学位論文要旨



No 120032
著者(漢字) 高橋,史武
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,フミタケ
標題(和) チタン酸金属塩触媒in-situ水熱合成超臨界水酸化法による有害有機化合物及び無機塩の同時処理プロセスの開発とプロセス中の反応特性及び物質挙動
標題(洋)
報告番号 120032
報告番号 甲20032
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5974号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 助教授 福士,謙介
 東京大学 助教授 戸野倉,賢一
内容要旨 要旨を表示する

 超臨界水酸化法とは超臨界状態(22.1MPa以上かつ374℃以上)における水の特性を利用した有機物の新たな酸化・分解方法である。超臨界水酸化法では極めて短時間の内に有機物の酸化分解を達成することが可能であり、有機物は水と二酸化炭素まで分解される。焼却法と比較した利点としては、オフガスの発生量そのものが小さく、NOx、SOxが発生しないことからオフガス処理が容易かつ勘弁であること、処理反応器の小型化を通じて処理系を省スペース化できること、処理後のすべてめ物質が水相に保存されることから全プロセスにおける物質管理が容易であり、トラブル時に非意図的に生成される有害性物質の再処理も可能であることが挙げられる。一方、超臨界水酸化処理の普及に向けて解決すべき課題も多い。一つは高温、高圧での操作条件による装置の腐食である。操作条件をより低温、低圧へと緩和化することが最も効果的な回避方法であるが、400℃付近の低温条件では酢酸、フェノールと言った中間生成物の分解速度が極めて遅くなり、ダイオキシン様物質を副生成する問題を誘発する。中間生成物の速やかな分解を狙って様々な触媒の使用例が報告されているが、超臨界水中では安定に存在できず、構造の崩壊、活性種の流出と言った問題を抱える例が多い。よって超臨界水中にて安定かつ活性を維持し得る触媒の開発が求められている。もう一つの課題は無機塩の析出である。特に超臨界条件での蔭蕗(あいろ)部にて非意図的な無機塩の析出が続くと経路の致命的な閉塞を引き起こす。無機塩の析出そのものは超臨界水の物性に由来するものであるので、その防止は極めて困難である。よって無機塩の析出を如何に管理するかが重要であり、効率的な無機塩の除去、回収プロセスを構築する必要性がある。実廃液の処理を超臨界水酸化法で狙うに当たり、処理過程で生成される酸によって反応器が腐食することを防止するために、廃液には予め中和目的でアルカリが添加されると予想される。しかし超臨界水酸化反応における酸でアルカリ、塩が有機物の超臨界水酸化反応に及ぼす影響について、その検討例は少ない。

 これより本研究ではまず以下の三点に関して検討した。1)超臨界水酸化反応に対するアルカリの影響、2)超臨界水中で安定な触媒の開発、3)無機塩の析出管理及びその回収方法である。1)のアルカリの影響に関しては、超臨界水酸化法における代表的な難分解性物質である酢酸を用い、アルカリ特に水酸化ナトリウムが酢酸の分解に及ぼす影響を検討した(第4章)。2)の超臨界水中で安定な触媒に関しては、チタン酸金属塩に着目した。酢酸の超臨界水酸化反応に対し、チタン粒子表面に超臨界水熱合成させたチタン酸金属塩の触媒効果及びその反応特性を速度論的に検討した(第5章)。3)の無機塩の析出管理方法に関しては、チタン粒子が無機塩の析出を促進させることが出来る点に着目した。チタン粒子表面に無機塩を析出させることで析出部位の特定、管理が可能となり、以降のプロセスにおける無機塩の非意図的な析出を防ぐことができるからである。チタン粒子を用いた無機塩、特にナトリウム塩の析出特性に関し、物質挙動に着目して検討した(第6章)。また析出した無機塩の回収方法に関して、亜臨界水によるナトリウム塩の溶解特性を検討した(第7章)。これらを踏まえ、・生成させたチタン酸金属塩を触媒に用いた超臨界水酸化法による有機物、無機塩の同時処理プロセスを提案することを本研究の目的とした。

 超臨界水酸化反応におけるアルカリの添加が及ぼす影響を検討するにあたり、代表的な難分解性中間生成体である酢酸をモデル物質とした。廃液の実処理プロセスでは処理の前段階でアルカリが添加されると想定される。よってアルカリの添加効果を検討するに当たり、酢酸に水酸化ナトリウムを添加することを想定して酢酸ナトリウムをもう一つのモデル物質とした。酢酸及び酢酸ナトリウムの分解特性を比較して、アルカリ(水酸化ナトリウム)の影響を検討した。25MPa、450℃の条件にて酢酸ナトリウムが酢酸と比較して著しく素早く分解されることを示した。リチウム、カリウムの酢酸塩に関しても分解速度は酢酸と比較して著しく大きい反面、マグネシウムの酢酸塩では分解速度は酢酸と同程度であった。酢酸の分解に関してPower-low型の総括反応速度式で持って実験結果を精度良く再現できたが、酢酸ナトリウムの分解に関しては再現できなかった。この理由として酢酸ナトリウムの超臨界水酸化反応における酢酸イオンの影響を考察した。アルカリ金属が存在することで酢酸イオンへと電離する方向へ平衡がシフトし、生成した酢酸イオンが酢酸と比較して素早く分解されるために結果として酢酸アルカリ金属の分解速度が見かけ上大きくなる。このように想定した上で超臨界水中での酢酸イオンへの電離割合を見積もった結果、酢酸及び酢酸ナトリウムの初期濃度が9.54×10-5〜9.54×10-2mol/L(25MPa、450℃)の範囲において、酢酸ナトリウムでは酢酸イオン濃度が酢酸のそれと比較して3オーダー以上増加することを示した。酢酸イオンと酸素が分解するとしたPower-low型反応速度式では、転化率が大きくなる条件にて実測値よりも大きく予測する傾向が見られたが、酢酸イオンの分解から生じる炭酸ナトリウムの影響を考慮していないことその原因と考察された。超臨界条件にて炭酸水素ナトリウムを転化した条件では酢酸の分解速度が大きく増加した。超臨界水中のナトリウムが酢酸イオンへの電離を促し、酢酸イオンの分解が素早く進行するとした考察の傍証となる結果である。

 次にチタン粒子表面に生成するチタン酸金属塩が酢酸の超臨界水酸化反応に示す触媒活性に関して検討した。25MPa、450℃の条件にて炭酸ナトリウム、クロム酸ナトリウム、塩化マグネシウムをチタン粒子が充填してある反応器に流通させることで粒子表面に5〜20μmのチタン酸ナトリウム、チタン酸ナトリウム・クロムの針状結晶、及び10〜20μmのチタン酸マグネシウムの粒塊状結晶が生成した。これらのチタン酸金属塩は酢酸の酸化分解反応に対して良好な触媒活性を示した。Power-low型の総括反応速度式での総括速度定数でもって各チタン酸塩の触媒効果を比較するとチタン酸マグネシウム、チタン酸ナトリウム・クロム、の順で大きく、チタン酸ナトリウムではチタン酸マグネシウムの約2.2倍の大きさとなった。しかし比表面積は上記の順で小さくなることから単位比表面積当たりの総括速度定数で比較すると上記の序列は逆となり、チタン酸ナトリウム、チタン酸ナトリウム・クロム、チタン酸マグネシウムの順で大きくなる。チタン酸マグネシウムではチタン酸ナトリウムの約15.7倍の大きさとなる。この違いは主に表面での活性点分布密度の違いによるものと推察した。酢酸分解の反応機構を吸着した酢酸と酸素の表面反応律速と仮定してLangumir-Hishelwood型総括反応速度式を定義したとき、実験結果を大変精度良く再現できることを示した。ただし、425〜475℃の温度範囲では再現できるが、400℃では再現性が得られなかった。これらのことから425〜475℃では表面反応律速となっている反面、400℃では分解物の脱離律速となっていると示唆された。チタン酸ナトリウムは超臨界水中にて安定に存在することから、チタン酸ナトリウムは有望な触媒候補の一つであることを示した。

