学位論文要旨



No 120023
著者(漢字)
著者(英字) Castro Pereira Margarita Maria
著者(カナ) カストロ ペレイラ マルガリータ カストロ
標題(和) ニューヨーク及びロンドンにおける建築のコンバージョンに関する研究 : そのプランニング、政策、経済及び住民の嗜好性に関する考察
標題(洋) Conversion of Buildings in New York and London : planning, Politics, profitability and prefernce
報告番号 120023
報告番号 甲20023
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5965号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、住宅供給の手段としての建物の適切な再利用やコンバージョン活用を通じて、都市の変化に影響を与えてきた、プランニング、政策、経済及び住民の嗜好性に関する研究成果である。本論文の着眼点は、建物のコンバージョンが単体の行為から大量供給事業へと展開していく過程である。その過程とは、単にストックの有用性と経済性の結果だけではなく、市場の影響や住宅の高級化、文化的な変化、そして政策決定といった、それぞれに固有な状況の総合的な結果なのである。本研究において、この4つの分野における傾向と新たな方向性を、それぞれの都市で起きているコンバージョンの足跡として捉えた。

研究を行うにあたり、ロンドンとニューヨークという二大都市における建物のコンバージョンの発生過程に着目した。両都市では共に、コンバージョンによって都市を変化させる試みに成功している。そこで両都市を、コンバージョン活動の展開の様子や、影響を及ぼした要素、規制や抑制を受けた要素、また、コンバージョンが環境と社会に対して与えた主要な影響について理解するためのケーススタディの対象とした。研究成果の非常に有用な側面は、殊に固有な力が生みだしたコンバージョンという活動の、地区の開発から地域的な現象へと展開する過程について深く考察している点である。

コンバージョン活動の発生要因について、両都市の類似点を認めることができる。例えば、港湾都市における非工業化の過程や、オフィスと住宅市場の縮小、そして住宅の高級化である。一方、地域の計画やコンバージョン活動の経験等において、双方の相違点も多く存在している。コンバージョンという現象が始まったのは、ニューヨークでは1960年代であり、ロンドンでは1980年代の後半である。この比較により、成熟したコンバージョンに関する制度設計がどのように変化し各時代で取り入れられてきたのか、また、どのように新しいものが生まれてきたのかという、包括的な全体像が生み出されるのである。

シャーロン・ズキン女史は、ニューヨークのソーホー地区におけるコンバージョン活動に影響を与えた力に関する学際的な研究を成功させた、おそらく最初の都市社会学者である。彼女の著作「Loft Living」(1982年)において、ニューヨークの中心部が居住用途へと変化したのは、彼女の主張する『4つの"P"』、すなわち、「プラニング(Planning)」、「政策(Politics)」、「経済(Profitability)」、「住民の嗜好性(Preference)」が要因であるとしている。そこで疑問に感じる点は、都心部の主要な用途を多様化させた最も重要な要因はどれなのかということである。彼女の研究は極めて特殊なソーホー地区に限定したものであり、地域性を反映したものである。本論文では、例えばロワー・マンハッタンの金融街とD.U.M.B.O.と呼ばれる地域など、最近のニューヨークにおいてコンバージョンが盛んに行われている他の地域も研究の対象とした。さらに、多角的な分析を行うため、ロンドンでは中心部のイズリントン区とロイヤル・アーセナルという事例を対象とした。

ニューヨークとロンドン

ニューヨークにおけるコンバージョン活動は、初期は違法なものであったが現在は厳しく制限されている。対照的にロンドンでは、初期の活動から非常に厳密に規制されてきた。政策決定の手法により、コンバージョンの発生過程が変化した様子は、政策による規制の変化から伺える。1960年代から1981年まで、ニューヨークの行政は、コンバージョンによってもたらされた社会的、政治的な問題に対応していた。その政策を推し進める事によって、結果として制御不可能になるほどの大量の違法活動が行われたが、その失敗を彼らは認識していなかった。再ゾーニング制度と新ロフト法が制定される1981年までに、59th通りの南にあるマンハッタンにおけるロフト建物の全ストックのうち、23%(1023棟)が既にコンバージョンされていた。そのうち91.5%(936棟)が違法行為で、8.5%(87棟)のみが合法的なものであった[1]。ソーホー地区におけるこのような経験により、行政はコンバージョンがもつ負の社会的な影響に歯止めをかけようとし、結果的にコンバージョンを規制する政策が180度転換した。1975年以降の政策では、ディベロッパーに対する税の減免措置や税制優遇によるコンバージョンの促進政策がとられた。

ロンドンにおいても、コンバージョン計画が増えるに従い政策の変化が認められた。最初の政策では、ディベロッパーの事業収益をあげることと優遇措置を与えることを目的に、コンバージョン計画に対してVAT(17.5%の付加価値税)を控除した。その後、コンバージョン計画の規模が大きくなり他の措置をとった。この時点で、コンバージョン活動は後退していた。説明責任制度が導入され、15戸以上の規模のコンバージョン計画に対して、全住戸の内25%をアフォーダブル住宅にする義務ができた。その規模はロンドンの各行政区が決定力を持っている。各自治体の主要政党の方針によってコンバージョン活動に対する態度が決まるのである。

