学位論文要旨



No 120034
著者(漢字) 真砂,佳史
著者(英字)
著者(カナ) マサゴ,ヨシフミ
標題(和) クリプトスポリジウムの定量手法の開発と水道水摂取による感染リスクの評価
標題(洋)
報告番号 120034
報告番号 甲20034
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5976号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 国包,章一
 東京大学 助教授 滝沢,智
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
 東京大学 講師 片山,浩之
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、水系感染性の病原微生物であるクリプトスポリジウムを対象とし、その検出法の開発、水道水源中における挙動の把握、水道水起因のリスクの評価、水質管理の方法の提案を目的としている。本論文の構成は以下の通りである。

 第1章および第2章には、水中のクリプトスポリジウムに関する既存の研究をまとめ、本研究の位置づけを示した。

 第3章では、水中のクリプトスポリジウム(Cryptosporidium spp.)を検出・定量する新しい手法の開発を行った。

 これまでの水中のクリプトスポリジウムに関する研究は、その対象の検出そのものに主眼を置いているものが多く、定量手法は十分開発されていなかった。その理由は、水中における存在濃度が非常に低いため、定量的なデータを得るには、多くの場合、大容量の試料の濃縮が必要であり、定量が非常に困難であったことによる。一方、種・遺伝子型の判別については、PCR法の発展に伴い、遺伝子解析による病原微生物の種・遺伝子型の判別が可能となった。しかし、既存の手法では、遺伝子型の判定と定量を同時に行えないため、試料中の遺伝子型の相違を健康リスク評価に反映させることができなかった。そこで、Quenching Primer/Probeを用いたリアルタイムPCR法(QP-PCR法)を用いることで、後段に種・遺伝子型の判定を行うことを前提とした、非常に低濃度で存在するクリプトスポリジウムの分子生物学的定量手法を開発した。

 一般にQP-PCR法は、蛍光色素で修飾する部位の違いにより、QPrimer PCR法とQProbe PCR法に分けられる。クリプトスポリジウムに対するQPrimer PCR法とQProbe PCR法の優劣の比較を行い、QProbe PCR法の方が、定量性の高さ、および検出限界の低さの面で優れていることを明らかにした。

 QProbe PCR法の検出下限並びに定量可能範囲を評価した結果は次の通りである。検出下限の面では、DNA抽出前の試料にクリプトスポリジウムが1[oocyst]でも含まれていれば検出できることを示した。また、定量可能範囲は2.5〜2500 [oocysts/tube]であった。本研究で対象とした河川水中の濃度を考慮すると、検出力・定量性の両方の面から見て、開発した検出・定量手法が適用可能である。すなわち、水中のクリプトスポリジウムを、感度・精度共に高く測定できる手法の開発に成功したといえる。

 第4章では、クリプトスポリジウムのDNAを、種・遺伝子型ごとに類別、あるいは判別する手法の開発を行った。

 3種の制限酵素(Ssp I、Vsp I、Sty I)を用いたRFLP法を試みた結果、ヒトに感染することができるとされている6つの種(C.parvum、C.hominis、C.meleagridis、C.canis、C.felis、C.muris)のみを対象とした場合は、その6種全てを識別できることを明らかにした。すなわち、ヒトへの感染を調べる疫学調査には有効な手法であることがわかった。しかし、この6種以外の全ての種・遺伝子型を対象に含めると、一部識別ができない種・遺伝子型が存在した。

 さらに、新しい種・遺伝子型の判別手法としてDGGE法を用いた判別手法の適用を試みた。様々なプライマーにGCクランプをつけてDGGEを試みた結果、Morganら(1997)が設計したプライマーを用い、そのForward側にGCクランプをつけた場合に、クリプトスポリジウムのDNAを最もよく識別できることがわかった。また、この条件において、9種類(C.parvum、C.hominis、C.canis、C.meleagridis、C.felis、C.sp.strain 938、C.andersoni、C.serpentis、C.saurophilum)の種・遺伝子型全てを類別することが可能であることを明らかにした。

 上記の2つの手法に加えて、既存のクリプトスポリジウムの遺伝子多型の類別手法である、クローニング法と、SSCP法についても、その特徴を文献調査により比較した上で、水中のクリプトスポリジウムの種・遺伝子型を類別する手法として、DGGE法が最も適当であると判断した。DGGE法によりDNAを類別し、後段のシーケンシング法でそれらを判別することにより、試料中に含まれているクリプトスポリジウムの種・遺伝子型の判定を効率的に行えることを示した。

 第5章では、様々な要因で引き起こされるクリプトスポリジウム濃度の時間変動を定量的に評価し、その要因を探ることを目的として、水道水源である利根川並びに小山川において現地調査を行った。

 数時間おきに24時間に渡り自動的に最大100[L]の河川水を採取する装置の開発を行った。この装置を用いて採取した河川水試料について、第3章、第4章で開発した測定手法を用いて、水道水源中のクリプトスポリジウム濃度を1年にわたり測定した。その結果、クリプトスポリジウムは、利根川、小山川の双方から検出され、試料陽性率はそれぞれ34%(94試料中32試料)、67%(18試料中12試料)であった。また、検出した濃度の実測最大値は、それぞれ95、58 [oocysts/100L]であった。次に、DGGE法およびシーケンシング法を用いた遺伝子解析により、利根川、小山川合わせて12種類の種・遺伝子型が検出された。このことから、本研究で開発した水中のクリプトスポリジウム測定手法は、実河川水に十分適用可能であることがわかった。さらに、既存の手法では不可能であった、試料水中のクリプトスポリジウムの濃度と種・遺伝子型の両者を同時に測定できる新しい手法であることも明らかにした。

 利根川の河川水中のクリプトスポリジウム濃度は、秋季(9〜11月)に非常に高い濃度を記録した。しかし、この季節に検出された種・遺伝子型は、全てヒトに対する感染例が報告されていない種であった。したがって、この時期は、河川水中にクリプトスポリジウムが高濃度で存在しているものの、ヒトへの感染リスク評価の面から考えると、危険性は低いことを示した。ヒトに対する感染力がある種・遺伝子型としては、両河川を合計して4種類の種・遺伝子型(C.parvum IOWA株、C.parvum KSU-1株、C.hominis、C.felis)が検出された。その中でも、C.parvumの2種類の遺伝子型が突出して多く検出された。

 検出された種・遺伝子型の季節変動を見ると、C.parvumが主に初夏〜夏季に検出され、秋季には、ウシに特異的なC.andersoniが多く検出された。この結果を既存の調査結果と併せると、利根川河川水の汚染原因は、ウシであると考えられる。

 クリプトスポリジウム濃度の短期の時間変動について3時間毎に試料水を採取することで調査した。その結果、降雨により引き起こされた高濁度時の河川水からは、クリプトスポリジウムが高頻度で検出された。この結果は、これまで疫学調査等で推測られていた、降雨が感染症集団発生の起因となるという知見の証左となる。

 第6章では、第5章で得られたデータを基にして、水道水摂取によるクリプトスポリジウム症の感染リスクを評価した。水中のクリプトスポリジウムの濃度変動を考慮に入れた評価を行うために、モンテカルロ法を用いた。

 その結果、全ての種・遺伝子型のクリプトスポリジウムが等しくヒトに対する感染力を持つと仮定したシナリオ(シナリオ1)では、年間感染確率の95%値が10-4.1 [infection/year](約13,000人に1人)となった。一方、C. parvumのみを対象としたシナリオ(シナリオ2)では、年間感染確率の95%値は10-4.8 [infection/year](約68,000人に1人)となった。ヒトに感染可能なクリプトスポリジウムの種・遺伝子型のみを対象としたシナリオ(シナリオ3)でも、ほぼ同じ値が得られた(10-4.8[infection/year])。したがって、利根川河川水を水道水源として用いた場合に、水道水摂取によるクリプトスポリジウム症の感染リスクは、このリスク計算モデルの限りでは、現在EPAにより提案されている10-4[infection/year]という許容レベルを下回っていることがわかった。

 この3つのシナリオで得られたリスクの結果を比較すると、シナリオ1のリスクが、残り2つのシナリオよりもそれぞれ5.4倍、4.6倍大きかった(年間感染確率の95%値を基準として)。この結果は、全ての種・遺伝子型を同列に検出する現行の顕微鏡観察による検出手法では、感染リスクを過大に見積もってしまうことを意味する。

 第7章では、第6章で開発したリスク評価モデルを用いて、浄水場において、感染リスクが許容範囲内にあることを保障するために必要な水質監視手法の提案を行った。

 評価にあたり、以下のシナリオを想定した。利根大堰を取水地点とするある浄水場管理者は、浄水に対して定期的にクリプトスポリジウムの検査を行うこととし、その時の検査水量は毎回同じであると仮定した。そして、「全ての試料においてクリプトスポリジウムが非検出」であることにより、浄水水質が安全であると保障すると仮定した。計算の結果、年間感染リスクの信頼上限が、10-4[infection/year]以下であることを保障するためには、毎日検査を行う場合は1回あたり180[L]以上、週に1回行う場合は1回あたり1800[L]以上の水量が必要となることがわかった。

 また、現行の暫定指針には、モニタリング頻度に関する明確な記述はないが、定期的なモニタリングにより浄水の安全を保障する場合、検査を行う頻度により保障される安全性が大きく異なることを明らかにした。

 最後に第8章で、研究成果を整理し、今後の課題を示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「クリプトスポリジウムの定量手法の開発と水道水摂取による感染リスクの評価」と題し、8章より構成され、水系感染性の病原微生物であるクリプトスポリジウムを対象とし、その検出法の開発、水道水源中における挙動の把握、水道水起因のリスクの評価、水質管理の方法に関する研究である。

