学位論文要旨



No 120014
著者(漢字) 西野,達也
著者(英字)
著者(カナ) ニシノ,タツヤ
標題(和) 利用者のかかわり方から見た高齢者通所施設の建築計画に関する研究
標題(洋)
報告番号 120014
報告番号 甲20014
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5956号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

 少子高齢化による人口構造の変化は我が国の高齢期の生活を保障するサービスのあり方を根底から揺るがすものである。また高齢者像そのものも世代により変化している。そのため高齢者福祉政策はこれまでに施設処遇主義から在宅生活重視へと転換し、さらに今後は高齢者の「その人らしさ」を重視する方針が打ち出されている。このような背景から高齢者通所施設(デイサービスセンター)の存在意義は高まっているものの、未だに集団的処遇への批判等が見られる。かかる状況において、今後、通所施設はいかにあるべきであろうか? 本研究の目的は、利用者の場へのかかわり方の観点から、高齢者通所施設の利用実態と問題点及び空間の使われ方を把握し、その建築計画の将来的あり方を提示することである。具体的課題と取扱う章を下記に示す。

 課題(1).利用者像とニーズを潜在的なものも含めて把握すること。(第2、7章)

 課題(2).空間と利用者の行動の関係の特性を相対的に把握すること。(第2〜7章)

 課題(3).施設体系、施設空間の規模・構成等のあり方を考察すること。(第2〜8章)

 研究の方法は、日本における介護保険制度外の実験的ミニデイサービスセンター(東京都M市のミニデイT.H.)と、文化、思想、制度や空間構成の異なるデンマークの高齢者通所施設を主な調査対象として事例考察を行い、日本の介護保険下のデイサービスセンター(以後、一般型デイ)と比較した。なお、デンマークは社会福祉サービスの提供において高齢者の自己決定が尊重されることで知られることから対象として選定した。

 第1章では、研究の背景、目的、方法、位置づけ等を整理した。

 第2章では、ミニデイT.H.が小規模な集団、空間であるという試行点の検証を行った。まずその利用実態を報告し、次にミニデイT.H.の空間と利用者の行動との関係の特性を考察し、さらにミニデイの可能性と限界を論じた。まずミニデイT.H.は、利用者属性により「予防型」と「痴呆特化型」の2つの施設型に分類された。ミニデイはその小規模故に、利用者の精神的属性が施設種の分水嶺になることから、この二つが基本的な施設型であるとした。さらにプログラムの有無により、「予防型」を「サロンタイプ」と「アクティビティプログラムタイプ」に細分類した。次に各施設における空間と利用者の行動との関係の特性を明らかにした。そのため、ある時間における一空間中の人間活動や集団形成等の全体状況を表す「場」という考察単位を導入した。特に「サロンタイプ」のミニデイT.H.に典型的な場の状況として「パラレルな場」(別々の活動をしつつ同じ場所を共有する状態)が挙げられた。「パラレルな場」は通所施設の役割である社会的接触の場に対して、一つのあり方を示しているものと思われる。この点等においてミニデイの通所施設としての可能性を指摘し得たものの、利用者の継続的利用の観点から限界があることも指摘した。

 第3章では、集団・空間規模が異なる一般型デイとミニデイにおいて、利用者のコミュニケーション行為はどう異なるか?という問題意識に基づき、高齢者のかかわり方の観点から通所の場について論じた。具体的には、一般型デイとミニデイを併用する対象者6名の両施設における行動観察とその考察を行った。これまでコミュニケーションを扱った研究のほとんどが会話行為に着目したものであったが、本研究では視覚的コミュニケーションや着座位置等の空間行動もコミュニケーションの一部と捉え、それらを総称して、かかわり方とした。考察の結果、両施設における利用者のかかわり方には差異が見られる事例もあった。しかし利用者の内面的な態度を含めて考察すると、その現象的な差異は各利用者の場の状況への適応結果として捉えられた。ここではかかわり方と内面的な態度をまとめて、その人らしいかかわり方とした。将来的あり方として、それぞれの構築環境で、いかにその人にとって負荷がなく満足できる形で、その人らしいかかわり方が可能な場の状況を生み出していくかが重要であるとした。

