学位論文要旨



No 120050
著者(漢字) 金,俊完
著者(英字)
著者(カナ) キム,ジュウンワン
標題(和) 静電気力を利用したナノパーティクルによるマイクロパターニング手法に関する研究
標題(洋) A Study on Micro Patterning Method Using Electrically Controlled Nano-particle Deposition
報告番号 120050
報告番号 甲20050
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5992号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 川勝,英樹
 東京大学 助教授 鳥居,徹
 東京大学 助教授 金,範
内容要旨 要旨を表示する

 最近その発展速度が速いバイオチップ、ディスプレイ、半導体デバイスなど様々な分野で必要としているバイオ材料、有機高分子材料などのマイクロパターニングは金属薄膜等無機材料とフォトリソグラフィやエッチングによる方法では困難であり以下の条件を満たす新しいマイクロパターニング技術の開発が求められている。

(1) ドライパターニングプロセス

ドライプロセスなので乾燥した微粒子による一様・均一なパターンが可能である。また、高速乾燥による生体高分子の活性にも有利である。

(2) 低温・低熱プロセス

熱で失活・分解するサンプルでもパターニング可能である。

(3) ダイレクト・パターニングプロセス

このプロセスはエッチングなどのプロセスがなくバイオ材料との適合性がある。

(4) 高分解能プロセス

集積度を高められるようにナノ・マイクロメータの分解能が得られるパターニング技術が必要である。

 今までMicro Spotting、Inkjet Printing、Screen Printing、Micro Contact Printingなどの方法がバイオ材料、有機高分子材料などのマイクロパターニング法として開発・研究されているが、これらは全てウェットプロセスであり前述した条件を完全に満たす方法ではない。今までの手法の欠点を解決する方法について研究を行い、新たな手法を開発するのが本論文の目的であり、静電気力を利用したナノパーティクルによるマイクロパターニング手法に関する研究を行った。

 本論文でのドライ・マイクロパターニング法の概念は大きく分けて1) 微小液滴の生成、2) 静電気力で誘導しながら乾燥、3) ステンシルマスクでドライパターン、これら3つの要素で構成されている。この概念を実現する方法としてElectrospray Deposition (ESD)法とSurface Acoustic Wave Atomizer and Electrostatic Deposition (SAW-ED)法を提案した。

 ESD法はキャピラリの溶液に高電圧でかけてキャピラリ先端から微小液滴を生成し乾燥したパーティクルを基板上に静電気力で誘導してステンシルマスクの穴を通してパターニングする方法である。溶液を供給するキャピラリと対向電極の間に数kVの高電圧を印加するとキャピラリ先端に正・負イオンの分離が起こり、先端部から高度に帯電した液滴が生成される。この液滴の電荷密度が一定限界を超えると液滴中の過剰電荷によるクーロン反発力が表面張力により液滴を維持している力を超えるため分裂が生じる。生成された微小液滴は乾燥すると電荷同士の密度が高くなり、より小さい液滴化してより早く乾燥する。ESDでの微小液滴の直径は数ミクロン以下であり1ミリ秒以下で完全乾燥すると考えられるので基板でのパターニングはドライになる。ESDパーティクルの粒径が非常に小さいため活性を維持出来ると共に均一なパターンが出来るのでバイオ材料、有機高分子材料などの固定化に有効であるとの報告がなされているが、1)最高分解能が数百ミクロンであり、2)電気伝導率が低い溶液のみスプレー可能である問題点を抱えていた。その問題点を解決する考案が本論文の特異性である。

ESD法の分解能を改善するためにシリコンMEMS技術を利用することになった。ESDではパターニングする際に用いるマスクの形状により、自由な形状に形成することができる。従来のアブレッシブジェットで製作した石英ガラスのステンシルマスクでは分解能を100ミクロン以下にするのは非常に困難であった。分解能を高めるためシリコンMEMS技術を利用して最高分解能2ミクロン幅、4ミクロンピッチのシリコンナイトライド材のステンシルマスクを作成して直径50ナノメータのビーズ溶液(0.1% solid)をESDした結果2ミクロンの分解能のパターンを蛍光顕微鏡で観察することが出来た。パターンのナノ構造をFE-SEMで観察した結果100-200ナノメータサイズのクラスターになっておりステンシルマスクの穴をナノメータサイズにする事が出来ればナノパターンも可能であると考えられる。また濃度を低くすることによりクラスターのサイズはより細かくなるのでナノパターンの可能性は高くなる。

