学位論文要旨



No 120031
著者(漢字) 菅,正史
著者(英字)
著者(カナ) スガ,マサシ
標題(和) 都市計画の分散化とサステイナブル都市政策に関する一連の研究 : 日本における分散型都市計画の分析を通じて
標題(洋)
報告番号 120031
報告番号 甲20031
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5973号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 講師 大森,宣暁
内容要旨 要旨を表示する

 この論文の目的は、地球環境問題を契機に諸国で関心が高まっている「サステイナブル都市」論を日本の都市計画システムの変容過程との関連付けを行い、それを通じてわが国におけるサステイナブル都市の実現に向けた課題について考察することにある。

 本論では分析の枠組みを構築するにあたり、「都市計画の分散化」という概念を導入した。近代都市計画論に代表される都市計画の概念であった事前に全体的な将来像を確定する「統合型都市計画」の不備を補完するために、実際の都市計画では地区レベルのまちづくりや開発事業を受けた協議にもとづく都市計画等、個別の調整を通じて都市の計画を構築していく「分散型都市計画」が導入されている。さらに近年では、都市計画全体における分散型都市計画の担う役割が増加傾向にある「都市計画の分散化」が生じている。

 本論は、この都市計画の分散化を通じてサステイナブル都市をめぐる議論や政策の整理を行い、わが国におけるサステイナブル都市実現の加太について考察したものである。

 論文全体の導入部にあたる第1章では、サステイナブル都市論に関する論調整理を通じて、サステイナブル都市政策の概念が変化していることを示した。

 本省ではサステイナブル都市政策をめぐる議論は3つの段階に分類している。第1段階はサステイナブル都市の都市像に関する議論が行われ、環境負荷の現象などの社会的に好ましい都市像が議論され、コンパクトシティ等の提案がなされた時期である。第2段階では、第1段階で提起されたコンパクトシティ等の都市像に対する指摘がなされている。特に高密度化の功罪の議論などを通じて、バランス論としてのサステイナブル都市の考え方が提示された。そして第3段階では、好ましい都市像やその条件を事前に設定するという行為そのものの困難性が指摘され、分散型都市計画を通じてサステイナブル都市を実現する必要性が論じられている。

 第2章から第4章では、日本で展開された分散型都市計画の事例を通じて、分散型都市計画の特性や、都市計画の分散化に関する考察を行っている。

 第2章では日本の都市計画で導入された初期の分散型都市計画として、指導要綱行政による都市計画の分析を行い、分散型都市計画が生まれた背景やその特徴を明らかにしている。

 本章では開発許可制度を通じた郊外開発コントロールの代表例として知られる神奈川県土地利用調整システムを対象に分析を行った。一般に土地利用調整システムに関する既存研究では、日本の土地利用規制の不備として指摘される緩規制区域の開発規制手段としての側面に焦点が当てられている。しかし神奈川県で土地利用調整システムを通じた土地利用コントロールが展開された要因には、合法的な開発規制手段の欠損への対処という側面だけではなく、要綱を通じた過程調整により柔軟に開発内容をコントロールする側面。すなわち神奈川県の土地利用調整システムは、事前に策定された行政の指導基準を、許認可権限を背景とした行政指導で強制しようとしたものではなく、開発事業や環境変化に柔軟に対応するための手段として行政指導を用いたシステムである。

 また神奈川県の土地利用調整は実際の開発形態コントロールは個別開発に対する指導に分散化されているが、ビジョンとしての長期間の土地利用の調整方針、土地利用調整委員会による承認手続き等を制度にもりこむことにより、一定の総合性を担保する仕組みが組み込まれている。それにより個別開発事業の調整を超えて、地域全体を長期にわたって柔軟にコントロールすることに成功している。

 第3章では、特定地域に例外的な特例措置を講じる「特区」制度、中でも都市計画分野の「都市型特区」の変遷の整理を通じて、都市計画の分散化過程を明らかにしている。

 近年にわかに注目を集めた特区制度ではあるが、実際にはこれまでの日本の都市・地域政策でも多数の特区制度が運用されていた。その多くは条件不利地域や後進地域を対象とした地域政策に代表される、地域全体で描かれた好ましい将来像の実現のために特定地域に優遇措置を与える制度として展開されている。しかしそのうち「都市型特区」という類型に該当する特区では、描かれた将来像を達成するための手段としてではなく、むしろ個別の地区や開発毎に特例的な措置を講じることそのものが公益にかなうとして導入された制度である。