 第4章では、ミニデイT.H.が既存家屋を転用したもの等である点について、環境行動の観点からの意義を論じた。この背景には、近年、既存家屋等を転用した施設が痴呆性高齢者等の積極的な行動を喚起するとして、いわゆる「家のちから」註1)が注目されているということがある。考察の結果、「家のちから」のメカニズムは様々な生活行為と環境要素が対応する「行動場面」理論を用いて説明できることを指摘した。そして「家のちから」の本質はそれぞれの環境要素が利用者の主体的な行為に対応したものとして「行動場面」を構成しうることであるとした。そして、その環境要素に対する意味づけが既にある、或いは容易に類推されることが既存家屋を転用した施設の環境行動的意義であることを指摘した。

 第5章では、デンマーク・オーフス市のローカルセンターを対象とし、空間と活動の関係を日本の一般型デイと比較する形で記述した上で、両者の差異の要因を考察した。その結果、空間と活動の関係の特性として、オーフス市の通所施設では各室がそれぞれ特定の活動と対応していた。一方、日本の一般型デイでは時間によって一室内で様々な活動が見られた。前者を'コード'、後者を'モード'と表現した。次に利用者の行動パターンは、オーフス市の通所施設では個々人で異なる様態が見られたのに対して、日本の通所施設では大凡、一様性が見られた。その要因として、まず通所施設に対する根本的思想の差異が挙げられる。即ち、オーフスのローカルセンターでのそれは個人のニーズに基づくサービス提供という「個人主義を取り入れた施設主義」であるのに対して、日本の通所施設ではケアが必要な人を集めて処遇する「純粋な施設主義」である。また別の要因としては空間構成の差異(オーフス市では複数室型、日本ではワンルーム型)が考えられた。そして、それらの空間型が計画される要因として集団形成方法の差異が考えられた。即ち、オーフスの施設においては各自の興味のある活動を中心に集団形成されているが、日本の一般型デイは要介護として認定された以外に集団の共通点がない。即ち、各集団形成方法に相応しい形として各空間型が計画されているものと考えられた。

 第6章では、引き続きデンマーク・オーフス市のローカルセンターを対象とし、社会的コンタクト(出会い)の観点から、空間構成等について論じた。その方法は観察事例の分類による考察である。まず前述の'コード'により各空間に特定の社会的コンタクトを想定した。しかしながら、実際には空間の社会的コンタクトの可能性に幅が見られる事例もあった。その要因は二つ考えられた。一つは、ある空間を特定の活動以外にも利用することによるものである。もう一つは空間計画に関するもので、主要通路の周辺に諸室を配置したことや、空間が閉じつつ開くような曖昧な境界を持つことによるものであった。さらに人気のある居場所のもつ質として空間の性格・スケールの曖昧さを指摘した。

 第7章では、以上の考察に補足を加え、課題(1)、(2)についてそれぞれまとめた。まず通所施設の主な利用者像は、身体的に支障がある高齢者、痴呆性高齢者、独居又は日中独居の高齢者に分類された。そして通所施設の役割として、実質的なサービス提供の場、日中時間を過ごす居場所、社会的接点の場の三点が挙げられた。特に独居者と痴呆性高齢者のニーズに応え切れていないことが現状の問題点として指摘された。また課題(2)についてはこれまでの事例考察をまとめ、一般型デイ、ミニデイ、デンマークの通所施設の場をそれぞれ類型化した。それらをもとに、日本の一般型デイに見られる集団処遇の要因を考察し、狭い限定的空間が少なからず集団処遇を助長していることを指摘した。また「その人らしさ」を重視した場のあり方について考察し、「パラレルな場」のように利用者が自律的に形成した、「全体として多様な活動や集団形成を内包しうる場」を望ましいものとした。

 第8章では、前章でまとめた問題点をふまえ、なおかつ今後のケア思想に見合った通所施設のあり方を提案した(課題(3))。それは、これまでのようにケア中心の施設ではなく、利用者によって自律的に形成される場と考えられる。そのため、施設体系を考える際には、身体状況ではなく精神的属性がより重要な尺度となる。即ち、精神的に自立している高齢者の施設と痴呆性高齢者特化型施設である。前者におけるサービスシステムは、様々な活動プログラムが用意され、介護の要不要を問わず、利用者が自らの興味等によって活動や集団や場所を選択し参加していくものである。ケアサービスは必要な高齢者に必要十分なケアが提供されるというものである。それらの状況をまとめると次のようになる(都市地域拠点型施設の場合)。

1. 場の状況として複数の大小集団や非集団が同時に共存しうること。

2. コミュニケーション状況として、各集団が適度に集約性をもちつつ、それらが互いに孤立しない関係にあること。

3. デイの本質的役割のため、心理的・物理的な居場所としての質を備えること。

 そのための空間的条件は次のようになる。

A.(施設規模)複数集団が同時に共存できる程度の面積をもつこと。

B.(空間分節)限定性の弱い曖昧な境界をもつこと。

C.(空間の性格)formal性とinformal性を併せ持つこと。

D.(空間の規模)スケールの大小等の曖昧さをもつこと。

 都市地域分散型施設の場合には上記1.の状況が地域レベルで想定される。そしてA.(施設規模)は二集団程度の共存できる程度の面積をもつことが望ましい。

註1)出典:朝日新聞 社説、2002.9.15
審査要旨 要旨を表示する

 この論文は、わが国の少子高齢化による人口構造の変化の中で、高齢者通所施設の利用者の場へのかかわり方の観点から、利用実態と問題点及び空間の使われ方を把握し、その建築計画の将来的あり方を提示することを目的としている。

 本論文は、8章より構成される。

 第1章では、研究の背景、目的、方法、位置づけを整理している。すなわち、高齢者サービスの制度や高齢者像の変化から高齢者福祉政策の視点が施設処遇から在宅生活へと転換している背景、そして一般高齢者通所施設(デイサービスセンター)と小規模のもの(ミニデイ)の存在意義を論じている。

 第2章では、ミニデイの利用実態、空間と利用者の行動との関係特性を論じている。利用者属性に基づき「予防型」と「痴呆特化型」の施設型に分類し、さらにプログラムの有無により前者を「サロンタイプ」と「アクティビティプログラムタイプ」に細分類している。また、ある時間での一つの空間にいる人間の活動や集団形成等の全体状況を表す考察単位として「場」を導入し、特に「サロンタイプ」の典型的な場の状況として別々の活動をしつつ同じ場所を共有する「パラレルな場」を挙げるといったように、空間と利用者の行動との関係特性を明らかにしている。

 第3章では、一般型デイとミニデイを併用する高齢者6名の両施設での行動観察と考察を行っている。既往研究の会話によるコミュニケーションに加えて、視覚的なものや着座位置等の空間行動を含めてかかわり方と定義している。各構築環境で、いかにその人にとって負荷がなく、その人らしいかかわり方が可能な場の状況を生み出していくか将来的あり方として重要であるとしている。

 第4章では、既存家屋を転用したミニデイ施設について、環境行動の観点からの意義を論じている。考察の結果、「家のちから」のメカニズムは様々な生活行為と環境要素が対応する「行動場面」理論を用いて説明できることを指摘している。

 第5章では、デンマーク・オーフス市のローカルセンターを対象とし、空間と活動の関係を日本の一般型デイと比較する形で記述した上で、両者の差異の要因を考察している。その結果、オーフス市の通所施設では各室がそれぞれ特定の活動と対応しており、日本の一般型デイでは時間によって一室内で様々な活動が見られたことから、前者を'コード'、後者を'モード'と表現している。また利用者の行動パターンは、オーフス市では個々人で異なる様態が見られたのに対して、日本では大凡、一様性が見られたことを指摘している。

 第6章では、引き続きデンマークを対象とし、社会的コンタクト(出会い)の観点から、観察事例の分類による考察をとおして、空間構成等について論じている。まず前述の'コード'により各空間に特定の社会的コンタクトを想定したが、実際には空間の社会的コンタクトの可能性に幅が見られる事例もあったため、その要因を考察している。

 第7章では、以上の考察に補足を加えて、通所施設の利用者像は身体的支障がある高齢者、痴呆性高齢者、独居あるいは日中独居の高齢者に分類できることを示した。またこれまでの事例考察をまとめ、一般型デイ、ミニデイ、デンマークの通所施設の場をそれぞれ類型化している。

 第8章では、これまでの問題点、今後のケア思想に応じた通所施設のあり方を提案している。それは従来のケア中心の施設ではなく、利用者による自律的に形成される場を提供するものであると結論づけている。

 以上のように、本論文は高齢者通所施設の実態観察と分析考察を通して基本的な知見を示し、建築計画学の発展に大きな寄与したものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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