学位論文要旨



No 120060
著者(漢字) 畠,直輝
著者(英字)
著者(カナ) ハタ,ナオキ
標題(和) 制御工学応用による移動用福祉機器の高機能化に関する研究
標題(洋)
報告番号 120060
報告番号 甲20060
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6002号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨 要旨を表示する

 日常生活下での移動において、歩行運動が主要な手段であり家屋の構造、屋外環境も歩行を想定した設計となっている。それらの環境も近年の高齢化に伴いバリアフリー化が推進されているが真にバリアフリーが実現されることは困難である。移動用福祉機器には、その需要が増す中で、より自由かつ安全で健康的な自身を維持・補助するような役割が望まれている。

 一般に、怪我や麻痺・衰弱により片脚に不自由をきたしている場合には杖と車椅子が処方される。車椅子は比較的長距離の移動の目的で用いられ、そこから車椅子が立ち入れない場所や狭い範囲での移動の場合に杖が用いられる。このような様式で日常生活を送ろうとすると非常に多くの不便を来たす事が認識されている。単純な問題解決には、坂道を上がる際の疲労を低減するための力補助車椅子や電動車椅子が既に市販されている。しかしながら、より高位の問題である走行環境認識や車椅子自体の姿勢安定化、歩行そのものの補助などに対しては有効な解決策が示されていないのが現状である。本研究では、移動用福祉機器に関わる問題点を総括し有効な解決法についての議論を行う。目標とする理想的移動用福祉機器とは、個人の持ち得る能力を余すことなく活用し、それにおいて過多となる負荷については機械により補助を行うものである。全自動化された福祉機器とは個人の身体能力の活用・維持という意味では望ましくなく、機械主体の移動であるため従来のロボット制御での問題解決が可能である。むしろ人と機械が協調する系のいわゆるパワーアシスト制御が移動用福祉機器には重要な意味を持ち、今後の移動用福祉機器には不可欠な技術となると言える。

 本研究では、「歩行」と「車椅子」についてパワーアシスト・動作補助を目的とした制御システムの検討を行った。

 歩行については、脚の麻痺・欠損により歩行が行えない状態を補助、一時的な怪我のために替わりに歩行を行う杖としての装具の提案を行っている。その内容は、1)歩行を数学的・物理的なモデルとして捉えることを行い、継続して歩行を行えることを目的としてモデルに基づいた歩行安定化手法を提案している。2)健常者の歩行解析を行うことにより普段我々が如何にして歩行動作を行っているかについて調査を行い、歩行の数学モデルによる歩行安定化アルゴリズムと人が行っている歩行とを比較し、人の歩行システムが本アルゴリズムと類似していることを明らかにした。3)現実的な応用として片足を電動モータにより歩行補助を行う装具について開発の検討を試作機の製作を踏まえて行った。

 具体的に1)では歩行安定化手法を着床時の歩幅の決定方法に着目して制御設計を行っている。基本となる数学的歩行モデルは倒立振子モデルに帰着することを示し、目標歩幅と一歩単位時間を指定するだけで姿勢に応じた適切な歩幅を離散制御器により決定し歩行モデルが安定に歩行し得ることを示した。さらに着床後の外乱を監視し姿勢変化に応じた歩幅修正を行うべく設計した逐次歩幅推定法について述べ、これら理論に基づいたアルゴリズムを装具に対する実装の方法について提示する。2)では、数値解析において自由に与えることができた目標歩幅や一歩単位時間が人の歩行中には意識に内在しており直接獲得しえない問題点を指摘し、着床時の左右脚の幾何学・運動学的な状態から間接的に歩行の目標値を推定する方法を提示している。さらにこの推定法が実際に人の持つ歩行アルゴリズムと同質なものと考えられる結果を述べている。3)では装具の機構的特長について、人の脚の解剖学的知見を踏まえた「2関節駆動機構」に着目し、着床時の衝撃緩衝特性の構成法を提示する。

 車椅子においては長距離・長時間の使用を目的としたパワーアシスト車椅子を対象に高機能化に関する議論を行う。パワーアシスト車椅子と電動車椅子とは区別し、乗車者が移動のために自らは運動を行わずに、電動モータのみで移動を行うものを電動車椅子と呼び、これらの運動制御に関してはモバイルロボットで行われてきた多くの研究成果が転用可能である。しかしながら、個人の体力維持・向上のためには可能な限り自らの能力を駆使できる乗り物が福祉機器としては望ましく、パワーアシスト車椅子とはそのような目的により開発されている。運動制御面では人が車体の運動に影響力を持つため、機械は人の意思を尊重した存在でなければならない。よって、車体運動のさまざまな面で人による操作を考慮した制御システム体系の構築、分類を行う。分類には「安全性」・「快適性」・「操作性」の向上を目標に掲げ、4つに分類を行う。1) 後方転倒防止機能:車椅子とは前後の車輪幅の狭さから転倒を起こしやすい不安定な乗り物であるため、パワーアシストにより過剰な補助を行うと後方への転倒を引き起こす危険性がある。加えて、その不安定性を利用して前輪を浮上させ、段差や溝を乗り越えるというバランス動作も車椅子の重要な働きでもある。後方への転倒も抑制しつつ前輪浮上を可能とする必要がある。2) 傾斜力補償機能:坂道を登るときには斜度に応じて加わる重力が乗車者に大きな負荷となり、さらに車輪から手を離した途端に坂を下りだしてしまうといった現象を解消し、坂の途中であっても安心して車輪から手を離せることを実現する。3) 介助者補助機能:自走用車椅子であっても時には介助者に車椅子を押してもらう状況が考えられる。介助者用の力センサーを配置することが現在の既製品では採用されているが、力補助を受けられる部位を限定してしまうことや、センサーの分散配置であるため製造やメンテナンス性において若干の不便を生じている。センサーの分散配置を無くし、力補助を受けられる部位を限定しないことを目標に制御による解決を行う。4) 片手操作機能:現在、この機能を付加機能として備えたパワーアシスト車椅子は存在せず、片手漕ぎ専用のみとなっている。しかし、現実には両手漕ぎの車椅子であっても荷物を支えながら、またはコーヒーを注いだカップを持ちつつ、片手で車椅子を漕ぎたい場合などは何度も発生する。両手漕ぎ・片手漕ぎ切り替え機能をコンピュータ制御と扱い易いインターフェースにより実現することを目標としている。

 これら4つの課題に対し、本研究ではそれぞれ具体的に以下の方策の検討を行った。1)後方転倒防止機能については、数学モデルで表された車椅子の挙動から人と車椅子を含んで推定される重心位置の位相平面上の座標に応じた可変力補助アルゴリズムを提示し、被験者による評価実験により提案手法の有効性が示された。2)傾斜力補助機能では、路面の傾斜により発生する重力の影響を2軸加速度計・ジャイロセンサ・タイヤ回転角度計による能動フィルタの設計により抑圧する手法を示した。さらに、車椅子の前輪浮上による車体の傾斜と傾斜面による車体の傾斜を判別する機能についても提示している。3)介助者補助機能では、2)による傾斜力補助機能により外乱成分から重力による成分を除去し、残りの外乱を介助者による操作力として外乱オブザーバにより推定し、力センサーを用いることのない力補助機能を提示し、実験によりその有効性を示している。4)片手操作機能については関連の研究により提案された手法について調査し解決すべき問題点を明らかにし、新たにヘッドマウントセンサーを使用することで旋回方向とその強さを指定し、片手で漕ぐ力を左右の車輪へと分配することを提案している。

 以上より制御工学応用により可能となる移動用福祉機器の高機能化について「歩行」と「車椅子」を取り上げた。従来では、人間の器用さにより機械特性の範囲内で上手く利用されてきた側面で、人は多くの不自由を強いられていた。制御工学はその理論を用いることで機械にも器用さを取り入れられ、人が従来感じてきた不自由さを解消できることを本研究では示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「制御工学応用による移動用福祉機器の高機能化に関する研究」と題し,障害者や高齢者が失う移動機能への工学的支援基盤の確立を目標とし,特に計測と制御による支援の可能性を追求したもので,序論を含む13章よりなる。具体的には,自己の身体能力を維持し,健常者の日常的な生活と同等な活動水準を達成させる福祉機器として,近年利用者数が増えているパワーアシスト機器に着目し,安全性・使いやすさ・快適性の向上を行ったものである。

第一章(序論)では高齢化社会の現状と問題点を示し,福祉における工学的支援の必要性を述べている。

第一部・歩行補助福祉機器では,歩行困難者の歩行機能補助を目的とした福祉機器に対し,制御工学の果たす役割に関する研究を述べている。第2章(はじめに)では関連研究である力補助装具(パワースーツ)を総括して紹介し,従来の力補助装具研究では取り上げられていなかった歩行安定性の必要性について指摘し,本研究の目指す歩行安定化の対象を明確化している。

第3章(歩行原理についての考察)ではヒトの歩行の基本的な要素として歩幅の働きと足首の働きについて述べ,現在のヒューマノイドロボットで採用され盛んに用いられている足首主体の歩行安定化制御では実用にならないことを示している。

第4章(歩幅推定による歩行安定化)では歩行中の脚切り替えにおける歩幅に着目し,歩行安定化を実現する手法を提案している。従来のロボット応用における歩行安定化手法と異なり,健常脚の情報を用いてもう一方の脚の振り出し量を推定する手法を提案している。また,目標歩容への収束特性をシミュレーションにより確認している。

第5章(歩行の解析)では実際のヒトの歩行を解析し,ヒトの歩行システムについて調査し,第4章で提案した歩行安定化アルゴリズムが正しいことを示している。調査は平坦面・下り坂・のぼり坂・階段について行われ,日常の環境下で適用可能であることを示している。また,被験者評価を行い,提案する歩行安定化アルゴリズムが熟練を要しない手法であることを確認している。

第6章(二関節駆動機構における特性の考察)では従来ロボットの単関節制御法での剛性制御(コンプライアンス制御)に対し,生体機構に見られる二関節駆動機構を考慮した剛性制御法や2関節駆動機構の実現法をまとめ,シミュレーションにより人間親和性向上の可能性を示している。

第7章(歩行補助装具の製作)では試作機として製作した歩行補助装具の構成を示しながら,実用化に向けた改良点をまとめ,歩行補助装具が実現すべき汎用性や多様性の指針を示している。

第8章(歩行補助福祉機器のまとめ)では第一部で提案した歩行安定化アルゴリズムの今後の課題と展望をまとめている。

第二部・車椅子福祉機器では,現在福祉機器において最も汎用性のある自走車椅子の,機能向上に対する制御技術の応用を述べている。

第9章(後方転倒防止支援機能)では力補助機能を有する車椅子における安全性と機動性能を両立させるために,まず従来の固定アシスト比制御の問題点を指摘し,可変アシスト比制御の提案を行い,その設計法を理論的に示している。また,実験により提案手法の効果を示し,被験者による評価実験から高い安全性を有していることを確認している。

第10章(重力外乱補償機能)では車椅子の傾斜路面での危険性を指摘し,重力ベクトルに着目した重力外乱補償機能として,走行中の外乱環境下において精度の高い重力ベクトル検出法を提案している。また,実験により重力ベクトル検出の精度向上を確認している。

第11章(介助者アシスト機能)では,従来のメカニカルな力センサ主体であった介助者アシスト機能を,計測と制御によるソフトウェアからの機能として提案している。コストや構造面での優位性について述べ,実験により実用性を示している。

第12章(片手漕ぎ操作機能)では,片手漕ぎ操作の利便性について述べ,関連研究を調査するとともに具体的な実現方法について考察と提案を行っている。

第13章(結言)では本論文を総括し,今後の福祉への制御工学を含めた工学的支援の課題と展望が示されている。

以上これを要するに,本論文は,これからの深刻な高齢化社会において必須となる移動用福祉機器において,制御技術が果たし得る役割を述べ,歩行補助と車椅子の開発を行ったものであり,歩行補助においてはヒトの歩行を表現し得る単純で斬新な制御手法,車椅子においては後方転倒防止や介助者アシストなどによる高機能化を提案し実機によって有効性を示したもので,電気工学,制御工学,福祉工学上貢献するところが少なくない。よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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