学位論文要旨



No 120065
著者(漢字)
著者(英字) Szemes Peter Tama"s
著者(カナ) セメシュ ペーター トマシュ
標題(和) 知能化空間での人間観察の基づくモーションコントロール戦略
標題(洋) Human Observation-based Motion Control Strategies in Intelligent Space
報告番号 120065
報告番号 甲20065
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6007号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 古関,隆章
 東京大学 助教授 佐藤,洋一
内容要旨 要旨を表示する

1. Research Background (研究の背景)

 インテリジェントスペース(iSpace)とは、CCDカメラやマイクロフォンに情報処理機能を搭載したユビキタスな知的センサおよびプロジェクタ、スピーカー、移動エージェントなどの様々なアクチュエータ群を分散配置することにより知能化された、部屋や廊下、通路などの生活空間のことである。

 iSpaceは、移動エージェントとして空間内に移動ロボットが存在し、それらは空間に対して物理的な作用を与えるために行動する。これらの移動エージェントはiSpaceのコアとなる存在であり、互いに協調して行動し、ユーザに対して知的なサービスを実現する。限定された知能を持つロボットであっても、iSpaceとの相互作用を通してさらに知的に行動できる。さらに、ロボットはiSpaceを通して、人間のジェスチャなどによる要求を理解することもでき、ロボットと空間との協調により効果的に人間をサポートできるようになる。また、iSpaceはロボットに加えてVR技術などを併用することにより人間が満足感を感じるような、物理的および精神的なサポートも与えることのできる可能性を秘めた空間である。このような機能は今後到来するであろう知的消費社会において欠くことのできないものである。

 知能には様々な定義があるが、与えられたアクションに対する反応であると考えることができる。ビヘイビアは状況(空間の状態)とアクションの間の一般化されたマッピングであるといえる。一方で、知能とは学習が可能であるという意味もある。iSpaceはこの二種類の知能の定義を統合することで知能ロボットの運動制御を行うことのできるプラットフォームである。iSpaceに存在する人間は瞬間的に知的な動作を生成している。iSpaceがセンシングされた情報から人間の様々な行動と反応の状況を評価し学習することで、状況に基づいた人間のビヘイビアが推定される。空間認識により推測された人間のビヘイビアはiSpaceにおける移動エージェントの制御のために用いられ、その結果、人間と同じように状況に応じて適応的に行動することが可能となる。

2. Research Aim and Motivation(研究目的)

 本研究の目的は、以下の通りである。

● 群集の一般的な歩行ビヘイビアを記述するための、人間観察プロセスとビヘイビア記述モデルの開発。空間内に分散した人間による歩行ビヘイビアを記述するための一般化されたビヘイビアマップの開発。歩行者のビヘイビアマップに基づいたリアルタイムで衝突回避が可能な動作計画アルゴリズムの開発。このような人間の通常の歩行動作に基づくことで、移動エージェントは人間の行動に支障をきたすことなく、動作計画通りに空間内を走行することが可能となる。

● 個々の人間の歩行ビヘイビアを記述するための人間観察プロセスとビヘイビア記述モデルの開発。人間観察プロセスは空間に分散配置されたセンサにより収集されたデータに基づき、観察した人間のローカルなエリアを記述することで人間のビヘイビアデータを抽出する。個々の人間の歩行ビヘイビアを用いることで移動エージェントの周囲のローカルな環境における動的変化に対処する。

 私たちは本研究の結果が人間ロボット共存環境における移動ロボットのナビゲーションの性能向上に寄与するものと考えている。これらの目的を達成するために、本研究は大きく分けて以下のような二つの研究テーマから構成される。

 第一の研究は、iSpaceにより観測及び分類される、一般的な歩行者のビヘイビアに基づいたリアルタイムで衝突回避が可能な大域的な動作計画に関する研究である。iSpaceは空間的に分散配置されたセンサネットワークを用いることで、歩行者の位置と速度を求めることができる。一般化ビヘイビアモデルは一定時間内の空間内の各地点における歩行者のビヘイビアを記述した観察データから生成される。一般化ビヘイビアマップは、入力データ間の相関に応じて、入力情報の関係を学習しそれ自身を自己組織化する、自己組織化ネットワーク(SOM)に基づいて生成される。

