学位論文要旨



No 120055
著者(漢字) 佐伯,孝尚
著者(英字)
著者(カナ) サイキ,タカナオ
標題(和) 編隊飛行における情報伝達構造と隊形推持の制御性に関する研究
標題(洋)
報告番号 120055
報告番号 甲20055
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5997号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川口,淳一郎
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 中須賀,真一
内容要旨 要旨を表示する

 過去から現在に至る宇宙開発においては,単独宇宙機を利用したミッションが主流であり,ミッションの複雑化とともに宇宙機も巨大化してきた.しかしながら,近年では宇宙開発に投じる巨大なコストが疑問視されるようになり,宇宙機の開発も,低コスト化,開発サイクルの短縮化が求められるようになってきた.これと並行し,電子技術の向上により,宇宙機搭載機器の小型化,省電力化が進み,宇宙機自体の小型,軽量化が可能となった.その結果,複数宇宙機の打ち上げが可能となり,複数宇宙機を編隊飛行させ,単独宇宙機では不可能であった同時多点観測などを行うミッションが提案されるようになってきた.

 複数宇宙機を編隊飛行させる際には,一般に群を構成する宇宙機を,観測に適する編隊形状になるよう適切に配置・維持する必要があり,そのための軌道計画,軌道制御は宇宙機の編隊飛行に関する主な研究分野となっている.隊形の維持に関する過去の研究は,ケプラー運動を利用し,放っておいても隊形が崩壊しないような軌道に各宇宙機を投入するといった受動的な隊形維持を扱ったものが多い.著者も宇宙航空研究開発機構宇宙科学本部で計画中のプラズマ磁気圏観測ミッションSCOPEにおいて,3次元的な幾何形状を維持する軌道の設計に携わってきた.これに対し,複数宇宙機による深宇宙探査,任意の幾何形状を維持することが求められるミッション,比較的狭い領域に多数の宇宙機を配置させるミッション等では,各宇宙機が他の宇宙機との相対情報を取得し,それをフィードバックすることにより能動的に隊形維持を行うことが有効になる.しかしながら,このような推進機関を用いた能動的な隊形維持を行う編隊(「群」と呼ぶ)に関する研究はようやく開始された段階であり,未だ群全体の制御性を議論するには至っていない.そこで,本論文は,群の隊形維持制御すなわち群の軌道制御を扱い,群における相対情報の取得関係(「情報伝達構造」と呼ぶ)と群全体の制御性の関係を明らかにすることを目的としている.

 相対情報をフィードバックする隊形維持制御において群全体の挙動を決定するのは,(1)各宇宙機間の局所的な制御則および(2)群の情報伝達構造である.すなわち(2)の情報伝達構造によって群が有機的に結合し,各宇宙機が(1)の制御則に基づいて制御することによって隊形維持がなされる構造となっている.このことは,微小要素が互いに相互作用する連続体の分野との類似性があるが,制御の分野では宇宙機間の連結関係,すなわち群の情報伝達構造に人為的な選択性を導入することができるため,情報伝達構造が群の制御性に与える影響を明らかにすることが重要となる.本論文は,群の安定性,定常偏差,応答性の3つの制御性と情報伝達構造の関係を明らかにし,これらの制御性の指標を,情報伝達構造を表す行列の関数として与えることに成功している.また,得られた指標に基づいて群を構築する具体的な手法の提案も行っている.

 全ての宇宙機の制御則が同一であるとすると,群全体の相対制御システムは第1図のようなブロック図(グラフ)で表現することが可能となる.そこで,グラフ理論等の分野がグラフの連結関係を節点接続行列という行列で表していることを参考にすると,群の情報伝達構造を一つの行列(「情報伝達行列」と呼ぶ)で表現することが可能となる.この行列を利用すれば,群の運動を表す行列伝達関数は(I-SG(s))-1のように表すことができる.このSが情報伝達行列であり,G(s)に各宇宙機のダイナミクス及び制御即が含まれる.群全体の安定性を議論するために,行列伝達関数から,群の特性方程式を求めると,

のように,情報伝達行列の固有値が含まれる形で表すことができる.そこで,情報伝達行列の固有値を適切に選ぶことで,群全体の安定余裕を高く保つことが可能となる.高い安定余裕を得るためには,

を最小化するように情報伝達行列を求めればよく,これらはそのまま群の安定性の良し悪しを表す指標であるといえる.ステップ状の外乱が与えられたときの群の定常偏差は

Δ=(I-S)-1U=EU

のように表すことができるため,外乱状況下においても,各宇宙機の位置の定常偏差を小さくするには

を最小化すればよく,安定性の場合と同様に,これらが群の定常偏差の大小を表す指標となっている.第2図はある条件下で,上の定常偏差の指標を最小化および最大化する情報伝達構造を求め,シミュレーションによって両者の差を確認したものである.

同様に群の応答性を表す指標を求めると,D=S/(I-S)2として,

となり,これらを最小化することによって応答性の高い群を形成することができる.

 これらの制御性の指標を最適化し,制御性に優れる情報伝達構造を構成する際には,各指標を最小化するようにの各要素を直接求める方法より,

において,各指標を最小化するx,yを求める方法が計算量の面でも有利である.これは,ある群に宇宙機が1機加わった場合に,新たに得られる群の情報伝達構造を最適化するという情報伝達構造を拡張していく手法となっている.第3図は情報伝達構造の拡張シミュレーションの例であり,情報伝達構造が拡張されていく様子を表している.この情報伝達構造の拡張の方法は,情報伝達構造の構築のために,全ての宇宙機の情報を一点に集中する必要がないため,群の持つ機能分散性を活かした群の構成法となっている.

