学位論文要旨



No 120058
著者(漢字) 村田,幸弘
著者(英字)
著者(カナ) ムラタ,ユキヒロ
標題(和) 高速磁気リコネクション現象によるイオン加熱の機構解明と応用手法開拓
標題(洋)
報告番号 120058
報告番号 甲20058
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6000号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,靖
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 助教授 藤井,康正
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、高速磁気リコネクションによって発生するイオン加熱機構の解明を目的に実験的検証を行い、そこで得られた知見を基に工学機器へ応用する可能性について検討を行った。

磁気リコネクションとは、本来つなぎ変わることのない反平行な磁力線が接近することによりアンペアの法則に従った電流シートが発生し、このシート内での局所的な電気抵抗による磁場拡散のため、つなぎ変わる現象である。原理からわかるように、本現象ではオーム加熱による電子加熱が発生するが、本現象によって下流側に流れ出る磁力線に凍結して運動するイオンが運動エネルギーを得ることで、イオンへのエネルギー分配が発生する。イオン加熱機構については多様な説があるが、本研究が実証したのは磁気リコネクションのアウトフローのイオン運動エネルギーがプラズマ粘性を介したダンピングによって熱化する機構である。

 この検証実験のため、まず分光計測法を用いた二次元イオン温度計測系とその解析に必要な計算機アルゴリズムの開発を行った。TS装置の中心部のリコネクション面を見渡せる窓を使用して、軸対称一次元イオン温度計測系を中心軸(z=0)方向に拡張し、r-z平面でのイオン温度二次元分布の計測を可能とした。本計測系を用い、まず(1)これらイオン加熱現象を様々な実験条件下で計測してその傾向を把握した。この結果から判明したこととして、(1.a)高速磁気リコネクションのイオン加熱は縦磁場が弱いほど大きくなること、(1.b)リコネクション点(X point)近傍に再結合磁場が残っているにも関わらずリコネクションアウトフローが減衰してしまうこと、(1.c)二次元イオン温度計測結果から、イオン加熱領域はリコネクションアウトフロー領域であって、その幅は電流シート幅程度であること、などが挙げられる。これらを踏まえ、更に別途計測した電子密度分布計測結果や後に示す計算機解析結果を総合して、リコネクション高速化には密度の蓄積(pileup)と放出(ejection)が大きく依存していると考えた。そこで、(2)リコネクションモデルとして一般的なSweet-Parker modelに電流シート内の密度蓄積効果項を導入したモデルを提案し、電流シート内および近傍での電子密度計測を行って、提案モデルに従いリコネクションレートと密度蓄積との関係を実験によって明らかにした。ところでTS装置によるリコネクション実験にはトーラスプラズマ合体を用いている。つまり、プラズマを閉じ込めた二つのトーラスがトポロジー変化して一つのトーラスとなるから、必ずリコネクション点での密度上昇が存在する。そこで、姉妹実験装置である米プリンストンプラズマ物理研究所にあるMRX装置を用いて、密度蓄積効果を抑えたリコネクション実験も行い、リコネクションの高速化が抑えられることも実験で示した。

 このリコネクション高速化は、抵抗散逸だけでは分散できないエネルギーをイオンの運動エネルギーへと変換する機構であることが明らかとなってきたが、この高温イオンを工学に活かすことを考えた場合にはそのエネルギー収支は重要な検証項目となる。そこで、(3)解放される磁場エネルギー、ジュール損失およびイオン(電子も考えられるが質量が2000分の1であるから無視できる)運動エネルギーを別途算出して、その時間発展を検証し、リコネクション高速化によってイオンへは最高値で約80%のエネルギー変換が行われていることがわかった。ところで、このイオン運動エネルギーが粘性などによってダンピングして熱化したと考えているが、実際に放電開始から時々刻々と粒子の運動を追跡し、ダンピングによるエネルギー損失が計測されるイオン熱エネルギーになるかどうかは問題である。そこで、(4)計測された二次元磁場データによって得られるEXBドリフトスピードをイオン流速と仮定し、更にイオンと中性粒子がそれぞれ50%ずつ存在するとして、LBM(格子ボルツマン法)を用いた質量保存、運動量保存およびエネルギー保存を満足した巨視的な熱流体を磁場計測時間ごとに算出し、失う運動エネルギーが全て熱化するとして計算されたイオン温度と計測されるイオン温度とが一致することを確かめた。本解析では熱流体を考えており、圧縮加熱も考慮される。イオン温度には縦磁場依存性があるが、これについても入力データのみを変更しただけで、得られるイオン温度と計測温度とが一致することも確認した。この結果は、高速磁気リコネクションによるイオン加熱機構が、不安定性などによる加熱ではなく、単に高速リコネクションによって得た運動エネルギーのダンピングによる熱化であることを証明する結果でもある。尚、本シミュレーションの精度についての検証実験も必要であり、分光計測で得られる視線積分分光スペクトルとシミュレーションから算出される同様のスペクトルとの照合はよい一致を見せた。

 また、工学に応用する際には効率的な「反応場」の利用が不可欠である。イオンフローのダンピングがイオン加熱の主要因であるから、最も効率的な反応場の位置は存在する。(5)その場所について、密度変調点に着目した検証も行った。縦磁場による密度変調点の変化はこれまでに行った電子密度分布計測によって検証されていたが、この変調点と高効率なエネルギー変換位置とが同調しており、トーラスプラズマが持つ密度分布がリコネクション高速化に大きく関与していることを示した。更に(6)外部から人為的に電流シートを打ち消す方向にトロイダル電界を印加し、模擬的に異常抵抗を発生させることでリコネクションを高速化する試みも行った。本手法は、これまでのリコネクション高速化手法とは全く異なる手法であり、高速化トリガーの一候補となっている。

