学位論文要旨



No 120037
著者(漢字) 吉野,崇
著者(英字)
著者(カナ) ヨシノ,タカシ
標題(和) マイクロセンサ・アクチュエータ群を用いた壁乱流フィードバック制御システムの構築と評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 120037
報告番号 甲20037
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5979号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,雄二
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 高木,周
 東京大学 助教授 川村,隆文
内容要旨 要旨を表示する

1.背景

 自然界における流体現象の大半は乱流状態にあり,様々な波及効果を及ぼしている.実現象において,乱流状態は,長所にも短所にもなりうる.例えば,乱流熱伝達や乱流による物質拡散,乱流燃焼などは,乱流であることがプラスの要因として作用する.一方,壁面摩擦抵抗の増大や剥離,乱流騒音などは,マイナス要因といえる.理想的な流動場を作るため,このような乱流を制御によって促進,抑制させることは,当然の欲求である.とりわけ,近年のエネルギー問題,環境問題に対する関心の高まりから,問題の解決策の一つとして,乱流制御に対する期待も大きい.

 乱流制御手法の中でも,フィードバック制御は,センサ情報をもとにして,制御入力を決定する手法である.そのため,効率的に乱流構造を変化することができ,少ない投入エネルギーで大きな制御効果が得られると期待されている.そこで,本研究では,様々ある乱流制御手法のうち,フィードバック制御に焦点を当て,研究を行う.

 本研究では,まず,乱流制御用センサとして用いるマイクロ熱膜せん断応力センサの動特性改善のための最適設計を行う.そして,得られた知見をもとにセンサの試作,特性評価を行う.さらに,マイクロセンサ,アクチュエータ群を用いた壁乱流フィードバック制御システムを構築し,チャネル乱流風洞へ導入,評価することで,実験室実験での乱流制御を実現することを目的とする.

2.マイクロ熱膜せん断応力センサの最適設計

 本研究で製作したType 1センサの構造を図1に示す.フィードバック回路により一定温度(過熱温度約60 ℃)に保たれる熱膜は,長さ200 μmの白金薄膜の抵抗体であり,厚さ1 μmの窒化ケイ素(SiNx)のダイアフラム上にパタニングされている.ダイアフラムの下部には対角線長さW = 560 μm,深さ200 μmのキャビティが形成され,ダイアフラムには膜内の熱伝導を抑制するためにスリット状の切り欠きが設けられている.なお,動特性の評価には,ダイアフラムの長さがW = 700 μmのType 2センサも用いた.Reτ = 300における流れ方向せん断応力乱れのパワースペクトルを,同じレイノルズ数のDNSデータと比較すると,特に,Type 2センサにおいて,低周波数では良く一致しているものの,40 Hzから急激に値が低下し,動特性が十分でないことが明らかとなった.

 そこで,壁面せん断応力センサの最適な構造を提案するため,センサの伝熱解析を行った.まず,理想状態を仮定して基板側への熱伝導を無視し,空気側のみを考慮した場合の評価を行ったところ,熱膜の流れ方向長さの小さな範囲では長さによらず,粘性長さで無次元化される周波数に対しほぼ一定のゲイン特性を持つことが明らかとなった.

 次に,基板側の熱伝導を考慮し,試作センサを模擬した解析を行った.Type 2センサの構造を模擬したセンサモデルでは,ダイアフラム上からフィン効果により間接的に流体中へ奪われる熱量が大きいため,動特性が大きく劣化することが明らかとなった.そこで,ダイアフラム長さWを短くしたところ,動特性が向上し,W = 200 μmでは,壁面断熱のセンサよりも高応答であることがわかり,動特性の面と総発熱量の面から最適であることを示した.

 センサモデルの熱解析の結果に基づき,ダイアフラムの流れ方向長さを,W = 200 μmとした, Type 3センサの設計,製作を行った.基本構造はType 1センサ,Type 2センサと同じであるが,ダイアフラム上のスリットは膜内の熱伝導をさらに抑制するため,白金薄膜との間隔を10 μmに縮めた.また,Type 1センサ,Type 2センサは,センサ表面に高さおよそ300 μmの金配線が突き出し,センサ後方への影響が懸念されるため,Type 3センサは,シリコン基板の表側パターンから裏側に電気的接続をとるための貫通電極を有している(図2).

