学位論文要旨



No 120018
著者(漢字) 小菅,健
著者(英字)
著者(カナ) コスゲ,ケン
標題(和) 日本におけるコンストラクション・マネジメント方式の適用手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 120018
報告番号 甲20018
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5960号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 助教授 野口,貴文
内容要旨 要旨を表示する

1.本論文の背景と目的

 日本は従来、グループという枠組みを尊重した独自性の強い一括請負方式を採用しており、高度経済成長期以降、その純日本型といえる生産方式は「効率化」という視点から社会的な要請を十分に満たしていた。しかし90年代より長期的なデフレ不況が日本を襲うと、競争性・透明性・客観性の改善を目的とした、在来手法とは全く逆の目的を持った建築生産方式の模索が始まった。このような中で新しい建築生産方式の選択肢の1つとして近年導入が試みられているのが、コンストラクション・マネジメント(CM)方式である。CM方式は60年代米国で誕生し、当時日本でも導入に向けた調査が行われたが、好況時の日本では時期尚早として見送られた経緯がある。しかし昨今不況が長期化するに連れ、CM方式は先述の改革要求を満たす生産方式として再認識されるに至り、現在は既に実践の黎明期に入っている。しかし、米国のCM方式を商習慣の異なる日本でそのまま模倣することは現実的に困難であり、一口にCM方式と言っても日本ではプロジェクト毎に多様なバリエーションが乱立しているのが現状である。このような背景を踏まえ、本研究は以下を目的としている。

(1)海外や国内の建築生産方式多様化の現状を基礎研究として整理し、さらにCM/PM方式に特化し、各CM/PM指針で謳われる業務の整理、また発注者の意識調査及び現行法調査の実施によって、国内でCM方式が適用される土壌と可能性を示す。

(2)さらに、長らく企業秘密の観点から実態が明らかになり得なかった国内CMプロジェクトについて、その事例を調査する。これより、従来抽象論で語られてきたCM発注形態や業務の詳細を得、国内でCM方式を推進する際の具体的業務と課題を明らかにする。

(3)上記2つの結果を踏まえ、従来の概念や形態論的CM方式分類とは異なり、実際に日本でCM方式を行う際に手法選定の助けとなる、より実務的視点のCM方式分類モデルを構築する。

 本研究は、CM方式の「ありよう」の研究が進む一方で「既にある姿」を客観性を持って認識する作業が遅れている国内において、実務的視点からCM/PM方式の国内適用の手法を模索する点で、他の既往研究と区別される。

2.建築生産方式の多様化とCM/PM方式に関する発注者意識・現行法調査

〈国内建築生産の現状と生産方式の多様化(第2章)〉

 第2章では、まず国内の建築生産方式の変遷から現状までの時系列的な変化を追った。ここでは建設投資対GDP比など国内市場の現状を数値的に把握したが、今後も建設投資の減少が予測され、新しい建築産業分野の確立が急務であることが示された。この生産方式改革への内的要因では、(1)発注者の外部支援需要、(2)プロセス重視時代への変革、(3)受注者のスリム化・経営体質変化、(4)新築需要から補修・改修需要への対応などが考えられた。また外的要因では受注競争が世界規模で行われる時代になり、日本も生産過程から包括的にマネジメントする欧米型の生産方式を学ぶ必要がある点が挙げられる。ここで、建築生産方式の多様化としてDB方式やPFI方式等が挙げられ、各々について特徴を整理した。しかし、CM方式が誕生した米国や、分離発注が基本である仏・独に比較して公開性や透明性確保の土壌がない日本では、DB方式やPFI方式を推し進める事が更なるブラックボックス誘引の危険性を孕んでいる。即ちCM/PM方式のようなプロセスの公開・共有を可能にする透明化の手法がまず確立し、その先に多様化が存在すべきであると提言した。

〈CM/PM方式の普及と国内への適用調査(第3章)〉

 第3章ではCM/PM方式に特化し、米国及び国内普及の過程をまとめ、また適用の課題を発注者意識調査及び現行法調査により検証した。

 日本では90年代前半より入札・契約制度の見直しが盛んに行われたが、CM/PM方式が米国で展開した市場背景と日本の現状は必ずしも一致するものではなく、日本は独自の形態を構築する必要が確認された。そのCM/PM方式の採用についても含め、2000年に一般企業2,338社に対し発注者の意識調査を実施した。92年及び97年に行った同調査と比較する事により、現在CM方式を活用、または検討している発注者が近年大幅に増加していること(2000年調査では両者合計で約36%)、またその目的はコストの低減以上に透明化に期待するものであることが確認された。一方で、国内の建設会社や設計事務所に対する満足度は総じて高いことも明らかになった。国内現行法調査においても、会計法では公共工事の予定価格が総額であることが義務付けられており、また労働安全衛生法では現場常駐の統括安全衛生責任者が義務付けられている等、多くの点で一括請負方式が前提であった。すなわち、日本のCM方式を考える際に総合工事業者の存在は無視し難いものであり、CMrに求められる業務は従来の総合工事業者や設計事務所の業務を侵食するものではなく、両者の持つハード的なノウハウを活用しながらいかにソフト的付加価値を付けていくかに集約されると考察した。