 最後にこれらの知見を総合して、(7)実際に得られる高温イオンを用いたプロセシングプラズマによる薄膜生成実験も行った。高速磁気リコネクションによるイオン加熱は運動エネルギーをターゲット等に衝突させてエネルギーを解放するエネルギー変換法ではないため、ガス同士の化学反応場としても有用である。また、コイルのみを使用するため不純物混入も極めて抑えられる。これらの特徴を活かす初期実験としては薄膜生成は適当ではないが、イオンプレーティング法に見られるイオンと類似したイオン状態を作り出せることを、計測以外の手法で示すことができた点は評価できる。

総合的な評価として、磁気リコネクションの高速化機構の実験的解明はこれまでに皆無であったが、その機構の一候補である密度蓄積効果を提案し、定量的に評価したことはプラズマ物理としても新規性に富んだ画期的な成果であると考える。宇宙プラズマ、特に太陽フレアにおける高速リコネクション機構の一提案にもなっている。またこれに付随したイオン加熱機構についても、リコネクションフローのダンピングによる熱化であることを実験によって検証し、高速磁気リコネクションによるイオン加熱を定量的に制御できる見通しを立てた。更に、本イオン加熱手法を圧縮加熱と併用すれば、より効率的で不純物混入の極めて少ないイオン加熱器として応用できる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「高速磁気リコネクション現象によるイオン加熱の機構解明と応用手法開拓」と題し、高速磁気リコネクションによって発生するイオン加熱機構の解明を目的に実験的検証を行い、そこで得られた知見を基に工学応用する可能性について検討を行った。磁気リコネクションとは、高導電率のプラズマ中で本来凍結される反平行な磁力線が接近することにより電流シートが発生し、シート内での局所的な磁界拡散のため、つなぎ変わる現象である。電流シートではオーム加熱による電子加熱が発生するが、下流側に流れ出る磁力線によってイオンが加速されることで、イオンへのエネルギー分配が発生する。多くのプラズマ加熱機構に関する説の中で本研究ではアウトフローのイオン運動エネルギーがプラズマ粘性によるダンピングを介して熱化する機構を実証した。

 まず分光計測法を用いた二次元イオン温度計測系とその解析に必要な計算機アルゴリズムの開発を行った。TS装置の中心部のリコネクション面を見渡せる窓を使用して、軸対称一次元イオン温度計測系を中心軸方向に拡張し、イオン温度二次元分布の計測を可能とした。本計測系を用い、イオン加熱現象を計測した結果、イオン加熱領域はリコネクションアウトフロー領域であって、その幅は電流シート幅程度であること、リコネクションのイオン加熱には縦磁界が弱いほど大きくなることが判明した。さらに電子密度分布計測結果を総合して、リコネクション高速化には密度の蓄積(パイルアップ)と放出といった非定常効果の寄与が大きいことが判明し、定常モデルであるSweet-Parkerモデルに電流シート内の密度蓄積効果項を導入し、電流シート内および近傍での電子密度計測を行って、提案モデルに従いリコネクションレートと密度蓄積との関係を明らかにした。合わせて、姉妹実験装置である米プリンストンプラズマ物理研究所のMRX装置を用いて、密度蓄積効果を抑えた実験も行い、リコネクションの高速化が抑えられることも実験で示した。

 このイオン加熱を応用を考えた場合にはそのエネルギー収支が重要な検証項目となる。計測の結果、解放される磁界エネルギー、ジュール損失およびイオン運動エネルギーの時間発展を検証した。リコネクションのつなぎ変わった磁力線の加速によってイオンへは最高値で約80%のエネルギー変換が行われていることがわかった。電子も等速度に加速されるが、その質量が2000分の1であるから電子加熱は無視できる。このイオン運動エネルギーが粘性などによってダンピングして熱化したと考えられる。

 リコネクションのイオン加熱現象は核融合プラズマの加熱にとって極めて有用であることが等研究室の過去の研究で明らかになっている。さらにこれを広く工学応用することを考えて、計測された二次元磁場データによって得られるE×Bドリフトスピードをイオン流速と仮定し、更にイオンと中性粒子がそれぞれ50%ずつ存在するとして、LBM(格子ボルツマン法)を用いた質量保存、運動量保存およびエネルギー保存を満足した巨視的な熱流体を磁場計測時間ごとに算出し、失う運動エネルギーが全て熱化するとして計算されたイオン温度が実験と一致することを確かめた。イオン温度の縦磁界依存性についても得られるイオン温度と計測温度とが一致することも確認した。この結果は、高速磁気リコネクションによるイオン加熱機構が、リコネクションによって加速された粒子のダンピングによる熱化であることを意味する。更に外部から人為的に電流シートを打ち消す方向にトロイダル方向のリコネクション電界を印加することでリコネクションを高速化できることを示し、人為的なリコネクション制御を行った。

 最後に実例として、実際に得られる高温イオンを用いたプロセシングプラズマによる薄膜生成実験も行った。高速磁気リコネクションによるイオン加熱は運動エネルギーをターゲット等に衝突させてエネルギーを解放するエネルギー変換法ではないため、ガス同士の化学反応場としても有用である。また、コイルのみを使用するため不純物混入も極めて抑えられる。これらの特徴を活かす初期実験としては薄膜生成は適当ではないが、イオンプレーティング法に見られるイオンと類似したイオン状態を作り出せることを、計測以外の手法で示すことができた。

 以上、要するに、磁気リコネクションの高速化機構として密度パイルアップ効果の存在を始めて実証し、高速磁気リコネクションによるイオン加熱機構を解明し、その定量的制御手法、およびイオン加熱装置としての応用手法を示したもので、プラズマ工学、電気工学に貢献するところが多く、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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