ニューヨークにおけるコンバージョン活動は、非常に厳格なゾーニングによって規制を受けている。それは、雇用の保護、開発者が従前のテナントに金融面で援助すること、コンバージョンを考慮に入れ修正されたロフト建築の法規に従うこと、である。一方、ディベロッパーは基準請願庁(the Board of Standards and Appeals)を通じて、ゾーニングでは認められていない例外的な措置を要求できる。そこでは、しばしば民間企業に対して有利な判断をすることもある。つまり、きちんと規制していても、異なる法務当局がディベロッパーを支持したならば、その規制が覆ってしまうということである。

一方、ロンドンにおいては、この種の活動はゾーニングによって規制されている。アフォーダブルハウスの供給を計画に義務付けており、また、コンバージョンのために特別に法律を定めている。地方自治体が申請を拒否した場合、その決定が覆ることはないのである。

ニューヨークにおいてコンバージョン活動の経済性が高いのは、政府が優遇措置を行ったことと、豪華で立地の良い住宅を購入する富裕層が存在したことに起因する。そこで、住民の嗜好性がコンバージョンを誘発させる重要な要素なのではないか、という仮説が導きだされる。

一方、ロンドンにおいては、成功事例が最初の「ロフト・スタイル」のコンバージョン住宅に影響を与えたことは、メディアの影響と共にコンバージョンの長期的な成功に対する決定的な要素であった。

住民の嗜好性はライフスタイルの変化と密接に関係している。それは、両都市の世論を通して私が評価できるものである。「住民の嗜好性は、得られる機会に対し独立に存在することはできないし、マスメディアの強い影響力に従うことは周知の事実である。需要と供給は必然的に相互に影響するものであり、ライフスタイルの嗜好性は、その望みが実現される状態になるまで、受身のものであり続けるのである(Jackson 1985)[2]」

プラニング、政策、経済性、住民の嗜好性という4つの分野は、互いに影響しあう要素である。しかし、以下のケーススタディを通じて、どの地域においてどの要素がコンバージョンに最も影響を及ぼしたのか、明確に指摘することができる。

ケーススタディからの結論

第一の比較は、ロワー・マンハッタンの金融街とイズリントン区でおこなった。両地区は共にオフィスが主用途の都市の中心である。1990年から2004年にかけて、ロワー・マンハッタンの人口は1万4000人から3万1000人まで増加した。一方、イズリントン区では16万5000人から17万6800人に増加した。ロワー・マンハッタンでは、コンバージョンは行政が主導したものであり、その目的は、裕福な知識階級や政策によって地域を高級化することであった。最高級の住宅にしかその効果はなかったのだが、それは目的を達成するために有用であったからである。このような行政の戦略は、若くて裕福な知識階級の居住者を利用して、ロワー・マンハッタンンにビジネスを誘致するものに思われる。

イズリントン区におけるコンバージョンの場合、その発生過程はディベロッパー主導のものであり、それが行政の計画と一致していたので成功を収めている。イズリントン区の政策では、最高級の住宅を供給するだけでなく、アフォーダブル住宅や周辺のインフラ整備も同時に行っている。行政の戦略は、貧しい土地に富裕層を導くものであった。土地の価値を高め、ビジネスを増加させ、地域のイメージを変える意図があった。この政策は、貧しい住民に新たな職とより良い住宅を供給する他の政策と共同して行われている。都市の中心部におけるコンバージョンの最も優れた手法は、イズリントン区で行われている事例である。

一方、ニューヨークのDUMBOの事例では、その地域における活動を行政が制御する役割を担っているのだが、コンバージョンの発生過程はディベロッパー主導であった。ディベロッパーの戦略は、まず、芸術関係の住民とビジネスを導くことで周辺地域を魅力のある地域に変える事から始めた。最高級のコンバージョン行う前に、地域を「飼いならす[3]」ことから始めたのだ。

ロンドンのロイヤル・アーセナルの事例は行政主導のものであった。開発当局の戦略は、土地の汚染物質を取り除くためのマスタープランを策定しインフラを整備して、事業を行う民間ディベロッパーを選定する前に、地域の社会性と経済状況を調査した。

両事例とも成功を収めているのだが、それは、コンバージョン活動が始まる前に、インフラ整備と地域のイメージを変える努力をしているからである。政策に関しては、ロイヤル・アーセナルの事例が最も優れており、手法に関してはDUMBOの事例が、都市の外縁部における興味深いコンバージョンの手法を提供してくれている。

※註[1]:(1977) NYC Department of City Planning “Residential Re-use of Nonresidential Buildings." NYC[2]:(1985) JACKSON P. “Neighborhood Change in New York: the loft conversion process." Tijdschrift voor Econ. En Soc.Geografie 76:202-215[3]:「地域の人々の教育水準を上げる」の意(訳者註)
審査要旨 要旨を表示する

 提出された学位請求論文「Conversion of Buildings in New York and London: -planning, politics, profitability and preference-(ニューヨーク及びロンドンにおける建築のコンバージョンに関する研究−そのプランニング、政策、経済及び住民の嗜好性に関する考察−)」は、住宅供給の手段としての建物のコンバージョンが、どのような都市計画、都市政策、都市経済及び住民の嗜好性によって成立するかを見極めようとした論文であり、全7章からなっている。

 第1章では、先ず、研究の目的、方法等を明らかにしている。その中で、建物のコンバージョンが単体の行為から大量供給事業へと展開していく過程に注目し、それがどのような都市計画、都市政策、都市経済及び都市住民の嗜好性によって成立するかを明らかにすることを具体的な目的として設定している。

 第2章「理論的な背景」では、先ず、ロンドンとニューヨークを主たる研究対象とすることとその理由が説明されている。具体的には、両者が共にコンバージョンによって都市を変化させる試みに成功していること、他都市と比べて長いコンバージョンの歴史があり、その展開に影響を及ぼした要素、規制や抑制を受けた要素、コンバージョンが社会に対して与えた影響について理解するための題材が豊富であること等を指摘している。また、コンバージョン活動の発生要因について、非工業化の過程、オフィス市場の縮小、住宅の高級化等、両都市の類似点を認められること、その一方で、地域の計画やコンバージョン活動の経験等において相違点が多く存在していることを指摘している。次に、既往研究のレヴューに基づき、コンバージョンの展開の要因を把握するための視点として、「都市計画(Planning)」、「都市政策(Politics)」、「都市経済(Profitability)」、「住民の嗜好性(Preference)」の四つを取り上げることの妥当性を明らかにしている。

 第3章「ニューヨーク」では、詳細な現地調査と広範な文献調査から、マンハッタンにおけるコンバージョンの展開の過程を明らかにしている。具体的には、コンバージョンが初期において違法行為として広範に行われる事態を招いたこと、その後その経験を踏まえてディベロッパーに対する税の減免措置や税制優遇によるコンバージョンの促進政策がとられたこと、その結果、現在ではコンバージョン活動が厳格なゾーニングによって規制を受ける一方で、ディベロッパーは基準請願庁(the Board of Standards and Appeals)を通じて、ゾーニングでは認められていない例外的な措置を要求できる等の事実を明らかにしている。また、ニューヨークにおいてコンバージョン活動の経済性が高いのは、政府が優遇措置を行ったことと、豪華で立地の良い住宅を購入する富裕層が存在したことによると指摘している。その上で、住民の嗜好性がコンバージョンを誘発させる重要な要素であるという仮説を提示している。

 第4章「ロンドン」では、詳細な現地調査と広範な文献調査から、ロンドンにおけるコンバージョンの展開の過程を明らかにしている。具体的には、コンバージョン計画が増えるに従い政策が変化した経緯、現在のゾーニングによる規制の詳細や低家賃住宅の供給の義務付け等の関連制度を明らかにした後、ニューヨークのケースとは異なり、それらに基づく自治体の決定が覆ることがないことを指摘している。また、初期における「ロフト・スタイル」コンバージョンの成功がコンバージョンの継続的な成功の大きな要因になっていることを明らかにしている。

 第5章「ケーススタディ」と第6章「比較評価」では、ニューヨークのロワー・マンハッタン、DUMBO、ロンドンのイズリントン、ロイヤル・アーセナルの4地区における詳細な調査に基づき、地区の性格の類似した前者同士、後者同士を比較することで、それぞれ、都市計画、都市政策、都市経済、住民の嗜好性の内どの要素がコンバージョンに最も影響を及ぼしたかを明らかにしている。先ず前者同士の比較では、ロワー・マンハッタンのコンバージョンが行政主導によるものであったのに対し、イズリントンにおけるコンバージョンはディベロッパー主導によるものであったことを明らかにし、合わせてロワー・マンハッタンで高級住宅しか供給されなかった理由、イズリントンで低家賃住宅も含む供給が見られた理由を明らかにしている。次いで後者同士の比較では、DUMBOの発生過程がディベロッパー主導であったのに対して、ロイヤル・アーセナルは行政主導であったことを明らかにした上で、両者とも前段階でインフラ整備と地域イメージの変革に注力した点が成功の要因であることを指摘している。

 第7章「結論と展望」では、前6章で新たに得られた知見を整理した上で、今後の課題を提示し、本論文の結論としている。

 以上、本論文は、広範な文献調査と緻密な実態調査とに基づき、ニューヨーク及びロンドンにおけるコンバージョンの展開過程を明らかにするとともに、それらを比較することによって大都市におけるコンバージョンの健全な展開方法を見極めた論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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