 第二の研究は、移動ロボットが人間と空間を共有するような動的な環境でも対処できるような、局所的なナビゲーションアルゴリズムに関する研究である。ここでは、移動ロボット周辺のローカルスペースがiSpaceにより観察される。収集したデータは、意図とは無関係なローカルスペース表現により統合される。この表現は移動ロボットの局所的なビヘイビアを制御するための入力として使用される。移動ロボットのローカルなビヘイビアは、iSpaceによる観察によって学習される、適応的なものである。このように、iSpaceは空間の観察から個々の歩行者のローカルなビヘイビアを抽出することが可能である。

 本研究の内容と論文の構成は図1に示す通りである。

3. Control Strategy-based on Generic Pedestrian Behavior Model

(一般的な歩行者のビヘイビアモデルに基づくコントロール戦略)

 一般的な歩行者のビヘイビア戦略とは、空間全体での歩行ビヘイビアを記述するものである。グローバルな観測マップは、iSpaceによる観察データから計算される。図2(左)はグローバルな観測マップ、各ノードにおいて計算された平均速度ベクトルをシミュレーションにより表現した例を示している。このマップは空間全体にわたる歩行者の歩行ビヘイビアを示している。

 コンフィグレーションスペースは、既知のノードでの平均速度を表すものである。図2(右)は、コンフィグレーションスペースの例を示している。コンフィグレーションスペースは、学習ベクトル量子化(LVQ)によって計算される。各ノードの初期ウェイトは、ファジーデータクラスタリング方法により観測速度から直接計算される。単純平均による計算に対してのこの方法の有利な点は、LVQの自己組織化が可能なことである。LVQは観測された歩行者の一般的なビヘイビアが経時的に変化する場合に、その構成を変化させる。

 運動経路はコンフィグレーションスペースにおけるLVQのノードから生成される。経路計画方法としては、LVQのノードを辿っていくヒューリスティックな探索方法を用いている。経路探索はスタートノードから開始され、ゴールの方向に向かう速度ベクトルで構成されるノードを選択していく。ターゲット方向に向かう速度ベクトルがない場合、近傍のノードから適切な速度ベクトルを探し出す。近傍に適切な方向を指す速度ベクトルからなるノードもない場合には、ターゲットと最も近い方向を選択する。この方法は、同時に全ての移動ロボットが同じマップを使用できるため、ロボット同士の協調のための経路が同じコンフィグレーションスペースで計算されるという点で有効である。

4. Control Strategy-based on Individual Pedestrian Behavior Model

(個々の歩行者のビヘイビアモデルに基づくコントロール戦略)

 歩行者個々のビヘイビアは個人の動きやその個人の周囲の環境の状態を記述するものである。ここでは、個人の周囲における意図とは無関係なビヘイビアの表現として、ローカルスペースが紹介される。ローカルスペースはpolar occupancy spaceに基づいているものの、各セクターは他の特徴により拡大されている。セクターの特徴は、近傍のオブジェクトにより占有される領域に比例するオキュパンシー、壁のような近傍のオブジェクトもしくは他の移動オブジェクトの移動度、移動する近傍の速度により表される。図3(左)はデータ収集の様子とローカルスペースによる表現例を示している。分散配置された知的センサ(DIND)と移動エージェントは、空間から情報を収集し、それらのデータは観測されたオブジェクト(図3(左)のベージュの三角形)に統合される。

 図3(右)は、本論文で導出されるMOTビヘイビアモデルを示している。MOTビヘイビアモデルはターゲット追跡のためのサブビヘイビア(T)と障害物回避のためのサブビヘイビア(O)を取り扱う。観測されるオブジェクトの動きベクトル(M)は二つのベクトルの和として表される。このベクトルは、観測されたオブジェクトがtangential な動きに追従することを仮定した、(v-ω) 座標系において計算される。このような2次元の動きは速度と角速度の2変数で表される。

5. Summary (結言)

 本研究では、移動ロボットのためのモーションコントロール戦略が提案された。モーションコントロール戦略は、グローバルナビゲーション(経路生成)およびローカルナビゲーションから構成されている。人間が常に自らの位置および他の障害物の位置を変動させる、極めて動的な人間-ロボット共存環境において、移動ロボットを制御することは困難である。

