学位論文要旨



No 120054
著者(漢字) 河合,宗司
著者(英字)
著者(カナ) カワイ,ソウシ
標題(和) 高速気流中のベース流れ特性に関する数値解析
標題(洋) Computational Analysis of the Characteristics of High Speed Base Flows
報告番号 120054
報告番号 甲20054
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5996号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,孝蔵
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 李家,賢一
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 講師 寺本,進
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,Large-Eddy Simulation(LES)では計算コスト的に解析困難な壁付近の境界層内で従来のRaynolds-Averaged Navier-Stokes(RANS)を用いて解析し,その他の大規模剥離領域では流れの予測精度に優れるLESを用い,純粋LESと比べ計算コストを軽減化させ,工学的応用問題に対する新しいComputational Fluid Dynamics(CFD)手法という発想の基に開発されたLES/RANSハイブリッド手法を用いて亜音速から超音速にかけての広いマッハ数領域でのベース流れ特性を時間変動特性および時間平均特性の両観点から調べたものである.

 ベース流れは多くのの飛翔体周りの流れとして工学的諸問題に見られ,その流れ場構造の解明は,カプセルの動的安定性,エアロスパイクノズルの推力性能や宇宙輸送機の空力特性等を理解する上で工学的に重要な課題である.特に亜音速から超音速領域にかけては,ベース流れによって機体の空力特性が大きく影響を受ける為,考慮すべき速度領域である.過去に多数のベース流れ現象に関する実験的研究が行われているが,単にベース面圧力のマッハ数依存性の定量的評価といった限られた議論にとどまっており,低速から高速までの広範囲の速度域についてベース流れ現象を理解し,それをベース面圧力変化と関連づけた研究は見られない.支持装置の無いベース流れ専用風洞の必要性やデータ取得の困難さから実験でベース流れ現象を詳細に解明するのには限界があるので,CFD手法を用いてベース流れ特性の解明を試みている研究も同様に多数存在する.しかし未だにRANS手法ではベース流れを定量的に予測できていないのが現状で,流れ現象の議論は行えていない.またLES手法のベース流れへの適用は計算コスト面で困難であるのが現状である.

 このような観点から,筆者は亜音速から超音速にかけてのマッハ数領域でのベース流れ特性を明らかにすること,さらに物体先頭形状の変化がベース流れ特性に与える影響を明らかにすることを目的として研究を行った.解析対象はベース流れ現象の本質を明らかにするため,単純な形状である円柱および円錐形状を選択している.実用的な計算コスト内で詳細な流れ場の定量的評価が要求されるため,LES/RANSハイブリッド手法を用いている.またLES/RANSハイブリッド手法に対する信頼性や数値計算上必要となる知見が不足していることに着目し,ベース流れ解析を行う上での信頼性や計算上必要となる指標を確立した後,亜音速から超音速領域にかけてのベース流れ特性解析を行っている.

 まず,本解析で用いるLES/RANSハイブリッド手法のベース流れ予測能力を調べるため,詳細な実験データが存在する超音速ベース流れに対して本手法を適用した.また同時にベース流れ解析を行う上で重要となる点,どの程度の格子解像度でベース流れを定量的に評価できるか,圧縮性解析におけるスマゴリンスキー定数についても調べた.実験データとの詳細な比較においてベース流れが定量的に評価できていることからLES/RANSハイブリッド手法の超音速ベース流れ解析に対する信頼性が十分に確認された.またベース流れ解析を行う際には,非定常な流れ現象をとらえることができる計算手法が必要であることや剥離線が固定されていても剥離前の境界層速度分布を正確に捉えることが解析上,重要であることを明らかにした.従って高レイノルズ数の境界層を純粋LESで解像することは現状で困難であり,LES/RANSハイブリッド手法のベース流れ解析に対する計算コスト面での有効性が明確に示された.また同時にベース流れ解析をLES/RANSハイブリッド手法で定量的に評価する際に必要となる格子解像度を解の格子収束性や解像されている乱流スペクトルを調べることにより明らかにした.LES領域で事前に設定が必要となるスマゴリンスキー定数についても調べた結果,圧縮性流れ解析では,通常非圧縮流れ解析で用いられているモデル定数よりも大きい値を用いる方が妥当である可能性を示した.

 本研究では亜音速から超音速領域にかけてのベース流れを対象としているので,次に亜音速ベース流れ解析に対するLES/RANSハイブリッド手法の信頼性の検証を実験値との比較により行った.亜音速ベース流れに対しては詳細な実験データは存在していないことから限られた実験値との比較となっているが,計算結果は亜音速の広いマッハ数領域でベース面の圧力計測している実験値と良く一致しており,LES/RANSハイブリッド手法の亜音速ベース流れ解析に対する信頼性が確認された.また亜音速の大規模剥離流れの一例として翼型失速に対してLES/RANSハイブリッド手法を適用し,実験値との比較において,失速特性を定量的に評価できていることから本手法の有効性が改めて確認された.

