学位論文要旨



No 120063
著者(漢字) 山田,浩之
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヒロユキ
標題(和) インターネットにおけるモビリティサポートと無線QOS制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 120063
報告番号 甲20063
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6005号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 森川,博之
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 中山,雅哉
 東京大学 助教授 江崎,浩
内容要旨 要旨を表示する

 近年のモバイル通信の技術発展及び普及には目覚しいものがある。しかし、現在普及しているモバイル通信及びそれに関連するサービスは携帯電話網を利用して実現されるものである。そこで、インターネットを利用してこれと同等あるいはそれ以上のサービスを実現するための基盤技術として、インターネットにおけるモビリティサポートの研究開発が盛んに行われている。

 インターネットは携帯電話網と異なり、多数の管理組織に運営されるネットワークが相互接続された巨大ネットワークである。そのため、インターネットにおけるサービスは、常にその頑健性や安全性を脅かす要因に直面している。例えば、一管理組織の責任でネットワーク到達性を保証することは出来ない。これはサービスの頑健性を脅かす要因となる。また、通信相手のアドレスを指定して通信するというインターネットのアーキテクチャ上、通信相手端末に対して自端末のアドレスが原則的に露出する。そのため、端末のネットワーク上の位置の秘匿性が保たれないし、ネットワーク上の位置の露出が実世界でのユーザの位置のプライバシーを脅かすこともあり得る。その他にも、重要な役割を担うサーバのアドレスも原則的に露出するため、サービス拒否攻撃や不正アクセスの対象となり得る。これらは、サービスの中断やユーザの情報の流出などの危険性に繋がる。これらの問題は、単一組織が網全体を運営する携帯電話網では簡単に回避し得るが、インターネットでは重要な検討課題となる。

 このような観点から、本研究ではインターネットにおいて頑健性や安全性を備えたモビリティサポートを実現するシステムの検討、設計、実装を行う。具体的には、分散ハッシュテーブルを活用して構築した分散システムにより移動端末のサポートを行うことでサービスに対する頑健性を高め、シグナリングからデータ転送までの一連の処理を、各端末が任意の他端末や任意の他端末の管理を担当するサーバのアドレスを特定できないような方式とすることで、安全性を高める。本論文では、本システムの構成、動作説明、実装、基本性能評価について詳細に述べる。

 また、インターネットにおけるモバイル通信を的確に実現するためには、無線リンクにおけるQoS制御を欠かすことは出来ない。何故なら、無線リンクは有線リンクに比べ狭帯域かつ高遅延であるため通信のボトルネックになることが多く、そのような無線リンクではモバイル通信の主たるアプリケーションであるリアルタイムアプリケーションの性能確保や公平性維持のために、QoSに特に配慮しなければならないからである。中でも、近年急速に普及し、インターネット通信におけるラストワンホップを担う代表的なインフラとなっている無線LANを対象としたQoS制御はとりわけ重要である。無線LANにおけるQoS制御は、アクセスポイントによる集中制御で行うのが主流である。しかし、ユビキタスコンピューティング時代の到来により、想定される無線LANの利用形態が、従来型の静的なネットワークのみならず、移動端末が利用出来る無線リンクを通じて、その場、その時に応じて、動的に作られ、接続され、利用されるネットワークへと多様化するため、適用性の高い制御方式が必要となる。集中制御に代わりこの要求に応える代替案は分散制御である。

 このような観点から、本研究では、無線LANでリアルタイムトラフィックにおいて特に重要となる遅延を適切に制御する分散制御方式を提案、評価するする。具体的には、遅延の公平性や差別化を行う制御方式や、遅延揺らぎを従来方式と比べ大きく軽減するアクセス制御方式を提案する。まず、前者の遅延の公平性や差別化を行う制御方式であるが、フレームが端末内で送信されるのを待つ待ち時間をアクセス制御に反映させることで、簡単に遅延制御を可能にする方式である。待ち時間が大きいフレーム程優先的に送信するように制御することで遅延の公平性を高める他、優先度に応じた重みを制御パラメータとして導入することで遅延の差別化を可能にする。計算機シミュレーションの結果からは、本方式により無線LANでの遅延の公平性及び差別化が高精度で可能になることを示す。また、後者の遅延揺らぎ抑制方式では、現行の無線LANのバックオフ方式に潜在する遅延揺らぎを増幅する問題を解決すべく、待ち時間を制御に反映させるアクセス制御により遅延揺らぎを抑制する。計算機シミュレーションにより、本方式が無線LANにおける遅延の揺らぎを大幅に軽減することを確認する。

 本論文では、本研究で取り組んで来たインターネットモビリティを頑健かつ安全にサポートするシステム及び無線LANの分散型遅延制御方式に関してその研究成果を詳細に述べる。

 本論文の各章の内容は、次の通りである。

 第1章では、本研究の位置付け、意義、目的について総括的に述べた後、本論文で述べるモビリティサポートシステム及び無線LAN の分散型遅延制御について概要を述べる。

 第2章では、頑健かつ安全なモビリティサポートシステムの検討、設計、実装について詳述する。まず、研究の背景、インターネットにおけるモビリティサポートの従来研究について述べた後、従来研究の頑健性及び安全性における問題点を指摘する。その上で、頑健かつ安全なモビリティサポートシステムの要件として、特に、耐障害性、端末の位置秘匿性、サーバアドレスの隠蔽が重要であることを指摘し、これらの要件を満足するようなモビリティサポートシステムを検討する。結果、分散ハッシュテーブルに基づく分散システムと、端末の位置秘匿性やサーバアドレスの露出防止に適したシグナリング方式の導入により、モビリティサポートシステムを設計する方法をとる。その後、提案システムの実装及び考察、評価について述べる。

