学位論文要旨



No 120052
著者(漢字) 山東,篤
著者(英字)
著者(カナ) サンドウ,アツシ
標題(和) 重合メッシュ法を用いた形状最適化に関する研究
標題(洋)
報告番号 120052
報告番号 甲20052
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5994号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,克幸
 東京大学 教授 湯原,哲夫
 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 助教授 増田,宏
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では,重合メッシュ法を用いた形状最適化手法を構築し,メッシュの束縛により形状最適化が困難であった問題に対応できる手法であることを示した.また,重合メッシュ法の特性を調査し,動的問題への拡張を行った.以下にその概要を述べる.

 設計からシミュレーションまでの一連のプロセスをすべて計算機上で行うことをコンセプトとして提案されたComputer Aided Engineering(CAE)は,研究者や実務設計者に広く受け入れられている.その中で,最適化機能は設計案を自動的に導き出す非常に有用なツールである.モデルの形状を制御する形状最適化は,CAEの概念の中で実務設計と密接に関わっており,構造の重量最小化や応力最小化を目的関数とした形状最適設計は,コスト削減や構造の高強度化に貢献している.しかし,形状最適化は手法的な問題からその適用範囲が限定されている.今日用いられている形状最適化手法であるベーシスベクトル法,力法はいずれも有限要素法をベースとした手法として汎用CAEソフトウェアに実装されている.そのため,最適形状は既存のメッシュの節点を移動させることによって評価される.そのとき節点数や要素数,メッシュの結合条件(コネクティビティ)は一切変更されない.有限要素法ではメッシュのゆがみは解析精度に大きく影響し,さらにメッシュの反転は許容されない.しかし,応力最小化問題のようにモデルの局部的な形状を大きく変更する場合には,メッシュがその品質を維持できないことがある.よって,形状最適化ではメッシュのゆがみにより解析が不可能になるような形状変更を扱うことができない.これは形状最適化の適用範囲を限定する要因であり,今なお解決されていない.

 本論文では,形状最適化において宿命ともいえるメッシュのコネクティビティに関する制約を大幅に緩和するために,マルチスケール解析手法の一つとして近年注目されている重合メッシュ法を導入する.マルチスケール解析は,モデルのそれぞれのパーツを独立に要素分割した後,それらが結合した状態として,全体構造物の力学的応答を何らかの方法を用いて解析する手法であり,重合メッシュ法は,グローバルモデルとローカルモデルを独立にメッシュ生成し,それらを重ね合わせ,これらを連成させながら同時に解析するという計算手法である.定式化の過程において両モデルのメッシュの整合性を制約する条件は付与されていないため,メッシュ間の節点や要素の配置は自由である.加えて,モデルに穴や亀裂などの局部形状が存在するとき,通常はその周辺を微細にメッシュ分割し,全体形状を表す粗いメッシュと整合させる必要がある.しかし,重合メッシュ法ではローカルモデルで穴や亀裂などの局部形状を表現し,それらを評価していないグローバルモデルに重合することで,ローカルモデルの局部形状を有するモデルと理論的に等価となることが知られている.つまり,重合メッシュ法はローカルメッシュを重合することにより,モデルに局部形状を付与することができる特徴を有している.この理論的背景は既往の研究によりすでに証明されている.ローカルモデルにより評価された局部形状を変更するには,ローカルモデルの形状を変更すればよく,そのとき,グローバルモデルはその形状変更と一切の関係がない.よって,形状最適化の対象をローカルメッシュによりモデリングし,ローカルメッシュの形状を形状最適化手法により制御することで,モデルの全体形状を表すグローバルメッシュと整合性を考慮することなく形状変更することが可能となる.本論文で提案する形状最適化手法は,最適化領域にローカルメッシュを重合し,そのローカルメッシュの形状をベーシスベクトル法により最適化を行うものである.

 本論文は第1章の序論から第10章の結論まで,全10章で構成される.以下に,第2章から第9章までの内容を示す.

 第2章において重合メッシュ法の定式化を示す.重合メッシュ法では,メッシュの重合を許容するために,メッシュが重なる領域内において,変位を両モデルから導かれる変位の和として定義しているところに特徴がある.

 第3章では,ローカルモデルによる局部形状の評価に関する理論的考察を確認する.そして,離散化モデルにおける変位場の評価方法と,その誤差の発生メカニズムを示す.解析誤差はローカルメッシュが一部分だけ重合するグローバルメッシュを起点として発生し,メッシュが重合している領域内でその誤差が低下していくことが分かった.穴あき板の例題において,高精度な解析を実現するための適切なモデリングの指標を提案し,ローカルメッシュの分割数よりむしろ面積が解析精度に影響することが分かった.特に,グローバルメッシュの節点を多く含むほど精度が向上する傾向が見られた.

