学位論文要旨



No 120045
著者(漢字) 花山,良平
著者(英字)
著者(カナ) ハナヤマ,リョウヘイ
標題(和) 波長走査干渉による透明多層試料の形状計測に関する研究
標題(洋)
報告番号 120045
報告番号 甲20045
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5987号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 助教授 松本,潔
 東京大学 助教授 割澤,伸一
 東京大学 助教授 高橋,哲
 東京大学 助教授 日比野,謙一
内容要旨 要旨を表示する

 (本文)

 本研究では透明な多層試料の各界面の形状と各層の厚さの面内変動を同時に測定することを可能にする波長走査干渉形状計測手法の開発を行った.特に,この手法を実現させるために重要な,任意次数の高調波信号位相を検出する干渉縞解析手法の開発を行い,実験により本手法の有効性の確認を行った.

 波長走査干渉法は,干渉光に対し,干渉する2つの光束の光路長差に比例した周波数の光強度振動を付与する技術である.一方,光干渉形状計測手法は,形状が既知である参照面からの反射光と,形状を測定しようとする試料表面からの反射光を干渉させることで観測される干渉縞の位相を検出することにより試料の表面形状を波長の数百分の一以下の分解能で測定する技術である.ここで,試料が透明であり,試料表面での反射光だけでなく試料の裏面からの反射光も存在する場合や,透明で両面が平行な層が積層され,試料内に多数の反射面が存在するような多層試料の場合は,各反射面での反射光や,複数の反射面で反射した多重反射光など多くの光束が存在し,互いに干渉しあう多光束干渉の系となる.この時,多数の干渉縞が重畳した画像が観測される.このような系に対し波長走査干渉法を適用すると,干渉光にそれぞれの光路長差に比例した周波数の振動が付与され,周波数空間で分離し観測することが可能となる.各干渉光の位相は2つの光束が反射した2面間の距離の情報を有している.この2面のうち1面が参照面である時,その干渉光の位相はもう一方の面の形状を表すことになる.一方,2面が共に試料内の面である時,干渉光の位相は2面間の光学的厚さを表すことになる.ただし,干渉光の位相から光路長差を決定する手法は波長の整数倍の不確定性を排除できない.したがって,この干渉光の位相は2面間の光学的厚さの面内での変動を表すことになる.以上のようにして,波長走査干渉形状計測手法を用いると,ほぼ平行な複数の反射面を有する透明多層試料の各反射面の形状と各層の厚さの面内変動を同時に測定することが可能である.これは従来より光干渉形状計測に用いられている位相シフト干渉法では実現不可能であり,他に例を見ない測定手法である.なお,本研究ではフィゾー干渉計を対象とした.

 本手法を用いると,例えば,固体ファブリ−ペロー干渉計などの高い平行度が必要な光学素子の製作中の形状計測や,透明な平行ガラス基板等の屈折率分布の測定が容易になるほか,透明なガラス基板に挟まれた平行な領域に封入された気体や液体の物性の測定などへの応用が期待できる.

 周波数空間で分離される干渉光は,それぞれの光路長差が整数比となるように調整すると,それぞれ,ある基本波に対する高調波信号として観測される.このためには,参照面と試料表面間の空気間隙幅と試料の各層の光学的厚さを整数比とすれば良い.これにより任意の干渉光を,対応する次数の高調波信号のみを抽出することで検出可能になる.しかし,現実の試料に対し,これらを厳密に整数比とすることは容易ではなく,整数比からわずかに誤差を有する比とせざるを得ない場合が考えられる.また,波長走査のための波長可変レーザでは波長走査が非線形となったり,波長走査に伴い光源の出力が変動したりすることを一般には避けられない.これらは全て結果的に,対象とする干渉光の周波数が高調波周波数から誤差を有するように観測される.この誤差を周波数変調誤差と呼ぶ.したがって,本手法を実現するために,任意次数の高調波信号を精度良く抽出し位相検出を行うことが可能であり,かつ,周波数変調誤差を許容する干渉縞位相検出アルゴリズムを開発した.干渉縞の位相検出は,波長を変化させながら,基本波の位相が一定間隔だけ変化する度に干渉縞画像を記録し,得られた一連の画像に位相検出アルゴリズムを適用し,位相分布を得る.新しいアルゴリズムの開発には,特性多項式による手法を用いた.特性多項式を複素平面の単位円周上に写像した方程式の根を適当に配置し,その根配置を実現する多項式を求めると所望の性質を有する位相検出アルゴリズムが得られる.開発されたアルゴリズムは検出する次数の高調波から1次以上離れた周波数の干渉光に対する感度は信号に対する感度の1.4%以下である.このことから,高調波雑音による位相検出誤差が(波長)/400以下であることが期待できる.

