学位論文要旨



No 120035
著者(漢字) 全,泓奎
著者(英字)
著者(カナ) ジョン,ホンギュ
標題(和) 居住貧困層の社会的包摂と地域包括型対応に関する研究 : 韓国、ソウル市を中心として
標題(洋)
報告番号 120035
報告番号 甲20035
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5977号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
 東京大学 助教授 城所,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、ソウル市の居住貧困層に対する社会的包摂を目的としたものである。そのため、まず近年都市政策や社会政策分野において広く取り上げられている社会的排除議論を検討し、とりわけその中から居住に関連した社会的排除の議論を中心に本研究の分析のための枠組みを考えた。まず、社会的排除論に注目した背景には、それが既存の貧困関連概念とは異なり、「関係的なメカニズム」と「動態的なプロセス」に注目していることが挙げられる。社会的排除概念の登場背景には、戦後福祉国家の危機がある。その結果、既存の貧困概念では説明されがたい、新たな貧困現象が現れ、「社会的な二極化」がより深化されるようになったのである。

社会的排除概念は、それに関する説明力と対応力において有効性が認められ、様々な政策文脈で課題として取り組まれており、とりわけ上記したような都市政策や社会政策においては積極的な政策執行が見られるようになった。本研究ではそのような概念の有効性に基づき、とりわけ居住分野における社会的排除との関係や、居住貧困化のプロセスなどを明らかにするところに焦点を当てている。それはこれまでのような、居住貧困の結果だけではない、そのプロセスやメカニズムについての対応が最も必要になっているためである。本研究では、それらの分析結果に基づいた政策対応の重要性を主張し、さらにそれに関する政策的課題を提案することに目的を据えている。

研究方法は、そのような背景と目的の下、韓国における居住貧困当事者のライフ・ストーリー調査を通じた深層的な質的調査方法論に基づいており、社会的排除論や関連政策などについては主に文献研究を中心として行った。研究の構成としては、まず、[第II章]と[第III章]で、本研究の分析枠組みを考えるための理論的レビューを行った。[第II章]では、社会的排除議論の背景と含意について理論的レビューを行った。[第III章]では、そのような社会的排除論の中で、とりわけ居住と関連した諸議論のレビューを行った。その中では、本研究の研究対象とも関連し重要な範疇である、地域と住居に関わる議論を整理し、それらの議論を社会に対する排除と包摂の領域とに再構成して分析の枠組みを示した(<図III−7>)。まず、地域に関連しては、近年その重要性がますます認識されている「地域効果」を「貧困の集中・立地効果」、「サービス効果」、そして「社会化・社会的ネットワーク効果」の三つのカテゴリで、そして「住居と社会的排除との関係」については、「社会的排除の原因と結果としての住居」と「適切な住居や居住安定に関連したサービスからの排除」のカテゴリに分けて各々分析が必要であることを確認した。ここまでが研究の<第1部>に当たる部分で、社会的排除の含意と居住分野における理論的レビューを行い、その分析枠組みを示している。

次に、研究の<第2部>に当たる部分として、[第IV章]と[第V章]、そして[第VI章]がある。まず、[第IV章]では、韓国における居住貧困層の形成とそれらに対するこれまでの政策展開の特性、そして1997年末に始まった、経済危機以降における居住貧困層の現状について、既存の研究資料や統計データを活用し検討を行った。その中から、居住貧困層及び居住貧困地域に対する政策的対応は、住宅再開発事業を中心として取り組まれてきたが、それが実際の居住貧困層の居住安定や居住水準向上には繋がらなかったことが明らかになった。しかし、経済危機以降の社会的状況からは、所得や居住水準における二極化がより進み厳しい状況にあることがうかがわれ、そのようなマクロ社会における社会・経済的な不安の増加が、ミクロな制度や組織に対し影響を与え、社会的排除を導く恐れがあることを指摘した。以上を鑑みた結果、居住貧困層やその居住地域に対するより積極的な対応が求められることが認められた。それは、とりわけ集中化・鋭角化されている居住貧困地域に対する、より積極的で包括的な対応を指し、居住地域の物理的な「整備」から、地域社会と居住者に関する「再生」を視野に入れた方法が講じられるべきであることが確認された。