3.国内CM方式実例プロジェクトにおけるCM業務と課題調査

〈国内CM方式の適用事例(第4章)〉

 国内で実施されるCM方式を暫定的に図1のように分類し、国内事例のないアットリスクCM+公共工事以外の3例(補足として組合発注の1例を追加)について事例調査を行った。その発注形態は分離発注型から総合工事業者を統括管理に据えるコスト・オン型、さらにターンキー型まで派生していた。この際CM方式採用の特定の目的は各プロジェクトで異なるが、発注者側から積極的なCM方式採用が為されたのは1件のみであり、他はCM会社からの打診に因る。この場合のCM選定には、学識者を含む審査委員会による、(1)提案書の評価、(2)プレゼンテーション、(3)個別面接という段階を経た総合評価方式が採用された。

 第4章ではさらに各プロジェクトのCM業務の詳細をプロジェクト・フェーズ毎に調査している。本論文内ではフェーズ毎の業務の具体的な目的と手法を列挙し、従来の各CMガイドライン等における抽象性の高い業務指南との差別化を図っている。これらの詳細業務や発注形態は、CM方式採用の「特定の目的」や各CM会社の経営的性格に合わせて構築しているため一般化すること自体に意味を持たないが、今後のCM方式実用における参考、または課題の抽出において有用性が高い。さらに、敢えてこれら抽出業務を総括した特徴を挙げるとすれば、各プロジェクトのCM業務が総合工事業者の位置付けにより内容・密度とも大きく左右されている点である。前章の発注者意識調査及び現行法調査から得られた考察も踏まえると、実際の国内CM事例においても総合工事業者の請け負う業務・役割が結果的にCM方式の手法を形付けていると推測できた。

〈適用事例における課題の抽出と効果の検証(第5章)〉

 前章事例調査におけるCM業務について、第5章で考察を行っている。まず、各種CMガイドライン等の典型業務に属さないCM業務が、組合発注及び公共工事の事例調査から抽出された。これらの非典型業務は「発注者マネジメント」と称することができる。これはさらに(1)発注者の対内的行為に対するマネジメントと(2)発注者の対外的行為に対するマネジメントの2つに分けられ、各々CM方式の適用において無視できないマネジメントである。

 また第5章では各プロジェクトのCM業務を知識エリアの視点から考察している。例えばコスト・マネジメントは発注者の支払いに関わるマネジメントと初動資金のマネジメントに大別でき、後者は組合発注について発生するマネジメントであるが、事例では実にCMフィーの約25%の立替えが生じていたことが示された。品質マネジメント及びコミュニケーション・マネジメントについては、国内の総合工事業者の管理技術及びノウハウが非常に高いレベルにあることから、CMrが介入できる範囲は現実的に限られることが示された。調達マネジメントについては、公共工事では公共単価の認識が専門工事業者に普及しており分離発注の効果が得難いこと、また地元受注を優先した場合は請負率がさらに3〜4%高くなっており、これらの特定の目的はトレード・オフの関係にあることが実証された。

 これらの考察によって従来埋もれていた、または一般論として語られていたCM方式の課題を明示した。また、ここでも総合工事業者のノウハウに対するプロジェクト内外からのニーズが高いことが示され、国内のCM手法はまず総合工事業者の役割の決定からアプローチしていくことが効率的であると言及した。

4.CM方式分類モデルの構築(第6章)

 第5章では国内現状に即したCM方式分類モデルを構築したが、これまでの結果を踏まえ、まず総合工事業者の受注業務という視点から発注形態の分類を行った。これにより、従来行われてきたCMrの配置という視点による分類よりも、実用的な分類が可能となる。総合工事業者の受注業務の組合せによりCM発注形態は4種類に分類でき、すべてのCM方式はこれらの組合せで説明できることを示した(図2)。またこのままではCM発注形態の表現に留まっており、例えばアットリスクCMと一括請負の差異を表現できないため、ここに専門工事業者の選定主体、専門工事業者への支払い者という2軸を加え、3次元マトリックスによる分類モデルを構築した(図3)。本章ではここでマトリックス表現された全CM手法について特色をまとめ、今後のCM手法選定で活用する場合の例を示した。