 また本章では、都市型特区の例として高度利用地区、再開発地区計画、特定街区制度、総合設計制度の4つをとりあげ、内部指針や運用状況の整理を行った。これら4つの都市型特区は、当初はいずれも標準の規制の適用が好ましくないと考えられる場合に、全体の法目的を害さない範囲で特例措置を講じる制度となっていた。しかし次第に地区毎の特性に応じて適用する制度から、優遇措置の程度を拡大し開発をその時々に柔軟にコントロールしようとする制度へと変化しており、また制度の適用件数の推移を見ても対象敷地を事前に確定する「誘導型」に代えて、対象となる敷地を事前に確定せずに民間事業者からの提案をうけて対応する「審査型」が多用される傾向がある。当初の地理的分散から、時系列的分散を重視する制度へと変化している傾向が見られ、分散型計画が統合型計画の補完的な位置づけから、都市計画の主要な手段の一つとなってきている。

分散化に伴う総合性の確保の観点から見ると、「誘導型」の制度ではそもそも対象地域や特例措置の内容が事前に決定される形をとっており、対象地区間や適用時代区分間で一定の公平性が保たれていた。また「審査型」でも対象となる地区の状況や開発内容に応じて策定されたガイドラインである指導基準を通じて担保する形をとっていたが、度重なる指導基準の変更のために制度適用の時期により緩和内容に差が見られた。また開発事業者からの発意に基づいて制度を適用する形をとっており対象地区の分布にも地理的偏在傾向が見られ、公平性が担保されていることは確認できなかった。

 第4章では、産業クラスター政策を例に最近の分散型都市計画の特徴を明らかにした。

 産業の立地要因が地理的要因から産業側の構造的要因に変化していることと関連し、対象となる産業を事前に想定してその立地に必要な条件を整えるという産業立地政策においても政策の有効性に限界が生じており、地域産業の空洞化という構造的な要因が生じている。このような中で、地域内の競争環境の整備を通じた産業振興という産業クラスター政策が注目を集めている。

 本章では日本全国における産業クラスターの変化を通じて、日本の産業立地政策が抱える課題に関する考察を行っている。日本の産業政策では、個別産業の分散化には成功したが、巨大産業クラスターの生成や産業クラスターへの特定地域への集積という産業構造の変化の元で、産業の分散立地という本来の目的を達成できなかったことを明らかにした。

 日本の産業クラスター政策はこのような構造的な課題のもとで地域独自の取り組みを重視する施策の形で行われているが、現在のところ特定産業への偏りなどを生じており、個別の取り組みが成功したとしても産業立地構造の変革という目的を達成できるかは不明な状況にあり、分散型都市計画の導入が直ちに現在の構造的課題の解決につながるとはいないと結論づけた。

 第5章では、欧州連合(EU)、米国、および日本におけるサステイナブル都市に向けた取り組みの過程の整理を通じて、サステイナブル都市論において分散型都市政策の重要性が指摘された要因を明らかにした。

 EUのサステイナブル都市政策は、当初はサステイナブル都市のビジョンを描く取り組みが行われ、その成果はサステイナブル都市レポート等にまとめられている。しかし実際の構造基金等を通じて政策の実現を目指す段階では、サステイナブル都市政策概念はむしろ地域間不均衡の是正という現在の課題への対処が重視されるようになっている。

 米国のサステイナブル都市への取り組みとしては、ニューアーバニズムとスマートグロースの流れをあげた。前者は地球環境問題への寄与という総合的な視点ではなく、むしろ地区レベルの環境改善に寄与する点で注目を集めていた。また成長管理政策より個別状況ごとに応じた柔軟な対応を許容する概念であるスマートグロース概念が提示され、総合性の確保という点では後退しつつも多数の地域に広がりを見せている。

日本では、当初行われた環境共生都市を実現する都市政策が十分な成果を得ることができず、都市計画全体の課題の中に環境共生概念を埋め込む方針に転換されている。またその都市計画の改革の方向に対する議論では、事前に好ましい都市の将来像を描く困難性が示されている。

 終章では以上の内容を受けて、以下のような結論をまとめた。

 第1に、分散型都市計画は総合性の確保に課題を残しており、サステイナブル都市論は、都市計画の分散化に対するアンチテーゼとして、総合性の担保を迫った側面を持っていた。

 第2に、都市計画の分散化要因として、当初地理的な要因に加えて時間的な要因からの分散化の要請がましつつあり、これが現在の都市計画の分散化を引き起こす主要因となっていることを示した。

