学位論文要旨



No 120056
著者(漢字) 山本,高行
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,タカユキ
標題(和) 空気吸い込み式推進機関を利用する上昇経路における誘導方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 120056
報告番号 甲20056
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5998号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川口,淳一郎
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 講師 土屋,武司
内容要旨 要旨を表示する

 今後の宇宙開発をより発展させていく一つの要求として,信頼性が高く,輸送コストが低い輸送手段が求められ,水平離着陸を行うスペースプレーンのような将来型宇宙輸送機が検討されている.これは大きな翼で揚力を発生し,空気吸込み式推進機関により推力を発生することで上昇飛行する.このような機体ではミッションアボート機能を備えることで,輸送物や機体の損失,損傷を最小限に抑えることが期待できる.また空気吸込み式推進機関を使用することで大気中の酸素を酸化剤として利用し,初期機体重量の低減,ペイロード重量の増加を期待できる.

 スペースプレーンのような機体において,推力,揚力などの機体に作用する力は飛行径路に大きく依存し,従来の打ち上げロケットにおける弾道軌道とは異なりいわゆる空力軌道となるため,最適な飛行径路を求めることは大変興味深い最適制御問題であり,これまで多くの研究がなされている.こうした最適制御問題を通して,空力上昇径路における最適操舵則は,振動的な振る舞いをすることが知られている.この理由としては機体に働く揚力は基本的にエネルギーの増減には寄与しないが,径路を変更させることでより低空で増速してエネルギー増加の効率を高める操作を繰り返すためである.

 スペースプレーンが上昇軌道を飛行する際,機体モデル誤差や外乱などで生じる軌道のズレを修正し目標地点へ機体を誘導する方法が重要になる.しかし空力軌道における誘導には,従来の打ち上げロケットにおける線形タンジェント則などを適用することはできず,空力上昇径路における誘導に関する研究はこれまでほとんど議論されていない.

 以上から本研究では,空気吸込み式推進機関を搭載し揚力を利用する空力飛翔体の上昇径路における新たな誘導方法を提案し,その有効性を示すことを目的とする.本研究で扱う上昇径路とは空気吸い込み式推進機関を利用できる高度30 kmまでの上昇であり,地球周回軌道投入までを扱うものではない.

 まずこのような機体の上昇径路における誘導方法として,機体軸方向に取った実効推力aとこれに垂直な方向に取った実効揚力Nの比χを一定と仮定し,得られた随伴変数の振動項を級数展開することで三角関数形式の誘導方法を提案した.

三角関数形式の誘導方法では姿勢角関数を数個のパラメータで表現し,このパラメータを最適化計算することで,誘導を行うものである.この手法は状態量全体にわたる直接数値最適化と比べると数個のパラメータの最適化で済むため計算負荷および計算時間を飛躍的に減少させることができるが,機体搭載計算機で実時間でのパラメータ最適化はまだ計算負荷が大きい.またこのパラメータ最適化では軌道誤差が大きくなると収束解を得ることが困難になる.

 実機において求められる誘導方法は,実時間でロバストに誘導解を求めることである.よって次に空力上昇径路における誘導方法として最適性条件とχを一定と仮定して得られる随伴変数の微分方程式から随伴変数の解構造を仮定したものとから解析的に導き,その操舵則が線形項と対数項から構成されることを示した.

この誘導方法を線形対数則と呼ぶ.この誘導法の本質は,飛行時間tfを含めてわずか4つのパラメータで上昇径路に沿って準最適な制御を行うことができることである.線形対数則はχそのものが直接解構造に現れるが,依然としてχが一定の条件を必要とする.これは三角関数形式が速度に関する随伴変数に表れる遷移行列においてχが一定として展開しているのに対し,線形対数則では最適性条件の構造においてχを導入し,χが一定の仮定から得られる随伴変数の微分方程式の解構造を仮定することで姿勢角表現を得ているため,両手法ともχが一定であるという仮定を必要とするが,得られる姿勢角表現においては一定であるとしてもχの値を表現できる線形対数則の方がより厳密であるといえる.またこの式は従来型打ち上げロケットの誘導則である線形タンジェント則を改良し,対数項を加えたものであると言える.逆に線形タンジェント則は真空中のロケットの誘導解に過ぎないため,従来の打ち上げロケットにおいても,この式が大気中を飛翔する場合の解であると言える.この誘導の導出にあたって,特定の機体パラメータに左右されない操舵履歴が存在しており,広範な空力飛翔体について適用できる.

