学位論文要旨



No 120044
著者(漢字) 村上,陽一
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,ヨウイチ
標題(和) 単層カーボンナノチューブの基板上CVD合成とその光特性
標題(洋) CVD growth of single-walled carbon nanotubes and their anisotropic optical properties
報告番号 120044
報告番号 甲20044
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5986号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 助教授 手崎,衆
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 山下,真司
内容要旨 要旨を表示する

序論

単層カーボンナノチューブ(SWNT)はグラフェンシートを直径0.4〜3 nm 程度の筒状に丸めた形状を有し,sp2 結合に由来する極めて高い機械強度,SWNT 軸方向の格子散乱・電子散乱が少ないことによる優れた輸送特性など,数多くの特異な物性を有していることから様々な応用が期待されている.また直径が微細であることから円周方向の波動関数に周期境界条件が課せられ,SWNT 独特の電子状態の離散化及び電子状態密度(e-DOS)の発散,いわゆるvan Hove 特異性が発現する.これらはe-DOS に非常に強いピークを形成し,その電気伝導が金属的となるか半導体的となるかが,らせん度(カイラリティ)によって一意に決められる等の性質を有している.これらvan Hove ピーク間に対応するエネルギーでは強い光吸収が起こり,励起状態からの緩和が200 fs 前後と超高速に起こるとの報告もあることから,その可飽和吸収を利用した超高速全光デバイスなどへの応用が期待されている.

アルコールCCVD法の特徴

SWNTの大量かつ安価な合成法の開発はSWNTバルク応用に関連し重要な課題である.アルコールを炭素源とした触媒CVD法により,高純度のSWNTが低温(〜600℃)で生成可能であることが発見された[1]が,収率に対する様々な要因の影響について殆ど解明されていなかった.本研究では様々なCVD条件が生成されるSWNTに与える影響を明らかにし,さらに昇温過程に触媒を還元させる方法により大幅に収率を向上させることに成功した[2].具体的にはUSY型ゼオライト粉末にFe及びCoを含浸法により担持し,担体-触媒粉末の40 wt%を上回る収率のSWNTを合成した(Fig.1).ラマン散乱測定,熱重量分析(Fig.2),及び透過型電子顕微鏡(TEM)から,得られたSWNTが極めて高品質であることを示した.CVD昇温中に3%のH2を含むArを流し続けることにより触媒が還元され,Arのみを用いた場合より大幅な収率向上が可能であること,及び両者の間では最適CVD温度が異なることを示した.

SWNTの基板上直接CVD生成

本研究ではまず制御された基板上合成への第一歩として,Si基板上に製膜されたcubic型3次元周期細孔(細孔径6 nm)を有するSBA-16型メソポーラスシリカ(MPS)薄膜のメソ孔をテンプレートとしたSWNTの制御された合成を試みた[3].触媒担持法としては真空溶液含浸法を用い,これに750℃の比較的低温条件にてACCVDを行い,MPS薄膜からの高品質SWNT生成に成功した(Fig.3).なお従来の同種研究では専ら触媒金属をシリカ溶液調製時に混合しているが,この方法ではシリカ骨格内部の金属イオンによりメソポーラス構造が歪む可能性が指摘されており,またその生成物は殆どMWNTであった.また,シリカ膜付基板を用いて参照実験を行ない,触媒保持に関するメソ孔の役割を示した.

続いて,Si基板表面への(アルミナ・シリカ系の触媒担体やAlの下地蒸着層などを用いない)直接合成の試みとして, Co-Mo混合酢酸塩溶液を用いたディップコート触媒担持法を開発した[4,5].本手法によりSi及び石英基板上にcmの領域で均一なSWNT膜の直接生成が可能となった(Fig.4).Figure 5に石英基板上に合成されたSWNT膜の光吸収スペクトルを示す.本試料の吸収スペクトルには,1450 nm付近に半導体SWNTの第一バンドギャップに対応する吸収が認められる.この付近の波長は光ファイバ通信に用いられていること,及び本試料が過飽和吸収特性を示すことから,光通信素子としての応用可能性があると言える.

ディップコート法によるナノ触媒形成過程

Figure 6はAr/H2雰囲気で800℃まで加熱した後の石英基板表面のTEM像であり,直径1〜2 nmの範囲の極めて微細なCo粒子が熱凝集せず約1.3×1017 [m-2]という超高密度で単分散されていることがわかる.昇温前・昇温後の触媒に対しX線光電子分光法(XPS)により表面元素比及び化学結合状態を調べ,Fig. 7のような触媒形成モデルを提案した [6].CoとMoは1:1で安定した化合物CoMoOxを形成し,本研究では元素比を1.6:1としている.XPS結果から800℃への昇温過程でCoとMoが化合し,その酸化物CoMoOxがSi/SiO2と余剰Coの間に介在しCoを分散安定化していると考えられる.