 ところで,従来の位相検出アルゴリズムの多くはフーリエ変換と同様な同期検波技術を用いており,窓関数を適用したフーリエアルゴリズムと見なせる物が多い.開発した高調波位相検出アルゴリズムもこのような窓関数型の位相検出アルゴリズムと見ることができる.ここで用いられている窓関数は三角窓関数に補正を加えた窓関数であり,修正三角窓関数と呼ぶ.窓関数型位相検出アルゴリズムにおいて,窓関数はアルゴリズムに特性を付与し,性能を決定する.波長走査干渉法に用いる高調波位相検出アルゴリズムにおいては,周波数変調誤差に不感であることが重要であるが,アルゴリズムを周波数変調誤差に不感にする窓関数の条件を明らかにした.この条件には位相分割数と検出高調波次数の間に特定の関係を要求する場合と,要求しない場合が存在する.従来の位相シフト法用の位相検出アルゴリズムで,波長走査干渉法における周波数変調誤差に不感であることと等価な,位相シフト誤差に不感な窓関数型アルゴリズムの多くは前者に属する.一方,修正三角窓関数は後者に属し,位相分割数や検出高調波次数によらずアルゴリズムを周波数変調誤差に不感とするような窓関数が開発されたことを意味する.

 位相検出アルゴリズムの評価を行うために位相検出誤差の予測を行う位相検出誤差関数を導入した.この関数は,従来よりアルゴリズムの評価に用いられていた,周波数空間でのアルゴリズムの性質をあらわすサンプリング関数の拡張により得られる.位相検出誤差関数は周波数変調誤差が存在する場合の位相検出誤差を精度良く予測する.この関数を用いて,開発した高調波位相検出アルゴリズムは周波数変調誤差に不感であることが確かめられた.また,一般的な窓関数を用いたアルゴリズムと比較し,周波数変調誤差がある場合の位相検出誤差が小さいことが確かめられた.位相検出誤差関数が表す誤差は,検出しようとする干渉光のみ存在する場合の位相検出誤差に相当する.開発したアルゴリズムは検出しようとする干渉光の周波数が,期待した次数の高調波周波数から,前後に隣接する次数に至るまでの広い周波数変調誤差範囲において,位相検出誤差が(波長)/500以下で位相検出が行われることが予測された.

 次に,多数の干渉光が重畳する現実に近い状況での位相検出誤差について,適当な多層試料のモデルを設定した理論計算により検討した.周波数変調誤差が存在する場合の位相検出誤差を評価したところ,検出する干渉光の周波数が前後の隣接する次数に至るまでの半分程度までの領域で(波長)/100以下の誤差が期待できることが判った.ただし,隣接する高調波次数の周波数に別の干渉光が存在する場合,誤差は大きくなる.これらを避けるために,位相分割数を十分大きく取る必要がある.これは,一般の信号計測おいて,サンプリング周波数を十分大きく取ることに相当する.

 開発した測定手法の有効性を実際の形状計測実験で検証を行った.測定にはオーストラリア国立計測研究所のフィゾー干渉計を用いた.図に示す2層3面からなる多層試料に対し開発した測定手法を適用した.このように,試料の上面形状,中間面形状,上層厚さ変動などを同時にかつ,それぞれ分離して測定することに成功した.この時,繰返し誤差は(波長)/40〜(波長)/150程度であった.繰り返し誤差の主たる誤差要因は波長走査幅の設定誤差による周波数変調誤差であった.