 またパラメータ更新法は,垂直方向速度の運動方程式に線形対数則を代入し,二回積分することで境界条件を得,微小変化を仮定することで線形な関係式を得ることができる.さらに誘導則の再計算時点における姿勢角の境界条件より3つのパラメータを決定できる.飛行時間に関しては,スイープして終端水平速度を最大化するパラメータを選択する手法,計算時点の残燃料よりTime-To-Goを推定する手法が挙げられる.

 空力上昇径路において線形対数則のパラメータ最適化と拘束条件がない場合の最適解を比較すると,最適解では離陸後に水平飛行や下降による加速を行いエネルギーの増加を行ってから上昇を行うのに対し,提案した線形対数則はいわば凍結した状況での解の構造を記述したものであり,上昇径路のみを考慮して導き出したものであるため,全領域に渡って適用すると,最適操舵則と誘導則との履歴に大きな違いが生じる.これは線形対数則の解曲線が一つの凸関数しか表現できず,繰り返し性は表現できないためである.しかし近似的に姿勢角一定飛行の期間を設けて誘導則に追加すると,終端での達成水平速度は最適解にほぼ等しい結果を得る.これは線形対数則が上昇径路における準最適性を有していることを示す.

 より実際の機体誘導では,空気吸い込み式推進機関に最大作動動圧が存在し,十分な空気取り入れ口を確保するために迎角制限が存在する.このような径路拘束存在時には,最適解より空力上昇径路において拘束にかからず自由に上昇する期間と動圧拘束を受けて上昇をする期間が存在することが分かった.よって初期と終端での自由上昇径路には線形対数則を適用し,動圧一定上昇区間は揚力傾斜が一定と仮定することで得られる線形な姿勢角履歴を取る誘導法を提案した.

0〓τ<τ1 φ(τ)=C0+C1τ+2χlog(1+C2τ)(3)

τ1〓τ<τ2 φ(τ)=C3+C4(τ-τ1)(4)

τ2〓τ〓1 φ(τ)=C5+C6(τ-τ2)+2χlog(1+C7(τ-τ2))(5)

この誘導法におけるパラメータ最適化の結果は最適解に十分近いものであり,その準最適性が示された.

 機体モデルに誤差がある場合に生じるノミナル軌道からのズレを修正する誘導方法として線形対数則を適用し,その誘導性能を評価した.このとき飛行時間の5%毎に誘導計算を行い,前進積分のイタレーション回数は最大で9回とした.この誘導による空気吸い込み式推進機関搭載モデルにおける機体モデル誤差の守備範囲は,飛行時間をスイープして探索し,終端水平速度が最大になるパラメータを選択する場合には,径路拘束がある場合,推力係数誤差±1%,揚力傾斜誤差-0.9〜+3%,ゼロ揚力抵抗誤差±2% 程度である.また残燃料からTime-To-Goを推定する場合には,推力係数誤差-0.2〜+0.3%,揚力傾斜誤差±0.6%,ゼロ揚力抵抗誤差±1%程度である.飛行時間をスイープする場合の方が機体モデル誤差に対する守備範囲は広いが,実時間の誘導では,計算時間が短い方が有利であり,残燃料からTime-To-Goを推定する方が実際の応用において重要であり,また誘導可能範囲も十分有効である.

 また擾乱として突風インパルスが前後および上下方向から加わる場合の誘導計算を行い,予測風に対して想定される1σの大きさの風による擾乱が生じても,飛行の最終段階に加わる場合を除いて十分に誘導可能であることを示した.上下風に対して,終端状態量が不感であるのは,機体のL/Dが大きいので外乱の影響を受けやすいが,復旧能力も高いためである.

 実機搭載の面から考えると,実時間での誘導がより重要になる.そこで飛行時間の1%毎に残燃料からTime-To-Goを推定する手法にて誘導計算を行い,前進積分のイタレーション回数を1回のみとすることで,各誘導サイクルにおいてより短時間で計算可能であり,実時間に誘導可能であることを示した.誘導可能範囲は推力係数誤差-0.8〜+0.5%,揚力傾斜誤差-0.7〜+1.2%,ゼロ揚力抵抗誤差-0.4〜+0.3%程度である.例として推力係数誤差がある場合の誘導による状態量履を示す.

 本研究で提案した線形対数則は,最適化計算をする必要はなく,終端までの単純な前進積分とその結果に基づく線形方程式で境界条件を満たすようにパラメータを更新することで,ロバストに実時間での誘導が可能である.このように空力上昇径路において従来は直接数値最適化しか主に検討されて来なかった領域であるが,ここに実時間で径路制御を行う誘導の理論を構築できたことが本研究の一つの成果である.これは解構造を大胆な仮定からこの線形対数則として求めるのが特徴であるが,その妥当性は数値的にこの解構造のパラメータ最適化を行っても,かなり最適値に近い結果を得ていることで正当化できている.

