学位論文要旨



No 120039
著者(漢字) 栗本,直規
著者(英字)
著者(カナ) クリモト,ナオキ
標題(和) マイクロ制御素子による噴流燃焼の能動制御
標題(洋)
報告番号 120039
報告番号 甲20039
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5981号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 手崎,衆
 東京大学 助教授 鈴木,雄二
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は,せん断流の操作を通して噴流燃焼を能動制御する手法を提案・実証することを目的とした実験研究である.燃焼器内の基本的な流れ系として同軸二重噴流を選択し,メタン燃料の浮き上がり火炎あるいは保炎器後流火炎を制御対象とした.制御には,フラップ型マイクロ電磁アクチュエータ群*を配備した同軸二重ノズルを用いた.フラップは環状噴流外側せん断層に作用し,大規模渦構造の時空間発展を能動的に制御する.火炎特性として,火炎の位置とその安定性,熱発生率の変動,未燃炭化水素および窒素酸化物の排出量を考慮し,制御効果の定量計測を行った.その結果,火炎特性は,異なる流動条件のもとでも,渦放出を制御することにより顕著に改善されることが示された.また,粒子画像流速測定法(PIV)及びレーザー誘起蛍光法(LIF)により,制御機構を解明した.

 マイクロガスタービン・小型分散エネルギーシステムは,大型発電所と異なり,エネルギーをより系統的に高効率に利用できる可能性を有している.しかし,機器の小型化にともなう要素効率の低下や環境汚染物質の増加が克服すべき課題である.一般に,小型燃焼器では負荷の変化が頻繁であるため,受動的な混合・保炎機器を用いて低NOx高効率安定燃焼を維持することは難しい.例えば,全負荷条件に対して最適設計された予混合燃焼器では,部分負荷時には当量比が低下して燃焼速度が減少したり,流量が減少して循環流が弱化したりする.このため,設計位置で健全な予混合火炎を維持することができず,顕著な窒素酸化物排出を伴う拡散火炎を主体とした運転に切り替える必要がある.従って,小型燃焼器の一層の高性能化には,高負荷変動火炎を効果的に制御できる,省スペースで簡素な燃焼制御手法の構築が必要である.

 噴流は,流体力学的には自由せん断流に大別され,産業界における最も基本的な流動様式の一つである.噴流の大規模渦構造と初期の物質輸送はせん断層に生じる渦輪の挙動に支配される.このため,古くから,せん断流の制御を通して噴霧,混合,音響ノイズなどの噴流特性を改善に関する試みがなされ成功を収めている.しかし,流動条件に応じて制御量を調整し,噴流火炎の特性を改善しようとする試みは皆無である.以上を踏まえて,本研究では,せん断流の操作を通して噴流燃焼を能動制御する手法を提案・実証することを目的とした.

 本研究では,燃焼器内の基本的な流れ系として同軸二重噴流を選択し,メタン燃料の浮き上がり火炎あるいはブラフボディ型保炎器後流の火炎を制御対象とした.制御ノズルとして,フラップ型マイクロ電磁アクチュエータ群*を外側ノズル内壁に配備した同軸二重ノズルを提案した.フラップ群は,外側せん断層へ作用し,同軸二重噴流の大規模渦構造とそれに伴う燃料の初期輸送・混合特性を能動制御する.火炎特性として,火炎の位置とその安定性,燃焼負荷率の変動,未燃炭化水素の排出量,窒素酸化物の排出量を考慮した.火炎位置とその安定性に関しては,それらが保炎機構に強く支配されると考え,浮き上がり火炎を制御対象とした.燃焼負荷率の変動,未燃炭化水素及び窒素酸化物排出に関しては,それらが混合過程に強く支配されると考え,ブラフボディ型保炎器後流の火炎を制御対象とした.

 実証実験の第1段階として,フラップ動作がノズル近傍の大規模渦構造に与える影響を系統的に理解するため,レイノルズ数2400の,非燃焼のメタン・空気同軸二重噴流の制御を行った.フラップ動作のパラメータとして,変位波形,隣り合うフラップ間の位相差及び動作周波数を考慮した.その結果,鋸波信号にもとづくフラップ動作をせん断層に作用させることで,せん断界面の急峻な変形を起点として,大規模渦を制御入力と同期して生成できることを示した.これにより,コラム不安定などの噴流の不安定モードに依存せずに,渦放出を人為的に制御できる.制御噴流の大規模渦構造は,内外噴流の運動量流束比,駆動周波数の影響を強く受ける.特に,中心噴流よりも環状噴流の運動量流束を十分に大きくすることで,内側せん断層の渦を強化し,混合を顕著に促進できることを示した.

