学位論文要旨



No 120029
著者(漢字) 朴,錦花
著者(英字)
著者(カナ) パク,キンカ
標題(和) 浸漬型膜分離活性汚泥法における膜表面付着微生物の群集解析及び増殖特性
標題(洋)
報告番号 120029
報告番号 甲20029
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5971号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 矢木,修身
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 助教授 福士,謙介
 東京大学 助教授 佐藤,弘泰
 東京大学 講師 栗栖,太
内容要旨 要旨を表示する

 膜分離活性汚泥法(MBR)は生物処理と膜の組み合わせで,1960年代に米国で初めて開発され,ビル中水道(ビル排水再生利用システム),し尿処理,小規模生活排水処理,産業廃水処理など多くの実績がある。生物処理と膜の組み合わせ方により,クロスフロー方式と浸漬型に分けられるが,クロスフロー方式に比べ浸漬型MBRは装置がコンパクトであり省エネルギー化であるなどの特徴を持っている。MBRはSS(Suspended solids)を完全に除去でき高度水処理技術である。SSを除去することにより通常SSに吸着される形で存在するダイオキシン類やウイルス,原虫などの病原性微生物も同時に除去でき,従来の重力沈殿分離法では達成できない高品位な処理水質が得られる。他にも,MBRは沈殿池が必要としない省スペースであること,有機物負荷が低いので余剰汚泥の発生量が少ないなどの利点が挙げられる。MBRの更なる普及を妨げる要因は,膜モジュール自体のコストが高いことと運転上不可避的に発生する膜ファウリングの問題である。

 膜ファウリングを制御する努力は,限界フラックス,凝集剤の投入,曝気条件と間歇吸引などに関する検討から主に行われているが,こういう物理化学的手法では実処理プロセスでの根本的な問題解決には至っていない。膜ファウリング原因物質といわれる細胞外高分子物質(EPS)や溶解性微生物産物(SMP,soluble microbial products)は微生物由来の物質であることもあり,微生物の観点から膜ファウリングを制御しようとする試みが最近一部の研究者らにより行われている。しかし,現段階の研究は浮遊系汚泥の微生物群集をFISH(Fluorescent in situ hybridization)により解析しただけで,特に膜表面付着微生物の群集解析に関する研究は極めて限られている。

 そこで本研究では二つの研究目的を設けた。一つ目は,膜分離活性汚泥法における膜表面付着微生物群集を,それぞれ小規模処理を反映する低MLSS,有機物低容積負荷の運転条件と一般MBRプロセスを反映する高MLSS,有機物高容積負荷の運転条件の下で解析し,膜表面付着微生物の動的特徴を解明することである。二つ目は,膜表面付着微生物を単離培養し,これらの微生物の特徴を増殖パターン,細胞外高分子物質,菌体疎水性などから浮遊系汚泥からの単離菌と比較することにより,膜表面付着微生物が膜表面へ選択的に付着する原因を解明することである。

 上記の研究目的を達成するために,実下水を処理対象とする浸漬型膜分離活性汚泥法の実験装置を下水処理場内に設置し,有機物高容積負荷と低容積負荷それぞれの運転条件の下で膜をサンプリングした。MBRにおける膜表面付着微生物の経時変動を調べるためにミニ膜モジュールを投入し,一回のサンプリングに一つのミニ膜モジュールを用いるという工夫を行った。膜表面付着微生物群集の動態はPCR-DGGE法を用いて解析し,また種レベルでの微生物群集構造は16S rRNAのほぼ全長を用い,PCR-クローニング-シーケンシング法により解析した。膜表面と浮遊系汚泥からの細菌はニュートリエントの寒天培地と液体培地を用い,20℃で培養培養し,PCR-クローニング-シーケンシング法を用いて同定を行った。

 有機物低容積負荷,低MLSS濃度の条件で二ヶ月余りMBRを運転した結果,ミニ膜モジュールの膜間差圧は5から12 kPaと膜ファウリングは進行しなかった。有機物低容積負荷運転条件での膜表面付着微生物群集構造の解析から以下のような結果及び結論が得られた。

