学位論文要旨



No 120040
著者(漢字) 有賀,清一
著者(英字)
著者(カナ) アリガ,セイイチ
標題(和) 東京湾臨海部埋立地における風車のエネルギー賦存量予測と景観評価
標題(洋)
報告番号 120040
報告番号 甲20040
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5982号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 谷口,伸行
 東京大学 助教授 石原,孟
内容要旨 要旨を表示する

 本研究で扱う風力発電は再生可能エネルギーの中でも有望な電力源として注目されている.特に,ヨーロッパを中心として飛躍的に風車の導入が進んでいる.その結果,現在では工学的に性能の高い風車が作られるようになり,発電容量は,目覚ましい増加を続けている.EUは1997年に,2010年までに温暖化ガスの排出量を15%削減することを決定した.EWEAは,2020年目標として,風車の導入量を100,000MWにすることを提唱している.これを達成すれば,電力分野のCO2の発生量を11%削減することができる.

 本研究の目的は,風況計測,風況シミュレーション,景観シミュレーションを組み合わせることで,東京湾埋立地における新たな風車建設計画を提案することである.そのために,以下に挙げる項目について研究を行った.

● 風況精査を行い,東京湾臨海部における風の特性を調べる.

● 風況シミュレーションを行い,東京湾埋立地周辺での詳細な風況データを得る.

● 風況精査,風況シミュレーションによって得られた情報を基に,景観シミュレーションを実施する.

 風況精査は,風車建設にあたって必ず行われる調査である.これは最低1年間,建設予定地での風の特性を調べ,風車建設を判断する上での資料とするためである.この場合に必要とされるデータは,年平均風速,風向出現率,ワイブル分布などがNEDOの風況精査マニュアルに規定されている.本研究においても,この規定に基づいて風況精査を行った.風況精査は,東京湾臨海部埋立地中央防波堤外側埋立地および,潮風公園である.また,比較のために東京都,電源開発の協力を得て東京灯標,中央防波堤内側埋立地におけるデータを入手した.この,東京湾臨海部の複数地点による計測で,風車建設に十分な風が吹いていることを明らかにした.

 本研究で実施した風況精査においては,通常の風車のための風況精査に加え,中央防波堤外側埋立地における風の乱れの特性を調べた.IEC 61400-1において,風車の安全設計のための乱流強度が規定されている.ところが,IECが定めるこれらの値の基準値は,日本に比べて平坦地が多いヨーロッパの観測データに基づくものが多い.このため,ヨーロッパにおいて蓄積されてきた乱流強度等のデータと比較しうる,日本の風のデータが必要とされている.今回の乱流強度計測により,埋立地および東京灯標における,乱流強度,ガストの値が示された.得られた値を,他の国内計測地点と比較し,東京湾での流れの特徴をあきらかにした.この解析は,風特性データベースの解析方向に合わせて行っており,今後,日本の風の一例として風車設計のための基礎データとして提供し得るものである.以上,風況精査によって,1)東京湾臨海部埋立地に風車に適した風が吹いていること,2)当該地域における風の乱れの特性の二つが明らかになった.

 風況計測を実施した地点はデータの提供を受けた地点を含めても,4点のみであり,東京湾埋立地全体において,風車建設のために必要な風況を示したことにはならない.これを,計測によって明らかにするには,複数の風況観測タワーを建設するなどして,多年にわたって計測を行うことなどが考えられるが,現実的には時間がかかりすぎるなどの問題点がある.そこで,『風力発電の技術的課題に対するアクションプランの検討』においても,指摘されているように,広範囲での詳細な風況データを得るために,風況シミュレーションが有効である.本研究では,NCARにおいて開発された,局所気象モデルである,MM5気象モデルを用いてメソスケールの風況を解析し,次いで疑似圧縮性解法を用いた流体解析コードにより,東京湾埋立地における非線形な風解析を行った.風車のための風況シミュレーションの分野では,線形モデルによって大気境界層を再現する,WAsPやAVENUが多くの風力発電サイトにおいて用いられた実績がある.しかし,これらのモデルは,ヨーロッパなどの日本と比較して平坦な地形において十分な精度を得ることを目的としており,地形の傾斜が急峻になった場合に剥離が伴う風の流れを再現することができない.そのため,日本のような急峻な地形を持つ地域では風力エネルギーの予測誤差が大きくなることが明らかになっている.この問題を解決するため,非線形のモデルに基づくシミュレーションの必要性が指摘されている.

 本研究における風況シミュレーションにおいては,前述の風況精査における乱流強度解析によって,埋立地の急峻な地形による乱流解特性への影響が観測されていることから,非線形のシミュレーションを採用した.風況シミュレーションにおいては,計算対象が空間的に大きいことから,妥当な境界条件を与えることが常に課題になる.今回は,MM5による解析結果から,擬似圧縮性解法による詳細な風況解析のための境界および初期条件を得るため,鉛直方向・水平方向の二段階に格子を細かくする方法を開発した.

 風況シミュレーションにとって,地表の粗さをどのように扱うかは重要な問題である.なぜならば,粗さが十分に大きい領域では,境界層がレイノルズ数より粗さに依存するようになるからである.本研究では,乱流モデルとしてSpalar-Allmarasモデルを採用し,これにNikuradseの実験に基づく粗度モデルを加えて解析を行った.計算コードの検証のため,石原らによる3次元の丘まわりの流れ実験,Hosniらによる平板境界層の実験との比較を行い,良好な結果を得た.この方法による解析の結果,中央防波堤埋立地外側における風速の予測は解析を行った8方位について,実測値との誤差は10%以内となる,良好な結果を得た.この風況シミュレーションによって得られた8方位の風についての解析結果を,各方位を代表する流れ場と仮定し,中央防波堤外側埋立地での実測値を使った統計処理を行い,埋立地全体での月間・年間平均風速および,エネルギー賦損量を予測した.月間・年間平均風速は,約4km離れた東京灯標での平均風速の予測において,実測値との誤差が,月間平均風速で10%以内,年間平均風速で5%以内となった.これは,現在の他の風況シミュレーションと比較して,十分な精度である.

 風車は,巨大な建造物であり,その建設のためには周辺地域の景観との適合性などの評価が必要となる場合があることが,ヨーロッパでの実際の導入例についての調査から指摘されている.本研究における風車設置候補地である,東京湾埋立地は,埋め立て作業中の土地であり,地域住民・土地利用者はいないが,21世紀に開発される東京の新しい街として,広く注目されており,新しい風車の計画には景観評価を含めることが必要であると考えられる.このことは,ライトアップなどの取り組みにより都市の景観に配慮している「東京かざぐるま」と同様である.

 Mixed Reality(MR)と呼ばれる技術は,現実の映像と,ヴァーチャルな映像を合成し,実際には存在しないものが,あたかも現実に存在するかのように見せる技術である.これは,1990年ごろから活発に研究され,現在では医療・設計・教育などの分野において応用されている.本研究では,この技術を応用して,実際に現場において実際の風景の中にヴァーチャルな風車を設置することで,周囲の状況をよりリアルに体感することの出来るシステムを目指した.つまり,評価を実施する人物が,現場にいることで,実際の景観,環境音,日光,風況などを体感することができ,その中にヴァーチャルな風車を設置することができるのである.このために,ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を用いたMRによって,風況シミュレーションを基にした景観シミュレーションを行うシステム使って開発した.風車設置のための景観評価にMRを使用した例は初めてである.これのシステムは,風況シミュレーションによって得られた最適配置を,景観の面から評価をする際に,景観シミュレーションの使用者が行う風車の配置に対し,インタラクティブに風速,発電量等が表示される.このシステムを用いて,景観シミュレーションを埋立地において実際に行った.

 以上,本研究の要旨について述べた.最後に結論をまとめると,

● 東京湾埋立地および周辺において風況精査を実施し,埋立地において風車に適した風力エネルギーがあることを調べた.

● 風況精査によって,東京湾埋立地における風の乱れの特性を調べ,海上と陸上の特性の違い,急峻な地形による乱れ特性への影響を示した.

● 局所気象モデルと擬似圧縮性解法を用いた風況シミュレーションを行った.埋立地の詳細な解析を行うために,境界条件設定の新しい手法を提案した.このシミュレーションによって,8方位の風を解析し計測結果と比較し予測誤差が10%以内であった.

● 埋立地周辺の風力エネルギー賦損量を予測し,月平均で10%以内,年平均で5%以内,の予測誤差の結果を得た.

● 風況シミュレーションによって得られた結果を,Mixed Realityを用いた景観シミュレーションに取り込み,埋立地における景観評価を可能にした.これは,MRによる風況・風車の景観シミュレーションのはじめての例である.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,風況精査,風況シミュレーション,景観評価を組み合わせ,景観を考慮した風車設置計画を作成するための手法を開発について論じたものである.