 第4章では,これまで静的問題にのみ用いられてきた重合メッシュ法の定式化を運動方程式の離散化に用いて,固有振動解析への適用を行う.その定式化から剛性マトリックスと同様に質量マトリックスにも連成項が存在することが明らかとなった.また,ローカルモデルにより形状評価を行うとき,ローカルモデルにより切断される領域はその境界が亀裂面と等価となり,その内部は主構造とは別の分離モデルとして存在することが定式化から判明した.そこで,分離モデルの振動モードの特徴から,両者の振動モードを分類する指標を提案した.

 第5章では重合メッシュ法とベーシスベクトル法を連携することにより,形状最適化を行うための方法を示す.従来のベーシスベクトル法は全体形状と最適化領域のメッシュは同一であり,一部の形状変更は周辺のメッシュに対して影響を与える.そのため,最適化領域が全体形状に対して局部的で,さらに大きな形状変更を行うとき,メッシュのゆがみは甚大となる.これは全体形状と最適化領域が同一のメッシュで表現されていることが一因であり,重合メッシュ法の概念を導入することでその解決を図る.最適化領域にローカルメッシュを重合し,そのローカルメッシュの形状をベーシスベクトル法により最適化を行うことで,局部形状の最適化に優れた形状最適化手法を構築することができる.

 第6章では重合メッシュ法の剛性マトリックスにおいてメッシュ同士の相互作用を表す連成項について調査する.連成項はローカルメッシュの領域を積分範囲として,グローバルメッシュとローカルメッシュの変位・ひずみマトリックスから導かれる.このとき,積分対象となるローカルメッシュが複数のグローバルメッシュを含む位置に存在するとき,積分範囲内でグローバルメッシュの変位・ひずみマトリックスが不連続となる.よって,そのような関数に対して厳密な数値積分は困難である.従来,連成項の数値積分はGauss積分において,その積分点を多く設定することで,ある程度の精度を確保する方法で行われた.しかし,連成項の積分精度は解析精度に大きく影響することが明らかとなった.最適化における感度計算では微小増分に対して解の変動を扱うため,積分精度のばらつきによる不規則な精度低下は望ましくない.本論文では不連続な関数の数値積分に対して,従来の多点Gauss積分より効率,精度面において優れた積分方法である領域分割積分を用いて,重合メッシュ法における連成項の積分精度が解析精度に与える影響を調査し,さらにある微小増分を用いた差分法において,解析誤差の影響なく安定した感度計算を実行するために必要な積分精度を推測した.

 第7章では形状最適化による疲労設計について示す.疲労設計の試案は経験に拠るところが多く,そのような問題において最適化技術を導入することは,設計の自動化や設計案の客観性という面で非常に有用である.疲労現象のメカニズムは現在においても完全に把握されておらず,直ちに構造物の疲労寿命を完全に制御することは理論的に不可能である.しかし,疲労の発生源は構造物の応力集中部であることは明らかであり,主たる発生箇所はこれまでの実例からある程度特定することができる.これらの既知情報から疲労強度最大化問題を応力最小化問題へ変換するための手順を示した.

 第8章では本論文で提案した手法を用いて,円孔の形状最適化,円孔の配置問題,溶接部周りの応力最小化,リブを有する部材の振動制御問題を解く.円孔の配置問題は従来の形状最適化手法では,メッシュの機能を維持することが不可能な形状変更を伴う.しかし,本手法ではローカルメッシュの位置を変更するだけであり,メッシュにゆがみを生じることはない.例題を通して,本手法はローカルメッシュにより最適化領域をモデリングすることで,柔軟性の高い形状変更が可能であることが確認できた.

 第9章では,疲労強度最大化問題の例題を示す.疲労設計の評価応力であるホットスポット応力を算出するためにはその周辺のメッシュを微細に設定する必要があるが,重合メッシュ法はマルチスケール解析手法であるため,最適化領域の形状評価と同時にズーミング機能も兼ねることができる.鋼板継手部におけるスカラップ形状と,板要素でモデリングした鋼床版リブまわりスカラップの疲労設計を行い,その効果を確認した.

