学位論文要旨



No 120046
著者(漢字) 香月,理絵
著者(英字)
著者(カナ) カツキ,リエ
標題(和) 環境への情報付加に基づくサービスロボットの物体操作作業の実現
標題(洋)
報告番号 120046
報告番号 甲20046
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5988号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 太田,順
 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 教授 淺間,一
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 助教授 藤井,輝夫
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では,環境へ情報を付加することでサービスロボットに様々な物体操作作業を実現させることを目指す.

 家庭・オフィス環境で働くロボット(サービスロボット)が物体操作作業を実現するには,ロボットが環境に存在する様々な物体を認識しそれらの操作方法を獲得する必要がある.しかし,これを可能にするロボットの知能をつくることは現時点では不可能である.本論文では,ロボットが活動する環境に,物体の認識と物体の操作方法の獲得とを補助する情報をロボットの専門家でない人(ユーザー)が付加することで,限られた知能を持つロボットに様々な作業を行わせることを試みる.そのために,環境に付加する情報をどう作成するか という問題を,以下の三点に焦点をあてて論ずる.

 (1) 必要な情報は何か

 様々な物体の認識を補助する情報として,記憶媒体付きのマークと物体の属性情報(名前など)を考える.ユーザーが作業対象物にマークを貼付し,記憶媒体に属性情報を格納する.ロボットはマークの位置姿勢を計測し物体の属性情報を獲得することで物体を認識する.上記の情報を用いることで,ユーザーのモデル登録の手間を削減でき,ロボットも様々な物体を認識できる.

一方,物体の操作方法の獲得を補助する情報として,作業時の対象物の動きを考える.この情報も記憶媒体に格納される.ロボットはこの情報と作業時の対象物の配置位置姿勢を用いて,対象物の配置状態に応じた自分の動作をつくり出す.

 (2) 情報を格納する媒体は何か

 環境内の様々な場所に貼付でき,居住者の生活の邪魔にならず,物体認識と物体の操作方法とを一度に示せる媒体として,Fig.1に示すような四つの点と二次元バーコードからなる紙製のマークを提案する.四つの点はマークの位置姿勢を示し,二次元バーコードに格納されたID番号はデータベースに格納された(1)の情報へのリンクを示す.このマークは作業前にユーザーによって環境中の物体へ貼付される.作業時には,マークはロボットが搭載しているCCDカメラにより撮影され,物体の位置姿勢とそれの操作方法を示す情報に変換される.

 (3)どのようにして情報を作成するか

 (1)で提案した情報のうち,ロボットの専門家でないユーザーにとって作成が難しい情報は作業時の対象物の動きである.そこで,この情報の作成をロボットが補助することを試みる.ロボットはユーザーの作業指令を意味論的に解釈し,作業を実行するための対象物の動きの概略を推論する.推論した動きを具体化するために必要な情報をロボットがユーザーに質問しユーザーが答えることで,作業対象物の動作を記述してゆく.

 次に,物体操作作業を「状態変化作業」と「搬送作業」の二つに大別し,環境に付加された情報を用いたロボットの動作生成法を提案する.

 (i) 状態変化作業の実現

 状態変化作業とは,主に可動部と固定部からなる物体の可動部の位置姿勢を変化させる作業である.このとき,可動部と固定部のどちらにマークを貼付するかという問題が生ずるが,マークの貼付位置とそれを用いて作り出されるロボットの動きには相関があるため,これら二つの適切な組み合わせを決定することが重要となる.本論文では,上記二つの対象それぞれの設計法を分類し,その組み合わせを信頼性理論により評価し,適切な組み合わせを求める.Fig.2に,状態変化作業の一例である蛇口閉め作業をロボットが実現した様子を示す.

 (ii) 搬送作業の実現

 搬送作業では可動物体全体を搬送するが,家庭・オフィス環境では可動物体の配置場所が定まっていないことが多い.ゆえにロボットは,マークを計測精度の悪い姿勢から観測したり,マークが他の物体に遮蔽されて発見できなかったりする可能性がある.この二つの問題を解決するために,まず,ユーザーは一つの物体にマークを複数個貼付する.次に,ロボットは発見できたマークの計測値それぞれの標準偏差を推定し,その偏差を重みとした最小二乗法を用いて精度の高い物体の姿勢を算出する.さらに,マークに記載されたロボットハンドの把持姿勢情報を用いたオフラインの把持動作の計画と,近接覚センサから得た障害物の情報を用いたオンラインの把持動作の変更とを組み合わせ,マークの遮蔽にロバストな搬送作業を実現する.Fig.3に,搬送作業の一例である複数物体の片付け作業をロボットが実現した様子を示す.

 上記の議論により,ユーザーが環境へ情報を付加することでサービスロボットが様々な物体操作作業を実現できることを示す.

Fig.1 Mark

Fig.2 Realization of turning-off the faucet

Fig.3 Realization of transportation task

審査要旨 要旨を表示する

 香月理絵(かつき りえ)提出の本論文は「環境への情報付加に基づくサービスロボットの物体操作作業の実現」と題し,全8章よりなり,これまで実行が困難であった家庭・オフィス環境で働くロボット(サービスロボット)による物体操作作業を,ロボットの専門家でないユーザーにより環境へ付加された情報を用いて実現することを目指している.

