学位論文要旨



No 120026
著者(漢字) 太,星鎬
著者(英字)
著者(カナ) テ,センホ
標題(和) Cr鋼防食鉄筋を用いた鉄筋コンクリート構造物の長寿命化技術の開発
標題(洋)
報告番号 120026
報告番号 甲20026
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5968号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 助教授 石田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

 RC構造物は,一般に耐久性及び経済性が優れていることから広い範囲の構造物に使用されており,その耐用年数は半永久的と認識されてきた.しかし,使用条件に対して適切な設計・施工がされてない場合には,要求される寿命まで健全に機能を果たすことが出来ない.昭和60年頃より,高度経済成長期に建設されたRC造建築物の経年劣化及び早期劣化が大きな社会的問題となっている.その主たる原因として,未洗浄の海砂の使用による塩化物の混入やアルカリ骨材反応などが挙げられている.さらにその劣化現象は2005〜2010年にかけてよりいっそう顕在化することが指摘されている.

 一方,RC構造物の劣化は多様な劣化因子が相互に絡まって複合的な劣化形態を示すが,最終的には,すべて鉄筋腐食によるRC構造物の耐力低下につながると考えられる.このような現状を踏まえ,現在に至るまで鉄筋の防食を目的とした多数の研究がなされてきたが,それらの研究は,かぶり厚さや水セメント比の制限あるいは防錆剤の添加など,コンクリートの品質改善による防食性の向上に重点が置かれる傾向にあった.しかし,今後,RC構造物には100年を超える長寿命化が期待される中,コンクリートの改善だけでは決して十分とは言えずかつ現実的とも言えない.欧米においては,既に鉄筋自体の改質による防食性の向上方法として,耐食性に優れたステンレス鉄筋が規格化され,塩害地域を中心に橋,高速道路,トンネル,港湾施設などで使用されているが,日本では防食鉄筋に関する研究は多くないのが現状である.ただ,ステンレス鉄筋もその優れた耐食性にもかかわらず高コストが理由で一般的に採用されるには至っていない.高コストの原因は,高価な合金元素(クロム,ニッケル,モリブデンなど)の添加や普通鋼の製造工程以外の追加工程が必要であることにある.しかし,現在,上昇一方であるRC構造物の補修費用に鑑み,メンテナンスコストの低減が期待される防食鉄筋に関する研究開発が望まれている.したがって,合金元素の含有量を減少させ,普通鋼と同一工程で製造でき,なおかつ耐食性を有するCr鋼防食鉄筋を開発できれば,過剰なかぶり厚さや水セメント比の制限も緩和できる.その結果,腐食環境に応じたコストパフォーマンスの高い防食鉄筋の選定により,コンクリート構造物の長寿命化を図ることができると考えられる.

 以上のことを踏まえ,本研究は,合金元素の含有率の微妙な調節により,所定の防食性を有するCr鋼防食鉄筋を開発し,様々な腐食環境下におかれたRC構造物の確実な長寿命化技術の開発を最終目的とする.そこで,Cr鋼防食鉄筋の実用化に向けて材料的な面だけでなく構造的な面からも様々な検討が必要となる.この課題に対して正攻法で対処しようとしており,網羅的な実験と電気化学を基礎とした解析といった両側面でのアプローチで取り組むものである.具体的にいえば,本研究では,RC構造物の腐食形態をミクロセル腐食とマクロセル腐食に大別し,各々の腐食現象に即するCr鋼防食鉄筋の腐食速度モデルを構築した上,ミクロセル腐食とマクロセル腐食が起こると想定される腐食環境下でのCr鋼防食鉄筋を用いたRC構造物の寿命予測を行った.

