学位論文要旨



No 120020
著者(漢字) 松井,智哉
著者(英字)
著者(カナ) マツイ,トモヤ
標題(和) 耐力低下を考慮した鉄筋コンクリート壁フレーム構造の耐震性能評価法に関する研究
標題(洋)
報告番号 120020
報告番号 甲20020
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5962号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 助教授 中埜,良昭
内容要旨 要旨を表示する

 1995年兵庫県南部地震において人的・物的にも多大な被害を受けた.鉄筋コンクリート造建物も例外でなく被害ランクでいう倒壊に相当する被害を受けた建物も存在する.これを契機に耐震診断が広く行なわれるようになった.しかし,診断基準で用いられている耐震性能基本指標は1質点系による応答解析結果から近似的に定式化したもので,耐力低下を考慮した多質点系の応答性状は,1質点系と異なり複雑な挙動を示すと考えられ,診断の対象となり得る建物の大部分は多層であることから診断基準における耐震性能評価法の再検討が必要である.そこで,本研究では診断基準で用いられている保有性能基本指標(以下(4)式)の適用性を明らかにすることを目的とし,6層連層耐震壁付きフレーム構造を対象に地震応答解析を行い,耐力低下が生じる耐震壁の存在が建物の耐震性能に及ぼす影響について保有性能基本指標と対応させて検討する.地震応答解析においては,耐震壁の動的挙動およびモデル化が重要になってくることから,はじめに耐震壁単体の動的実験,実験結果を用いた耐力低下型耐震壁モデルの検証について示すとして,次のような構成となる.

○耐震壁の動的実験

○耐震壁の解析モデルの検証

○壁フレーム構造の弾塑性地震応答解析

○耐震性能の評価法に関する検討

以下に本研究より得られた知見を各章ごとに示す.

第1章 序論

ここでは,本研究の背景および目的を示すとともに,本研究に関連する既往の研究についてまとめた.既往の研究に関しては,「耐震壁の動的実験」,「耐力低下部材を含む建物の地震応答解析」,「耐震診断基準における耐震性能評価法」について整理した.

第2章 鉄筋コンクリート造耐震壁の動的実験

この章では,鉄筋コンクリート造耐震壁単体による震動破壊実験の目的,実験方法,実験結果について示した.本研究において壁フレーム構造を対象として地震応答解析を行なうことからも,耐震壁の動的性状を把握することは重要な項目であり,パラメータをシヤースパン比とし,せん断破壊先行型と曲げ降伏先行型の耐震壁を用いて実施し,独立耐震壁の動的な挙動のデータを得ることができた.ともに曲げ降伏後のせん断破壊となったが,曲げ降伏先行型はせん断破壊先行型よりも小さいレベルの入力地震動で崩壊に至った.

既存の耐震壁のせん断強度式(AIJ指針式)との対応性を検討し,せん断破壊型と計画していたWall-Aでは,曲げ強度とせん断強度が近かったこともあり曲げ降伏後のせん断破壊となり,実験ではせん断強度が曲げ強度を上回ったと考えられる.結果的に計算においてせん断強度を小さく評価したといえる.両試験体は,最終的に崩壊に至るまでに同程度の累積エネルギーを消費したことが明らかになった.

第3章 耐力低下を考慮した耐震壁の弾塑性解析モデル

この章では,本研究に用いる既存の耐力低下方耐震壁モデルについて示した.本研究では壁フレーム構造の地震応答解析において耐震性能を評価する上で重要な構造要素となる耐震壁の実挙動をできる限り精度良く模擬できることに重点をおいてアイソパラメトリック耐震壁モデルを採用した.本モデルでは耐震壁を面要素でモデル化し2軸応力下における力学的特性,耐力劣化性状を考慮したものとなっている.

第4章 耐震壁の弾塑性解析モデルの検証

この章では,本研究で用いる耐震壁モデルの妥当性を検証するため,第2章の動的実験を対象に弾塑性解析を行い実験結果と解析結果を比較した.本モデルでは動的解析による検証結果が少なかったが,結果として材料の歪速度による強度上昇の影響,履歴減衰を考慮することによって,耐力低下の程度,変形を大きく評価する傾向もみられたが,応答変位,変位−せん断力の関係は実験結果と概ね一致することを示した.

第5章 耐震診断基準における保有性能基本指標の検討

この章では,6層建物を対象に壁の量を変化させた壁フレーム構造の地震応答解析を行い,耐震壁の存在が建物の耐震性能に及ぼす影響について示した.純フレーム構造と比較して壁が付加されて壁フレーム構造は建物全体の強度は大きくなっているにも関わらず,変形が進むにつれて同じ地震動レベルでも塑性率が大きくなることを示した.その原因として壁の耐力低下に伴い変形が1層に集中することが挙げられる.解析結果による耐震性能と(4)式で表される耐震性能について純フレーム構造を基準に相対的に比較し,比較的柱の靭性指標Fcが小さい建物では(4)式は過小評価の傾向にあり,比較的柱の靭性指標Fcが大きいかつ壁がそれほど大きくない建物では,(4)式は,解析結果と比べて過大評価の傾向にあることを示した.

