電図(86.7%)、内視鏡(13.3%)が行われ、胃洗浄(33.3%)処置も見られた。

 また、両施設の処置や検査には多少差が見られるが、これは最初の段階では病歴や家族の話から病因を探る作業があるということや、チーフ医師の方法や教育のための指示が異なるためであると考えられる。

 初療室で処置にあたるスタッフの構成を見ると、医師3〜4名、看護師2名、研修・実習救命士1〜2名である。チーフ医師が全般的な処置の指示をし、スタッフの中では看護師の動きが最も多い。救命士は、CPAOAの患者が来た際に心臓マッサージや、検査の補助などをしている。それ以外に初療室に関わるスタッフは、ポータブルX線撮影をする2名の放射線技師や、常住ではないものの実習で来る学生がいる。大学病院の初療室は教育の現場でもあるため、他らへの配慮も必要であると考えられる。両施設の異なる点は、K施設では検体を緊急検査室までヘルパーが運び、カルテはクラークが運んでいるが、T施設では、搬送機器を用いている点である。

 第4章では、両施設の初療室構成の特性を分析し、初療室内で行われている定型的な行為を処置行為、検査行為、記録行為に分け、スタッフ別にものの使われ方を時間や頻度で把握することによりその行為の特性を明確にした。手法としては、二つの施設内で各行為が行われる作業領域を比較することにより、空間の使われ方を分析した。

 処置行為は、処置に用いられる家具を移動可能・不可能に分け、使われた頻度を調査した。その結果、両施設とも、外傷を除くと各症状で同じ傾向が見られた。これは症状別に処置内容はほぼ同様であるためであると考えられる。K施設では、処置具カート、作業台、ゴミ箱が用いられる頻度が高く、T施設では、救急カート、ゴミ箱、処置具カートの順であった。

 検査行為は、初療室内で行われる検査時間を調査し分析した。症状別の特性は見られず、血液ガスや心電図は機器から検査結果の紙が出る時間が決まっているためばらつきがなかった。両施設での各検査時間の平均は、ポータブルX線撮影(10:36)、心電図(3:20)、超音波(6:27)、内視鏡(15:42)であり、T施設では血管造をしながら心臓にカテーテルを入れる処置(1:14:21)も行われ病棟患者の血管造影も初療室で行われた。

記録行為は、記録に使われた家具別に使用時間を調査し、症状・スタッフ別に分析した。その結果、症状別には多少差があるものの、同じ傾向を見せているが、外傷において両施設いずれも記録行為が長いのが分かった。これは、外傷の場合は処置時間が長いことと、処置の後半になると処置するスタッフは限られ、その他のスタッフが傍らで記録を始める傾向があるからであると考えられる。スタッフ別に見ると、K施設では主に記録に使われているカートが二つあり、医師と看護師が使い分けていることが分かった。T施設では、看護師は救急カートに付いている台を、医師はデスクを主に使っていることが分かった。また、両施設ともコンピューターの使用は少なく、救急隊の記録時間がかなり長いため、その対応が必要であると思われる。

 初療室内でのスタッフ作業領域の構成を分析するため、スタッフの位置を平面に落としたデータを一つにまとめ、各施設のスタッフ別に主に使われる領域を示した。この結果と上記の定型的行為の特性を総合すると、処置行為と検査行為は、必要な器材や機器を手もとやカートに取り寄せ、処置台サイドで処置が行われ、記録行為は普段から使うカートやデスクで行われる。これに基づいて初療室の領域構成を見ると、処置台サイド領域、サポート領域、記録領域となる。

 処置台サイド領域は、各種ガスの配管や無影灯が固定されるため、最初に作業ベイをどこにいくつ設けるかを決めるのは重要である。実際、両施設とも計画通りにベイが配置されていないため、それによる問題点が現れた。検査に最もスペースを必要とする作業はポータブルX線撮影であり、処置台の片側はそれに要する幅、即ち、最低800mm以上の幅が必要である。また、処置台の頭付近で処置する場面が多く、酸素ボンベの後ろに作業台などがある場合は十分なスペースを確保しなければならない。

 サポート領域は、処置準備作業領域(作業台やカートのための領域)と器材収納領域に分けられる。作業台は薬品収納には必要であることや、救急カートに台を付けることが非常に有利であることが分かった。また、器材収納は、収納家具を見えるようにするかどうかという問題がある。また、ME機器室を初療室から直接入れるように配置することは、動線短縮という点で最適であるものの、器材が溢れスペース不足になることを十分考慮する必要があると思われる。