 同一反応槽から同時にサンプリングした膜サンプルと浮遊系汚泥サンプルのDGGEバンドパターンの比較から,膜表面付着微生物は浮遊系汚泥とまったく異なる群集構造を持っていた。クローニング結果でγ-Proteobacteriaに属するクローンが全体の50%以上であり,特にXanthomonas 類に属するクローンがγ-Proteobacteria に属するクローンの半分程度(運転初期の膜サンプルでは62.5%,47日目の膜サンプルでは41.7%)を占めたことから,γ-Proteobacteria ,その中でも特にXanthomonas 類に属する細菌類が優占種として膜表面に特異的にしかも長期間に渡って存在することが分かった。このようなバイオポリマーを産生するXanthomonas類と近縁する細菌が膜表面に特異的に存在することから,こういう細菌類の膜表面への付着と増殖はバイオポリマーつまり細胞外高分子物質(EPS)と関連性が高いことが推定される。また,運転時間が経つことにつれて,膜表面付着微生物の多様性は高くなることも異なる時期にサンプリングした膜サンプルの比較から分かった。また,EPSとフロックサイズ分布の結果から,低容積負荷,低MLSS条件でEPS中のたんぱく質は運転時間と共に上昇する傾向をみせた。一方,汚泥フロックサイズはMLSSが上昇することにつれ低下する傾向を見せた。

 有機物高容積負荷運転条件でMBRを2ヶ月あまり運転した結果及び結論を以下のようにまとめた。

 膜ファウリングの進行程度を膜間差圧でモニタリングした結果,メイン膜モジュールのTMPは15kPaから48kPaと徐々に上昇したことに対し,ミニ膜モジュールは一ヶ月余り経つと16〜40kPaの間で急激に上昇した。こういうTMPの挙動とSEMの画像解析結果から,MBRにおいて膜ファウリングは主に,ある時点から急激に進行するケーキ層によるものであると考えられる。

 高容積負荷運転条件でも膜表面付着微生物の群集は浮遊系汚泥と全く異なる構造を持った。膜と浮遊系汚泥の微生物群集構造の相違性は運転初期からすでに始まり,膜表面微生物群集も膜ファウリングの進行により変化した。これは,微生物が初期段階で何らかのきっかけにより選択的に膜表面に付着し,その後膜表面に形成された生物膜における溶存酸素,栄養物質などの濃度分布の影響を受け変化するものだと考えられる。膜表面ケーキ層は浮遊系汚泥の膜表面への付着,蓄積によるものであるためその微生物群集も浮遊系汚泥と類似し,ケーキ層にだけ有意に存在する微生物は認められなかった。

 膜ファウリングが深刻でないとき膜表面にはβ-Proteobacteriaとγ-Proteobacteriaが同時に優占群集として増殖したが,膜ファウリングが進行することによりγ-Proteobacteriaだけが優占群集として存在した。また運転時間とともに膜表面に段々強く生き残るγ-Proteobacteria群集が急激な膜ファウリングと何らかの関わりをもっていると推定される。また,データーベース上高い相同性の近縁種を検索できないクローンが多かったことから,膜表面に付着する細菌はほぼ未同定の細菌種である可能性が高いと推定される。

 膜表面付着微生物の膜表面への付着原因を解明する目的で行われた単離菌の増殖特性の実験結果から以下のような結果及び結論が得られた。

 Nutrient寒天培地では膜表面付着微生物の優占種を培養単離することはできなかった。汚泥からの単離菌24個のうち20個,膜からの単離菌17個のうち11個がProteobacteriaに属した。膜からの単離菌のほとんどが汚泥からの単離菌より寒天培地での増殖速度が遅く,黄色の細菌であった。また膜からの一部の単離菌は培養はできたものの,寒天培地での活性が段々落ちていきやがて増殖できなくなった。