第6章結論

この章では,本研究で行なった実験,耐震診断基準における保有性能基本指標の適用性について総括するとともに,今後,検討すべき課題について示した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,耐力低下が生じる耐震壁の存在が建物の耐震性能に及ぼす影響を含めて,耐震診断基準で用いられている保有性能基本指標の適用性を明らかにすることを目的として行われた実験的研究および解析的研究をまとめたものであり,6章で構成される.

 第1章「序論」では,本研究の背景および目的と既往の研究についてまとめられている.既往の研究では「耐震壁の動的実験」,「耐力低下部材を含む建物の地震応答解析」,「耐震診断基準における耐震性能評価法」について整理されているが,1995年兵庫県南部地震を契機に既存建物の耐震診断診断技術が重要であるにもかかわらず,診断基準で用いられている耐震性能基本指標は1質点系による応答解析結果から定式化されたものであるため,実構造物の複雑な挙動を模擬しうるモデルによる再検討が必要であることが指摘されている.そこで,本研究では部材レベルの精度よいモデルで地震応答解析を行い,保有性能基本指標の適用性を明らかにすることを目的とされているが,振動実験結果で検証された耐力低下型の耐震壁モデルが用いてられていることも,既往の研究では例がない特徴のひとつになっている.

 第2章「鉄筋コンクリート造耐震壁の動的実験」では,鉄筋コンクリート造耐震壁単体による震動破壊実験の目的,実験方法,実験結果が示されている.本研究で壁フレーム構造を対象として地震応答解析を行なうことから,耐震壁の動的性状を実験的に把握することは重要な前提条件であるが,パラメータをせん断スパン比とした実験により,2体の耐震壁試験体の動的な挙動に関する貴重なデータが得られている.いずれも曲げ降伏後のせん断破壊となったが,せん断スパン比が大きい試験体では小さい場合よりも小さい変形レベルの入力地震動で崩壊に至った.既存の耐震壁のせん断強度式との対応性を検討し,強度および曲げ降伏以降の靭性評価との対応が検討されている.計算ではせん断強度を小さく評価して,靭性を過大に評価しているが,繰り返し履歴の影響を指摘している.また,両試験体は,最終的に崩壊に至るまでに同程度の累積エネルギーを消費したことが明らかにしている.

 第3章「耐力低下を考慮した耐震壁の弾塑性解析モデル」では,本研究の地震応答解析に用いる耐力低下方耐震壁モデルについて示されている.壁フレーム構造の耐震性能を評価するための地震応答解析においては,重要な構造要素である耐震壁の実際の挙動をできる限り精度良く模擬できることに重点をおいて,アイソパラメトリック耐震壁モデルが採用されている.本モデルでは耐震壁パネルを面要素でモデル化して,2軸応力下における力学的特性,耐力劣化性状が考慮されている.

 第4章「耐震壁の弾塑性解析モデルの検証」では,本研究で用いる耐震壁モデルの妥当性を検証するため,第2章の動的実験を対象に弾塑性解析を行い実験結果と解析結果を比較した.本モデルでは動的解析による検証結果が少なかったが,結果として材料の歪速度による強度上昇の影響,履歴減衰を考慮することによって,耐力低下の程度,変形を大きく評価する傾向もみられたが,応答変位,変位-せん断力の関係は実験結果と概ね一致することを示した.

 第5章「耐震診断基準における保有性能基本指標の検討」では,6層建物を対象にして,壁の量を変化させた壁フレーム構造の地震応答解析を行い,耐震壁の存在が建物の耐震性能に及ぼす影響が検討されている.純フレーム構造と比較して壁が付加されて壁フレーム構造は建物全体の強度は大きくなっているにも関わらず,変形が進むにつれて同じ地震動レベルでも塑性率が大きくなることが示されている.その原因として壁の耐力低下に伴い変形が1層に集中することであることを考察している.解析結果による耐震性能と耐震診断基準で耐震性能基本指標を表す式とともに耐震性能を相対的に比較した結果,柱の靭性指標が比較的小さい建物では診断基準による評価は過小評価の傾向にあること,比較的柱の靭性指標が大きい場合で,かつ壁がそれほど大きくない建物では,耐震診断による評価は,解析結果と比べて過大評価になること,などを指摘している.

 第6章「結論」では,本研究で行なった実験,耐震診断基準における保有性能基本指標の適用性について総括するとともに,今後,検討すべき課題が示されている.

 以上のように,本論文は,耐力低下を考慮しうる耐震壁のモデルの挙動を実験的研究により確認した上で,このモデルを用いて壁フレ−ム構造の地震応答解析を行い,実際の挙動を精度よく模擬しうる解析手法で耐震診断基準の評価法を初めて広範に検討したものであり,診断基準の評価法の問題点を指摘するとともに大局的な妥当性も同時に検証されており,耐震診断の理論的な背景となる技術に大きく貢献している.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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