 無機塩の析出管理において、チタン粒子を用いた無機塩、特にナトリウム塩の析出特性に関し、物質挙動に着目して検討した。反応器前部にてチタン粒子表面に塩を充分に析出させることができれば、以降のプロセスにて塩の非意図的な析出を防ぐことが可能であり、そのことによって塩の析出部位の限定、管理が実現できるからである。反応器にチタン粒子を充填することでその表面にナトリウム塩及び塩化マグネシウムの析出を促進させ、バルク中での塩濃度を減少させるのに充分な効果を示すこと示した。チタン粒子の充填により特に一部のナトリウム塩(炭酸ナトリウム、硫酸ナトリウム)に関してはバルク中でのナトリウム濃度が溶解度以下にまで低下した。特に炭酸ナトリウムの場合に関してはチタン粒子表面にチタン酸ナトリウムが生成することでナトリウムが消費され、バルク中のナトリウム濃度が溶解度以下にまで減少すると考察した。塩濃度が溶解度以下にまで減少するこの現象は大変に興味深い。なぜなら以降のプロセスにて物理的に塩の析出が生じないことが保証されるからである。炭酸ナトリウムの挙動に関し、管壁への物質移動および粒子表面でのチタン酸ナトリウムの生成反応を考慮したモデルを構築し、バルク中のナトリウム濃度及びその減少率を説明できることを示した。

 析出した無機塩の回収を狙い、亜臨界水による析出したナトリウム塩の溶解特性に注目して検討した。25MPa、350℃の条件にて亜臨界水を約150ml反応器に流通させ、析出したナトリウムを回収した場合、その回収割合は90%以上であることを示した。このときチタン粒子表面に生成したチタン酸ナトリウムも併せて超臨界水に溶解し、チタン粒子表面が再生された。ナトリウムの回収割合が100%に達していないが、これらはチタン酸ナトリウムの亜臨界水に対する溶解速度が大きくないことがその主原因であると考察した。またチタン粒子は充填材として繰り返し使用が可能であることを示した。

 上記の結果をまとめ、チタン酸金属塩in-situ水熱合成超臨界水酸化法による有害有機化合物及び無機塩の同時処理プロセスを提案した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「チタン酸金属塩触媒in-situ水熱合成超臨界水酸化法による有害有機化合物及び無機塩の同時処理プロセスの開発とプロセス中の反応特性及び物質挙動」と題し、これまで超臨界水を用いた処理技術において問題でしかなかった無機塩類を積極的に利用し有害有機物質と同時に処理するという斬新なアイデアを基にした極めて独創的な研究である。

 第1章は「緒論」である。研究の背景と研究目的、及び論文構成等を述べている。

 第2章は「既往の研究」である。超臨界水酸化に関する研究、本論文で使用したモデル物質である酢酸の超臨界水酸化に関する研究等についてまとめている。

 第3章は「実験装置及び方法」である。実験装置の概要、予熱部及び冷却部の設計、実験条件、分析方法等について述べている。

 第4章は「酢酸、酢酸塩の超臨界水酸化反応」である。多環芳香族化合物等の有機物は開環反応から酢酸に代表される低級脂肪酸を経て、水及び二酸化炭素へと分解される。このとき酢酸は代表的な難分解性物質であり、酢酸の分解反応が全体の反応の律速となっている可能性が指摘されている。そこで本研究では、有機物の超臨界水酸化反応にアルカリが及ぼす影響を検討していく上で、酢酸をモデル物質としている。酢酸とアルカリの共存下では酢酸塩が生成されることから、酢酸と酢酸塩(酢酸アルカリ金属塩及び酢酸マグネシウム)の分解特性を比較することでアルカリの影響を検討している。25 MPa、450 ℃の条件にて酢酸アルカリ金属塩(リチウム、ナトリウム、カリウム)が酢酸と比較して極めて早く分解される反面、酢酸マグネシウムでは分解速度が酢酸と同程度であることを明らかにし、酢酸と酢酸塩において分解速度が大きく異なることを示した。酢酸の分解反応において塩化ナトリウムもしくは炭酸水素ナトリウムを超臨界状態にて添加した場合、酢酸の見かけの分解速度が大きく上昇することを示した。また、酢酸の酸化分解反応では電離によって生成した酢酸イオンが分解される量は、酢酸自身が分解される量と比較して4%以下となるから、酢酸の分解反応は主にラジカル反応によって進行すると考えられ、また一方、酢酸ナトリウムでは41〜77%が酢酸イオンへと電離しており、主に酢酸イオンの分解によって全体の反応が進行すると考えられる。このように酢酸イオンへの電離度合いによって酢酸及び酢酸塩の見かけ上の反応速度を定性的に評価することができ、酢酸イオンの分解というイオン的な反応がラジカル反応よりも主となって進行する場合もあることを示した。

