学位論文要旨



No 120042
著者(漢字) 原,祥太郎
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ショウタロウ
標題(和) 構造緩和アモルファスシリコンの原子モデリング及び表面・界面特性評価 : 分子動力学アプローチ
標題(洋)
報告番号 120042
報告番号 甲20042
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5984号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
 東京大学 講師 泉,聡志
内容要旨 要旨を表示する

 半導体テクノロジーの進歩に伴い、固体表面または固体/固体界面の特性を理解する必要性が高まっている。例えば、薄膜材料の形成過程で,膜内に発生する応力(真性応力)を制御するためには,キーパラメータである表面(界面)エネルギや表面(界面)応力といった特性を評価することが重要である.本論文では、次世代半導体デバイスの中心的材料であるアモルファスシリコンを中心的研究題材とする.これまでにも,結晶シリコンの物性値算出に関しては,多くの実験的および理論的アプローチがなされてきた.しかしながら,アモルファスシリコンは半導体産業の主要材料にもかかわらず,それらの実験データはなく,理論的アプローチも未だ少ない。

 現在,固体の安定構造と物性とを,最も正確に決定できる理論的アプローチは,基底電子状態から原子に作用する力を導く第一原理計算手法である.それゆえ,a-Siに関しても,そのバルク・表面構造に焦点を当てた第一原理計算がなされてきた.しかしながら,従来研究にはアモルファス構造のモデル化過程に問題があったといえる.例えば,Stichらは,第一原理分子動力学を用いて液体シリコンを急冷し,アモルファス構造を作成した.その後,さらに数ピコ秒間の熱アニールを施し,構造緩和を行った.この過程を経て得たa-Si構造の正四面体構造からの結合角のずれ・結晶シリコンとのエネルギ差といった特性は,実験値と大きな差が生じている.この差の要因は,構造緩和が不十分な点にあったと考えられる.

 現状の計算機能力で可能な第一原理計算は,たかだか原子百個程度で数ピコ程度の時間スケールの現象を追うことしかできない。アモルファスの構造緩和はナノから秒に及ぶ現象であり,第一原理計算だけでは追えない現象といえる.そこで本研究では,第一原理計算の欠点を長時間スケールを扱える古典分子動力学で補うことで,アモルファスの構造緩和の時間スケールに視点をおいたモデリング手法の構築を試みる.構築手法を表面・界面へと適用し、構造緩和に着目した表面・界面のモデリングと安定構造の解明・並びに物性値算出を行う.

1.構造緩和アモルファスシリコンのモデル構築

 a-Siの表面・界面の力学的特性を分子シミュレーションを用いて正しく理解するためには、妥当な構造モデルリングが必要となる。そのためには、十分な構造緩和過程を経た、安定なミクロモデルを構築しなければならない。従来の第一原理計算のみによるアプローチではその扱える時間スケールの問題から十分な構造緩和ができない。そこで本論文では、a-Siの安定構造のモデリング手法として、まず経験的なTersoffポテンシャルを用いた分子動力学により構造緩和を加速化し、つづいて分子動力学結果を密度汎関数法に基づく第一原理計算へと受け渡すことで安定構造を得るという手法を構築した。この手法をまず、バルクのa-Siへと適用し、構築手法の妥当性を検討した。結果、分子動力学で高温・ナノ秒オーダーのアニ−ルを行えば、従来研究のモデルに比べ、十分に構造緩和した構造となることを明らかにした。この時、構造パラメータが構造緩和の程度を定量化できる指標となることを示した。つづいて、第一原理計算へと受け渡し、a-Siの最安定構造を探索した。得られたバルク構造は、構造パラメータが実験モデルと一致し、配位数欠陥が3%以下の理想構造に近い構造となることを示した。さらに安定構造に存在した配位数欠陥の電子構造を明らかにした。