審査要旨 要旨を表示する

 形状最適化は手法的な問題からその適用範囲が限定されている.今日用いられている形状最適化手法であるベーシスベクトル法,力法はいずれも有限要素法をベースとした手法として汎用CAEソフトウェアに実装されている.形状最適化において,最適形状は既存のメッシュの節点を移動させることによって評価される.そのとき節点数や要素数,メッシュの結合条件(コネクティビティ)は一切変更されない.有限要素法ではメッシュのゆがみは解析精度に大きく影響し,さらにメッシュの反転は許容されない.しかし,応力最小化問題のようにモデルの局部的な形状を大きく変更する場合には,メッシュがその品質を維持できないことがある.よって,形状最適化ではメッシュのゆがみにより解析が不可能になるような形状変更を扱うことができない.これは形状最適化の適用範囲を限定する要因であり,今なお解決されていない.

 本論文では,重合メッシュ法を用いた形状最適化手法を構築し,メッシュの束縛により形状最適化が困難であった問題に対応できる手法であることを示した.また,重合メッシュ法の特性を調査し,動的問題への拡張を行った.また,構造物の疲労設計を形状最適化における応力最小化問題として定式化した.以下にその概略を示す.

 第2章において重合メッシュ法の定式化を示した.重合メッシュ法では,メッシュの重合を許容するために,メッシュが重なる領域内において,変位を両モデルから導かれる変位の和として定義しているところに特徴がある.

 第3章では,ローカルモデルによる局部形状の評価に関する理論的考察を確認した.そして,離散化モデルにおける変位場の評価方法と,その誤差の発生メカニズムを示した.穴あき板の例題において,高精度な解析を実現するための適切なモデリングの指標を提案し,ローカルメッシュの分割数よりむしろ面積が解析精度に影響することが分かった.

 第4章では,これまで静的問題にのみ用いられてきた重合メッシュ法の定式化を運動方程式の離散化に用いて,固有振動解析への適用を行った.

 第5章では重合メッシュ法とベーシスベクトル法を連携することにより,形状最適化を行うための方法を示した.従来のベーシスベクトル法は全体形状と最適化領域のメッシュは同一であり,一部の形状変更は周辺のメッシュに対して影響を与える.そのため,最適化領域が全体形状に対して局部的で,さらに大きな形状変更を行うとき,メッシュのゆがみは甚大となる.これは全体形状と最適化領域が同一のメッシュで表現されていることが一因であり,重合メッシュ法の概念を導入することでその解決を図った.最適化領域にローカルメッシュを重合し,そのローカルメッシュの形状をベーシスベクトル法により最適化を行うことで,局部形状の最適化に優れた形状最適化手法を構築することができる.

 第6章では重合メッシュ法の剛性マトリックスにおいてメッシュ同士の相互作用を表す連成項について調査した.連成項の数値積分はGauss積分において,その積分点を多く設定することで,ある程度の精度を確保する方法で行われた.しかし,連成項の積分精度は解析精度に大きく影響することが明らかとなった.最適化における感度計算では微小増分に対して解の変動を扱うため,積分精度のばらつきによる不規則な精度低下は望ましくない.本論文では不連続な関数の数値積分に対して,従来の多点Gauss積分より効率,精度面において優れた積分方法である領域分割積分を用いて,重合メッシュ法における連成項の積分精度が解析精度に与える影響を調査し,さらにある微小増分を用いた差分法において,解析誤差の影響なく安定した感度計算を実行するために必要な積分精度を推測した.

 第7章では形状最適化による疲労設計について示した.疲労設計の試案は経験に拠るところが多く,そのような問題において最適化技術を導入することは,設計の自動化や設計案の客観性という面で非常に有用である.疲労現象のメカニズムは現在においても完全に把握されておらず,直ちに構造物の疲労寿命を完全に制御することは理論的に不可能である.しかし,疲労の発生源は構造物の応力集中部であることは明らかであり,主たる発生箇所はこれまでの実例からある程度特定することができる.これらの既知情報から疲労強度最大化問題を応力最小化問題へ変換するための手順を示した.

 第8章では本論文で提案した手法を用いて,円孔の形状最適化,円孔の配置問題,溶接部周りの応力最小化,リブを有する部材の振動制御問題を示した.例題を通して,本手法はローカルメッシュにより最適化領域をモデリングすることで,柔軟性の高い形状変更が可能であることが確認できた。

 第9章では,疲労強度最大化問題の例題を示した.疲労設計の評価応力であるホットスポット応力を算出するためにはその周辺のメッシュを微細に設定する必要があるが,重合メッシュ法はマルチスケール解析手法であるため,最適化領域の形状評価と同時にズーミング機能も兼ねることができ,その効果を確認できた.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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