 以上の結果から得られたLES/RANSハイブリッド手法のベース流れ解析に対する信頼性,計算コスト面での有効性および知見を踏まえて,次に亜音速から超音速にかけての広いマッハ数領域でのベース流れ解析を行い,時間変動特性および時間平均特性の両観点からベース流れ特性を調べた.ベース面圧力の変動レベルやベース流れ時間変動成分のスペクトル解析より一様流マッハ数が亜音速から超音速領域へと増加するに従って,動的なベース流れ特性は亜音速,遷音速,超音速の各速度域で全く異なる特性を示すことが明らかになった.亜音速領域では自由せん断層の不安定性から発生する渦放出がベース流れ変動特性の支配的な要素となり,ベース面圧力変動も渦放出と同一のストローハル数で主に変動することが明らかになった.遷音速領域では自由せん断層上に発生する2つの衝撃波のせん断層上での振動がベース流れ変動特性の支配的な要素となり,ベース面圧力変動も2つの衝撃波のそれぞれ異なる2つの振動ストローハル数で主に変動することが明らかになった.また一様流マッハ数がさらに超音速領域へと増加すると,自由せん断層と斜め衝撃波の変動がベース流れ変動特性の支配的な要素となり,ベース面圧力変動もせん断層と斜め衝撃波の2つの変動ストローハル数で主に変動することが明らかになった.

 さらにベース流れの変動特性で明らかになった各速度域で支配的な流れ現象がどのように工学的に重要となるマッハ数方向の時間平均ベース面圧力変化を引き起こしているのかを調べるため,次にベース流れ時間平均特性の解析を行った.時間平均ベース面圧力はマッハ数の増加と共に減少するが,ベース流れ時間平均特性の解析より,変動特性と同様に時間平均ベース面圧力はマッハ数の増加と共に減少するが,亜音速,遷音速,超音速の各速度域で全く異なるマッハ数に対する特徴的な変化を示すことが明らかになった.亜音速領域では一様流マッハ数の増加にともなって圧縮性の効果により自由せん断層がより安定化し,せん断層の不安定性が発生する位置が下流へ移動する.その影響から自由せん断層の成長率に差が生じ,せん断層がぶつかり合うことによって発生する高圧領域の位置は下流へ移動する.これは誘起される循環流は弱められベース面の圧力は上がる傾向にあるが,それ以上にマッハ数の増加で高圧領域が強くなることや渦による流れの巻き込みが強くなることにより循環流が強められる効果の方が効いていて,結果として亜音速領域ではマッハ数の増加に従って動圧に比例して時間平均ベース面圧力が減少することが明かになった.遷音速領域では自由せん断層上の局所衝撃波がせん断層を急激に不安定化させ,せん断層の不安定性が発生する位置が急激に上流へ移動する.従ってマッハ数のわずかな増加で高圧領域の発生する位置も急激にベース面側へ移動し,強い循環が誘起され,ベース面の圧力が急激に低下する現象が起こることが明らかになった.超音速領域ではせん断層が斜め衝撃波根元の圧縮波によって方向を曲げられ,高圧領域の発生する位置はマッハ数の増加に従って下流へと移動する.従ってベース面の圧力は上がる傾向にあるが,それ以上に高圧領域や渦による循環流が強められる効果が効いていて,結果としてマッハ数の増加に従って時間平均ベース面圧力はある漸近値に向かって徐々に減少することが明らかになった.

 先頭形状に円錐を有する物体のベース流れ特性解析より,マッハ数変化による円錐形状ベース流れ特性変化は以上で詳細に明らかにされた円柱形状ベース流れ特性と同一の議論が適用できることが明らかになった.また同一のマッハ数で物体半頂角の変化による流れ場の比較では,物体半頂角の違いがせん断層の放出角に影響を及ぼし,鈍い物体ほど後流がより流れを加速する形状となる.従って,鈍い物体ほど総圧の低い強い渦が発生し,再循環領域内の総圧が低下する.結果として同一マッハ数で先頭形状変化による流れ場の比較の際は発生する渦の影響により鈍い物体ほどベース面圧力が低くなることが明らかになった.

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)河合宗司提出の論文は,「Computational Analysis of the Characteristics of High Speed Base Flows」(高速気流中のベース流れ特性に関する数値解析)と題し,本文7章から構成されている.

 高速で飛翔する物体の底面背後に生ずるベース流れは宇宙輸送に代表される工学的諸問題において現れ,飛翔体の空気力学特性に強い影響を与えるため,その流れ場構造の解明は重要な空気力学的課題である.ベース流れ現象に関しては,過去に多くの実験的研究が行われてきたが,単にベース面圧力の評価といった限られた議論にとどまっており,低速から高速までの広範囲の速度域についてベース流れ現象を理解し,それをベース面圧力変化と関連づけた研究は見られない.実験と並んで,近年CFD手法を用いた研究も試みられるようになってきたが,乱流モデルを利用した実用解析手法では,定性的にも,定量的にも予測が不十分な状況であり,流れ現象の議論は行われていない.一方で,このような複雑流れに適していると考えられるLES手法の適用は,計算コスト面で困難であるのが現状である.

