学位論文要旨



No 120038
著者(漢字)
著者(英字)
著者(カナ) アロンコン,ピンピン
標題(和) 流体制御のためのMEMS電歪アクチュエータの開発
標題(洋) Development of MEMS electrostrictive actuator for flow control
報告番号 120038
報告番号 甲20038
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5980号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 教授 鷲津,正夫
 東京大学 助教授 松本,潔
 東京大学 助教授 鈴木,雄二
内容要旨 要旨を表示する

 近年、流体制御分野へのマイクロアクチュエータの利用が注目されている。流体制御用アクチュエータには、大変形可能で、応答性にも優れ、高効率、かつ厳しい環境にも耐え得るものが要求される。しかし、従来のアクチュエータはこれらの要求を完全には満足していない。そこで本研究では、これらの条件をクリアするために、マイクロ電歪アクチュエータの設計・開発、及び作製手法の提案を行なう。

本研究で対象とする電歪アクチュエータは、二枚の変形可能な電極と、それらにはさまれたエラストマー製の誘電体とで構成される。電場によるマクスウェル圧力によってエラストマーは伸縮し、座屈・変形を起こす。このように電場による力でシリコーンエラストマーの大変形を達成するためには、柔軟性の高い電極が必要となる。しかし、MEMSプロセスに適した金属製の平板状の電極では柔軟性が失われる。そこで本研究では、小さな同心リングと4つの平行螺旋形状に金属をパタニングした電極を提案し、電極の柔軟性を確保した。この方法では、同じマクスウェル圧力で得られる変形量は大きくなるが、逆に総電極面積が小さくなることで、シリコーンエラストマーにかかるマクスウェル圧力が小さくなってしまう。このトレードオフ問題を解決するために、主に電極の幅、電極のギャップ、シリコーンの厚さの3つをパラメータとして、実験と数値計算(2次元ビーム有限要素解析)の両面から解析を行った。

 まず、この新しいマイクロ電歪アクチュエータに適した誘電体及び電極の材料をテストした。テストされた材料の中で、誘電体材料としてはSYLGARD186シリコーンが、電極材料としては金が最適であることが確認された。次にMEMSプロセスにより、厚さ30-40 μmの誘電体のシリコーンと厚さ約0.1 μmの金の電極を用いて、直径 2 mm及び 4 mmの電歪アクチュエータを試作した。これらアクチュエータを用いて一連の実験を行なうことにより、電極の幅、電極のギャップ、シリコーン厚さの3つのパラメータが変型量に与える効果を調査し、さらにそれらの中で代表的なケースについて応答性を調査した上で、総合的に流体制御デバイスとしての能力を評価した。

 実験の結果を以下にまとめる。1) 有限要素解析及び実験の結果によると、電極の幅とシリコーン厚さとの比率は約1で、電極ギャップと電極の幅との比率が0.2-0.4の範囲内で最大の変形が得られる。また電極のギャップと幅との比を一定とした場合、電極直径が小さいほうが変形量が大きくなる。2) 最大約60 V/μmの電場を印加した場合、直径2 mmアクチュエータの最大変形量は約120 μm、4 mmアクチュエータの最大変形量は約170 μmとなる。アクチュエータ直径に対する変形量の比は0.06である。この比率はピエゾアクチュエータより約10倍大きい。3) 製作されたアクチュエータは印加電圧に対して1 ms 以下の応答性を持っている。また、作動周波数の範囲も広い。直径2 mmアクチュエータの場合は2 kHz以上、直径4 mmアクチュエータの場合は1.3 kHzの周波数で作動する。4) 静電力を用いているため、原理的に消費エネルギーが小さい。本アクチュエータの場合は、駆動周波数 100 Hzで、約1 mWの消費エネルギーである。高電圧を印加するので電流値は小さい。また、実験結果により、最大の効率は29%である。5) 流体制御用アクチュエータの一つとして、空洞内に設けたキャビテイの下面に配置した膜を振動させることでオリフィス上部にジェットを作り出すデバイスがある。この振動膜として、本研究で開発した直径4 mmアクチュエータを用いた場合、約1.1 kHzの周波数で最大0.4 m/sのジェットを生み出すことが出来る。

 以上の結果により、金属をパタニングした柔軟な電極と誘電体シリコーンエラストマーを使用することで、本研究で開発されたマイクロ電歪アクチュエータは将来実用に資する可能性が示された。

(以上)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,"DevelopmentofMEMSelectrostrictiveactuatorforflowcontrol"(和訳「流体制御のためのMEMS電歪アクチュエータの開発」)と題し,6章よりなっている.