2.結晶・アモルファスシリコン表面

 提案したa-Siの最安定構造探索手法を表面系へと適用することによって、構造緩和したa-Si表面の微視的安定構造を解明し、表面エネルギ・表面応力の定量値を評価した。はじめに、分子動力学でナノ秒に及ぶアニールシミュレーションを行い、構造緩和アモルファス表面をモデル化した。ここでは力学的特性である表面弾性定数の基礎的検討を行った。まず、結晶シリコンとアモルファスシリコン表面固有の表面弾性定数の値を,分子動力学法により予測した.表面弾性定数は、表面から0.5 nm以内の領域に負の値として発生する.また,表面弾性定数は表面干渉のない領域(膜厚1nm以上)で膜厚に依存しない,表面固有の物性値となる.さらに,表面弾性定数の算出によって,原子系と連続体近似との比較・検討が可能となった.結果,薄膜の厚みが5 nmを超えると,均質仮定をする連続体近似からのずれはおよそ5 以下となることがわかった

 つづいて、分子動力学で得た構造モデルを第一原理計算へと受け渡した。結果,十分に構造緩和したa-Si表面の表面エネルギ・表面応力の定量値算出が可能となった.a-Si表面の表面エネルギは1.05±0.14 J/m2,表面応力は1.5±1.2 N/mである. また,本手法により,古典的手法だけでは再現できない,a-Si表面の微視的構造特性が明らかとした.構造緩和したa-Si表面では主として,sp2-likeな軌道のバックボンドと,p3-likeな軌道のバックボンドをもつ3配位原子が分布する.一方で,a-Siのバルク構造中に存在した3配位原子は,sp3-likeな結合を持ち,表面とバルクとで欠陥原子の電気的,構造的特性が異なることを明らかにした.

3.結晶/アモルファスシリコン界面

 つづいて、c-Si/a-Si界面の微視的構造と物性値算出を行った。本界面は、ポリシリコン薄膜の製造過程で生成する,半導体デバイスに欠かせない典型的界面である。表面同様、より安定な構造緩和界面の評価を試みた。まず、ナノ秒オーダーの結晶成長シミュレーションを分子動力学により実施することで、構造緩和界面モデルを得た。安定な界面構造探索過程では固相成長するため,物性値算出が困難となる.そこで、本論文では、構造パラメータを用いた物性値算出法を提案した。具体的には、原子単位で定義されるポテンシャルエネルギ・配位数・結合角偏差といった構造パラメータをc-Si/a-Si界面へと適用し、界面位置の同定と界面原子の割り当てを行った。結果、十分に構造緩和したc-Si/a-Si界面の界面エネルギ・界面応力が評価できた。界面エネルギはc-Si/a-Si (001)面で0.29±0.08 J/m2,a-Si/c-Si (111)面で0.33±0.08 J/m2となり,実験値によく一致した.また,結晶表面に比べて界面エネルギの面方位依存性は小さく、界面応力は界面エネルギに比べてばらつきが大きいことがわかった.この界面応力値は本論文で初めて見積もった物性値である。

 界面エネルギの実験値は,実験で直接見積もられる値ではなく,核生成実験を通して得られる.本節では,単純に原子系で得た界面エネルギ値と実験値とを定量的に比較するにとどまらず,実験を直接模擬した均質核生成分子動力学シミュレーションを行い,原子系で直接観察される臨界核サイズとその実験値との比較を行った.この目的のため、およそ20 ns間に及ぶ高温長時間アニールを行うことで,アモルファスシリコンからの均質核生成シミュレーションを分子動力学の枠組み内で初めて実現した.核生成が生じる領域では構造パラメータの変動が大きく,その時間変動から臨界核を判定することができる.臨界核の大きさを見積もったところ,原子数にしておよそ30から50個程度となり実験とよく一致した.これにより,分子動力学の妥当性を明らかにした。また、実験値算出の際に適用される古典核生成理論の妥当性が考察可能とした.

 理想的には,前章の表面系同様,構造緩和した界面モデルを第一原理計算へと受け渡し,定量的な界面物性値の算出が望まれる.しかしながら,界面モデルは,表面モデルよりさらに大きな計算系となり,第一原理計算は容易でない。そこで界面の定量的物性値算出は、古典的計算にとどめた。

 本論文で初めて見積もったa-Siの表面・界面物性値は、今後、アモルファス薄膜の真性応力予測に大いに役立つものと考える。また、本論文では最も基礎的かつポピュラーな半導体材料であるa-Siだけを対象としたが、同分野ではa-SiO2といった多種アモルファス材料の表面・界面の理解も急務となっている。本論文で提案した、"構造緩和に着目したモデリング手法"、さらに"構造パラメータベースの物性・構造評価手法"は今後、他アモルファス材料に対しても貢献できるものと期待する。

審査要旨 要旨を表示する

 半導体分野などで用いられる薄膜の真性応力や弾性定数などのマクロな材料物性値は、界面や表面のミクロな構造・物性に強く依存することがわかっている。界面・表面は基本的に電子構造のレベルまで立ち返った考察が必要であり、薄膜の物性を明らかにするためには、第一原理計算(密度汎関数法)や分子動力学、有限要素法などを組み合わせたマルチスケール解析を行う必要がある。

 本論文は、分子動力学と第一原理計算を用いて、構造緩和したアモルファスシリコン表面、あるいは構造緩和した結晶/アモルファスシリコン界面の微視的構造評価と、それら表面・界面の力学的特性評価を行う手法を提案し、実験では得られていない表面応力や界面応力の予測値の算出を行ったものである。アモルファスシリコンは半導体分野で最も良く用いられている材料であり、本論文の基礎検討が及ぼす貢献は大きい。また、本手法はシリコンと同様の共有結合性材料(GaAs,GeN,SiO2)に拡張可能であるため、発展性が高いと考えられる。

 第1章は序論であり、表面・界面の微視的な構造・力学的特性を求める意義について述べられ、過去の表面・界面の微視的構造の分子レベルの研究例が紹介されている。本研究で提案する、これらの研究では実現されなかったアモルファスの構造緩和に着目した微視的モデリングの重要性について述べられている。

 第2章では、分子動力学法の基本アルゴリズムを整理し、つづいて、ラグランジュ座標系を用いた表面/界面物性値(表面/界面エネルギ・表面/界面応力・表面/界面弾性定数)の定義を述べ、原子系での評価式が導出されている。

第3章では、分子動力学によりアモルファスシリコンの構造緩和を高速化し、つづいて分子動力学結果を第一原理計算へと受け渡すことでアモルファスシリコンの安定構造を得る手法について述べられている。また、構造緩和の効果を評価するためには、微視的構造パラメータによる微視的構造の詳細評価が有効であることが提案されている。上記手法により得られたバルク構造は、構造パラメータが実験結果と一致し、配位数欠陥が3%以下の理想構造に近い構造となることを示した。さらに安定構造に存在した配位数欠陥の電子構造を明らかにした。ここで行った安定構造の議論は、過去の構造緩和の影響を考慮しない第一原理・分子動力学計算結果の不備を指摘するものであり、計算結果と実験結果の比較においてこれまでの議論を整理することができた。

 第4章では、3章で提案した手法を表面へと拡張することによって、構造緩和したa-Si表面の微視的安定構造を解明し、表面エネルギ・表面応力の定量値を初めて評価した。構造緩和したa-Si表面では主として,sp2-likeな軌道のバックボンドと,p3-likeな軌道のバックボンドをもつ3配位原子が分布することを示した。これらは,バルク構造中の3配位原子のsp3-likeな結合とは異なることを示し、アモルファスシリコンの表面の電子構造について新しい知見を与えた。

 第5章では、構造緩和c-Si/a-Si界面の力学的特性を評価するため、3章で提案した手法を界面へと拡張した。界面境界同定において新たに構造パラメータをベースとした手法を提案し、従来曖昧であった界面境界同定の問題を解決した。これは構造緩和界面の界面物性値評価手法を新たに提案である。提案手法の適用の結果、実験値と一致する界面エネルギの値が得られ、かつ実験では評価困難な界面応力の値を初めて評価した。界面エネルギは実験値と一致し、その面方位依存性は小さいことを示した。つづいて,分子動力学で得られた物性値の妥当性を検証することを目的に,実験を忠実に模擬した均一核生成シミュレーションを初めて分子動力学の枠組み内で実現した。そして、構造パラメータを使った臨界核サイズの定量的評価手法を提案し、計算結果が実験とよく一致することを示した。

 第6章では、本論文により得られた結論と、その意義を述べ、今後のマルチスケール解析へのさらなる発展についても展望を述べている。

 以上のように、本研究では、半導体材料で最も使われているアモルファスシリコンの表面・界面の構造・力学的特性解明に対して、大きな指針を与えたものである。本手法は、アモルファスシリコンに限らず、同様な共有結合性材料に応用可能であり、幅広く展開できるものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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