 制御機構の解明には,軸断面および横断面のPIV及びLIF計測を用いた.その結果,混合過程に関しては,ノズル近傍では渦輪による輸送・伸長が支配的であり,下流では渦輪の崩壊に伴う細かいスケールの乱れと流れ方向に軸を持つ渦による混合が支配的であることが分かった.さらに,制御同軸噴流の大規模渦構造及び物質輸送・混合特性は,フラップにより生成される渦の直径lv及び渦放出の長さスケール比k = lv/(Uc/fv)で特徴づけられることを明らかにした.渦の直径lvは半径方向の輸送範囲を決める.渦放出の長さスケール比kは,渦の直径と次の渦が放出されるまでに渦が移流する距離の比であり,濃度変動を特徴づける.本制御では,大規模な渦輪を制御入力と同期して生成できるため,フラップの周波数を大きくすることで,大規模渦を最密誘起し,物質初期輸送を最適化できる.また,制御周波数を過大にすることで,渦の直径を調整し,濃度変動を抑制したまま中心流体の輸送範囲を柔軟に制御できる.

 第2段階として,メタン燃料の浮き上がり火炎及びブラフボディ型保炎器後流火炎の制御を行った.まず,3.5 kWの浮き上がり火炎に対し,異なる保炎機構をもつ安定火炎の作成を試みた.その結果,鋸波信号にもとづくフラップ動作をせん断層に作用させることにより,大規模渦をノズル近傍に最密誘起し,火炎をノズル極近傍に安定保持できることを示した.制御火炎は広い流動条件の下で安定であり,吹き消え限界は顕著に拡大する.制御機構の解明には,燃焼流及び等温流の位相平均PIV, LIF計測を用いた.その結果,可燃混合気層は,大規模渦の作用により顕著に蛇行し,ノズル近傍では流速の遅い雰囲気流体との境界付近にまで輸送され,下流では広範囲に分布することが分かった.このため,火炎上流端は,ノズル近傍で流速の遅い雰囲気空気との境界付近に形成される.また,燃焼流のPIV計測から,火炎面での速度ベクトルを条件抽出することで火炎伝播速度を求め,制御火炎の安定化機構を明らかにした.その結果,火炎安定化は,渦の上流側に形成される可燃混合気層の供給周期とその燃焼時間が釣り合うためであることが示された.

 一方,矩形信号にもとづくフラップ動作を作用させることにより,火炎をポテンシャルコアよりも下流で安定保持できる.燃焼流の瞬時PIV計測から,火炎安定化は,大規模渦がノズル近傍で崩壊し,火炎基部上流の速度変動が抑制されるためであることが示された.

 次に,リング状のブラフボディ型保炎器後流の火炎を制御した.ここでは,上流の混合過程を制御することにより,異なる当量比条件のもとで火炎特性を改善することを試みた.その結果,設計条件を想定した当量比0.72では,大規模渦を連続放出させることにより,熱発生率の変動を抑制し,NOx排出の増加を伴わずにCO排出を顕著に改善できることが示された.これは,混合が顕著に促進し,速度・濃度変動の小さい希薄混合気が供給されるためである.

 一方,非設計条件を想定した当量比0.48では,小スケール渦を連続放出させることにより,熱発生率の変動を抑制し,火炎を安定保持できる.これは,大規模な混合を抑制して,可燃濃度の混合気を保炎器近傍に局所的に生成できるためである.また,このときも,NOx排出の増加を伴わずにCO排出を改善できる.

(以上)

*鈴木(宏)・笠木・鈴木(雄), 日本機械学会論文集B編, 65卷639号, 1999, 3644-3651.
審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,"マイクロ制御素子による噴流燃焼の能動制御"と題し,6章より成っている.

 小型分散エネルギーシステムは,大型集中発電プラントとは対照的に,エネルギーを多様な形態で,系統的に,より高効率に利用できる可能性を有している.しかし,一般に機器の小型化にともなう要素効率の低下や環境汚染物質の排出増加が克服すべき課題である.特に,小型分散システムにおいては負荷の頻繁な変化を伴うので,いかにして燃焼器内で高効率でクリーンな燃焼状態を維持するかが重要な技術課題である.小型燃焼器内の燃焼制御に関しては,受動的な混合・保炎機器を用いて低NOx高効率安定燃焼を維持することは難しく,新たな能動的な燃焼制御手法の構築が必要であると言える.本論文は,初期せん断層中の渦生成の操作による噴流燃焼の能動制御手法を提案し,その制御効果の実験的検証を試みたものである.

 第一章は序論である.まず,産業応用の観点から従来の燃焼制御技術を論じ,小型燃焼器の高性能化には省スペースで簡易構造の噴流燃焼制御手法の開発が必要であると述べている.次に,噴流燃焼に関する従来研究を概観し,単軸及び同軸噴流の大規模渦構造,浮き上がり火炎の保炎機構,保炎器後流火炎の構造,およびそれらの制御技術に関して,これまでに得られている知見に触れている.特に,噴流の大規模渦構造の形成と物質輸送は,初期せん断層に生じる渦輪の挙動に支配されるため,せん断層不安定を音響励起し,設計条件下で噴流特性を改善する試みがなされてきたこと,一方,渦放出過程を積極的に制御し,広い流動条件の下で噴流火炎特性を改善する試みはなされていないことが述べられている.これらを踏まえて,渦放出の能動制御を通じた噴流燃焼制御の新たな手法を提案し,その制御効果を実験的に実証することを本論文の目的としている.また,レーザー計測による機構解明の燃焼工学上の意義について触れ,二成分粒子画像流速計(以下PIV)及びレーザー誘起蛍光法(以下LIF)により,制御機構を明らかにすることを述べている.

