学位論文要旨



No 120041
著者(漢字) 軍司,昌秀
著者(英字)
著者(カナ) グンジ,マサヒデ
標題(和) 表面電界効果を用いた液体駆動に関する研究
標題(洋)
報告番号 120041
報告番号 甲20041
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5983号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鷲津,正夫
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 助教授 濱口,哲也
 東京大学 助教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

 近年、半導体技術を応用した微細加工技術の進歩により、化学分析装置や化学反応装置を1つの基板上に集積するμ-TAS(micro-Total-Analysis-system)と呼ばれるシステムが注目を集めている。このμ-TASにより、分析試料の低減化、反応時間の短縮、反応装置の携帯化や大量生産化などが実現し、ゲノム解析の高速化や遺伝子診断技術あるいはファインケミカルの合成など、今後様々な分野での応用が期待される。

 上記のような微細分析・反応システムを実現するには、液体試料をシステム内に作成された分析・合成プロセス空間に送り込む液体操作技術が必要となり、従来はマイクロポンプやマイクロバルブなどを用いて液体試料を装置内に注入する方法や、電気浸透流などの電気的な力によりチャネル内の液体に流れを与える方法など、閉鎖された流路中での液体を操作する手法が用いられてきた。しかしながら、このような流路内における液体操作法には、適当な流量が得られるマイクロポンプや漏れの少ないマイクロバルブの作成が困難である事や、装置に投入するサンプルのうち実際に使われる割合が少ない事、流れの連続条件によってサンプルの流れの制御や定量性に制約がある事など幾つかの問題点も存在する。

 そこで筆者らは上記諸問題を解決する方法として、液体試料を基板上において液滴の形で操作し、開放された空間上で試料の分析や反応を行う、"液滴操作型分析・反応システム"を考案し、本システム実現のための基板上での液体駆動技術の開発を目的として、電極基板上での表面電界効果を用いた液体駆動に関する基礎理論の構築と実際の駆動装置の開発を行った。本研究で行った液体駆動に関する研究は

 1.誘電泳動での液体駆動

 2.エレクトロウエッティングによる液体駆動

 3.沿面放電を用いた微細流路内の親水化処理による液体操作

 の3つの項目に分類することが出来、以下に各項目の研究成果について説明する。

1.誘電泳動を用いた液体駆動

 不平等電界中に存在する誘電体液体が電界の強い領域へと引き寄せられる現象(誘電泳動現象)を用いて、基板上にパターニングされた平行電極上での水溶液の操作技術に関する研究を行った。その研究結果を以下にまとめる。

(1)誘電泳動によって電極間ギャップ上に発生する液体の運動には周波数依存牲と液体の導電率依存性があることが実験によって判明し、これらの電気特性は流体内に簡単なCR等価回路にモデル化することで説明できることを示した。

(2)流体の挙動は電極の幅によっても変化することが明らかになり、電極の幅が広い場合、液体の流れは電極間ギャップ上に収束し、電極の幅が狭くなると流れの外縁は電極外側エッジに沿って広がることが判明した。このような現象を引き起こす原因は現在のところ明らかになっていないが、一つのモデルとして、本研究では電極エッジ部分に電界が集中することによる液体のピン止め効果を提案した。

(3)液体の導電率が高い場合、液体内部に発生するジュール熱により、液体が蒸発することが判明し、この問題を解決するため、熱伝導性基板を用いて液体内より発生する熱を基板中に放出する方法を検討した。まず、誘電泳動中の液体の熱解析を行った結果、100μS/cm程度の導電率までならば、発生する熱を効率よく放出できることが解析的に求められ、得られた結果を元にアルミニウム基板による誘電泳動電極基板を作成し、濃度1mM/lのKCl水溶液の誘電泳動による操作に成功した。

(4)誘電泳動による液体操作技術のμ-TASへの応用として、液体の表面張力によるキャピラリーインスタビリティーを利用した基板上での微小液滴作成法と作成された微小液滴同士を静電引力により融合させる方法を開発した。この方法を用いて2種類の液体から多数の微小液滴を作成し、それらを融合させる並列型液滴融合電極と、多種類の液体を様々な組み合わせで融合させる交差型液滴融合電極を作成し、実際にこの電極を用いて基板上での微小液滴の作成と融合に成功した。

(5)シリコンオイルのような粘性媒体中における液体誘電泳動の運動解析を行い、媒体の粘性の変化による、液体の運動特性の変化を定量的に明らかにした。また、作成された運動解析の妥当性を検証するため、実際に数種類の粘性の異なるシリコンオイル中での流れの速度を測定したところ、使用したすべてのオイルにおいて、解析と良く一致する結果を得ることができ、本研究で作成された解析が妥当であることが判明した。

2.エレクトロウエッティングによる液体駆動

 続いて表面電界効果による液体駆動方法の新たな方法として、液体表面と電場との静電相互作用により、電極上での液滴の濡れ性が変化する現象(エレクトロウエッティング現象)を利用した液滴駆動方法に関する研究を行った。その研究結果を以下にまとめる。

(1)液滴の進行方向に対して非対称な形状を持つFish-bone型電極を用い、エレクトロウエッティング現象による液滴の電極形状に沿った形状変化を引き起こすことで液滴を基板上の目的の位置へと輸送する手法を考案し、実際にこの手法を用いて単相交流電圧による液滴の基板上での輸送に成功した。また、液滴駆動の際の必要電圧は印加電圧の周波数に依存することが明らかになり、液滴の固有振動数に電圧周波数を合わせ、電極上で液滴を共振させることにより、より低い電圧で液滴を駆動できる事が判明した。

(2)さらに上記のFish-bone型電極を組み合わせることで、1本の液滴輸送路を2本の液滴輸送路へ分岐させたり、2本の液滴輸送路を1本の液滴輸送路へ合流させる、液滴分岐・合流電極を考案し、液滴操作型反応・分析システムへ応用の可能な液滴駆動装置を開発した。

(3)エレクトロウエティングによる液滴駆動の研究過程において、平行電極上での液滴移動 現象を発見し、その移動原理の解明を目的として、平行電極上での液滴の運動特性や液滴の駆動条件を調査した。また得られた調査結果を元に液滴移動モデル(導電性薄膜生成モデル)を考案し、導電性薄膜測定電極を作成・使用して液滴の通過後に電極上に生成される導電性薄膜を電気的に検知することで液滴移動モデルの妥当性を証明した。

3.沿面放電を用いた微細流路内の親水化処理による液体駆動

 液体の導電率に依存しない基板上での液滴作成方法として、微細電極を用いた沿面放電によってPDMS流路を部分的にプラズマ親水化処理することで流路内の限られた領域に液体を導入し、さらに流路内の別の場所で発生させたプラズマによる流路の加圧により、ナノリットルオーダーで液滴を定量的に分離・射出する液滴射出技術を考案し、実際にそれを用いて基板上での定量的な液滴形成に成功した。

 以上のように、液滴操作型分析・反応システムの実現へ向けた、微小電極を用いた表面電界効果による基板上での液滴駆動技術に関する研究を行い、実際のシステムへの応用が可能な液滴駆動技術も幾つか開発する事が出来た。本研究で確立された駆動技術により、これまでは技術的に困難であった、基板上での液滴試料分析・反応プロセスが迅速・簡便に遂行でき、従来の流路型システムとは異なるタイプの新規μ-TASへの応用の道が開かれるものと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 近年,半導体技術を応用した微細加工技術の進歩により,化学分析装置や化学反応装置を1つのチップ上に集積するμ-TAS(micro-Total-Analysis-system)と呼ばれるシステムが注目を集めている。μ-TASにより,分析試料の低減化,反応時間の短縮,反応装置の携帯化や大量生産化などが実現し,ゲノム解析の高速化や遺伝子診断あるいはファインケミカルの合成など,今後様々な分野での応用が期待される。このようなオンチップの分析・反応システムを実現するには,チップ上での液体操作技術が必要となるが,従来の研究では,主に,閉鎖された流路中での液体を操作する手法が用いられてきた。しかしながら,このような流路内における液体操作法には,適当な流量が得られるマイクロポンプ・漏れの少ないマイクロバルブなどの作製が困難である事や,装置に投入するサンプルのうち実際に使われる割合が少ない事など,数々の問題点も存在する。