 レイノルズ数Reτが約650でのパワースペクトルをDNSデータと比較し,DNSのパワースペクトルの50 %の値を示す値をカットオフ周波数として定義すると,Type 2センサでは83 Hzであったところが,Type 3センサでは520 Hzとなり,数値解析をもとにセンサ構造を最適化することにより動特性を大幅に改善することができた(図3).

3.フィードバック制御システムの構築と評価

 本研究で構築した制御システムを図4に示す.センサ群には,Type 1センサを用い,1列48個が約1 mm間隔に並ぶ.このセンサの動特性は前述のように十分ではないが,Reτ = 292における,流れ方向せん断応力のスパン方向2点相関は,DNSデータとよく一致しており,乱流構造を十分とらえることができる.アクチュエータ群には,電磁型の壁面変形アクチュエータを用い,スパン方向間隔約3.2 mmで1列に16個配置した.電磁型壁面変形アクチュエータ(図5)は,流れ方向長さ14 mm,スパン方向長さ2.4 mmであり,厚さ0.1 mmのシリコンゴム膜の下部に長さ10 mm,幅1 mm,厚さ0.5 mmの希土類永久磁石を接着し,壁面に埋め込んだコイルによって発生する磁界によって,壁面を上下させる.共振周波数は約750 Hzで,変位は約50 μmである.また,システムの時間遅れは, 0.1 ms程度である.

 アクチュエータの印可電圧EAは,スパン方向位置がΔz+ = -39, 0, 39 にある,アクチュエータ上流の3つのセンサによって測定される流れ方向せん断応力の変動成分τI'に重み係数Wiをかけた和で与えられる.重み係数Wiは,評価関数Jが最大となるように遺伝的アルゴリズム(GA)により決定される. GAを用いた制御の各世代に対するJの推移を見たところ,約8 %の平均せん断応力の減少が見られた(図6).

 GAによって得られた係数を用いて,単一のアクチュエータを動作させたときの,アクチュエータ直上での流れ場を2成分ファイバーLDV(Dantec Dynamics Inc.)で測定した.平均速度分布,変動速度分布を見ると,いずれも,制御を加えない状態と加えない状態で変化が見られなかったが,壁面近傍において,レイノルズ応力がわずかに減少しているのが見られた(図7).完全発達した2次元チャネル乱流において,摩擦係数Cfは,レイノルズ応力の壁垂直方向の積分で表記できるため,本実験においても,壁面近傍のレイノルズ応力の減少により,摩擦係数Cfが減少し,結果として,流れ方向のせん断応力が減少したと考えられる.

4.結論

 マイクロ熱膜せん断応力センサにおいて,基板側の熱伝導とともに空気中の熱伝導がセンサの特性に大きな影響を与えることを示した.また,ダイアフラム上にスリットを設置することにより動特性の改善が期待できることを示した.そして,この結果に基づき,センサを試作して動特性の評価を行い,従来のセンサに対して,顕著な動特性の向上が得られることを明らかにした.

 マイクロセンサ,アクチュエータ群を用いた壁乱流フィードバック制御システムを構築し,レイノルズ数Reτ = 300のチャネル乱流風洞において評価を行い,平均せん断応力を約8 %低減した.

(以上)

Fig.1 Schematic diagram of a sensor Type 1.

Fig.2 Prototype of wall shear stress sensor having the backside elecric contact

Fig.3 Comparison of the power spectra of wall shaear stress between the DNS data and the measurement data.

Fig.4 Feedback control system with arrayed sensors and actuators.

Fig.5 Magnified view of wall-deformation magnetic actuator.

Fig.6 Result of cost function set to be reduction of streamwise mean shear stress.

Fig.7 Reynolds shear stress distributions above the single actuator normalized by friction velocity of no-control state.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「マイクロセンサ・アクチュエータ群を用いた壁乱流フィードバック制御システムの構築と評価に関する研究」と題し,6章より成っている.

 自然界における流体現象の大半は乱流状態にあり,乱流およびそれに伴う輸送現象は,輸送機器や産業機器などの設計において,極めて重要な因子である.実現象において,乱流状態は,熱伝達,物質拡散,化学反応などを促進する一方,壁面摩擦抵抗や流体騒音の増大をもたらす.近年のエネルギー問題,環境問題に対する関心の高まりから,乱流制御に対する期待も大きい.特に,時々刻々の流れの状態をもとに適切な外力を加えて,人為的に流れを操作するフィードバック制御は,制御効果が高いことが数値シミュレーションにおいて報告されているが,実験的に実現した例は皆無である.本論文は,壁面変形ミニチュアアクチュエータ群,および,マイクロマシン技術で製作されたせん断応力センサ群を用いて,壁乱流のフィードバック制御システムを構築し,チャネル風洞における乱流摩擦抵抗低減を試みたものである.制御アルゴリズムとしては,測定ノイズに強い遺伝的アルゴリズムを採用し,制御効果は,壁面せん断応力,乱流場の計測によって検討した.