基板上垂直配向SWNT膜合成手法の開発

本研究ではCVDチャンバーのデガス発生を十分抑制しCVDを行なうことで,Co微粒子が担持された石英基板からSWNTの垂直配向膜が合成されることを発見した(Fig.8)[7].従来MWNTのCVDによる垂直配向合成は報告されていたが,直径が一桁細くCVDにおいてはファンデルワールス力に捕捉され基板面に沿った成長をするものと考えられてきたSWNTにおいても高密度な垂直配向合成が可能なことを示した.SEM及びTEMによるSWNT密度の見積もりからCo微粒子密度に近い値となり,配向は触媒被毒低減により大多数のCo微粒子が活性化して起こされた高密度生成に起因するものと考えられる.時間を変えたCVD毎のSEM及び光吸収測定から膜厚と吸光度の関係を求め,垂直配向SWNT膜における配向形成過程モデルを示した.さらにCVDチャンバー内にレーザーを導入し,CVD中の石英基板の光透過量を計測することで,in situでの膜厚変化計測が可能となった.成長速度が時間と共に0へと低下する成長曲線に対し,失活のモデル構築を行なった.

垂直配向SWNT膜の偏光依存ラマン散乱特性

SWNTにおけるラマン散乱は入射エネルギーに対し,同じvan Hove ピーク間隔を有するカイラリティのSWNTのみが光を共鳴的に吸収し,強いラマン散乱光を与える.理論的研究によりSWNT軸と平行な偏光に対する光吸収と,直交する偏光に対する光吸収は,電子遷移の選択則が異なることが示されている.ラマン散乱測定は得られたSWNTの評価法として極めて重要な手段となっており,直径分布或いは金属・半導体の判別などにおいては,カイラリティによる共鳴条件依存性を利用したラマン散乱スペクトルが用いられている.本研究では垂直配向SWNT膜を用い偏光ラマン測定を行なったところ,得られたスペクトルは偏光方向によって大きく異なるスペクトルを示すことを見出した(Fig.9) [8].これは同一試料のSWNTでも,偏光条件によって異なるスペクトル形状を示しうることを示している.この偏光依存性測定に加え,分子吸着などによる著しいスペクトル変化を測定した.これらの結果は,共鳴条件は偏光或いは周囲環境で大きく変化し,SWNT固有のスペクトルではないことを示している.この実験結果は,報告されているSWNT軸と直交する場合の共鳴理論と矛盾しない.

垂直配向SWNTの偏光吸収特性と吸収断面積の導出

Figure 10は基板に対してs及びp偏光光を入射し,入射角θを変化させて測定した光吸収スペクトルを示す.p偏光の場合にはθの増加に伴いSWNT軸と共線関係にある遷移双極子モーメントによるsin2θに比例したと見られる.3 eV以下ではサブバンド間遷移による光吸収構造が見られる一方,5 eV付近では共線的な4.5 eV及びSWNT軸と直交する5.3 eV付近の遷移双極子が存在することが判明した.Figure 10はこれらのピークの遷移双極子方向を明確に示しており,グラファイトの光学特性と合わせて考えると,4.5 eVはグラファイトc軸と直交する誘電関数虚部の最大値Im{ε⊥},5.3 eVはc軸と平行なEELS関数の最大値Im{-ε‖-1}に対応すると考えるのが妥当である.これから共線的な4.5 eVのピークを取り出し(Fig.11a)オーダーパラメータを見積もり,各偏光に対するSWNTのモル光吸収断面積σ‖及びσ⊥を求めた(Fig.11b) [9].バンド吸収による吸収構造がSWNT軸に平行なσ‖にのみに観察される一方,σ⊥は小さいが有意義な値を有し単調なスロープになっていることが判る.しかし,Fig.11bよりバンド吸収が支配的なエネルギー領域においてもSWNT軸と直交する吸収断面積は存在し,これは5.3 eVに位置するIm{-ε‖-1}の最大に起因する(Fig.11c)と考えられる.