 以上要約すると,本論文は複数宇宙機の編隊飛行における隊形維持の手法である「宇宙機間相対情報に基づく積極的な隊形維持制御」に注目し,大規模系である群の安定性,定常偏差,応答性等の制御の性質を,宇宙機の運動を連結する「情報伝達構造」の観点から論じたものであり,これらの制御性の指標を情報伝達行列の関数として表現することに成功している.また,群が高い制御性を持つように,制御性の指標を用いた情報伝達構造の構築手法を提案している.これらの結果は,宇宙機だけではなく,群ロボットや自動車の自動制御等群に広く応用が可能であり,また,将来実現されるであろう相対情報を利用した隊形維持制御の際の群の設計の指針となることが期待できる.

 今後は,宇宙機の性能に差があった場合や宇宙機関通信の制限等を導入することでより,本論文では直接扱わなかった群のグループ化の概念を導入することが可能であると考えられる.

第1図 相対制御のブロック図

第2図 外乱化での定常偏差の例(左:最良,右:最悪)

第3図 情報伝達構造の拡張例

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)佐伯孝尚 提出の論文は「編隊飛行における情報伝達構造と隊形維持の制御性に関する研究」と題し、本文6章と、付録4項よりなる。

 過去の宇宙開発の分野においては、単独宇宙機によるミッションが主流を占めており、ミッションの複雑化とともに宇宙機も巨大化、複雑化してきた。近年、搭載機器の小型化、省電力化が進んだ結果、複数宇宙機を編隊飛行させ、単独の宇宙機では不可能であった同時多点観測等を行うミッションが数多く提案され、いくつかが既に実現している。編隊飛行を行うミッションでは、一般に構成する宇宙機を観測に適する編隊形状に適切に配置・維持する必要があり、過去に多くの研究者がこの隊形維持に関する研究を行っている。しかし、これまでの隊形維持の研究は、ケプラー運動を利用し、受動的に隊形維持が可能となる軌道を求める研究が多い。宇宙機間の距離が小さく密度の高い編隊や、複数宇宙機による深宇宙探査、更に推進機関を用いて非ケプラー運動を行わせる宇宙機で構成する編隊など、能動的に隊形維持を行う編隊(以下、「群」という。)に関する研究はようやく開始されたばかりであり、いまだ群全体の制御性を議論する段階には達していない。本論文が扱っているのは、編隊全体の隊形制御すなわち軌道制御問題であり、群における相互情報の取得関係(情報伝達構造)に注目し、それが群全体の制御性に与える影響を理論的に評価する点にその主論点がある。

 相互情報に基づいた隊形制御では、各宇宙機間の局所的な制御則と群の情報伝達構造とで群全体の挙動が決定される。すなわち群は、宇宙機同士が局所的な制御則を通じて互いに結合したシステムとなっている。このことは、微小要素における力学的なつりあいが巨視的な性質を支配する構造力学や流体力学の分野と類似性があるが、制御・飛行力学の分野では、宇宙機間の連結関係に人為的な操作や選択性を導入することが可能であるため、この情報伝達構造の群全体の運動に与える影響を把握しておくことが重要となる。本論文では、まず、群の情報伝達構造を一つの特別な行列(以下、「情報伝達行列」という。)で表現し、それを用いて群全体の運動の行列伝達関数を求めている。続いて、群の安定性、定常偏差、応答性の3つの制御性と情報伝達構造の関係を明らかにして、陽に制御性の指標を情報伝達行列の関数として与えることに成功している。また、得られた指標に基づいて群を構築していく具体的な手法の提案を行っている。

 本論文が扱っている主題は、群の情報伝達構造と群の制御性との関係を解析し、群全体の制御性の指標を得、構成・構築に資することである。

 第1章は序論で、本論文の背景である宇宙機の編隊飛行に関する研究の現状を概観するとともに、本論文が扱う相対情報を利用した隊形維持制御に関する問題を提起し、研究の目的を明らかにしている。

 第2章では、隊形制御を自然界の生物の群との対比のなかで分類し、分類されたそれぞれの制御構造の特徴を、絶対制御か相対制御か、およびリーダーの存在、不在かで分別してまとめ、本論文が扱う隊形制御の範囲を明確にしている。

 第3章では、相対情報をフィードバックする隊形制御の構造の表現に情報伝達行列を導入し、群全体の運動を表す行列伝達関数を導いている。また、この情報伝達行列に関する種々の数学的な性質についても明らかにしている。

 第4章では、第3章で求めた群全体の運動を表現する行列伝達関数を用いて、群全体の安定性、外乱条件下の定常偏差、群の応答性を代表する指標と情報伝達行列の関係を明らかにしている。また、これらの指標の妥当性を実際に隊形制御の数値模擬にて実証および確認している。

 第5章では、第4章で求めた制御性の指標に基づき、群が高い制御性を持つように情報伝達構造を構築していく手法が提案され、群のもつ機能分散性を活かし、群の制御性の指標を群の構成段階までひきあげた実応用法が掲げられている。

 第6章は、結論であり、本研究の成果を要約している。

 以上要するに、本論文は、複数宇宙機の編隊飛行における、宇宙機間の情報伝達構造に基づく隊形制御法を議論し、大規模系である群全体の安定性、定常偏差、応答性の制御性とその情報伝達行列との関係を陽に表現することに成功し、かつ得られた性質や手法などの成果は広く普遍的に編隊飛行に応用が可能であり、航空宇宙工学上寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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