第1章は序論であり,壁乱流に特徴的な準秩序構造,乱流制御手法の分類を概観し,本論文で取り扱うフィードバック制御について述べている.そのなかで,フィードバック制御の実現にはセンサ,アクチュエータ,コントローラの3つの要素が必要であること,センサ・アクチュエータに要求される時空間スケールは小さいためにマイクロマシン技術の利用が必要であることを述べている。また,従来研究が行われてきたマイクロ流れセンサ,アクチュエータ,制御アルゴリズムについて概観し,フィードバック制御の実験ににより抵抗低減を実現した例が皆無であることを指摘している.

第2章では,実験条件と制御システムの設計仕様を論じており,まず,制御評価に用いるチャネル乱流風洞の流れ場の特性と基本的特性の評価結果について述べている.次にフィードバック制御システムの構築にあたり,壁乱流で中心的な役割を果たしている縦渦構造の時空間スケールに基づいて定めた,センサ,アクチュエータ,コントローラの設計仕様について述べている.さらに,本論文で構築する制御システムで実現可能な抵抗低減率の予測について論じている.

第3章では,マイクロ熱膜せん断応力センサの最適設計と特性評価について述べている.種々のセンサの特性について検討するため,マイクロ熱膜せん断応力センサの形状を模擬した一連の2次元数値解析の結果を示している.空気キャビティを持つセンサでは,ダイアフラムに切り欠きを設けることにより面内を伝わる熱伝導を抑制可能であること,ダイアフラム長さを最適に選ぶことにより,消費電力を抑えっつ,流体中の温度分布の広がりを抑制し,動特性の向上が可能であることを明らかにしている.そして,熱解析で得られた知見をもとに,マイクロせん断応力センサを試作し,チャネル乱流中で特性評価を行って,ゲインが半減する周波数が270Hzから500Hzへ顕著な向上できることを明らかにしている.

第4章では,フィードバック制御のアルゴリズムとして採用した,生物の進化のプロセスを擬似的に再現する遺伝的アルゴリズムについて述べている.本論文で対象とする制御システムでは,最適化に用いる評価関数がせん断応力センサで計測されるため,測定値にランダムノイズが大きく,ノイズに強い最適制御アルゴリズムの提案と,ベンチマークテストの結果を示している.

第5章では,マイクロセンサ,アクチュエータ群を用いた壁乱流フィードバック制御システムを構築とその評価結果について述べている.センサ群については,せん断応力乱れのスパン方向2点相関がDNSの結果と良い一致を見せ,乱流構造をとらえることが可能であることを示している.アクチュエータ群については,共振周波数が750Hz,変位が約50umであり,制御に十分な性能を持つことを示している.そして,192個のセンサ,48個のアクチュエータからなる制御システムを構築し,レイノルズ数Reτ=300のチャネル乱流風洞において平均せん断応力が約8%低減したことを明らかにしている.また,流れ場のLDV計測を行って,アクチュエータ上空の壁面近傍でレイノルズ応力が減少することを明らかにし,抵抗低減を裏付けている.さらに,本研究で得られた制御則の効果について,DNSデータベースを用いた条件付き抽出により確認し,高速ストリークに対して,正の壁面速度を与え,乱流構造を変化させている可能性が高いことが明らかにしている.

第六章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめている

 以上,本論文では,乱流のフィードバック制御を目的として,マイクロせん断応力センサ群,壁面変形アクチュエータ群,遺伝的フィードバック制御アルゴリズムからなる大規模な制御システムを構築し,そのチャネル乱流において評価を行った.数値シミュレーションにより,せん断応力センサの熱解析を行い,動特性向上の具体的な指針を獲得し,実際にマイクロセンサを試作して実験的にその効果を確認した.さらに,耐ノイズ性を有する遺伝的アルゴリズムを制御アルゴリズムとした大規模システムを構築し,フィードバック制御の実験室実験により初めて摩擦抵抗低減を実現している.従って,本論文は,乱流工学分野のみならず,様々なスケールの熱流体制御手法についての新たな知見を加えるもので,熱流体工学をはじめ機械工学の上で寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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