 以上のように本研究では,波長走査干渉による透明多層試料の形状計測手法を開発し,実験によりその有効性を確認した.また,従来の位相シフト法用を含めた位相検出手法の設計・評価手法に関する知見の付加を行った.本研究により光干渉形状計測の適用可能範囲が大きく広がると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 光情報通信や光生体計測など光技術の発展が期待され、それらを支える光学素子の高度化のために、高精度精密光計測への要求はますます高まっている。特に、光を透過させて用いるような光学素子の場合、その両面の形状と光学的厚さの両方が重要であり、複数の反射面が存在する系での形状計測手法の開発が重要である。周知の通り、試料の表面形状や、単層試料の層厚さ変動の計測においては、光干渉計測を用いてnmオーダの精密形状計測が実現されている一方、複数の反射面を有する多層試料の形状計測は実現されていない。

 本研究は、波長走査干渉計測と独自に開発した高調波位相検出手法を組み合わせることによって、複数の透明で両面が平行な層から成る透明多層試料の各面の形状と各層の厚さ変動を同時に計測する手法を提案したものである。

 第1章では、序論として本研究の背景、従来の研究、目的を述べている。

 第2章では、波長走査干渉による透明多層試料の形状計測のための位相検出手法の要求機能を明らかにしている。具体的には、まず、波長走査干渉により干渉光が干渉光を構成する2光束の光路長差に比例した周波数に変調される性質を利用することで、透明多層試料の形状計測が高調波信号の位相検出を行うことにより実現されることを示している。その上で、高調波位相検出手法の要求機能として、任意の次数の高調波信号の位相が検出可能であること、信号を周波数変調する際の誤差である周波数変調誤差に不感であること、高調波雑音に対する感度が十分小さいことが重要であることを示し、このような条件を満足する干渉縞解析手法が従来、存在していないことを説明している。

 第3章では、第2章で提案した要求機能に基づき、周波数変調誤差に不感であることを特徴とする高調波位相検出手法の開発について述べている。この時、複素平面内の単位円周上に複数の根を有する特性多項式の根配置を制御する手法を用い、根配置を自由に制御するための指針を示し、それにより高調波位相検出手法の開発を行っている。開発した高調波位相検出手法は第2章で示した要求機能を満足し、信号感度に対する雑音感度が1.4%以下に抑制されている。

 第4章では、第3章の高調波位相検出手法の開発が新たな窓関数を開発したことと等価であることを説明し、一般的な窓関数との比較を行っている。特に、窓関数によりフーリエ変換に基づく高調波信号検出手法に付与される位相検出能力について考察が行われ、高調波位相検出手法を周波数変調誤差に不感とするための窓関数の要件について明らかにしている。また、位相検出誤差を予測する関数を開発し、これにより開発した手法と、一般によく用いられる三角窓、ハン窓、ハミング窓を用いた高調波位相検出手法との比較を行い、開発した手法が周波数変調誤差が存在する場合の位相検出誤差を最も小さくすることを明らかにしている。

 第5章では、第4章までの知見に基づき、透明多層試料の形状計測実験について述べている。実験に先立ち、主要な測定パラメータの許容誤差の検討を行っている。その際、主な系統誤差要因につき考察し、これらが信号の周波数変調誤差に帰着することを示している。そして、周波数変調誤差による位相検出誤差の予測計算により、周波数変調誤差と検出高調波次数の積が0.5以内の周波数誤差の範囲で位相検出誤差(波長)/100以下が期待できることを示した。また、これにより主要な測定パラメータの許容誤差がまとめられている。これに引き続き、実際に波長走査フィゾー干渉計を用いた形状計測実験を行い、3層からなる系での形状計測に成功している。この時、繰り返し測定誤差は(波長)/40〜(波長)/150以下であった。そして、主たる誤差要因が波長走査幅の設定誤差による周波数変調誤差であることを明らかにしている。

 第6章では、開発した多層試料の形状計測手法の適用可能範囲について、最大層数、最小層厚さ、測定可能な対象形状について述べられている。また、応用事例について述べられている。

 第7章では、本研究の結論が述べられている。

 以上を要するに、本論文は、波長走査干渉により干渉光が光路長差に比例した周波数に変調される性質と、独自に開発した周波数変調誤差に不感であることを特徴とする高調波位相検出手法を組み合わせた波長走査干渉形状計測手法を提案し、従来不可能であった透明多層試料の各面の形状と各層の厚さ変動の同時計測を実現できることを示した論文である。得られた測定結果は光学素子の製造中の形状計測や、光学素子の屈折率分布の測定精度の飛躍的な向上などを可能とすることなどを示している。したがって、本論文は学術的にも技術的にも有用な指針を与えている。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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