 もう一つESDの問題点である使用可能な溶液の制限を減らすために帯電した溶液を弾性表面波振動により微粒化して噴霧し、静電気力とステンシルマスクにより捕集を行うドライパターニング手法であるSAW-EDを開発した。一般にタンパク質は導電性の高いバッファー溶液にて安定なのに対し、ESDは原理上低電気伝導率のもののみ微粒化可能である。そこで溶液の電気伝導率を下げるため、微粒化の前に脱塩プロセスを必要とするが、その途上でタンパク質が変性してしまう可能性がある短所がある。ESDと違ってSAW-EDの場合、振動によって霧化を行うため溶液の電気伝導率に依存せずスプレー可能なのでESD不可能であるものをパターニングする事が出来る利点がある。SAW-EDは一般の超音波霧化器に比べ駆動周波数が約10MHzと高いため、波長が短くなり直径10μm以下の微小な液滴の霧化が可能である。これによりタンパク質の高速乾燥が可能となり、乾燥過程での変性を防ぐことができる。また弾性表面波によるタンパク質の霧化は、煩雑なプロセスを必要とせず時間当たりの噴霧量も多いため容易かつ液面全体で霧化するため高速生成が可能であり、液体表面に力を集束するために供給するタンパク質溶液に深さを必要とせず少量でも噴霧が可能であるという特徴がある。ノズルがないためインクジェット、ESDのように詰まる可能性もない。

 このような特徴をもっているSAW-EDを利用してESDの前処理である脱塩プロセスで失活するLuciferaseをSAW-EDし基板上に固定化されたLuciferaseを反応液で溶かしてその発光を測定し活性を調べた結果、失活しやすいLuciferaseがSAW-EDでは活性を維持しながら固定化可能であった。その活性度は9.25 %であり高くはないが、常温で実験したら1時間で活性度が10 %以下になる弱いタンパク質なのでSAW-EDが生物活性に関しては有効であると判断できる。

 またSAW-EDを利用して免疫測定用抗体アレーを製作してその実用性を検討した。同じ濃度のAnti-mouse IgGとBSAを一つのチップ上にSAW-EDでパターニングしてFITC標識されたmouse IgG溶液でインキュベーションしてその蛍光を測定した結果、BSAでは蛍光が観察されずAnti-mouse mouse IgGだけ反応していたのでmouse IgGはBSAとの非特異的反応は行われなかったことが証明できた。SAW-EDでの抗体アレーの交差反応を調べるために4種類の動物由来のIgG(mouse,human,guinea pig,bovine)をSAW-EDで一つのチップ上にパターニングしてHRP標識された各IgG溶液でインキュベーションした結果、それぞれ対応する抗原、抗体のみ発光が観察され反応していることが明らかになった。これらのことからSAW-EDで製作した抗体チップは特異的結合能力を保持していると判断できる。また固定化されたAnti-mouse IgGとFITC標識されたmouse IgGを用いて1 ng/ml濃度のmouse IgGを蛍光を検出することが出来た。プロテインチップ分野でのSAW-EDは活性度が高いと共に均一なスポットを形成出来るのでその実用性は高いと判断できる。

 SAW-EDの物理的性能評価として捕集効率を調べた。捕集効率の定量方法としてBradford法を採択した。濃いBSA溶液を用いると溶液の粘性が高まり、微粒化の阻害や基板への固着を引き起こすため捕集効率は低下する。だが噴霧された微粒子の粒径は濃度によらず一定で、粘性の影響をほとんど受けていないといえる。バースト周波数との関係を調べた結果、高周波では1サイクルあたりの波数が減少するためか捕集効率が若干下がったが、ほとんど影響はなかった。高いDuty比の交流電圧で振動子駆動を行うと、捕集効率は向上し、噴霧所要時間は短縮された。しかし10%を超えるDuty比では一定時間あたりの噴霧量が増加し、ウエットな状態でデポジットされてしまった。また捕集部印加電圧を高めると電界が強まり、粒子の吸引力も高くなる。そのため高電圧の印加や吸引力を高めるよう電界のかけ方を改善することで捕集効率の向上が見込める。

 基本実験条件での捕集効率は約2%なのに対し、捕集部印加電圧18kV、Duty比10%に変更することで捕集効率を約8%まで向上させることに成功した。しかし、この捕集効率は実用化するには低い値であるといえる。そこでコリメータ電極付加による効率向上を図ってみた。Duty比10%では未乾燥なものの約33%の捕集効率が達成された。乾燥捕集ができたものでは、Duty比2%、捕集部印加電圧18kVの条件で捕集効率約13%を達成できた。これらの実験からコリメータ電極付加は有効な手段であるといえる。