 記録領域は、看護師、医師、救急隊がよく使うものの、処置が長引くと記録時間も多くなるため、座って記録できるスペースも有用であると思われる。また、今後の電子カルテなどの導入を考慮すべきであると考えられる。

 患者の移動から関連室の関係を見ると、CT室が最も頻度が多く、血管造影は頻度が少ないものの、T施設のようなフレキシブルな使い方も面積の足りない場合有用であると思われる。また、救急専用の手術室は頻度が少ないため、その位置には設置には余地がある。

第5章では、研究の総括として、救命救急センターの建築計画に関する考察・提案を行い、今後の課題を示した。

審査要旨 要旨を表示する

この論文は、救急救命センター初療室(救急治療室)の使われ方を症状別の医療行為の流れや特性を調査し、医療作業の領域構成を明確にすることによって、救急医療施設の建築計画に関する基礎的な指針を得ることを目的としている。

本論文は、5章より構成される。

第1章では、救命救急センターの定義や救急医療の歴史を解説し、救急医療の中心となる救命救急センターの初療室に関する問題提起をしている。さらに、既往研究を参照し、症状別処置の流れや症状ごとの救命救急センターの領域構成が建築計画の重要な手がかりになるという論点を示している。

 第2章では、調査対象となった二つの大学病院(K大学とT大学)の救命救急センターの位置している東京都の救急体制を解説することと共に、調査施設の1年間患者数などの概要やスタッフの構成を示している。また、両施設における一ヶ月間(内調査日数は15日)にわたる調査の方法や分析方法を示している。

 第3章では、両施設で行われた観察調査の結果を時系列で述べることにより、症状別の処置行為を明確にしている。すなわち最も多く見られた症状を五つに分類し、初療室内での処置の流れをまとめ、症状別の特性を考察している。

 患者が搬送され、ABC(Airway・Breathing・Circulation)を確保する処置までは、症状別に差がなく、その後行う検査において異なることを明確にしている。すなわち、ポータブルX線撮影や血液・血液ガス検査は全症状で見られたこと、初療室内で行われない検査(CT、MRI、血管造影(T施設は初療室で可能))に行く際には、心電図モニターをポータブル心電図モニターへ切り替え、酸素ボンベをベッドに載せ、点滴の輸液とカテーテルを整理してから処置台ごとに移動すること,そしてここまでが救急処置の領域であることを明らかにしている。

 症状別の処置や検査の特性については、次のような項目ごとに分析している。(1)CPAOA(来院時心肺停止)は、処置中でも、スタッフの一人は心臓マッサージを継続していることが特徴で、頻度が少ないが除細動の機器を使う場面も見られた。死亡率が90.5%にも至るため、処置後の家族面会への配慮を要する。(2)外傷は、交通事故や落下による例が多く、必ずCTと超音波検査を行い、整形外科専門医の縫合処置を行う場合もあり、全般的に処置時間が長引く傾向がある。(3)虚血性疾患は、心電図(100%)、超音波(76.9%)、CT(30.8%)が多く行われ、循環器内科専門医が初療室に来て申し送りの後、患者の担当になり、CCUに移す傾向が見られた。(4)脳血管障害は、CT(100%)、心電図(53.8%)、超音波(30.8%)が多く行われ、30.8%は手術も行われた。(5)薬物中毒は、心電図(86.7%)、内視鏡(13.3%)が行われ、胃洗浄(33.3%)処置も見られた。

 第4章では、両施設の初療室構成の特性を分析し、初療室内で行われている定型的な行為を処置行為、検査行為、記録行為に分け、スタッフ別に物品の使われ方を時間や頻度で把握することによりその行為の特性を明確にしている。そして各行為が行われる作業領域を比較することにより、空間の使われ方を分析している。

 すなわち、処置行為は、処置に用いられる家具を移動可能・不可能に分け、使われた頻度を調査し、外傷を除くと各症状で同じ傾向であることを明らかにしている。検査行為は、初療室内で行われる検査時間を調査し症状別の特性は見られないことを明らかにしている。記録行為は、使われた家具別に使用時間を調査し、症状・スタッフ別に分析し、症状別には多少差があるものの、同じ傾向があること、外傷においてはやや長くなることを明らかにしている。このような初療室内でのスタッフ作業領域を平面に落としたデータを一つにまとめ、スタッフ別に主に使われる領域を示している。

 第5章では、研究の総括として、救命救急センターの建築計画に関する考察・提案を行い、今後の課題を示している。

 以上のように、本論文は救命救急センターの初療室の実態観察と分析考察を通して基本的な知見を示し、建築計画学の発展に大きな寄与したものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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