 第3章では、無線LANにおける遅延の公平性と差別化について、その実現方式、性能評価について詳述する。まず、無線LANにおける公平性や差別化を遅延を対象として行うことの意義と当該分野の従来研究について述べる。次に、遅延の公平性及び差別化の実現方式を述べる。本方式は、アクセス制御を各無線LANノードがフレームの待ち時間と優先度を指定する重みに応じて自律分散的に行うことで、遅延の公平性及び差別化を実現する。その後、提案方式の計算機シミュレーションによる性能評価について述べる。性能評価では、提案方式による遅延の公平性及び差別化が高い精度で可能となることを示す。

 第4章では、無線LANにおける遅延揺らぎ抑制について、その実現方式、性能評価について詳述する。まず、現行の無線LANで遅延揺らぎが生じる原因について述べる。次に、遅延揺らぎを抑制する方式について述べる。本方式は、適用性の高い完全分散型の制御方式であるとともに、現行の無線LANとの親和性を十分配慮して設計する。その後、提案方式の計算機シミュレーションによる性能評価を行う。性能評価では、提案方式を現行の無線LANに組み込むと、平均遅延やスループットなど他の性能をほぼ変えることなく遅延の揺らぎを大幅に抑制できることを示す。

 第5章では、本研究の成果についてまとめる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「インターネットにおけるモビリティサポートと無線QoS制御に関する研究」と題し、モバイル通信やそれに関連するサービスをインターネットを介して行うために必要不可欠な基盤技術であるモビリティサポート及び無線QoS制御において新方式を提案し、論じている。本論文で提案されているモビリティサポートシステムでは、インターネット上では実現することが困難なサービスの高い頑健性及び安全性が実現されている。また、本論文で提案されている無線QoS制御方式では、IEEE802.11型無線LANでは制御することが出来なかった遅延の公平性及び差別化が実現され、また現行無線LANに見られる遅延の揺らぎの削減が実現されている。本論文は全5章から成り、頑健かつ安全なモビリティサポートシステム、無線LANにおける遅延の公平性と差別化、無線LANにおける遅延揺らぎ制御などについて包括的に論じている。

 第1章では、「はじめに」と題し、インターネットでモバイル通信を行う際に、モビリティサポートや無線QoS制御が重要な基盤技術であること、また、インターネットにおけるモバイル通信の頑健性及び安全性、無線LANにおける遅延の公平性及び差別化、遅延揺らぎの抑制等未解決の課題が山積していることを述べ、本研究の目的を明確に述べている。

 第2章では、「頑健かつ安全なモビリティサポートシステム」と題し、インターネットにおいてサービスの頑健性や安全性を実現するにはどうすればよいかを議論し、頑健かつ安全なモビリティサポートシステムを提案、その構成、動作、仕様を示している。また、実装実験では、本システムが2秒程度のシグナリング遅延で正常に動作することを確認しており、実用性の観点でも問題ないと言える。

 第3章では、「無線LANにおける遅延の公平性と差別化」と題し、従来IEEE802.11型無線LANにおいて実現することが困難であった遅延の公平性及び差別化を実現する分散型遅延制御方式を提案し、評価している。本方式は、IEEE802.11無線LAN端末のバックオフ制御部に埋め込むだけで一切の制御用端末を必要とせず、自立分散的に遅延制御を行うものである。また、計算機シミュレーションによる性能評価では、高い精度で公平性及び差別化が実現出来ること、ビットレート、キュー長、フレームサイズ等の各種パラメータの影響を小さく抑え、パラメータによらず公平性が実現出来ることなどが示されており、動的環境における遅延特性やスループット特性など多角的に評価されている。

 第4章では、「無線LANにおける遅延揺らぎ制御」と題し、現行IEEE802.11無線LANの遅延揺らぎを軽減する分散制御方式を提案し、評価している。本方式は、IEEE802.11eで標準化が進められているEDCAと呼ばれる分散型QoS制御方式との親和性を考慮し、EDCA内でリアルタイムトラフィックの遅延揺らぎを抑えるように設計されている。また、計算機シミュレーションによる性能評価では、リアルタイムトラフィックとノンリアルタイムトラフィックが混在する無線LANをEDCAにより制御するという将来考えられる代表的な分散型無線LAN環境を想定して、本方式を導入することの効果を検証している。シミュレーション結果からは、本方式の導入によりリアルタイムトラフィックの遅延揺らぎが軽減されること及び、平均遅延やスループットなど他の属性はほぼ変化しないことが確認されている。

 以上これを要するに、本論文は、インターネットでモバイル通信及びそれに関連するサービスを行う上での重要な基盤技術となるモビリティサポート及び無線QoS制御の分野で、頑健性及び安全性の高いモバイル通信、またモバイル通信の品質や公平性を確保するための分散型遅延制御方式を提案し、実装実験及び計算機シミュレーションによりその動作検証及び有効性の実証を行ったものであり、情報通信工学において貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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