 本論文ではドライパターニング技術であるESD、SAW-EDを提案してシリコンMEMS技術を利用して製作したステンシルマスクにより他の方法では困難な生体高分子材料の超微細マイクロパターニングが可能であることを示した。SAW-ED法の捕集効率、サイズ・分布の均一性、デポジション速度、生物活性など、物理・化学的な性能評価を行った。これらの結果より、本論文にて提案した手法は生体高分子、有機物質等の微細パターニング等に広く利用できる有用な技術であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「A Study onMicro Pattering Method Using Electrically Controlled Nano-particle Deposition」,(静電気力を利用したナノパーティクルによるマイクロパターニング手法に関する研究)と題し,バイオチップ,ディスプレイ,半導体デバイスなど様々な分野で必要としているバイオ材料,有機高分子材料などのマイクロパターニングを目的として,静電気力を用いた新たな手法のタンパク質デポジッション法の開発に取り組んだ研究成果を纏めたものである.

 本論文は,全5章から構成されている.

 第1章は「序論」であり,本研究の背景と目的,および本論文の構成について述べている.生体高分子の固定化のためにMicro Spotting, Inkjet Printing, Screen Printing, Micro Contact Printingなどの方法があるが,これらにはウェットプロセスであることによる問題がある場合がある.そこで,この問題を解決するための方法として,静電気力を利用したナノパーティクルによるマイクロパターニング手法を提案し,この有効性を確かめることを本博士論文研究の目的とすることを述べている.

 第2章「原理・概念と実験装置」では、先ず,本論文開発するドライ・マイクロパターニング法の原理を示し,1),2)静電気力で誘導しながら乾燥,3)ステンシルマスクでドライバターン,の3つの要素で構成されることを述べている.微小液滴の生成としてElectrospray Deposition(ESD)法を用い,生物活性を維持し乾燥した状態で膜上に形成できることを明らかにし,バイオ材料,有機高分子材料などの固定化に有効であることを示した.しかし,このESDでは,電気伝導度の小さい場合にのみに使用できるという制限があり,これを解決するために,帯電した微小液滴を作製する方法として弾性表面波(SAW)霧化技術を利用する方法を考案している。

 第3章「SAW・EDの基本性能」では考案したSAW・EDの有効性と基本的な特性を評価することを目的として,プロトタイプを作製した.SAW霧化法で,直径10ミクロン以下の微小な液滴の霧化が可能であることを確認した.

ついで,捕集効率や固定された粒子の状態への,SAWデバイスの駆動周波数やデューティ比等の駆動方法,電界強度等の影響を実験によって調べ,捕集効率を高めるための指針を得ている.また,コリメータ電極を付加することによって電界の形状を変化させることによって捕集効率を大幅に向上できることを示した.

 第4章「ESDとSAW-EDの機能性能」では開発した実験装置を用い,ESDとSAW-EDでのステンシルマスクを用いたマイクロパターニングの成形実験を種々のマスク形状と寸法のものについて行い,良好な転写精度が得られることの確認を行っている.微小寸法の穴をつけたマスクのおいては,マスクへの帯電により,マスク穴幅よりも小さなパターンを固化できることを見出しており,ナノプリンティング技術への展開の可能性を示している.

 SAW-EDの有効性を確認するために,ESDの前処理である脱塩プロセスで失活するLuciferaseの固定化の実験を行い,SAW-EDでは活性を維持しながら固定化できることを証明した.活性の維持には温度を適温に保つ必要があるが,SAW-EDにおいては,SAWデバイスの基盤である圧電体板が発熱することによる温度上昇が問題になった.そこで,ペルチェ素子による冷却機構を付加することなどにより,活性の低下を防ぐことに成功している.

 第5章「結論」では本研究で得られた成果を纏めるとともに,開発した新しい固定化技術の今後の研究課題と将来展望を述べている.

 このように,本論文では新しいドライパターニング技術として,ESDとSAW-EDを提案し,シリコンMEMS技術を利用して製作したステンシルマスクを用いることにより従来の方法では困難であった生体高分子材料の超微細マイクロパターニングが可能であることを示し,SAW-ED法の捕集効率,サイズ・分布の均一性、デポジション速度、生物活性など,物理・化学的な性能評価を行っている.これらの研究成果は,生体高分子,有機物質等の微細パターニング等に広く利用できる有用な技術として活用されることが期待できる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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