 以上要するに,本論文は,初めて大気中の上昇径路における最適操舵則の解構造に関する数学的な議論を行い,独自の操舵則である線形対数則を提案するとともに,それを組み込んで実時間で境界条件を求解できる誘導則を構築し,その誘導性能を実際的な機体モデルに対して評価・検討を行っている.

 今後の課題は,三次元モデルへの誘導則の拡張や機体システムの応答遅れなどを考慮した制御系との連係を視野に入れた誘導制御系の構築などがあげられる.

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学) 山本高行 提出の論文は「空気吸い込み式推進機関を利用する上昇径路における誘導方法に関する研究」と題し、本文6章と、付録4項よりなる。

 宇宙開発を推進していく上で、輸送コストの低減は欠かせない要素である。現在の主たる輸送手段はロケットを用いるものであり、燃料と酸化剤を輸送して使用することからその輸送性能には限界があるうえ、基本的に使い捨てのシステムであるため、輸送コストは低減の限界に近づいている。これに対し、揚力と空気吸い込み式推進機関を積極的に使用するスペースプレーンのような将来型の輸送機にあっては、大気中の酸素を酸化剤として利用するため、ペイロード重量の大幅な増加が可能であり、また機体の再使用により、大きな輸送コストの低減も期待できる。このように、スペースプレーンのような輸送機関の重要性は、将来の宇宙開発を推進していく上で、格段に高まっていくものと考えられる。

 このスペースプレーンを特徴づけている、揚力および空気吸い込み式推進機関を用いる飛行方法、すなわち経路の決定とそれに沿って得られる性能については、これまでに多くの研究があるが、多くは非実時間での経路の最適化に終始してきた。しかし実際の飛翔への応用を考えた場合には、より柔軟かつ逐次的に誤差を修正する、実時間での処理・誘導手法の開発が必須とされているところである。しかるに、この分野の研究は未だ実用的な手法が確立しておらず,ほとんど手つかずの状況にある。ここでの上昇径路における誘導問題は、揚力および推力がともに動圧などに依存して大きく変化するという点において、従来のロケットによる打ち上げ経路での場合とは本質的に異なるため、全く新たな手法を必要としており、スペースプレーンなどの将来型輸送機の開発における主要な技術的課題の1つとなっている。

 本論文が扱っている主題は、揚力と空気吸い込み式推進機関を利用する輸送機の、大気中の上昇径路における誘導方法の提案とその性能評価にある。本論文は、その主な結果として、新たな操舵則である独自の線形対数則の提案を行っており、またこの操舵則を用いて実時間で境界条件を満たす誘導法を提案し、評価・検証をおこなっている。

 第1章は序論で、本研究の背景を概観し、従来のロケットにおける誘導法を、揚力や空気吸い込み推進機関を用いる輸送機に適用することが本質的に不可能であることを述べ、このような輸送機の誘導に関わる研究手法と要求条件をまとめている。

 第2章は、本論文で扱う機体のモデルと直接数値最適化の結果を述べており、最適解に現れる操舵履歴の振動的な様相を解析し、よくその説明を与えている。

 第3章は、第2章での議論に基づき、第4章で提案される主たる誘導法に関する議論に向けて、予備的に三角関数表現の誘導則を導出し、最適解との比較および数値評価を行っている。

 第4章は、本論文の主たる議論の展開となっており、操舵則として独自の線形対数則を導出している。この操舵則を組み込むことで終端境界条件を実時間で求解できる誘導法を構築し、実際的な機体モデルにおいて実用上考慮することが不可欠な動圧拘束を含む径路拘束のある場合の誘導則の提案に成功している。さらに線形対数則の有効性を検証するために、直接数値最適解との比較を行っている。

 第5章は第4章の実用性を数値的に検証しており、終端時刻を可変として、誘導範囲が拡大されることを示している。また実際的な機体モデルにおいて動圧拘束を陽に導入して誘導性能の評価を行っているほか、突風などの外乱を含めたシミュレーションを実施して、その有効性を確認している。

 第6章は結論で、本研究の成果を要約している。

 以上要するに、本論文は、初めて大気中の上昇径路における最適操舵則の解構造に関する数学的な議論を行い、独自の操舵則である線形対数則を提案するとともに、それを組み込んで実時間で境界条件を求解できる誘導則を構築し、その誘導性能を実際的な機体モデルに対して評価・検討を行っている。これら得られた成果は、揚力および空気吸い込み式推進機関を利用した径路を採り上昇する輸送機の誘導方法として、特定の機体に依存することなく広範囲に適用できるものであり、航空宇宙工学上寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク