学位論文要旨



No 120028
著者(漢字) 梁,禎訓
著者(英字)
著者(カナ) ヤン,ジョンフン
標題(和) 呼吸空気質及び温熱快適性の向上を図る新たなパーソナル空調の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 120028
報告番号 甲20028
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5970号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 大岡,龍三
 東京大学 助教授 坂本,真一
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、建物の居住者に対する「呼吸空気質及び温熱快適性の向上を図る新たなパーソナル空調の開発」を研究テーマとしており、(1)大開口のパーソナル空調と(2)タスク域ワイドカバー型パーソナル空調を新たに提案している。また、それぞれのパーソナル空調に対して有効性を検証することを本研究の目的とする。

 近年、室内環境に対するオフィスワーカーの要求が多様化し、ヒューマニズム的な配慮により執務空間のパーソナル化が望まれている。パーソナル化とは空間的な意味だけではなく、個人尊重の理念からパーソナル空間における環境制御を個人の好みに合わせることを含む。執務空間及び環境制御のパーソナル化に対応しながら建物の省エネルギー性や人間の温熱快適性、呼吸空気質を向上させる新たな空調システムが必要となっている。従って、タスク・アンビエント空調又はパーソナル空調に関心が高まっており、多くの研究開発が行われている。本来のタスク・アンビエント空調方式は、床吹出空調方式をベースとした熱源の自由度が低い方式であった。しかし、近年のタスク・アンビエント空調方式は個別熱源を搭載したものや、居住者の身の近いデスクやパーティションなどに吹出口を設けるなど、よりパーソナル的な環境制御が可能な方式として進化されている。このように、個人に対する環境制御性の高い空調方式を「パーソナル空調」と称している。

 従来のパーソナル空調は、小開口の吹出口から冷却空気又は清浄空気を高風速で吹出し、人体の局所部位をスポット的に短時間で冷却する方式である。しかし、このようなスポットクーリング型のパーソナル空調は、人間が高代謝時においては快適と感じるかもしれないが、熱中立状態に達した後には局所気流によりドラフト感や目の乾燥感などの不快感を感じさせる可能性が高い。また、このようなスポットクーリング型パーソナル空調は人体の温熱制御(高風速による人体の局所冷却)が中心となった小開口の吹出口を使用しているため、吹出される清浄空気は周囲の空気と混合が促進され、清浄空気が人間の呼吸領域に到達する割合が期待より低い。このような従来のパーソナル空調の問題点を踏まえ、更に(1)呼吸空気質の向上、(2)温熱快適性の向上といった二つの課題に対し、(1)大開口のパーソナル空調、(2)タスク域ワイドカバー型パーソナル空調を提案し、それぞれのパーソナル空調の意義や特徴を以下に示す。

(1) 大開口のパーソナル空調

 大開口のパーソナル空調とは、大開口の吹出口から低風速(0.05m/s)の清浄空気を人間の呼吸領域に直接送ることで、周辺空気(非清浄空気)との混合を抑制し、人間の呼吸空気質を向上させる空調方式である。また、清浄空気を低風速で吹出すため、使用者にドラフトや目の乾燥による不快感を感じさせない。

(2) タスク域ワイドカバー型パーソナル空調

 タスク域ワイドカバー型パーソナル空調とはタスク領域の温度や気流分布性状を小さく、なるべく均一な温熱環境場となるよう制御し、タスク域にいる人間が大きな熱的不均一環境場に曝されないようにする空調方式である。パーソナル空調ユニットから冷却空気を上方に吹出し、冷却空気を密度差により人体を含むタスク域を包み込むように広く落下させ、人体へのドラフトリスクを最小化して空調を行う方式である。

 本論文では、以上の両タイプのパーソナル空調の有効性を検証することを研究目的としており、検討はCFD、対流・放射連成解析、実験により行う。

 序章では、省エネルギーと室内の空気質及び執務者の知的労働生産性に対して問題点を提起し、新たな空調方式の必要性を述べる。本論文で新たに提案する(1)大開口パーソナル空調、(2)タスク域ワイドカバー型パーソナル空調の意義や特徴を説明し、両パーソナル空調の有効性を検証することを本論文の目的とする。

 第1章から第4章までは、PART1として本研究に関わる基礎理論と既往の研究に関して解説する。

 第1章では、本研究の実験手法として用いた実験サーマルマネキンとPIV(Particle Image Velocimetry)の制御及び計測原理を説明する。

 第2章では、新たなパーソナル空調方式の有効性の検討に用いる流体解析(CFD)手法、対流・放射連成手法に関して解説する。また、室内環境シミュレーターとして用いられる数値サーマルマネキンの理論や概要を説明する。

 第3章では、パーソナル空調による居住域の換気効率評価や人間の呼吸空気質評価に用いる既往の換気効率指標(SVEs)と汚染質寄与率指標(CRPs)を説明する。また、人体の温熱快適性の評価に用いた人体温熱生理モデル(熱中立モデル、2 Node モデル)に関して解説する。

 第4章では、タスク・アンビエント空調方式又はパーソナル空調方式に対する定義や特徴を説明し、既往の研究及び開発事例などを紹介する。

 第5章から6章までは、PART2として人体の呼吸空気質の向上を図る「大開口パーソナル空調方式」の開発に関する研究を紹介する。

 第5章では、タスク・アンビエント空調方式又はパーソナル空調方式のように、複数の吹出・吸込口がある室内において、各々の吹出口と吸込口の空気齢及び空気余命を評価する新たな換気効率指標SVE3*、SVE6*の算出法を提案する。この換気効率指標はパーソナル空調など様々な空調方式の検討時における、吹出口及び吸込口の配置や設計に有効なツールとして用いられると考えられる。

 第6章では、吹出清浄空気と周辺の非清浄空気との混合の少ない大開口パーソナル空調方式を新たに提案する。タスク・アンビエント空調が行われている室内において、同風量の等温気流パーソナル空調を用いた場合に吹出口の有効直径の違い(大開口と小開口の違い)が人体の呼吸空気質に及ぼす影響を、換気効率指標(SVEs)や汚染寄与率(CRPs)を用いて詳細に検討する。また、室内で発生する代表的な汚染質の一つとして環境タバコ煙(ETS:Environment Tobacco Smoke)を用いて、吸引主流煙濃度や副流煙濃度、パーティクル数などを検討し、大開口のパーソナル空調方式の有効性を検証する。

 第7章から第10章までは、PART3として人間の温熱快適性の向上を図る「タスク域ワイドカバー型パーソナル空調方式」の開発に関する研究を紹介する。

 第7章では、CFD解析や対流・放射連成解析の信頼性やメッシュへの依存性を確認するため、自然対流と強制対流が支配的なそれぞれの気流環境においてBenchmark Testを行う。また、強制対流場の気流計測結果とも比較し、対流・放射連成解析ツールの信頼性や再現性などを検証する。

 第8章では、人体へのドラフトリスクを最小化するタスク域ワイドカバー型パーソナル空調を新たに提案する。第7章で証明されたCFDおよび対流・放射連成解析の信頼性に基づき、スポットクーリング型とワイドカバー型パーソナル空調使用時における人体の周辺気流性状や温熱生理特性を検討する。また、オフィスのレイアウトに対応可能な可搬式のワイドカバー型パーソナル空調における、温排気や一様横風の影響を検討する。

 第9章では、スポットクーリング型とワイドカバー型のパーソナル空調方式の使用時における人体周辺気流分布性状をPIVにより計測し、第8章で解析されたワイドカバー型の使用時における人体周辺気流性状の物理的な再現性を検証する。

 第10章では、タスク域ワイドカバー型パーソナル空調を可搬型として想定し、不連続的な横風が形成される自然換気使用のオフィスビルにおけるワイドカバー型パーソナル空調の有用性を実験により検証する。実験は(1)可視化実験、(2)吹出温度分布計測実験、(3)実験サーマルマネキンの冷却効果実験の計3つの実験を行う。

 第11章は、PART4として、本論文の結論と今後の課題を示す。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、オフィスビルの執務者に対する「呼吸空気質及び温熱快適性の向上を図る新たなパーソナル空調の開発」を題して、(1)大開口のパーソナル空調と(2)タスク域ワイドカバー型パーソナル空調を新たに提案し、その有効性を検証することを目的としている。

 従来のパーソナル空調は、小開口の吹出口から冷却空気又は清浄空気を高風速で吹出すものが主であり、冷房が目的であれば人体をスポット的に冷却する方式であった。しかし人体のスポット的冷却は、人体が熱中立状態に達した後には局所気流によりドラフト感や目の乾燥感などの不快を感じさせる可能性が大きいものであった。また、小開口の吹出口を使用しているため、清浄空気を人体に供給する目的に関しては吹出噴流が人体に到達するまでに周辺空気と混合する程度が大きくなり、吹き出された清浄空気は人間の呼吸領域に希釈されて到達するものであった。このような従来型のパーソナル空調の問題点を踏まえて本論文は、(1)呼吸空気質の向上、(2)温熱快適性の向上といった二つの課題に対し、(1)人体呼吸域へ希釈されない清浄空気を供給する大開口のパーソナル空調、(2)人体との設置距離が短くとも人体全体をカバーするタスク域ワイドカバー型パーソナル空調を提案している。本論文は、この両タイプのパーソナル空調の有効性をCFD、対流・放射連成解析、実験により検討を行なったものである。