 一方,RC構造物の寿命を予測するためには,様々な腐食環境に応じる腐食速度の経時変化を明らかにする必要がある.したがって,本研究では,各腐食環境下でのCr鋼防食鉄筋を用いたRC構造物の寿命予測を行うに当たって,まず,コンクリート中でのCr鋼防食鉄筋の腐食現状をミクロセルとマクロセルに大別し,各々電気化学的な理論に立脚した腐食速度モデルを構築した.その後,ミクロセル腐食環境およびマクロセル腐食環境を模擬した腐食促進試験を行い,それぞれの腐食環境に応じた所要の防食性を有するCr鋼防食鉄筋に対して検討を行うとともに構築した腐食速度モデルに基づいて腐食促進環境下でのCr鋼防食鉄筋の腐食現象をシミュレーションすることでモデルの妥当性に対して検証をこころみた.また,検証されたCr鋼防食鉄筋の腐食速度モデルに基づいてミクロセル腐食環境およびひび割れに起因したマクロセル腐食環境下でのCr鋼防食鉄筋を用いたRC構造物の寿命を予測し,耐用年数100年を満たすCr鋼防食鉄筋の算定をこころみた.本研究の目的を要約すると以下のようになる.

[1]Cr鋼防食鉄筋のミクロセルおよびマクロセル腐食速度モデルの構築

[2]ミクロセルおよびマクロセル腐食環境に応じた所要の防食性を有するCr鋼防食鉄筋の選定

[3]ミクロセル腐食環境およびひび割れに起因したマクロセル腐食環境下でのCr鋼防食鉄筋を用いたRC構造物の寿命を予測

 本論文は,7章から構成されており,以下に各章毎の内容と本研究で得られた成果および今後の課題を以下にまとめた.

 1章では,本研究の背景および目的,研究の特色などを述べた.

 2章では,Cr合金鋼の一種であるステンレス鋼材を中心としてCr合金鋼の防食性に対する既往の文献をまとめた.また,コンクリート中の鋼材の腐食機構,鉄筋腐食に基づいたRC構造物の寿命予測に関する既往の研究を概観し,腐食環境に応じるCr鋼防食鉄筋の腐食速度モデルの構築およびCr鋼防食鉄筋を用いたRC構造物の寿命予測を行うための条件について考察した.

 3章では,コンクリート中の鉄筋の腐食現状をミクロセルとマクロセルに大別し,各々の腐食現象に即する腐食速度モデルの構築を試みた.まず,腐食速度に決定的な影響を及ぼす腐食因子ら(鉄筋位置での温度, Cl-濃度,pHおよび鋼材のCr含有率)をパラメータとして促進試験を行った後,腐食反応が定常値に収束された時点で測定された分極抵抗値を重回帰分析し,分極抵抗の定式化を行った.その分極抵抗の回帰式を腐食速度の経時変化モデルに組み合わせることでミクロセル腐食速度のモデルを構築した.一方,様々なマクロセル腐食環境の中,かぶりコンクリートのひびわれに起因したマクロセル腐食を対象として,鉄筋コンクリート中に形成されるマクロセル電気回路をモデル化した後,アノード・カソードの分極抵抗および自然電位,鉄筋要素間のコンクリート抵抗をパラメータとしたマクロセル腐食速度モデルを構築した.

 4章では,Cr鋼防食鉄筋のミクロセル腐食に対する抵抗性を評価することを目的として,コンクリート中の鉄筋にミクロセル腐食を引き起こす腐食環境を模擬した実験的な研究を行った.すなわち,Cl-,CO2の腐食因子がコンクリート表面から比較的均一に浸透・拡散するという仮定下で中性化および塩害,また中性化と塩害の複合劣化に対する環境下において防食性を有するCr鋼防食鉄筋に関して検討を行った.また,3章で構築したCr鋼防食鉄筋のミクロセル腐食速度モデルに基づいてそれぞれのミクロセル腐食の促進試験下でのCr鋼防食鉄筋の腐食現象をシミュレーションし,構築したミクロセル腐食速度モデルの妥当性に対して検討行った. その結果,以下の知見が得られた.