 第5章は「チタン酸金属塩による酢酸の超臨界水酸化反応に対する触媒効果」である。チタン酸金属塩に着目し、25 MPa、450 ℃の条件にて炭酸ナトリウム、クロム酸ナトリウム、塩化マグネシウムをチタン粒子が充填してある反応器に流通させることで粒子表面に5〜20 μmのチタン酸ナトリウム、チタン酸ナトリウム・クロムの針状結晶、及び10〜20 μmのチタン酸マグネシウムの粒塊状結晶が超臨界水熱合成されることを示した。これらの生成されたチタン酸金属塩は酢酸の酸化分解反応に対して触媒活性を示した。チタン酸ナトリウムを触媒として用いた酢酸の超臨界水酸化反応にて、Power-low型の総括反応速度式を定義したとき、酢酸及び酸素の反応次数はそれぞれ0.68、0.13、活性化エネルギーは175 kJ/molと求められた。チタン酸ナトリウム表面での酢酸の分解反応において、425〜475℃の温度条件では表面に吸着した酢酸と酸素の表面反応が律速であることを示した。チタン酸ナトリウムは超臨界水中にて安定に存在することから、チタン酸ナトリウムは有望な触媒候補の一つであることを示した。

 第6章は「チタン粒子によるバルクからの塩類の除去効果」である。チタン粒子を充填した場合での無機塩、特にナトリウム塩とマグネシウム塩の析出特性に関し、物質挙動に着目して検討した。チタン粒子の充填によってナトリウム塩及び塩化マグネシウムの析出を促進させ、バルク中での塩濃度を減少させるのに充分な効果を示すこと明らかにした。特に一部のナトリウム塩(炭酸ナトリウム、硫酸ナトリウム)に関してはバルク中でのナトリウム濃度が溶解度以下にまで低下した。炭酸ナトリウムの場合に関しては、チタン粒子表面にチタン酸ナトリウムが生成することを確認しており、チタン酸ナトリウムの生成によってナトリウムが消費され、バルク中のナトリウム濃度が溶解度以下にまで減少したと考察した。炭酸ナトリウムの析出挙動に関し、反応管壁及びチタン粒子表面への物質移動および粒子表面でのチタン酸ナトリウムの生成反応を考慮したモデルを構築し、バルク中のナトリウム濃度及びその減少率を説明できることを示した。

 第7章は「亜臨界水によるチタン粒子表面からの塩類の再溶解」である。亜臨界水によるナトリウム塩の溶解特性に着目して検討している。25 MPa、350 ℃の条件にて亜臨界水を約150ml反応器に流通させ、析出したナトリウムを回収した場合、その回収率は90%以上であることを示した。また亜臨界水によって脱塩されたチタン粒子は、充填材として繰り返し使用が可能であることを示した。

 第8章は「廃液中の無機塩から触媒を水熱合成させて利用する超臨界水酸化法」である。以上の結果をまとめ、チタン酸金属塩in-situ水熱合成超臨界水酸化法による有害有機化合物及び無機塩の同時処理プロセスを提案している。

 第9章は「総括及び今後の展望」である。

 以上要するに、本論文は極めて斬新な発想による超臨界水酸化における有機物と無機塩類の同時処理プロセスを提案し、反応速度論敵解析により、プロセスを実現させるため設計条件に関して重要な知見を与えており、独創性の高い研究であると評価できる。また、本研究で得られた知見は、都市環境工学の学術の発展に大きく貢献するものである。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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