 本研究は,液体試料をチップ上で液滴の形で操作し,開放された基板上で試料の分析や反応を行うシステムを実現するための,表面電界効果を用いた液体駆動に関する研究を行ったものである。

 第1章では,序論として,本研究の背景,従来の研究,目的を述べている。

 第2章においては,誘電泳動を用いた水溶液の操作技術を提案し,その実証および理論的解析を行っている。具体的には,基板上にパターニングされた1対の平行ストリップ電極に電圧を印加することにより,電極間に置かれた液滴を電極間ギャップに沿って伸長できること,電圧を取り去るとこの伸長された液柱がキャピラリーインスタビリティーによりいくつかの微小粒子に分割されること,電極に適当な間隔で凹凸を設けることによりこの液柱の分割を制御し,一様な粒径を持つ液滴を作製できること,2対の電極系を隣接して置き,作製された液滴の間に電圧を印加することにより,液滴を融合して混合できること,多数の電極系をx-y状に配置し,それらの交点に作製した液滴を融合させることにより,nxmの混合操作を一瞬にして行えること,などを示した。また,誘電泳動による液体駆動の物理モデルを作製し,熱解析を行うとともに,運動のダイナミクスを理論的に解析し,実験とよく一致することを示した。

 第3章においては,エレクトロウェッティングを用いた液滴の操作技術を2つ提案し,その実証および高速度撮影による解析を行っている。第1は,液滴の進行方向に対して非対称な形状を持つFish-bone型電極を用い,ここに置かれた液滴の最低次のモードの表面自由振動に対応する周波数の交流電圧を印加することにより,液滴に電極長軸方向に沿った運動を誘起するものである。高速道撮影による解析を通じ,この運動が,交流電圧のピークと0に対応して液滴が扁平化・球形化を繰り返す過程において,扁平化が電極の非対称性により一方向に向かって起きることがそのメカニズムであることを解明した。この応用として,分岐を持つFish-bone型電極を用い,液滴のソーティングや融合による混合を実証した。第2は,単純な平行ストリップ電極を用い液滴の駆動を行う方法である。この従来の電気力学的常識に反するように見える現象を,高速度撮影による液滴界面の観察,周波数・温度依存性の計測,基板表面の抵抗率の実時間計測などにより解析し,この現象が,液滴自身の通過によって基板上に形成される水分子層による電界のシールディングによる,self-propellingメカニズムによるものであることを解明した。

 第4章においては,沿面放電を利用した微細流路内部の部分的親水化の技術を提案し,その応用について研究を行っている。すなわち,疎水性有機高分子で作られたチャネルに隣接して電極をパターニングしておき,ここに高周波電圧を印加することにより,チャネル内に沿面放電を誘起し,これにより電極のパターンされた部分のみを親水化する技術を開発した。この技術の応用として,水溶液が表面張力により親水化された部分にのみ侵入することを利用して,ナノリットルオーダーの液滴を定量的に分離射出する手法を考案した。

 以上要するに,本論文は,微小電極を用いた表面電界効果による基板上での液滴駆動技術に関する手法の提案・理論解析・応用の実証を行ったものである。得られた成果は,液滴操作型分析・反応システムの実現へ向けた基盤技術として,高い技術的価値を持ち,開発された解析技術は,実際の装置の設計に対する指針を与えるものである。また,平行電極による液滴駆動は,著者が発見した新現象として,学術的にも興味深い。従って,本論文は,学術的にも技術的にも貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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