結言

本研究ではMPSが製膜されたSi基板に対する真空溶液含浸法,Si及び石英基板に対するディップコート触媒担持法を開発し,また石英基板上合成についてはCVD条件によりSWNTが基板に対し高密度で垂直配向した膜が合成可能であることを示し,その各段階において光を用いた特性解明を行なった.垂直配向SWNT膜においてラマン散乱は偏光に対し強い異方性を示し,共鳴吸収条件は偏光或いは周囲環境で大きく変化する為にSWNT固有のスペクトルではないことを示した.偏光光吸収測定から,バンド吸収構造に加えて4.5 及び5.3 eV付近に著しい偏光依存性を示す双極子モーメントの存在を示した.石英基板上に合成された本SWNT膜を可飽和吸収素子として用い1.55μmの波長においてモードロックファイバレーザーのパルス発振に成功しており[8],本SWNT膜は光通信素子への応用として期待される.

参考文献[1] S. Maruyama et al., Chem. Phys. Lett. 360 (2002) 229.[2] Y. Murakami et al., Chem. Phys. Lett. 374 (2003) 53.[3] Y. Murakami et al., Chem. Phys. Lett. 375 (2003) 393.[4] Y. Murakami et al., Chem. Phys. Lett. 377 (2003) 49.[5] Y. Murakami et al., Jpn. J. Appl. Phys. 43 (2004) 1221.[6] M. Hu et al., J. Catalysis 225 (2004) 230.[7] Y. Murakami et al., Chem. Phys. Lett. 385 (2004) 298.[8] S. Yamashita et al., Opt. Lett. 29 (2004) 1581.

Fig. 1

Fig. 2

Fig. 3

Fig. 4

Fig. 5

Fig. 6

Fig. 7

Fig. 8

Fig. 9

Fig. 10

Fig. 11

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「CVD growth of single-walled carbon nanotubes and their anisotropic optical properties(単層カーボンナノチューブの基板上CVD合成とその光特性)」と題し,ナノテクノロジーの中心素材として注目を集めている単層カーボンナノチューブの生成及びその光特性に関して実験的な解明を試みたものであり,論文は全5章よりなっている.

 第1章は,「Introduction(序論)」であり,本研究と関連して,単層カーボンナノチューブの発見以来の物性・合成法・応用に関する研究の進展について述べるとともに,従来研究の未解決問題について検討し,本論文の研究目的を述べている.また,単層カーボンナノチューブの構造及び電子構造について概観している.

 第2章は,「CVD growth of SWNTs and their analyses(単層カーボンナノチューブのCVD成長とその解析)」であり,まず本研究で用いたアルコール触媒CVD法のゼオライト及びメソポーラスシリカ担持触媒に対する特性を解明し,さらに基板上へのディップコート触媒担持法及び単層カーボンナノチューブ直接成長法の開発について述べている.また,透過型電子顕微鏡とX線光電子分光法による解析を通じ,開発した触媒が高効率で単層カーボンナノチューブを生成するメカニズムを示している.

 第3章は,「Growth of vertically aligned SWNT films on substrates and their formation process(垂直配向単層カーボンナノチューブ膜の基板上成長とその形成過程)」であり,第2章の合成法において,CVDにおける真空度を向上させて触媒活性が高められた結果,石英基板上に垂直配向した単層カーボンナノチューブ膜が合成できることを示している.またCVD炉内にレーザー光を入射し,配向膜の光透過量変化から成長過程のリアルタイム測定を行い,膜成長速度がCVD時間の増加と共に低下し,やがて成長停止することを示している.さらに配向膜の成長に関する触媒失活モデルを提案し,計測された成長曲線を説明している.

 第4章は,「Anisotropic optical properties of SWNTs and their optical applications(単層カーボンナノチューブの異方的光特性とその光応用)」であり,第3章で開発した垂直配向単層カーボンナノチューブ膜を用いることにより,単層カーボンナノチューブの偏光に依存した光吸収特性及びラマン散乱特性を示している.特に単層カーボンナノチューブの紫外域における著しい偏光依存光吸収特性の計測に始めて成功し,またその吸収由来をグラファイトの光吸収特性と関連付けて一般化しており,極めて有益な知見が得られている.さらに第2章で開発された,石英基板上に直接合成されたランダムな単層カーボンナノチューブ膜を可飽和吸収素子として用いることにより,光ファイバ通信で使用されている1.55μmの波長においてリングファイバ型レーザーのモードロックパルス発振を示し,光デバイスへの応用可能性を示している.

 第5章は「結論」であり,上記の研究結果をまとめたものである.

 以上を要するに,本論文は単層カーボンナノチューブの触媒CVD成長に関して,触媒担持法と基板上直接合成法を開発するとともに単層カーボンナノチューブの配向膜合成に成功し,かつその配向膜の解析を通じて偏光依存光特性を明らかにしており,単層カーボンナノチューブの触媒成長及び光特性に関する重要な知見を与えており,分子熱工学の発展に寄与するものと考えられる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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