 第二章では,マイクロ・フラップ群を備えた制御ノズル,噴流供給装置及びPIV・LIF計測の設計が詳述されている.計測は噴流の横断面及び軸断面に対して行われる.等温流及び燃焼流の速度計測には,SiO2粒子をトレーサとしたPIV法を適用している.PIVパラメータは計測の不確かさを最小にするように最適化され,不確かさは瞬時速度に対して±7%(95%包括度)としている.メタン混合分率の計測には,メタンとアセトンの濃度分布が等しいことを仮定して,アセトンをトレーサとしたLIF法を適用している.励起光強度の時間空間分布を補正し,瞬時混合分率の不確かさを±15%(95%包括度)と見積もっている.また,流れの時間スケールと空間解像度やメタンとアセトンの拡散係数の違いなど,計測系の妥当性を検証している.

 第三章では,非燃焼のメタン・空気同軸二重噴流を制御し,フラップ動作がせん断層の時空間発展及び物質初期輸送に与える影響を検討している.それによると,鋸波信号にもとづくフラップ動作をせん断層に作用させることで,せん断界面の急峻な変形を起点として,大規模渦を制御入力と同期して生成できる.これは,従来までの噴流不安定を音響励起する制御手法とはことなり,制御入力と同期して大規模渦を連続放出することにより,同軸噴流混合を最適化できる.ここで,制御噴流の物質輸送は,渦の直径1v及び渦放出の長さスケール比k=1v/(Uc/fv)で特徴づけられることが述べられている.渦の直径1vは半径方向の輸送範囲を,渦放出の長さスケール比kは濃度変動をそれぞれ特徴づける.また,環状噴流の運動量流束を中心噴流よりも大きくとることにより,内側せん断層の渦を強化し,噴流混合を顕著に促進できると報告している.

 第四章では,同軸噴流浮き上がり火炎を対象とし,ノズル近傍の渦構造を操作することにより異なる保炎機構の安定火炎を作成できることが述べられている.まず,不安定な浮き上がり火炎は,制御により顕著に安定化することが報告されている.特に,鋸波信号にもとづくフラップ動作を作用させることにより,火炎基部はノズル極近傍に安定保持される.火炎基部の画像計測により,制御火炎の安定化機構が明らかにされている.等温流のLIF計測からは,可燃混合気層が大規模渦の崩壊とともに広範囲に分布することが理解され,燃焼流のPIV計測からは,火炎面での速度ベクトルを条件抽出することで火炎伝播速度が求められている.これらの結果から,火炎の安定化は可燃混合気層の供給周期とその燃焼時間が釣り合うためであると結論付けている.また,矩形信号にもとづくフラップ動作を作用させることにより,火炎をポテンシャルコアよりも下流で安定保持できることが述べられている.制御機構は瞬時PIV計測から推測され,火炎安定化は,大規模渦がノズル近傍で崩壊し,火炎基部上流の速度変動が抑制されるためであると結論付けられている.

 第五章では,ブラフボディ型保炎器後流の火炎を対象とし,混合過程を能動的に操作することにより,設計及び非設計条件下で熱発生率の変動,一酸化炭素(CO),窒素酸化物(NOx)の排出特性を改善できることが報告されている.まず,設計条件を想定した当量比0.72では,大規模渦の連続放出により混合を促進させることで,NOx排出の増加を伴わずにCO排出を顕著に改善できることが示されている.一方,非設計条件を想定した当量比0.48では,小スケールの渦を連続誘起させることにより,熱発生率の変動を抑制し,火炎を安定保持できることが報告されている.これは,小スケール渦により,混合を噴流軸付近で局所的に行い,十分な燃焼速度を与える燃料過濃な混合気を供給できるためであると結論付けられている.

 第六章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめている.

 以上,本論文は,大きな負荷変動を伴う噴流火炎の能動制御手法を提案・実証することを目的とした実験研究である.燃焼器内の基本的な流れ系として同軸二重噴流を選択し,メタン燃料の浮き上がり火炎あるいは保炎器後流火炎を制御対象とした.制御手法として,フラップ型アクチュエータ群を配備した同軸二重ノズルが提案され,制御効果として,火炎の位置とその安定性,熱発生率の変動,未燃炭化水素および窒素酸化物の排出量が定量評価されている.フラップは,環状噴流外側せん断層に作用し,火炎上流の大規模渦構造の時空間発展を能動的に制御する.制御により,浮き上がり火炎の保炎機構を強化できること,およびブラフボディ型保炎器後流火炎が定格・非定格条件のもとで改善できることが実証されている.また,PIV及びLIF計測により制御機構を解明し,せん断流における渦生成を積極的に操作することが,噴流燃焼の制御に効果的であることが明らかにされている.これらの知見は,将来の新しい燃焼制御システムの設計に有用な指針を与えるもので,燃焼工学をはじめ機械工学の上で寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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