 本論文の構成は以下の通りである。

 序章は、省エネルギーと室内の空気質及び執務者の知的労働生産性に対して問題点を提起し、新たな空調方式の必要性を述べている。本論文で新たに提案した(1)大開口パーソナル空調、(2)タスク域ワイドカバー型パーソナル空調の意義や特徴を説明し、両パーソナル空調の有効性を検証することを本論文の目的としている。

 第1章は、本研究の実験手法として用いた実験サーマルマネキンとPIV(Particle Image Velocimetry)の制御及び計測原理を説明している。

 第2章は、新たなパーソナル空調方式の有効性の検討に用いる流体解析(CFD)手法、対流・放射連成手法、数値サーマルマネキンに関して解説している。

 第3章は、パーソナル空調による居住域の換気効率評価や人間の呼吸空気質評価に用いる既往の換気効率指標(SVEs)と汚染質寄与率指標(CRPs)を解説している。また、人体の温熱快適性の評価に用いた人体温熱生理モデル(熱中立モデル、2 Node モデル)に関して解説している。

 第4章は、タスク・アンビエント空調方式及びパーソナル空調方式に対する定義や特徴を説明し、既往の研究及び開発事例などを紹介している。

 第5章は、タスク・アンビエント空調方式及びパーソナル空調方式のように、複数の吹出・吸込口がある室内において、各々の吹出口と吸込口の空気齢及び空気余命を評価する新たな換気効率指標SVE3*、SVE6*の算出法を提案し、その有効性を検証している。

 第6章は、吹出清浄空気と周辺空気との混合の少ない大開口パーソナル空調方式を新たに提案している。タスク・アンビエント空調が行われている室内において、吹出口の有効直径の違い(大開口と小開口の違い)が人体の呼吸空気質に及ぼす影響を詳細に検討している。その結果、人体呼吸域において大開口のパーソナル空調の方が小開口に比べて周辺空気との混合が少なく、空気齢と空気余命も小さく良好な換気性状を示しており、室内の汚染発生に対し家具や周壁面から発生する汚染質の吸入空気に対する寄与が少なくなり、有用であることを示している。

 第7章は、CFD解析や対流・放射連成解析の信頼性やメッシュの依存性を確認するため、自然対流と強制対流が支配的なそれぞれの気流環境において人体周辺気流解析と熱輸送解析に対して、実験との比較による検証を行っている。その結果、今回の解析ではいずれの環境においても、気流場・温度場・人体モデルの皮膚表面温度に対してメッシュ分割程度による差異が殆どなく、解析の信頼性が高いことを示している。

 第8章は、人体へのドラフトリスクを最小化するタスク域ワイドカバー型パーソナル空調を新たに提案している。対流・放射解析の結果、スポットクーリング型パーソナル空調に比べてワイドカバー型が人体の着衣表面温度や対流熱伝達量・対流熱伝達率に大きな分布を生じさせないことを確認している。

 第9章は、第8章でCFDにより解析されたタスク域ワイドカバー型パーソナル空調の吹出気流特性や人体周辺気流性状に対し、PIV(Particle Image Velocimetry)計測によりCFD解析結果の物理的な再現性や信頼性を確認している。

 第10章は、自然換気導入により不連続的な横風環境が形成されるオフィスビルにおいて、タスク域ワイドカバー型パーソナル空調の有効性を可視化実験、温度分布測定、実験用サーマルマネキンの冷却効果実験により検討している。その結果、換気窓等の使用により不連続な横風が形成された場合においても、ワイドカバー型パーソナル空調の吹出冷却空気は平均的には実験サーマルマネキンの頭上から体全体をカバーするように落下し、タスク域を広い範囲で冷却することを確認し、その有用性を検証している。

 第11章は、本論文の結論と今後の課題を示している。

 以上を要約するに、本論文はオフィスビルの執務者の呼吸空気質及び温熱快適性の向上を図る(1)大開口のパーソナル空調と(2)タスク域ワイドカバー型パーソナル空調を提案し、その有効性を実験及びCFD解析手法を用いて検討を行っている。本論文で提案した新たなパーソナル空調は、従来のタスク・アンビエント空調及びパーソナル空調の短所であったドラフトリスク、周辺空気との混合などの問題を解決するものであり、これからパーソナル空調の普及に大きく寄与し、建築環境工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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