 第3に、サステイナブル都市をめぐる議論や政策の変遷を見る限りでは、世界的に共有されたサステイナビリティ理念を持ってしても、都市計画の分散化傾向に歯止めをかけるーすなわち総合性を補完する統合型計画の役割を高めるーことに対して、現在のところは合意を得ることができていないことを示した。

 以上の結論から、環境負荷の少ない都市の実現というサステイナブル都市の実現のためには、計画の時間的分散化を前提とした上で、分散型計画を通じた手法の検討が有効であると提言している。

審査要旨 要旨を表示する

 この論文は、地球環境問題を契機に諸国で関心が高まっている「サステイナブル都市」論を日本の都市計画システムの変容過程との関連付けを行い、それを通じてわが国におけるサステイナブル都市の実現に向けた課題について考察したものである。

 本論では分析の枠組みを構築するにあたり、「都市計画の分散化」という概念を導入した。近代都市計画論に代表される都市計画の概念であった事前に全体的な将来像を確定する「統合型都市計画」の不備を補完するために、実際の都市計画では地区レベルのまちづくりや開発事業を受けた協議にもとづく都市計画等、個別の調整を通じて都市の計画を構築していく「分散型都市計画」が導入されている。さらに近年では、都市計画全体における分散型都市計画の担う役割が増加傾向にある「都市計画の分散化」が生じていることを論証している。

 論文全体の導入部にあたる第1章では、サステイナブル都市論に関する論調整理を通じて、サステイナブル都市政策の概念が変化していることを示した。サステイナブル都市政策をめぐる議論は3つの段階に分類している。第1段階はサステイナブル都市の都市像に関する議論が行われ、環境負荷の現象などの社会的に好ましい都市像が議論され、コンパクトシティ等の提案がなされた時期である。第2段階では、第1段階で提起されたコンパクトシティ等の都市像に対する指摘がなされている。特に高密度化の功罪の議論などを通じて、バランス論としてのサステイナブル都市の考え方が提示された。そして第3段階では、好ましい都市像やその条件を事前に設定するという行為そのものの困難性が指摘され、分散型都市計画を通じてサステイナブル都市を実現する必要性が論じられている。

 第2章から第4章では、日本で展開された分散型都市計画の事例を通じて、分散型都市計画の特性や、都市計画の分散化に関する考察を行っている。

 第2章では日本の都市計画で導入された初期の分散型都市計画として、指導要綱行政による都市計画の分析を行い、分散型都市計画が生まれた背景やその特徴を明らかにしている。

 第3章では、特定地域に例外的な特例措置を講じる「特区」制度、中でも都市計画分野の「都市型特区」の変遷の整理を通じて、都市計画の分散化過程を明らかにしている。

 第4章では、産業クラスター政策を例に最近の分散型都市計画の特徴を明らかにした。本章では日本全国における産業クラスターの変化を通じて、日本の産業立地政策が抱える課題に関する考察を行っている。日本の産業政策では、個別産業の分散化には成功したが、巨大産業クラスターの生成や産業クラスターへの特定地域への集積という産業構造の変化の元で、産業の分散立地という本来の目的を達成できなかったことを明らかにした。

 終章では以上の内容を受けて、以下のような結論をまとめている。

 第1に、分散型都市計画は総合性の確保に課題を残しており、サステイナブル都市論は、都市計画の分散化に対するアンチテーゼとして、総合性の担保を迫った側面を持っていた。

 第2に、都市計画の分散化要因として、当初地理的な要因に加えて時間的な要因からの分散化の要請がましつつあり、これが現在の都市計画の分散化を引き起こす主要因となっていることを示した。

 第3に、サステイナブル都市をめぐる議論や政策の変遷を見る限りでは、世界的に共有されたサステイナビリティ理念を持ってしても、都市計画の分散化傾向に歯止めをかけるーすなわち総合性を補完する統合型計画の役割を高めるーことに対して、現在のところは合意を得ることができていないことを示した。

 以上の結論から、環境負荷の少ない都市の実現というサステイナブル都市の実現のためには、計画の時間的分散化を前提とした上で、分散型計画を通じた手法の検討が有効であると提言している。

 本研究は、都市計画の分散化という概念を通じて近年の関連する政策を詳細に分析し、優れた学術的価値を有している。さらに、その分析を通じて今後の実践的課題についての有益な提言を行っている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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