 本論文で実施した風況精査においては,通常の風車のための風況精査に加え,中央防波堤外側埋立地における風の乱れの特性を調べた.IECが定める風車の安全基準は,日本に比べて平坦地が多いヨーロッパでの観測データに基づくものが多い。このため,ヨーロッパにおいて蓄積されてきた乱流強度等のデータと比較しうる,日本の風のデータが必要とされている.今回の乱流強度計測により,埋立地および東京灯標における,乱流強度,ガストの値が示された.ここで得られた値を,他の国内計測地点と比較し,東京湾での流れの特徴をあきらかにした.この解析は,風特性データベースの解析方向に合わせて行っており,日本の風の一例として風車設計のための基礎データとして提供し得るものである.以上の,風況精査によって,東京湾臨海部埋立地に風車に適した風が吹いていること,当該地域における風の乱れの特性の二つが明らかになった.

 風況計測を実施した地点はデータの提供を受けた地点を含めても,4点のみであり,東京湾埋立地全体において,風車建設のために必要な風況を示したことにはならない.これを,計測によって明らかにするには,複数の風況観測タワーを建設するなどして,多年にわたって計測を行うことなどが考えられるが,現実的には時間がかかりすぎるなどの問題点がある.そこで,『風力発電の技術的課題に対するアクションプランの検討』においても,指摘されているように,広範囲での詳細な風況データを得るために,風況シミュレーションが有効である,本研究では,NCARにおいて開発された,局所気象モデルである,MM5気象モデルを用いてメソスケールの風況を解析し,次いで疑似圧縮性解法を用いた流体解析コードにより,東京湾埋立地における非線形な風解析を行った.風車のための風況シミュレーションの分野では,線形モデルによって大気境界層を再現する,WAsPやAVENUが多くの風力発電サイトにおいて用いられた実績がある.しかし,これらのモデルは,ヨーロッパなどの日本と比較して平坦な地形において十分な精度を得ることを目的としており,地形の傾斜が急峻になった場合に剥離が伴う風の流れを再現することができない.そのため,日本のような急峻な地形を持つ地域では風力エネルギーの予測誤差が大きくなることが明らかになっている。この問題を解決するため,非線形のモデルに基づくシミュレーションが研究されている.風況シミュレーションにとって,地表の粗さをどのように扱うかは重要な問題である.本論文において開発したメソスケール解析にMM5,詳細解析に擬似圧縮性解法を用いた手法では,詳細解析用の乱流モデルとしてSpalar-Allmarasモデルを採用し,これにNikuradseの実験に基づく粗度モデルを利用して解析を行った.この方法による解析の結果,中央防波堤埋立地外側における風速の予測は解析を行った8方位について,実測値との誤差は10%以内となる結果を得た.この風況シミュレーションによって得られた8方位の風についての解析結果を,各方位を代表する流れ場と仮定し,中央防波堤外側埋立地での実測値を使った統計処理を行い,埋立地全体での月間・年間平均風速および,エネルギー賦存量を予測した.月間・年間平均風速は,約4km離れた東京灯標での平均風速の予測において,実測値との誤差が,月間平均風速で10%以内,年間平均風速で5%以内となった.これは,現在の他の風況シミュレーションと比較して,十分な精度である.

 本論文では,MixedReality(MR)技術を応用して,現場において実際の風景の中にヴァーチャルな風車を設置することで,周囲の状況をよりリアルに体感し,人間による景観の理解を容易にする景観評価アプリケーションを開発した.このMR技術とは,現実の映像とヴァーチャルな映像を合成し,実際には存在しないものが,あたかも現実に存在するかのように見せる技術である.本研究で開発したアプリケーションでは,この技術を応用したことで,評価を実施する人物が,現場にいることで,実際の景観,、環境音,日光,風況などを体感することができ,その中にヴァーチャルな風車を設置することができる.さらに,風況シミュレーションによって得られた侯補地周辺のエネルギー賦存量を使った景観評価によって,景観評価とエネルギー賦存量評価を同時に行うことができる.風車設置のための景観・エネルギー賦存量評価にMRを使用した例は初めてである.また,学生を対象とした主観評価の調査により,このアプリケーションで景観評価を行うことの妥当性を検証した.

 以上のように,本論文では風況精査,風況シミュレーション,景観評価の3つを組み合わせた,新しい観点での風車計画の作成手法が必要と考え,従来には無い独創的な方法によって,直感的かつインタラクティブに景観・エネルギー賦存量評価を用いた風車設置方法を検討するための手法を研究・開発した.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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