 このような観点を基に,筆者は亜音速から超音速にかけてのマッハ数領域でのベース流れ特性を明らかにすることを目的として研究を行った.実験によるアプローチでは支持装置の影響や得られるデータ量の制限といった課題があることから,数値シミュレーションを利用した解析を選択し,まず,実用的な計算コスト内で流れ場の基本現象を定量的に評価しうる手法を開発した.この新しい手法には信頼性の評価や数値計算上の知見が不足していることを考慮し,流れ現象の解明に先立って,ベース流れ解析における検証を行い,その上で,亜音速から超音速領域にかけてのベース流れ特性解析を行っている.

 第1章は序論で,過去のベース流れ現象に関する研究を概観し,本論文の研究対象を述べている.そして,過去の研究によって明らかにされた事実と残された課題や問題点を示し,それに基づいて本論文の目的と意義を示している.

 第2章では,問題設定と数学モデルの詳細が述べられている.ベース流れ現象の本質を明らかにするため,単純な形状である円柱および円錐形状を解析対象とした問題設定を行っている.数学モデルとしては,対象とする流れの本質を捉えつつ実用に供することができる高度な数学モデルの1つとして LES/RANSハイブリッド手法を提案している.

 第3章では,詳細な実験データが存在する超音速ベース流れの解析を行い,既存のRANS手法の限界と,用いるLES/RANSハイブリッド手法の超音速ベース流れ予測能力を確認している.実験データとの比較により定量的評価が可能であることを示すとともに,他の計算手法との比較から,超音速ベース流れ解析に対する信頼性や計算コスト面での有効性を確認している.あわせて,格子解像度や圧縮性解析におけるスマゴリンスキー定数についての指標も明らかにしている.

 第4章では,亜音速ベース流れに対する解析を行い,本手法の亜音速ベース流れ予測能力を調べている.利用可能な実験データとの比較によって,本手法の亜音速ベース流れ解析に対する信頼性を確認している.亜音速域での本手法の有効性を追認するために,翼型失速というテーマを別途取り上げ,研究内容の詳細を付記に,得られた検証結果を第4章の本文中に記載している.過去の実験から得られている流れ場の特徴変化や揚力特性変化を再現できたことによって,亜音速大規模剥離流れに対する本手法の有効性を確認している.

 第5章では,亜音速から超音速にかけての広いマッハ数領域でのベース流れ解析を行い,時間変動特性および時間平均特性の観点からベース流れ特性を調べている.ベース圧の周波数解析を利用した時間変動特性の評価から,その変動が亜音速,遷音速,超音速の各速度域で全く異なるものであることを示し,さらにベース圧変動特性の要因となる支配的流れ現象を明らかにしている.続いて,ベース流れの時間平均特性の解析を行っている.時間平均ベース圧はマッハ数の増加とともに減少するが,亜音速,遷音速,超音速の各速度域でそれぞれ異なる特徴的変化を示すことや,その特徴的変化に各速度域の流れ場の変化がどう影響を与えているかを明らかにしている.

 第6章では,先頭形状に円錐を有する物体のベース流れ特性解析を行うことで,物体先頭形状がベース流れ特性に与える影響を確認している.先頭形状が異なる場合でも,円柱形状を利用して行われた第5章の議論が適用できることを示し,流れ場の定性的な特徴は先頭形状に依存しないことを明らかにしている.また,同一マッハ数における先頭形状変化による流れ場の比較によって,物体後端から発生する渦の強さ,発生位置などの変化によって,鈍い物体ほどベース圧が低くなることが明らかにされている.

 第7章は,結論であり本研究で得られた結果をまとめている.

 以上要するに,本論文は,ベース流れ解析を行う上でのLES/RANSハイブリッド手法の信頼性や解析上重要となる指標を確立し,それに基づいて,亜音速から超音速にわたる広いマッハ数領域でのベース流れ特性を時間変動特性および時間平均特性の両観点から明らかにしたものである.これまで,低速から高速まで広範囲のマッハ数領域を連続的に解析し,ベース面圧力の変化と,それを支配している流れ現象を明らかにした研究例はない.ここで得られた結果は,空気力学的基礎課題としてのベース流れ現象にとどまらず,突入カプセルの動的安定性,エアロスパイクノズルの推力性能や宇宙輸送機の空力特性等を理解する上で有用な情報を提供し,高速の飛翔体設計や開発に役立つものであり,本論文により得られた結果は今後の航空宇宙工学に貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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