 せん断流れは一般に非線形性を有し,人為的に加えた微小擾乱により,流れの特性を大きく変えることのできるポテンシャルを有しており,マイクロアクチュエータによるアクティブ制御が注目されている.そのような流体制御用アクチュエータには,静電アクチュエータなどの従来のマイクロアクチュエータを用いることが難しく,新たな動作原理・構造が求められている.本論文で対象とする電歪アクチュエータは,二枚の変形可能な電極と,それらにはさまれた柔軟な誘電体とで構成される.電場によるマクスウェル圧力によってエラストマーは伸縮・座屈し,垂直方向に変形を起こす.本論文は,大変形を達成するための柔軟性の高い電極を実現するため,FEM解析により電場および応力場の解析を行うとともに,マイクロマシン技術により試作を行って,アクチュエータの特性を系統的に検討したものである.

第1章は序論であり,流れ組織的構造と流体制御手法,および,流体制御への応用が注目されているマイクロアクチュエータについて概観している.そのなかで,流体制御用アクチュエータへの要求事項としては,大変形,高応答性,高効率,耐環境性が挙げられ,静電アクチュエータなどの従来のマイクロアクチュエータでは,これらの要求を全て満足することが難しいことが指摘している。そして,種々の動作原理の比較から,ポリマーアクチュエータのなかでも電歪ポリマーアクチュエータの特性が良いことを示している.

第2章では,電歪アクチュエータの動作原理,従来の研究,検討すべき項目を論じている.変形量を決定する支配的なパラメータを導き,それをもとに様々なシリコーン系ポリマーの比較検討から,マイクロアクチュエータの製作に最も適した材料を選択している.シリコーン膜両面の電極には従来導電性グリースなどが用いられてきたが,マイクロマシン技術との整合性,耐久性の予備的検討から,マイクロパターンを有する金属電極が必要であることを示している.

第3章では,電場,応力場の2次元FEM解析から電極の詳細設計を行った結果,および,マイクロマシン技術による製作手法の詳細について述べている.電場解析から,電極間隔が小さいほどフリンジ効果によって電極間の電場が増大することを示している.また,計算により得られたマクスウェル応力を印可した場合の変形解析から,電極間隔と電極幅との比率が0.2-0.4の範囲内で最大の変形が得られること,電極間隔と電極幅の比が一定のとき,電極幅が小さいほど変形が大きいことを示している.そして,シリコン基板上に,シリコーン膜,および,パターニングされた金の薄膜電極を形成し,ダイアフラム型のアクチュエータを製作する手法の詳細を述べている.

第4章では,アクチュエータの評価結果について述べている.マイクロマシン技術により製作された直径2mmおよび4mmの電歪アクチュエータについて電極の幅,電極間隔が変型量に与える影響を実験的に調べ,FEM解析の結果と定性的に一致することを示している.また,最適な電極パターンにおいて,直径2mmのアクチュエータで最大約120μm(直径に対する変形量の比0.06)の変形量が得られ,ピエゾアクチュエータより10倍以上大きい値が得られることを明らかにしている.また,動特性の評価から,動作周波数が2kHz以上であること,消費エネルギーが1mW程度であり,最大変換効率が29%であることを示している.

第5章では,本論文で製作したアクチュエータをシンセティックジェットアクチュエータに適用した結果を論じている.キャビティの下面に配置したアクチュエータを振動させることでオリフィス上部に噴流を形成できることを示している.

第6章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめている

 以上,本論文では,流体制御用の新たなアクチュエータ開発を目的として,電歪ポリマーアクチュエータのFEM解析による最適設計,マイクロマシン技術による試作,動作特性の評価,噴流アクチュエータへの適用を行った.電場および応力場のFEM解析により,電極配置の影響を系統的に検討し,最適な電極寸法決定の具体的な指針を獲得した.実際にマイクロマシン技術により電歪アクチュエータを試作して,実験的にその静特性,動特性を確認した.さらに,噴流アクチュエータに適用し,流体制御への適用可能性を示した.従って,本論文は,様々なスケールの熱流体制御手法についての新たな知見を加えるもので,熱流体工学をはじめ機械工学の上で寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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