 膜表面付着微生物と浮遊系汚泥の増殖パターン相違性から,浮遊系微生物は環境変化に適応しやすく増殖しはじめてまもなく安定状態になることに対し,膜表面付着微生物は環境に適応するのがなかなか難しく,しかし一旦増殖し始めると相当の速度で増殖する特徴持っていることが分かった。MBRにおいてこういう適応性の低い細菌はバルク側では増殖速度の速い菌との競争で負けてしまうが,膜表面では膜の吸引活動により常にバルク側から栄養物質が供給されるため生き残りやすいと考えられる。しかしこれらの適応性の低い細菌が膜表面で生き残るにはまず膜表面に付着しなければならない。これらの細菌の膜表面への付着に寄与するのがその疎水性であると推測される。なぜなら膜から単離したほとんどの細菌の疎水性は浮遊系からの単離菌より高かったからである。また膜からの単離菌はEPSをたくさん生産する細菌類であった。しかもEPS中の成分は90%以上がたんぱく質であった。膜表面付着細菌のこういう特性は膜ファウリングに何らかの影響を及ぼすと推定される。

 上記の研究結果を踏まえて,今後膜ファウリング進行とともに変化する膜表面微生物群集をin situで考察していく必要がある。本研究で得られた16S rRNA全塩基配列を元に膜表面付着優占群集をターゲットとするプローブを設計することにより,FISH法でこれらの優占群集の膜表面での分布や膜ファウリングの進行に伴う変化を明らかにし,膜表面付着微生物の膜ファウリングへの影響を解明することができれば,その制御方法も明らかにできよう。また,本研究から得られた単離菌を用いてバッチテストを行うことにより,これらの付着細菌が膜ファウリングの進行とともにどういう代謝機構をもつのかを,解明していくことが可能となろう。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「浸漬型膜分離活性汚泥法における膜表面付着微生物の群集解析及び増殖特性」と題し、実際の都市下水を用い、これまで殆ど調べられてこなかった浸漬膜表面に選択的に付着する微生物に焦点を当て、特に細菌の群集解析や単離した細菌の増殖特性等を明らかにしたユニークな研究である。

 第1章は「序論」である。研究の背景、下水処理としての膜分離技術の抱える課題、それを受けた研究の必要性、目的と位置づけ、及び論文構成等を述べている。

 第2章は「既往の研究」である。膜分離活性汚泥法(MBR, Membrane Bioreactor)の歴史、膜ファウリングの既往研究の成果、細菌群集解析手法についての基礎的知見をまとめている。

 第3章は「実験装置及び方法」である。実下水処理場敷地内に設置した実験装置の概要や分析手法等についてまとめている。

 第4章は「有機物低容積負荷運転条件でのMBRにおける膜表面付着微生物群集解析」である。有機物低容積負荷、低MLSS濃度の条件で2ヶ月余りMBRを運転し、以下のような結果及び結論を得ている。同一反応槽から同時にサンプリングした膜サンプルと浮遊系汚泥サンプルのDGGEバンドパターンの比較から、膜表面付着微生物は浮遊系汚泥とまったく異なる群集構造を持っていた。クローニング結果でγ-Proteobacteriaに属するクローンが全体の50%以上であり、特にXanthomonas 類に属するクローンがγ-Proteobacteria に属するクローンの半分程度(運転初期の膜サンプルでは62.5%、47日目の膜サンプルでは41.7%)を占めたことから、γ-Proteobacteria 、その中でも特にXanthomonas 類に属する細菌類が優占種として膜表面に特異的にしかも長期間に渡って存在することが分かった。このようなバイオポリマーを産生するXanthomonas類と近縁する細菌が膜表面に特異的に存在することから、こういう細菌類の膜表面への付着と増殖はバイオポリマーつまり細胞外高分子物質(EPS)と関連性が高いことが推定された。また、運転時間が経つことにつれて、膜表面付着微生物の多様性は高くなることも異なる時期にサンプリングした膜サンプルの比較から分かった。また、EPSとフロックサイズ分布の結果から、低容積負荷、低MLSS条件でEPS中のたんぱく質は運転時間と共に上昇する傾向をみせた。一方、汚泥フロックサイズはMLSSが上昇することにつれ低下する傾向を見せた。