[第V章]と[第VI章]では、ライフ・ストーリー調査法に基づいた深層面接調査の分析を、地域と住居との各々に関連して行った。

[第V章]では、上記の分析の内容として示された「地域効果」に関連して分析を行った。その結果、地域効果による排除の産出として次のようなものが取り上げられた。

まず、「貧困の集中・立地効果」からは、特定階層の集中による近所付き合いの制約と居住者同士の亀裂への憂慮や地域社会からの差別の問題が挙げられた。そして立地効果については、生活便利施設へのアクセスや生活環境の問題、社会的権利へのアクセスの制約と撤去による居住権の脅威や家計負担の増加問題などが各々取り上げられた。そのような問題による生活環境や衛生上の問題をはじめ、社会権の制約や居住の権利の侵害に関する二次的な効果は、最も危惧される排除問題である。

次に、「サービス効果」による影響としては、社会サービスに対する「過密」問題や、基本的なインフラ・サービス、健康及び医療サービスの問題、生活利便施設へのアクセス問題を含め、災害危険性の問題などが取り上げられた。それらは特に健康や経済的な負担を増加させる問題へと繋がる効果を生み出している。その中で、民間のきめの細かなサービス対応がある程度有効性を持っていることも確認された。

最後に、「社会化・社会的ネットワークによる効果」では、「役割モデル」の欠如問題が指摘され、また「社会的ネットワーク」に関しては、貧困の集中如何によって「集住型」と「混合型」地域の居住貧困層に二分される特徴が示された。社会ネットワークにおいても、とりわけ後者は、地域の内部のネットワークよりは地域の外部とのネットワークがよく機能していることが分かった。また、「集住型」地域の場合は、地域内外のネットワークによって、異なる二つの類型が確認された。地域内部のネットワークは非常に濃密な関係を保っているが、地域外部のネットワークがほとんど断たれており、もう一方は、地域内部・外部両方のネットワークが断絶しているか希薄であった。

以上のような地域効果に関連し区分した類型を、社会的包摂や排除の社会的な文脈に当ててみると、下記のような三つの地域類型が改めて確認され、その各々の地域類型ごとのニーズに対応する必要があることが認められた。

■「集住型地域I」は、社会の制度や組織からは排除されているが、地域内部の関係が濃密であるため、それを通じて地域生活からの支えを得ており、また就業ネットワークなども機能している地域で、「開発地域の不良住宅地」と「新発生無許可住宅地」がそれに含まれる。

■「集住型地域II」は、社会の制度や組織からも、地域内部の関係からも排除されており、より極限的な生活を営んでいる地域で、「未認可宿泊所地域」がそれに該当する。

■「混合型地域」と「集住型地域III」は、社会の制度や組織からは一定程度包摂されているが、地域社会の内部においては排除されている場合である。前者の例としては「地下住居」が、後者の例としては「永久賃貸住宅団地」が代表的である。

[第VI章]では、住居と社会的排除との関係について分析を行っている。その結果を示すと下記の通りである。

■「社会的排除の原因としての住居」では、「住居の貧困」と「居住の貧困」の両者からの居住貧困化が確認される。前者からは、住宅の劣悪な物理的条件や燃料・暖房、住居設備などによる不健康、住居費負担増、災害危険の問題が確認された。また、後者からは、過密居住問題による家族や社会関係への悪影響などが危惧された。

■「適切な住居や居住安定に関連するサービスからの排除」では、公共賃貸住宅に関連する問題として、ストック不足問題、画一的な住宅設備・平面・規模等の問題が、また管理の面からは、家賃体系の問題点などが指摘された。そして、低廉な民間賃貸住宅の不足問題も居住貧困悪化の要因として取り上げられた。さらに、単身ホームレスなど最も社会的に排除されている集団の、住宅政策からの排除も確認された。

■「社会的排除の結果としての住居」では、雇用・健康・教育等のような様々な領域からの社会的排除によってもたらされる居住貧困「化」のプロセスに焦点を当てて分析を行い、所得源喪失、健康と家族崩壊、DVなどの「世帯内的な要因」と再開発、社会的弱者差別などの「世帯外的な要因」、またそれらの要因が複合化された居住貧困化などを確認した。

以上のような結果から、本研究ではいくつかの課題を提案しているが、それらの概要は下記の通りである。

第一に、居住貧困及び居住地域についての厳密な定義付けと統合された調査が必要である。

第二に、居住貧困地域のニーズに応じた地域包括型事業が必要である。また、それは基本的に、地域に基づいたパートナーシップによる事業であり、「小規模地域再生優先事業」と「近隣型地域再生事業」の実施が考えられる。