 第1章は序論である。

 第2章には、水中のクリプトスポリジウムに関する既存の研究をまとめ、本研究の位置づけを示している。

 第3章「Quenching Primer/Probe PCR 法による水中のクリプトスポリジウムの定量手法の開発」では、水中のクリプトスポリジウム(Cryptosporidium spp.)を検出・定量する新しい手法の開発について説明している。既存の手法では、遺伝子型の判定と定量を同時に行えないため、試料中の遺伝子型の相違を健康リスク評価に反映させることができなかった。本研究では、後段に種・遺伝子型の判定を行うことを前提とした、Quenching Primer/Probeを用いたリアルタイムPCR法(QP-PCR法)を用いることで、非常に低濃度で存在するクリプトスポリジウムの分子生物学的定量手法の開発に成功している。クリプトスポリジウムに対するQPrimer PCR法とQProbe PCR法の優劣の比較を行い、QProbe PCR法の方が、定量性の高さ、および検出限界の低さの面で優れていることを明らかにしている。

 第4章「クリプトスポリジウムの種・遺伝子型の判別手法の開発および比較」では、クリプトスポリジウムのDNAを、種・遺伝子型ごとに類別、あるいは判別する手法の開発を行っている。3種の制限酵素(Ssp I、Vsp I、Sty I)を用いたRestricted Fragment Length Polymorphism (RFLP)法を試みた結果、ヒトに感染するとされている6つの種(C.parvum、C.hominis、C.meleagridis、C.canis、C.felis、C.muris)のみを対象とした場合は、その6種全てを識別できることを明らかにしている。すなわち、ヒトへの感染を調べる疫学調査に有効な手法であることを示している。

 さらに、新しい種・遺伝子型の判別手法としてDenaturing Gradient Gel Electrophoresis (DGGE)法を用いた判別手法の適用を試み、9種類(C.parvum、C.hominis、C.canis、C.meleagridis、C.felis、C.sp.strain 938、C.andersoni、C.serpentis、C.saurophilum)の種・遺伝子型全てを類別することが可能であることを明らかにしている。既存のクローニング法と、Single Strand Conformation Polymorphism (SSCP)法についても、文献調査により比較した上で、DGGE法によりDNAを類別し、後段のシーケンシング法でそれらを判別することにより、試料中に含まれているクリプトスポリジウムの種・遺伝子型の判定する方法が最も優れていると結論づけている。

 第5章「河川水中のクリプトスポリジウム濃度変動の評価」では、数時間おきに24時間自動的に最大100[L]の河川水を採取する装置を開発し、第3章、第4章で開発した測定手法を用いて、水道水源中のクリプトスポリジウム濃度を1年にわたり測定している。その結果、クリプトスポリジウムは、水道水源である関東平野の利根川、小山川の双方から検出され、試料陽性率はそれぞれ34%(94試料中32試料)、67%(18試料中12試料)であったこと、また、検出した濃度の実測最大値は、それぞれ95、58 [oocysts/100L]であったとしている。同時に12種類の種・遺伝子型を検出している。すなわち、河川水中のクリプトスポリジウムの濃度と種・遺伝子型の両者を同時に測定できる新しい手法であることを明らかにしている。検出された種・遺伝子型の季節変動から、C.parvumが初夏〜夏季に集中して検出され、秋季には、ウシに特異的なC.andersoniが多く検出されたことを示し、利根川河川水の汚染原因は、ウシであると推定している。また、降雨により引き起こされた高濁度時の河川水からは、クリプトスポリジウムが高頻度で検出されることを明らかにしている。

 第6章「水道水中のクリプトスポリジウムによる感染リスクの評価」では、第5章で得られたデータを基にして、水道水摂取によるクリプトスポリジウム症の感染リスクをモンテカルロ法により評価している。その結果、全ての種・遺伝子型のクリプトスポリジウムが等しくヒトに対する感染力を持つと仮定したシナリオでは、年間感染確率の95%値が約10-4.1[infection/year]、 C.parvumのみを対象としたシナリオでは、年間感染確率の95%値は約10-4.8[infection/year]、ヒトに感染可能なクリプトスポリジウムの種・遺伝子型のみを対象としたシナリオでも、ほぼ同じ値約10-4.8[infection/year]が得られたとしている。以上のシナリオの比較より、種・遺伝子型を考慮してリスク評価を行うべきこと、また全ての種・遺伝子型を判別せずに検出する顕微鏡観察による検出手法では、感染リスクを過大に見積るおそれがあることを指摘している。

 第7章「浄水場におけるリスク管理手法の提案」では、第6章で開発したリスク評価モデルを用いて、検査を行う頻度により、保障される安全性が大きく異なることを明らかにした上で、浄水場において、感染リスクが許容範囲内にあることを保障するために必要な水質監視手法の提案を行っている。

 第8章は研究成果と今後の展望をとりまとめて示している。

 このように本論文は水中のクリプトスポリジウムの検出法の開発ならびに水道水源と浄水処理のリスク評価に新しい知見を加えた研究成果であり、都市環境工学の学術分野の進展に大いに貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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