 以上を持って、本研究で初めに掲げたすべての目的に対する成果を示した。

図1 調査対象事例の位置付け

図2 総合工事業者の発注形態

図3 CM方式の3次元分類マトリックス

審査要旨 要旨を表示する

 提出された学位請求論文「日本におけるコンストラクション・マネジメント方式の適用手法に関する研究」は、日本の建設産業構造に対して適合性が高くその有効性を発揮させ易いコンストラクション・マネジメント(以後CM)方式のあり方を見極めようとした論文であり、全6章からなっている。

 第1章では、先ず、研究の背景、目的、既往の関連研究の成果等を明らかにしている。その中で、日本でCM方式が適用される土壌と可能性を示すこと、日本でCM方式を推進する際の具体的業務と課題を明らかにすること、さらに上記2つの結果を踏まえ、実際に日本でCM方式を行う際に手法選定の助けとなるCM方式分類モデルを構築することを具体的な目的として設定している。

 第2章「国内建築生産の現状と生産方式の多様化」では、先ず、日本の建築生産方式の変遷から現状までの時系列的な変化を追跡し、生産方式改革への内的要因として、発注者の外部支援需要、プロセス重視の時代への変化、受注者のスリム化・経営体質変化、新築需要から補修・改修需要への対応の4点を、外的要因として、世界規模での受注競争が欧米型生産方式の学習の必要性を高めている点を指摘している。次に、デザイン・ビルド方式、ターンキー方式、CM方式等の多様な発注方式の特徴を整理した上で、公開性や透明性確保の土壌がない日本では、デザイン・ビルド方式やPFI方式が更なるブラックボックスを誘引する危険性を孕んでいることを指摘し、プロセスの公開、共有を可能にするCM/PM方式のような手法を確立することが重要であることを指摘している。

 第3章「CM/PM方式の普及と国内への適用調査」では、米国及び日本でのCM/PM方式普及過程の違いを明らかにした上で、発注者意識調査及び現行法調査により日本での適用上の課題を明らかにしている。具体的には、発注者意識調査では、CM方式を活用又は検討している発注者が近年大幅に増加していること、その目的がコストの低減以上に透明化に期待するものであること、国内の建設会社や設計事務所に対する満足度が総じて高いことを明らかにしている。続く国内現行法調査では、会計法を初め多くの法が一括請負方式を前提としていることを指摘し、日本でのCMrの業務が従来の総合工事業者や設計事務所の持つ技術上のノウハウを活用しながらマネジメント上の付加価値を付けていくことに集約されることを指摘している。

 第4章「国内CM方式の適用事例」では、日本で実施されるCM方式を、公共、民間の別、ピュアCM、アットリスクCMの別から4種類に分類し、実績のないアットリスクCMによる公共工事以外の3例の業務実態を明らかにしている。具体的には、発注形態として分離発注型のみならずコスト・オン型、さらにターンキー型まで幅広く存在すること、CMrの選定には、提案書の評価、プレゼンテーション、個別面接という段階を経た総合評価方式が採用されていること等を明らかにした上で、既製のCMガイドライン等で明示されていなかったフェーズ毎の業務の具体的な目的と手法を整理している。そして、その結果に基づき、各プロジェクトのCM業務が総合工事業者の位置付けにより大きく左右されている点を指摘している。

 第5章「適用事例における課題の抽出と効果の検証」では、前章の事例調査におけるCM業務について更に詳細な検討を行っている。先ず、各種CMガイドライン等の典型業務に属さないCM業務が多く見られたこと、それらが発注者の対内的行為に対するマネジメントと発注者の対外的行為に対するマネジメントの2種に分けられ、各々CM方式の適用において不可欠なマネジメントであったことを明らかにしている。次いで、各プロジェクトのCM業務を知識エリアの視点から考察することで、コスト・マネジメントにおける初動資金の立替えの問題、品質マネジメント及びコミュニケーション・マネジメントにおける総合工事業者の役割の大きさ、調達マネジメントにおける公共分離発注の効果発揮の困難等を実証的に明らかにしている。そして、この結果に基づき、日本でのCM手法においては総合工事業者の役割の決定が重要であることを指摘している。

 第6章「結論」では、前5章で新たに得られた知見を整理した上で、日本の実情に即した新たなCM方式分類モデルを構築、提案し、本論文の結論としている。

 以上、本論文は、広範な文献調査と緻密な実態調査とに基づき、これまで明らかにされていなかった日本でのCM方式の実態を明らかにするとともに、今後のあり方を具体的に明らかにした論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク