学位論文要旨



No 120015
著者(漢字) 金,裕錫
著者(英字)
著者(カナ) キム,ユーソク
標題(和) 鉄筋コンクリート柱の耐力劣化型モデルに関する研究
標題(洋)
報告番号 120015
報告番号 甲20015
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5957号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 助教授 中埜,良昭
 東京大学 助教授 川口,健一
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、地震動を受ける鉄筋コンクリート柱の降伏後塑性化に伴う耐力劣化および破壊過程を評価しうる部材モデルの開発を主な目的とする.変形で定義される建物の耐震性能の評価は耐震設計において主なキーワードになっており,数多くの実験的,解析的研究が行われている.以前の研究に比べ,これらの研究は部材の降伏後の挙動を重視し,降伏後から耐力劣化を経て破壊に至るまでの過程解明が重要な目的の一つである.特に,せん断補強筋が少ない柱はもとよりせん断補強筋が十分な曲げ降伏型であっても大変形域では破壊に至る前にせん断補強筋の降伏,コンクリートの2軸応力の影響,軸-曲げ-せん断の複雑な応力状態により耐力低下が生じており,その耐力劣化はせん断補強筋量や軸力によって主に左右されるのが既往の実験的研究から確認されてきた.したがって耐力劣化メカニズムの解明を目的とする解析的研究においてはせん断補強筋効果のモデル化が重要な課題である.

 本提案モデルの特徴は平面応力-平面歪関係に基づいて引張歪によるコンクリートの軟化効果やせん断補強筋による拘束効果をコンクリートの構成則を通じて考慮していることと,部材軸直交方向でのコンクリート応力とせん断補強筋応力の釣り合い仮定に基づいてせん断補強筋効果をモデル化していることである.

 一方,建物のデザイン的な要求や使用目的によって古い建物に限らず,高さ方向あるいは平面的に耐震要素の偏在している建物では,塑性域での応答変形の集中により,柱部材には静的な設計法では予測できない大きな変形が生じる可能性がある.したがって,地震時の偏心建物の弾性および弾塑性領域に関するねじれ応答性状の把握に基づいて不整形建物で集中する応答変形を十分な精度で予測する手法に関する研究は重要な研究課題である.

 上記の構造部材を対象とする研究や不利な耐震性能を持つ構造システムを対象とする研究の終局的目的は,建物の大地震に対する第一義的な基本性能である安全性すなわち人命保護であり,建物の崩壊メカニズムの把握を通じて既存建物の適切な補強方法の提案とともに簡便で経済的である耐震補強材料や施工法の開発はいずれも重要な研究課題である.

 以上の背景に基づいて以下の目的をもつ振動破壊実験を行った.

 1)1970年代の設計法によるせん断補強筋の少ない柱の破壊過程解明

 2)構造部材の平面的偏在による弾塑性ねじれ応答性状の把握

 3)上記構造的脆弱点の改善できる補強方法(SRF補強法)の有効性検証

 以上の解析的および実験的研究の成果に関する内容を要約すると以下のとおりである.

 振動実験結果

 構造部材の偏在(ピロティ構面,耐震壁構面)により生じるねじれ応答性状を各構面の水平変位応答やせん断力の負担率の比較から示すとともに補強試験体と無補強試験体の比較からSRF補強方法の有効性を検証する.また,弾性および弾塑性領域でのねじれ応答性状を定量的に評価する方法として応答中心点距離の算出法を提案する.最後に無補強試験体の破壊過程で記録された各計測結果に基づいて鉄筋コンクリート柱の破壊過程を示すとともにその過程で各応答成分の示す特徴を明らかにする.

 耐力劣化型柱モデルの提案

 平面応力-平面歪関係に基づくコンクリートの2軸応力の影響やせん断補強筋効果を考慮した鉄筋コンクリート柱の耐力劣化型部材モデルについて詳説する.せん断補強筋や2軸応力の影響を考慮するためにはそれに相当する自由度を与えることになる.これは通常1本の線材を両端部2つの節点のみの自由度で表すフレーム解析では適用できない問題点があるのでこの問題点を解決する本提案モデルの特徴について論じる.この問題を解決するため設ける内部節点での釣り合い条件や線材を面材に変換する際生じるコンクリート応力とせん断補強筋応力の釣り合い条件に基づく収束計算法について示す.

 耐力劣化型柱モデルの実験結果による検証

 せん断補強筋が少ないせん断破壊型柱の静的繰り返し実験結果による本提案モデルの検証を行い,提案モデルにより各試験体の耐力劣化傾向が再現できるのを示す.また,実験結果と解析結果との対応関係を各試験体の破壊モードの違いから考察し,提案モデルの限界を明らかにする.なお,本モデルの特徴や既往の部材モデルの耐力劣化に関する限界を調べる目的で材端ばねモデル,ファイバーモデルそして提案モデルによる3次元動的解析を行う.各モデルの特徴を部材剛性マトリックスの各軸およびN-M-V(軸一曲げ一せん断)coupling状態から示し,その限界を明らかにする.解析結果から耐力が低下する前の入力段階までは3つの解析結果ともにおおむね実験結果と対応しているものの,無補強試験体が崩壊した入力に対しては本提案モデルによる解析結果のみが耐力劣化現象を再現しているのを確認する.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,地震動を受ける鉄筋コンクリート柱の曲げ降伏以降の塑性化に伴う耐力劣化および破壊過程を模擬しうる部材モデルの開発を主な目的として行われた実験的研究および解析的研究をまとめたものである。

 近年の鉄筋コンクリート建物の耐震性能評価は塑性変形で定義される限界状態にもとづいて行われるが,最近の実験的研究および解析的研究では部材の降伏後の挙動とくに耐力劣化を経て破壊に至るまでの過程を解明することが主な目的になりつつある.特に,柱ではせん断補強筋が少ない場合はもとよりせん断補強筋が一定以上で曲げ降伏型になる場合であっても,大変形域ではせん断補強筋の降伏,コンクリートの2軸応力の影響,軸力-曲げ-せん断力の組み合わせ応力状態による耐力低下が生じる.耐力劣化過程は補強筋量や軸力などの影響を受けるが,汎用的に予測しうる部材モデルはない.本研究の目的はこのような研究の流れを踏まえて,耐力劣化過程を模擬しうる柱の物理的なモデルを開発することであるが,特にせん断補強筋効果を合理的に反映しうることが重要な課題としている.そこで,提案されたモデルでは平面応力-平面歪関係に基づいて引張歪によるコンクリートの軟化効果やせん断補強筋による拘束効果をコンクリートの構成則を通じて考慮しているとともに,部材軸直交方向でのコンクリート応力とせん断補強筋応力の釣り合い仮定に基づいてせん断補強筋効果をモデル化している.

 本論文のもう一方の中核なす内容は,複数の目的をもつ大規模な偏心ピロティ構造の震動実験を行った結果が詳細に報告されていることである.震動実験では,提案した柱のモデルを検証する目的のほかに,1970年代の設計法によるせん断補強筋の少ない柱の破壊過程解明,構造部材の平面的偏在による弾塑性ねじれ応答性状の把握,上記構造的脆弱点の改善できる経済的な補強方法(ポリエステルシートによる補強法)の有効性検証,地震計による応答変位モニタリング手法精度の検証,などを多くの研究目的を包含して計画,実施されており,構造物の崩壊過程を含む震動実験結果そのものがそれぞれの目的に対して従来の研究では得られなかった貴重なデータを提供している.この実験的研究および上記の解析的研究による本研究の成果は以下のように要約される.

 震動実験による直接の結果として,耐震壁の偏在により生じるねじれ応答性状を各構面の水平変位応答やせん断力の負担率を示すとともに補強試験体と無補強試験体の比較から補強手法の有効性が検証されている.また,弾性および弾塑性領域でのねじれ応答性状を定量的に評価する方法として応答中心点距離の算出法を提案するとともに,記録された計測結果に基づいて鉄筋コンクリート柱の破壊過程が示す特徴を分析している.

 耐力劣化型柱モデルの提案する内容として,平面応力-平面歪関係に基づくコンクリートの2軸応力の影響やせん断補強筋効果を考慮した鉄筋コンクリート柱の耐力劣化型部材モデルについて詳説されている.せん断補強筋や2軸応力の影響を考慮するためにはそれに相当する自由度を与えることになり,これは通常1本の線材を両端部2つの節点のみの自由度で表すフレーム解析では適用できない問題点があるが,この問題点を解決する本提案モデルの特徴について論じられている.問題解決のために設けられた内部節点での釣り合い条件や線材を面材に変換する際生じるコンクリート応力とせん断補強筋応力の釣り合い条件に基づく収束計算法が示されている.

 提案された耐力劣化型柱モデルは震動実験の結果により十分な精度をもつことが検証されている.また,せん断補強筋が少ないせん断破壊型柱の静的繰り返し実験結果によっても検証が行われており,いくつかの異なる条件でも耐力劣化傾向が再現できることが示されている.一方,実験と解析における破壊モードの違いから,提案モデルの限界についても考察している.また,本モデルの特徴や既往の部材モデルの適用限界を検討する目的で,材端ばねモデル,ファイバーモデル,提案モデルを比較した3次元動的解析も行われている.各モデルの特徴を部材剛性マトリックスおよびN-M-V(軸-曲げ-せん断)相互作用の観点から比較して,それぞれの限界を明らかにしている.解析結果は,耐力が低下する前の段階までは3つのモデルともに概ね実験結果と対応しているものの,部材が崩壊するレベル入力に対しては本提案モデルによる解析結果のみが耐力劣化現象を再現しうることが確認されている.

 以上のように,本論文は,地震動を受ける鉄筋コンクリート柱の降伏以降の塑性化に伴う耐力劣化および破壊過程を模擬しうる部材モデルの開発して,実験的研究によってその精度と適用性が詳細に検証しており,今後の非線形地震応答解析手法の高精度化に大きく貢献している.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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