第三に、居住貧困層に対する様々な住宅に対する選択肢が用意されるべきである。

最後に、居住者の居住の権利が保障される、法律上を含めた規定が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、ソウル市の居住貧困層に対する社会的包摂を目的としたものである。そのため、まず近年都市政策や社会政策分野において広く取り上げられている社会的排除議論を検討し、とりわけその中から居住に関連した社会的排除の議論を中心に本研究の分析のための枠組みを検討したものである。社会的排除概念は、それに関する説明力と対応力において有効性が認められ、様々な政策文脈で課題として取り組まれており、とりわけ上記したような都市政策や社会政策においては積極的な政策執行が見られるようになった。本研究ではそのような概念の有効性に基づき、とりわけ居住分野における社会的排除との関係や、居住貧困化のプロセスなどを明らかにするところに焦点を当てている。それはこれまでのような、居住貧困の結果だけではない、そのプロセスやメカニズムについての対応が最も必要になっているためである。本研究では、それらの分析結果に基づいた政策対応の重要性を主張し、さらにそれに関する政策的課題を提案することに目的を据えている。

研究方法は、そのような背景と目的の下、韓国における居住貧困当事者のライフ・ヒストリー調査を通じた深層的な質的調査方法論に基づいており、社会的排除論や関連政策などについては主に文献研究を中心として行った。

 研究の構成としては、まず、[第II章]と[第III章]で、本研究の分析枠組みを考えるための理論的レビューを行った。[第II章]では、社会的排除議論の背景と含意について理論的レビューを行った。[第III章]では、そのような社会的排除論の中で、とりわけ居住と関連した諸議論のレビューを行った。その中では、本研究の研究対象とも関連し重要な範疇である、地域と住居に関わる議論を整理し、それらの議論を社会に対する排除と包摂の領域とに再構成して分析の枠組みを示した。まず、地域に関連しては、近年その重要性がますます認識されている「地域効果」を「貧困の集中・立地効果」、「サービス効果」、そして「社会化・社会的ネットワーク効果」の三つのカテゴリで、そして「住居と社会的排除との関係」については、「社会的排除の原因と結果としての住居」と「適切な住居や居住安定に関連したサービスからの排除」のカテゴリに分けて各々分析が必要であることを確認した。ここまでが研究の<第1部>に当たる部分で、社会的排除の含意と居住分野における理論的レビューを行い、その分析枠組みを示している。

 次に、研究の<第2部>に当たる部分として、[第IV章]と[第V章]、そして[第VI章]がある。まず、[第IV章]では、韓国における居住貧困層の形成とそれらに対するこれまでの政策展開の特性、そして1997年末に始まった、経済危機以降における居住貧困層の現状について、既存の研究資料や統計データを活用し検討を行った。その中から、居住貧困層及び居住貧困地域に対する政策的対応は、住宅再開発事業を中心として取り組まれてきたが、それが実際の居住貧困層の居住安定や居住水準向上には繋がらなかったことが明らかになった。しかし、経済危機以降の社会的状況からは、所得や居住水準における二極化がより進み厳しい状況にあることがうかがわれ、そのようなマクロ社会における社会・経済的な不安の増加が、ミクロな制度や組織に対し影響を与え、社会的排除を導く恐れがあることを指摘した。以上を鑑みた結果、居住貧困層やその居住地域に対するより積極的な対応が求められることが認められた。それは、とりわけ集中化・鋭角化されている居住貧困地域に対する、より積極的で包括的な対応を指し、居住地域の物理的な「整備」から、地域社会と居住者に関する「再生」を視野に入れた方法が講じられるべきであることが確認された。

 [第V章]では、上記の分析の内容として示された「地域効果」に関連して分析を行った。その結果、地域効果による排除の産出として次のようなものが取り上げ、地域効果に関連し区分した類型を、社会的包摂や排除の社会的な文脈に当ててみると、下記のような三つの地域類型が改めて確認され、その各々の地域類型ごとのニーズに対応する必要があることが認められた。

[第VI章]では、住居と社会的排除との関係について分析を行っている。以上のような結果から、本研究ではいくつかの課題を提案しているが、それらの概要は下記の通りである。

 第一に、居住貧困及び居住地域についての厳密な定義付けと統合された調査が必要である。

 第二に、居住貧困地域のニーズに応じた地域包括型事業が必要である。また、それは基本的に、地域に基づいたパートナーシップによる事業であり、「小規模地域再生優先事業」と「近隣型地域再生事業」の実施が考えられる。

 第三に、居住貧困層に対する様々な住宅に対する選択肢が用意されるべきである。

最後に、居住者の居住の権利が保障される、法律上を含めた規定が必要である。

 本研究は、韓国における居住貧困層の実態と政策を社会的包摂という概念を通じて詳細に分析し、優れた学術的価値を有している。さらに、その分析を通じて今後の実践的課題についての有益な提言を行っている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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