 第5章は「有機物高容積負荷運転条件でのMBRにおける膜表面付着微生物群集解析」である。有機物高容積負荷運転条件でMBRを2ヶ月あまり運転し、以下のような結果及び結論を得ている。膜ファウリングの進行程度を膜間差圧でモニタリングした結果、サンプル用膜モジュールは一ヶ月余り経つと16~40kPaの間で急激に上昇した。こういうTMPの挙動とSEMの画像解析結果から、MBRにおいて膜ファウリングは主に、ある時点から急激に進行するケーキ層によるものであると推定された。高容積負荷運転条件でも膜表面付着微生物の群集は浮遊系汚泥と全く異なる構造を持った。膜と浮遊系汚泥の微生物群集構造の相違性は運転初期からすでに始まり、膜表面微生物群集も膜ファウリングの進行により変化した。これは、微生物が初期段階で何らかのきっかけにより選択的に膜表面に付着し、その後膜表面に形成された生物膜における溶存酸素、栄養物質などの濃度分布の影響を受け変化するものだと考えられる。膜表面ケーキ層は浮遊系汚泥の膜表面への付着、蓄積によるものであるためその微生物群集も浮遊系汚泥と類似し、ケーキ層にだけ有意に存在する微生物は認められなかった。膜ファウリングが深刻でないとき膜表面にはβ-Proteobacteriaとγ-Proteobacteriaが同時に優占群集として増殖したが、膜ファウリングが進行することによりγ-Proteobacteriaだけが優占群集として存在した。また運転時間とともに膜表面に段々強く生き残るγ-Proteobacteria群集が急激な膜ファウリングと何らかの関わりをもっていると推定される。また、データーベース上高い相同性の近縁種を検索できないクローンが多かったことから、膜表面に付着する細菌はほぼ未同定の細菌種である可能性が高いと推定される。

 第6章は「膜表面から単離した微生物の増殖特性」である。膜表面付着微生物の膜表面への付着原因を解明する目的で行われた単離菌の増殖特性の実験から以下のような結果及び結論を得ている。汚泥からの単離菌24個のうち20個、膜からの単離菌17個のうち11個がProteobacteriaに属した。膜からの単離菌のほとんどが汚泥からの単離菌より寒天培地での増殖速度が遅かった。膜表面から単離した細菌と浮遊系汚泥から単離した細菌の増殖パターン相違性から、膜表面付着細菌は環境に適応するのがなかなか難しく、しかし一旦増殖し始めると相当の速度で増殖する特徴持っていることが分かった。また膜から単離したほとんどの細菌の疎水性は浮遊系からの単離菌のそれより高かった。また膜からの単離菌はEPSを大量に生産する細菌類でもあった。これらの因子が膜面への付着性を支配していると考えられる。さらに、EPS中の成分は90%以上がたんぱく質であり、膜表面付着細菌のこういう特性は膜ファウリングに何らかの影響を及ぼすと推定される。

 第7章は「結論」である。

 以上要するに、本論文は分子生物学的手法を用いて、これまで調べられてこなかった浸漬膜表面に付着する細菌群集の特徴を明らかにしたものであり、本研究で得られた16S rRNA全塩基配列を元に膜表面付着優占群集をターゲットとするプローブを設計することにより、FISH法でこれらの優占群集の膜表面での分布や膜ファウリングの進行に伴う変化を明らかにし、膜表面付着微生物の膜ファウリングへの影響を解明するための第1歩を踏み出すための貴重な基礎情報を与える独創的研究であると高く評価できる。また、本研究で得られた知見は、都市環境工学の学術の発展に大きく貢献するものである。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク