学位論文要旨



No 120061
著者(漢字) 板東,信尚
著者(英字)
著者(カナ) バンドウ,ノブタカ
標題(和) 時系列データを用いた高精度サーボ制御系設計法に関する研究
標題(洋)
報告番号 120061
報告番号 甲20061
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6003号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 古関,隆章
 東京大学 助教授 藤井,康正
内容要旨 要旨を表示する

 メカニカルシステムの高速・高精度制御を実現するためにはフィードバック制御器の高性能化が重要視されてきたが、最近では更なる性能向上のため、フィードフォワード的なアプローチがみられるようになってきた。本論文では、このような研究背景に対して、時系列データを用いた高精度サーボ制御系設計法について提案し、時系列データにより設計されたフィードフォワード入力がフィードバック制御では実現不可能であった性能まで制御性能を向上できることを報告する。

 第I部(第1章〜第7章)では、高性能な外乱抑圧を実現するために外乱推定値の時系列を利用し、外乱の種類に応じて、

1.センサからの伝達特性に基づいた外乱抑圧制御器の設計

2.再構成アトラクタを用いた非線形外乱の予測と抑圧

のそれぞれの手法を提案する。従来、サーボ制御系の外乱応答と目標値応答はフィードバック制御器とフィードフォワード制御器により、それぞれ独立に設計できることが述べられてきたが、フィードフォワード入力により外乱を抑圧する手法はロバスト安定性を犠牲にすることなく、外乱抑圧が可能になることから、最近ではその研究例も幾つかみられるようになってきた。第2章ではこれらの研究背景と本論文の提案手法の位置付けを行った。

 第3章では、センサからの伝達特性に基づいた外乱抑圧制御器の設計方法について、加速度センサを用いて加振源の情報を測定し、外乱までの伝達特性を精密に同定して、その推定およびフィードフォワード入力による外乱抑圧手法を提案した。

 第4章では、センサにより外乱の元情報が得られない場合に、カオス解析で用いられる再構成アトラクタを用いることによって、外乱時系列を幾何学的な軌跡に変換し、その軌跡の延長点から外乱の未来値を予測する非線形予測器を提案した。この手法により、外乱時系列が一見予測不可能に見えるものであっても未来値を予測し、時間遅れのない外乱抑圧が可能になることを示した。

 第5章では、第3章で提案したセンサからの伝達特性に基づいた外乱抑圧制御器を実際に磁気ディスク装置のヘッド位置決め制御系に適用し、提案手法により外部振動が存在したとしても、フィードフォワード入力により外部外乱を抑圧できること、また従来のフィードバック制御器では抑圧できない周波数帯の外乱であってもフィードフォワード入力により抑圧できることが実験により示された。これらの結果よりモバイル機器や携帯電話、車載用といった振動下であっても性能劣化が起こらない磁気ディスク装置が実現することが可能であることを示した。

 第6章では、第4章で提案した再構成アトラクタを用いた非線形外乱の予想と抑圧をカオス的な挙動を示す二重振り子に適用し、通常の方法では予測不可能な外乱であっても、本手法を用いることによって、精密に予測することができ、精度よく外乱を抑圧することができることを示した。

 一方、第2部(第8章〜第12章)では、今まで実現が不可能とされてきたSelf Servo Track Writer(磁気ディスク装置の製造装置)に対して誤差時系列を用いたフィードフォワード入力を用いることによって、安定してサーボトラックが描けることを示した。

 磁気ディスク装置の製造過程には、磁気ディスク装置を開封して外部からディスクのサーボトラックを描き込む工程が存在するが、この工程はクリーンルーム内で行われるために、近年のディスク容量の増大に伴い、サーボトラック書き込みの時間が増大し、コスト増大の問題が生じている。このような問題に対して、磁気ディスク装置が持つ位置決め機構と書き込み機構を利用することによって、磁気ディスク装置を開封することなく、磁気ディスク装置自身がサーボトラックを書き込むSelf Servo Track Writer(以後、SSTW)の研究が行われるようになってきたが、SSTWは幾周もサーボトラックを書き込む工程を経ることによってサーボトラックが乱れてしまい、その実現が不可能ではないかと考えられてきた。第9章では、現在使用されているServo Track Writerの現状と問題点、またSSTWの原理と実現を妨げている幾つかの問題点を挙げ、問題の定式化を図った。

 第10章では、SSTWが抱える問題点に対して、フィードフォワード入力を加えることによって、その問題が解決できることを示し、さらにヘッド位置推定アルゴリズムを提案した。これにより従来では不可能であった真円指令値への位置決め制御系が実現し、サーボトラックが発散してしまう問題を解決することが可能になった。また、ヘッド位置が推定できることから、従来の前周指令値に対する追従制御系であってもフィードフォワード制御器の設計が可能になり、さらに安定してサーボトラックを書き込むことができる手法を適用することに成功した。

 第11章では、この提案手法を実験により検証を行い、SSTWでサーボトラックを幾周も描いたとしてもサーボトラックが発散しないことを実証した。また実機での適用にあたり、サーボトラック書き込みまでの遅れに対する検討を行い、提案手法の拡張を行った。

 以上のように本論文では、高精度サーボ制御系設計のために検討してきた手法を2部にわたって述べた。第1部では、外乱推定値の時系列を用いることによって、フィードフォワード入力を設計し、センサからの伝達特性に基づく外乱抑圧制御器の設計、再構成アトラクタを用いた非線形外乱の予測と抑圧をそれぞれ提案し、提案手法による性能改善の効果を明らかにした。また、第2部では、今まで実現が不可能であると言われてきたSSTWについて、誤差時系列を用いることによって、ヘッド位置を推定し、安定してサーボトラックを描く手法を提案した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「時系列データを用いた高精度サーボ制御系設計法に関する研究」と題し,第1部では,外乱推定値の時系列データを用いた高性能外乱抑圧制御の設計法を,第2部では,誤差時系列データを用いた Self Servo Track Writer の実現方法をそれぞれ提案し,ともに今までは実現不可能であった画期的な制御性能が実現できることを示し,計算機シミュレーションおよび実機実験によってその有効性を明らかにしたものである。

第1部の第1章(緒言)では,本研究の背景と目的を述べ,本研究の位置付けを行っている。まず,従来,フィードフォワード入力は目標値応答特性を改善する手段として用いられてきたが,ここでは外乱抑圧制御にも有効であることなどを述べている。

第2章(外乱抑圧制御器の現状)では,外乱および従来の外乱抑圧制御器の分析と分類を行っている。フィードバック制御器による外乱抑圧手法を分析し,最近では,抑圧したい外乱が高周波数領域に移行していることから,ロバスト安定性を失い十分な抑圧ができないこと,従って本論文で提案するフィードフォワード外乱抑圧制御器が必要かつ有効であることを述べている。

第3章(センサからの伝達特性に基づいた外乱抑圧制御器の設計)では,加速度センサを用いて加振源の情報を測定し,外乱までの伝達特性を精密に同定して,その推定およびフィードフォワードによる外乱抑圧手法を提案している。実際には外乱は直接観測できないが,外乱オブザーバによる推定値を利用することによってこの問題を解決し,設計系の簡略化にも成功している。

第4章(再構成アトラクタを用いた非線形外乱の予測と抑圧)では,外乱元情報を得るセンサが使えない場合でも,カオス解析で用いられる再構成アトラクタの手法によって,外乱時系列を幾何学的な軌跡に変換し,その軌跡の外挿から外乱未来値を予測する非線形予測器を提案している。この手法により,外乱時系列が一見予測不可能に見えるものであっても,時間遅れのない外乱抑圧が可能になることを示している。

第5章(磁気ディスク装置ヘッド位置決め制御系への適用)では,第3章の提案を磁気ディスク装置のヘッド位置決め制御系に適用し,外部外乱を抑圧できること,また従来のフィードバック制御器では抑圧できない周波数帯の外乱も,フィードフォワード入力により抑圧できることを実機実験により検証している。この成果は,モバイル機器,携帯電話,車載用などの環境下であっても性能劣化のない磁気ディスク装置に応用可能である。

第5章(多軸マニピュレータへの適用)では,第4章の提案を,カオス的な挙動を示す二重振り子に適用し,通常の方法では予測不可能な外乱が制御系に加わったとしても,精密に外乱を予測・抑圧できることを,計算機シミュレーションおよび実機実験によって示している。

第7章(結言)では,第1部の成果と今後の課題をまとめている。

第2部の第8章(緒言)では,研究の背景と目的,すなわち,今まで実現が不可能とされてきた Self Servo Track Writer(磁気ディスク装置の自律的サーボトラック書き込み装置)の実現意義を述べている。磁気ディスク装置の容量増加に伴い,サーボトラック書き込み時間が増加してコスト増大の問題が生じているが,磁気ディスク装置が持つ位置決めおよび書き込み機構をそのまま用いてサーボトラックを書き込めば,飛躍的なコスト削減をもたらすと期待される。

第9章(Servo Track Writerの現状と Self Servo Track Writer への期待)では,Self Servo Track Writer の原理と実現を妨げているいくつかの問題点を挙げ,問題の定式化を行っている。精密な計算機シミュレーションモデルを作成し,フィードバック制御器のみでは,サーボトラックが発散し実現が不可能であることを示している。

第10章(フィードフォワード制御入力による Self Servo Track Writer の実現)では,フィードフォワード入力を加えることによって,問題が解決できることを示し,とくに,誤差時系列データに基づく画期的なヘッド位置推定アルゴリズムを提案して,フィードフォワード入力が精密かかつ容易に設計できることを示している。また,ヘッド位置が推定できることから,マルチレートフィードフォワード制御による完全追従制御を適用することが可能になり,さらなる高性能化が可能であることを示している。

第11章(Self Servo Track Writer への提案手法の適用と実験的評価)では,第10章の提案を用いてサーボトラックを書き込む実機実験を行い,サーボトラックを幾周描いてもサーボトラックが発散しないことを検証している。これにより,従来は不可能であるとされてきた Self Servo Track Writer の実現可能性が高まった。また,実機での適用にあたり,サーボトラック書き込み遅れを考慮した提案手法の拡張を行っている。

第12章(結言)では,第2部の成果と今後の課題をまとめている。

以上これを要するに,本論文は,高精度サーボ制御系の性能向上法として,フィードフォワードによる手法に着目し,第1部では,外乱の時系列データを用いた高性能外乱抑圧制御の設計法を提案,第2部では,誤差時系列データを用いたヘッド位置推定法を中心とする Self Servo Track Writer の実現法を開発し,ともに実機実験による有効性の検証を行ったものであり,電気工学,制御工学上貢献するところが少なくない。よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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