 5章では,マクロセル腐食環境下でのCr鋼防食鉄筋の防食性に関する検討を目的として,コンクリート中の鉄筋にマクロセル腐食を引き起こすと想定される3つの腐食環境を取り上げ,各々の腐食環境に対して防食性を有するCr鋼防食鉄筋の算定をこころみた.すなわち,かぶりコンクリートのひび割れ発生,Cr鋼防食鉄筋と普通鉄筋が接触された場合の異種金属接触腐食,局部的な断面修復や塩化物イオンの不均一な浸透による塩化物イオン濃度差に起因したマクロセル腐食の場合である.また,3章で構築したCr鋼防食鉄筋のマクロセル腐食モデルを用いてかぶりコンクリートのひび割れ発生に起因したマクロセル腐食環境下でのCr鋼防食鉄筋の腐食現象をシミュレーションし,マクロセル腐食速度モデルの検証を行った.その結果,以下の知見が得られた.ひび割れに起因したマクロセル腐食

 6章では,RC構造物の腐食現象をミクロセル腐食とかぶりコンクリートのひび割れに起因したマクロセル腐食に分けて寿命予測をこころみた.ミクロセル腐食の場合は,鉄筋が腐食し始め,腐食生成物が蓄積され,その膨張力によってかぶりコンクリートに軸方向ひび割れが生じた時点をRC構造物の限界状態と定め,寿命予測を行った.また,マクロセル腐食の場合は,1本のひび割れが存在するCr鋼防食鉄筋を用いたコンクリート部材を想定した上,ひび割れ部分と健全部でのCl-およびCO2の拡散・浸透速度を各々求め,ひび割れ部と健全部の材料的な不均一性を塩分濃度差および中性化の発生有無として表す.その後,ひび割れ部のアノード鉄筋に流れるマクロセルおよびミクロセル腐食速度を求め,両方の腐食速度に基づいて計算された各々の腐食量の合計腐食量がひび割れ発生腐食量に至るまでの期間を寿命として計算した.また,上述のプロセスで予測されたミクロセル腐食およびマクロセル腐食の寿命予測結果に基づいて,耐用年数100年を満たすCr鋼防食鉄筋の算定を行った.

 7章では本章であり,本研究で得られた成果と今後の課題に関して取り纏めた.

各ミクロセル腐食環境に応じた防食性を有するCr含有率

*未中性化=12.5,中性化=8.5

・各マクロセル腐食環境に応じた防食性を有するCr含有率

*未中性化=12.5,中性化=8.5

**ひび割れ部・無ひび割れ部の最大塩化物イオン濃度差(促進養生終了時点の濃度Cl ̄濃度差)

***コンクリートに混入した塩化物イオン量.

****アノード・カソード部の最大塩化物イオン濃度差(促進養生終了時点の濃度Cl ̄濃度差)

・各腐食環境下でのCr鋼防食鉄筋を用いたRC構造物の寿命予測

審査要旨 要旨を表示する

 太星鍋氏から提出された「Cr鋼防食鉄筋を用いた鉄筋コンクリート構造物の長寿命化技術の開発」は、合金元素の含有率の微妙な調節により所定の防食性を有するCr鋼防食鉄筋を開発し、様々な腐食環境下に置かれた鉄筋コンクリート構造物の確実な長寿命化技術の開発を最終目的とした論文であり、鉄筋コンクリート構造物の腐食形態をミクロセル腐食とマクロセル腐食に大別して、各々の腐食現象に即したCr鋼防食鉄筋の腐食速度モデルが構築されており、想定される環境下でのCr鋼防食鉄筋を用いた鉄筋コンクリート構造物の寿命予測が行われ、耐用年数100年の鉄筋コンクリート構造物に適したCr鋼防食鉄筋の算定がなされている。

 本論文は7章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

 第1章では、本研究の背景、目的、特色などが的確に述べられている。

 第2章では、Cr合金鋼の一種であるステンレス鋼材の防食性に対する既往の文献に対するレビューがなされている。また、コンクリート中の鋼材の腐食機構、鉄筋腐食に基づく鉄筋コンクリート構造物の寿命予測に関する既往の研究について概観され、腐食環境に応じたCr鋼防食鉄筋の腐食速度モデルを構築する上で、およびCr鋼防食鉄筋を用いた鉄筋コンクリート構造物の寿命予測を行う上で必要となる条件について考察がなされている。

 第3章では、コンクリート中の鉄筋の腐食現象をミクロセルとマクロセルとに大別し、腐食速度に影響を及ぼす因子(温度、Cl-濃度、pHおよびCr含有率)をパラメータとした実験に基づき、各々の腐食現象に即した腐食速度モデルの構築が試みられている。ミクロセル腐食では、腐食反応が定常値に収束した時点で分極抵抗値が測定され、その測定結果を腐食速度の経時変化モデルと組合せることでミクロセル腐食速度モデルの構築がなされている。一方、マクロセル腐食では、かぶりコンクリートのひび割れに起因するマクロセル腐食を対象として、電気回路モデルを想定した上で、アノードおよびカソードの分極抵抗、自然電位、ならびにコンクリート抵抗をパラメータとしたマクロセル腐食速度モデルの構築がなされている。

 第4章では、Cr鋼防食鉄筋のミクロセル腐食に対する防食性を評価することを目的として、ミクロセル腐食環境を模擬した実験的な研究がなされている。すなわち、Cl-およびCO2といった腐食因子がコンクリート表面から比較的均一に浸透・拡散するという条件下で、中性化の単独劣化環境、塩害の単独劣化環境および中性化と塩害の複合劣化環境において防食性を有するCr鋼防食鉄筋に関する検討が行われるとともに、3章で構築されたCr鋼防食鉄筋のミクロセル腐食速度モデルに基づくミクロセル腐食現象のシミュレーションが実施され、ミクロセル腐食速度モデルの妥当性が検証されており、ミクロセル腐食環境に応じて防食性を有するCr鋼防食鉄筋の提案がなされている。

 第5章では、マクロセル腐食環境下でのCr鋼防食鉄筋の防食性に関して検討がなされている。かぶりコンクリートのひび割れ発生部に位置する鉄筋の腐食、Cr鋼防食鉄筋と普通鉄筋が接触した場合の異種金属接触腐食、塩化物イオン濃度差に起因した腐食という3つのマクロセル腐食環境について実験的な検討が実施され、各々の腐食環境に対して防食性を有するCr鋼防食鉄筋の算定が試みられている。また、3章で構築されたCr鋼防食鉄筋のマクロセル腐食速度モデルに基づくマクロセル腐食現象のシミュレーションが実施され、マクロセル腐食速度モデルの妥当性が検証されており、マクロセル腐食環境に応じて防食性を有するCr鋼防食鉄筋の提案がなされている。

 第6章では、実際の鉄筋コンクリート構造物にミクロセル腐食が生じる場合とかぶりコンクリートのひび割れに起因するマクロセル腐食が生じる場合の両者に対して、鉄筋腐食によってかぶりコンクリートにひび割れが生じた時点を鉄筋コンクリート構造物の限界状態と定め、鉄筋コンクリート構造物の寿命予測が実施されている。マクロセル腐食の場合には、ひび割れが存在する鉄筋コンクリート部材が想定され、ひび割れ部分と健全部でのCl-およびCO2の拡散・浸透速度が各々求められ、ひび割れ部と健全部の材料的な不均一性を塩分濃度差および中性化の発生有無として表された上で、ひび割れ部のアノード鉄筋に流れるマクロセル電流およびミクロセル電流が求められており、両方の電流に基づいて計算された各々の腐食量の合計腐食量がひび割れ発生腐食量に至るまでの期間が計算されている。また、上述のプロセスで予測されたミクロセル腐食およびマクロセル腐食環境下での寿命予測結果に基づいて、耐用年数100年を満たす鉄筋コンクリート構造物に適したCr鋼防食鉄筋の推奨がなされている。

 第7章では、本論文の結論と今後の課題が要領よくまとめられている。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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