 第2章では,環境に付加する情報の内容を定義した.家庭・オフィス環境では,ロボットが作業する環境(例えば物体の配置場所)が変動し,ロボットが実現する作業が多様であることから,環境にはロボットの物体認識を補助する情報と物体操作方法の獲得を補助する情報とを付加することとした.具体的には,物体の位置姿勢を示す情報(人工マーク)と物体の属性情報,構造的動作レベル(対象物の動きを記述するレベル)のロボットプログラム,を環境に与えることとした.

 第3章では,第2章で提案した情報を環境に付加するための媒体(人工マーク)を設計した.このマークは,マークの位置姿勢を示す四つの点とマークのIDが格納される二次元バーコードからなる.大きさは一辺30mmの正方形型で紙製とした.マークの計測実験を行った結果,物体搬送作業の許容姿勢誤差の範囲に収まることを確認した.

 媒体に格納する情報の作成方法について議論した第4章では,ロボットの専門家でないユーザーにとって作成が難しい構造的動作レベルのロボットプログラミングをロボットが舵取りする方法を提案した.ロボットはユーザーの作業指令を意味論的に解釈し,作業中の対象物の動きの概略を推論した.その動きを具体化するために必要な情報をロボットがユーザーに質問しユーザーが答えることで,作業対象物の動きを記述した.ドア開け作業のプログラミングと再生を行い,提案手法の有用性を確認した.

 第5章では物体の可動部の位置姿勢を変化させる作業である「状態変化作業」の実現を試みた.そのために,マークの貼付部位(可動部または固定部)と,貼付位置に応じたロボットの動作生成法との最適な組み合わせ(作業方法)を求める方法を提案した.組み合わせの評価方法に信頼性評価の一手法である心理的予測法を用いた.この手法を用いると,最適な作業方法を実機実験なしで求めることができる.引き戸閉め作業等について最適な作業方法を評価した結果,評価結果と実機実験の結果とが一致したことから,提案手法の有効性を示した.

 第6章では物体全体を移動させる「搬送作業」の実現を試みた.配置位置が定まらない物体をロボットが精度良く計測するために,まずユーザーは物体に複数個マークを貼付する.作業時にロボットは発見したマークの計測値それぞれの標準偏差を推定し,その偏差を重みとした最小二乗法を用いて精度の高い物体の姿勢を算出する.マークの遮蔽による未発見物体が存在しても搬送作業を成功させるため,マークに記載されたハンドの把持姿勢情報を用いたオフラインの把持動作の計画と,近接覚センサから得た障害物の情報を用いたオンラインの把持動作の変更とを組み合わせる方法を提案した.近接して配置された三個の物体の搬送実験を通じて,作業成功率,推定作業時間の両面から提案手法が実用的であることを示した.

 第7章では第6章までで提案した環境への情報付加方法を評価した.33個の作業について環境への情報付加を行った結果,18個が付加可能であった.付加方法が直接適用できなかった15個の作業も,ユーザーが作業指令をより作業対象物の動きに近い指令に変換すれば付加できると予測できた.

 第8章では,論文全体に亘る結論として以下のことを述べた.

・ロボットの知能化による作業実現をめざした研究は,新しい作業を実行させる場合に新しい物体モデル/知能を専門家でないユーザーが作成することが困難であった.しかし,本論文で提案した環境への情報付加方法に従うことで,専門家でないユーザーがロボットの作業を実行させることができるようになった.

・サービスロボットが行う様々な物体操作作業を共通の書式で表現するために,物体操作作業に共通するロボットの動作プリミティブを定義した.そして,それらを組み合わせることで様々な作業を表現できた.

・環境への情報付加のツールとして,物体の形状モデル作成の手間を省くためのマークを提案したり,動作プリミティブの系列の作成を舵取りする方法を提案した.これにより,ロボットの専門知識に乏しいユーザーが環境に付加する情報を容易に作成することができた.加えて,舵取りする手法に含まれている「作業中の対象物の動きを推論するアルゴリズム」は入力単語を選ばないため,様々な単語を扱うコミュニケーションロボットの推論機構にも適用できると考えられる.

・物体操作作業を実現するための環境への情報の付加手順を提案した.これにより,統一した枠組みの中で,様々な物体操作作業に対する環境への情報付加を行うことができた.この手順が適用できる作業は,(a)作業指令が「作業」と「作業対象物」の二単語からなり,(b)作業指令が作業対象物の動作を直接的に表しており(直接的でない例として「ラーメンを作る」など,複数の動作を一語「作る」で表す作業が挙げられる),(c)作業中の対象物の動作が直線運動,回転運動,PTP(PointToPoint)運動のうち一種類で表される,の三つを満たす作業である.これを満たさない作業でも,それの作業指令を(a),(b),(c)を満たす作業指令の組に変更すれば環境への情報の付加手順が適用できると予想された.このことは環境への情報の付加手順が汎用性を持つことを裏付けるものであり,本論文は家庭・オフィス環境におけるロボットの物体操作作業の実現に資するものと期待される.

 本論文はサービスロボットによる物体操作作業を実現するためにロボットの作業環境に情報を付加する方法を提案し,その有効性を示した.これはサービスロボットの研究,ユビキタスコンピューティングの研究において価値ある成果だといえる.

 よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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