 本論文では、iSpaceによる観察された歩行者のビヘイビアに基づく移動ロボットのモーションコントロール戦略を提案した。歩行者のビヘイビアとして一般的なビヘイビアおよび個々のビヘイビアを選択し、それらを統合することによって動的環境での大域的な経路生成と局所的な運動制御を融合した移動ロボットのモーションコントロール方法が確立された。一般的な群集のビヘイビアは移動ロボットの大域的な経路生成に用いられ、そのビヘイビアは観測された歩行者の時空間的な特徴に基づいて表された。動的環境変化に対応するため、歩行者個々のビヘイビアも同様に観測され、ファジーニューラルネットワークを用いて局所的な歩行者のビヘイビアが学習された。このようなファジーニューラルネットワークを用いた学習によって、移動ロボットが一般的な歩行者のビヘイビアによって生成された経路に従って行動する際の、局所的な環境の変化に対応することが可能となる。

 提案された移動ロボットの制御フレームワークによって、人間‐ロボット共存環境において、移動ロボットが一般的な歩行者のような自然な振る舞いを実現できる能力を持つことができる。

図1. 本研究の構成

図2. 各ノードで観測された平均速度ベクトル(左),コンフィグレーションスペース(右)

図3. 移動ロボット制御のためのキーコンポーネント

ローカルスペース(左),MOTビヘイビアモデル(右).

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「Human Observation-based Motion Control Strategies in Intelligent Space(知能化空間での人間観察に基づくモーションコントロール戦略)」と題し、全6章から構成され、知能化空間において人間の行動の観察から行動軌跡をクラスタライズして、移動エージェントに対してグローバルな動作計画を与えること、及び人間の行動モデルをFuzzy Neural Networkで表現し、移動エージェントのローカル空間でのモーションコントロールを提案し、それらを実験によって実証し有効性を明らかにしたものである。

 第1章では、「序論」と題し、本研究の背景と目的を述べ、空間知能化技術を用いて人間の行動の観察により、移動エージェントの動作計画及びモーションコントロールを実現することを提案している。

 第2章では、「空間知能化 - 研究背景」と題し、空間知能化に関連する研究と本研究の前提となる知能化空間について述べている。先行研究に関しては、分散センサネットワーク、ヒューマンマシンコミュニケーション、空間内のオブジェクトの状態による行動認識手法などについて述べている。次に、本研究で扱う空間知能化の基本構成要素であるDIND(分散知能化ネットワークデバイス)および、空間からの支援によって行動する移動エージェントについて紹介している。さらに、空間内の歩行者を追跡し、位置や速度のような歩行者の特性を集めるための人間トラッキング手法についても紹介している。

 第3章では、「一般的な歩行者の行動モデルに基づく制御戦略」と題し、歩行者の観察の蓄積によって構築される行動マップに基づいた移動エージェントの行動計画を述べている。行動マップを構築するために必要な、人間歩行に関する速度や方向など検出手法及び行動軌跡のクラスタライズ手法を述べ、実データによるシミュレーションを行い、移動エージェントに対するグローバルな動作計画を導いている。

 第4章では、「個々の歩行者の行動モデルに基づくコントロール戦略」と題し、ローカルな空間での個々の歩行者の観察による学習をFuzzy Neural Networkで実現し、人間の行動モデルとして提案している。人間の行動モデルは移動エージェントに与えられローカルな空間でのコントロール戦略を実現し、人間のように障害物を回避することを実システムでの実験を通して明らかにしている。

 第5章では、「個々および一般的な行動モデルの統合」と題し、第3章および第4章で提案した人間の行動の観察からのグローバルな行動計画とローカルスペースでのFuzzy Neural Networkを用いた行動モデルを統合した移動エージェントのモーションコントロール戦略について述べている。このモーションコントロール戦略は長期学習と短期学習を用いることによって実現され、移動エージェントが歩行者と同じように振る舞い、人間を妨げることなく人間-ロボット共存環境で行動することを可能にするフレームワークを提案している。このフレームワークは実環境での実験を通してその有効性が示されている。

 第6章では、「結論」として、本研究で得られた成果をまとめ、残された問題と今後の研究方向を述べている。

 以上これを要するに、本論文は、知能化空間において人間の行動の観察から行動軌跡をクラスタライズして、移動エージェントに対してグローバルな動作計画を与えること、及び人間の行動モデルをFuzzy Neural Networkで表現し、移動エージェントのローカル空間でのモーションコントロールを提案し、それらを統合し実験によってその有効性を明らかにしたものであり、電気工学、ロボット工学に貢献することが少なくない。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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