No | 120070 | |
著者(漢字) | 大矢,忍 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオヤ,シノブ | |
標題(和) | III-V 族強磁性半導体とそのヘテロ構造 : 新しい四元混晶強磁性半導体(InGaMn)As および強磁性半導体トンネル接合におけるトンネル伝導現象 | |
標題(洋) | III-V based ferromagnetic semiconductors and their heterostructures : A new quaternary alloy ferromagnetic semiconductor (InGaMn)As and tunneling transport in ferromagnetic semiconductor tunnel junctions | |
報告番号 | 120070 | |
報告番号 | 甲20070 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6012号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 電子工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、従来の半導体エレクトロニクスに今まで使われてこなかった"電子のスピン"という新しい自由度を取り入れて、今までにない新しい機能を持つ次世代のデバイスを作製しようという試みが盛んに行われている。数nsオーダーの高速なスピン反転を利用した超高速半導体不揮発性メモリ、スピンMOSFET、再構成可能な論理回路、集積型半導体光アイソレータ、量子コンピュータなどの様々な今までにないデバイスが、電子のスピン自由度を半導体に取り入れることによって実現できると期待されている。この新しい研究分野は「半導体スピンエレクトロニクス」と呼ばれており、この分野の研究は、現在、世界的に活発に行われている。 これらのデバイスを実現する材料として最も期待されているのが、強磁性半導体(Ferromagnetic semiconductor; FMS)である。FMSは、非磁性の化合物半導体にMnなど遷移金属磁性元素を数%程度以上添加することによって作製される混晶半導体であり、これまでにII-VI族化合物半導体をベースとした(CdMn)Te、(ZnMn)Te、 (ZnCr)Teなどや、III-V族化合物半導体をベースとした(InMn)As、(GaMn)Asなどが研究されてきた。FMSは通常の金属磁性体や磁性酸化物とは異なり、単結晶であること、分子線エピタキシー法(Molecular beam epitaxy; MBE)で成長可能であること、原子レベルでの急峻な界面をもつヘテロ構造が作製可能であること、原子レベルでの膜厚制御が可能であること、量子サイズ効果と強磁性を組み合わせることによって新しい機能を実現できる可能性を有することなど、様々な利点を持つ。 これらの利点を最も発揮できるIII-V族FMSの研究は、(InMn)Asや(GaMn)Asなどの三元混晶を用いたものに限られてきた。しかし、四元混晶の強磁性半導体(InGaMn)Asを作製することができれば、従来の三元混晶にはない様々な自由度を持つことが期待される。(InGaMn)AsはIn組成を変えることによって、バンドギャップを0.4から1.5 eVまでの大きな範囲で制御することができる。InP基板上に成長できるため、1.3 μmまたは1.55 μmの波長にバンドギャップを合わせることができれば、光通信への応用も期待される。また、In組成を変えることによって、バンド構造や歪を制御することができる。これにより磁化容易軸(磁気異方性)の制御が可能となる。このように(InGaMn)Asは様々な潜在的な可能性を有する。しかし、本研究が行われるまで(InGaMn)Asの研究は全く行われてこなかった。 本研究では、(InMn)Asや(GaMn)Asと同様に、(InGaMn)Asが低温分子線エピタキシー(Low-temperature MBE; LT-MBE)を用いてGaAs(001)基板およびInP(001)基板に成長できることを初めて示した。InP基板に成長した場合、最大で21%という高濃度のMn組成をもつ(InGaMn)Asを成長することに成功した。(強磁性GaMnAsにおいては9%、InMnAsにおいては20%程度のMnを導入できると報告されている。)様々なMn濃度を有するInP基板上[(In0.53Ga0.47)1-xMnx]Asに対してX線解析を行い、Mn濃度が増加するに従って、格子定数がベガード側に従って線形に増加することを示した。さらに、磁気円二色性(Magnetic circular dichroism; MCD)の測定を行い、(InGaMn)Asのバンド構造がGaMnAsと同様に閃亜鉛鉱型であることを明らかにした。また、In組成を変えることによって、MCDスペクトルのE0ピークがシフトすること、すなわちバンドギャップを制御できることを示した。InP基板上[(In0.53Ga0.47)0.88Mn0.12]AsのMCD測定においては、GaMnAsで報告されてきた値よりも3倍程度大きい500 mdegにおよぶ大きなMCD強度が観測され、 (InGaMn)Asが磁気光学効果の大きな材料であることを示した。InP基板上[(In0.53Ga0.47)1-xMnx]AsのMCD測定において、Mn濃度が増えるに従ってMCDスペクトルのE0ピークが高エネルギー側にシフトする現象を観測し、Mn濃度の増加に対してバンドギャップが増加している可能性を示唆した。MCDの磁場依存性の測定および磁気輸送特性の評価により、低温における(InGaMn)Asの強磁性転移を観測した。また、(InGaMn)Asへの歪の加え方によって、垂直磁気異方性と面内磁気異方性を制御できることを示した。成長後の低温アニールが (InGaMn)Asのキュリー温度を向上させる上で非常に有効であり、特にInP基板上[(In0.44Ga0.56)0.79Mn0.21]Asに対して低温アニールを施すことによって、最高で130 Kの高いキュリー温度が得られた。これはIn系FMSにおいてこれまでに報告されている値としては最高値である。 現在、金属強磁性体をベースとした強磁性体/絶縁層(数nm)/強磁性体からなる三層構造の強磁性トンネル接合(Magnetic tunnel junction; MTJ)の研究が活発に行われている。この構造において、電子が絶縁層をトンネルする方向に流れる時、両強磁性層の磁化が平行である時にトンネル抵抗が低くなり(この時の抵抗をRPと定義)、反平行磁化の時に高くなる(この時の抵抗をRAPと定義)。この現象をトンネル磁気抵抗効果(Tunneling magnetoresistance; TMR)と呼ぶ。この現象の大きさを表す指標として「TMR比」= (RAP-RP)/RP がよく用いられる。近年、この現象を応用した不揮発性、高速性を有する磁性ランダムアクセスメモリ(Magnetic Random Access Memory; MRAM)の研究・開発が精力的に進められている。MRAMは次世代メモリとして注目されている。2004年には16MbitのMRAMがInfineon社とIBM社で開発され、注目を集めた。しかし、今までMTJの研究は、多結晶やアモルファス材料を用いたものがほとんどであった。MTJにおいては、電子が絶縁層をトンネルするため、界面の平坦性が大変重要である。従って、もし、これらの構造を単結晶かつ急峻な界面を有するFMSを用いて実現できれば、さらに大きなTMRが得られると考えられる。実際に、近年、GaMnAs/AlAs/GaMnAsやGaMnAs/GaAs/GaMnAs MTJが作製され、それぞれにおいて75% (8 K)、290% (0.39K)という非常に大きなTMRが観測された。これらの結果はFMSがMTJ材料として大変有望であることを意味する。 MTJの電極材料として四元混晶であるInGaMnAsを用いれば、In組成を変えて障壁高さ、歪、バンド構造などを制御でき、TMRをさらに大きくしたり、あるいはバンド構造の変化がTMRに与える影響を明らかにしたりすることができると期待される。また、歪によって垂直磁化膜が得られれば、将来の高集積化に対して大変有利である。本研究では、InGaMnAs / AlAs / InGaMnAs MTJを作製し、2.4%と小さいながらも明瞭なTMRをIn系FMSを用いたヘテロ構造において初めて観測した。また、このMTJ素子に対して超電導量子干渉素子(Superconducting quantum interference device; SQUID)による磁化測定を行い、成長条件の最適化によってキュリー温度が向上すれば、TMR比が増加することを示唆した。 FMSを用いて量子サイズ効果と磁性を組み合わせることができれば、FMSの可能性はさらに広がる。理論計算により、GaAsやGaMnAsを量子井戸として有するGaMnAs / AlAs / GaAs / AlAs / GaMnAs共鳴トンネルダイオード(Resonant tunneling diode; RTD)やGaMnAs / AlAs / GaMnAs / AlAs / GaMnAs RTDにおいては、それぞれ800%、106%程度もの大きなTMRが得られると予測されている。さらに、量子井戸に電極を作製することによって、スイッチング機能を有する不揮発性メモリなどの新しいデバイスを実現しようという提案も行われている。GaMnAsをベースとした量子構造の作製および量子サイズ効果の観測が試みられ、磁気光学効果の測定によってGaMnAs中における量子サイズ効果の存在が示唆されている。しかし、磁気輸送特性の測定においては、上記のGaAs量子井戸構造とGaMnAs量子井戸構造のいずれにおいても、量子サイズ効果は全く観測されておらず、またその理由も明らかにされていない。 本研究では、In0.4Ga0.6Asを量子井戸として有するGa0.94Mn0.06As / AlAs / In0.4Ga0.6As / AlAs / Ga0.94Mn0.06As RTDを作製し、反平行磁化の時の抵抗が平行磁化時の抵抗よりも低くなるという今までFMSヘテロ構造において観測されたことのない「負のTMR」と、「AlAs膜厚の増加に伴いTMR比が正と負の間で振動する現象」を、FMSヘテロ構造において初めて観測した。 さらに、Luttinger Kohn k・p Hamiltonianモデルおよびtransfer matrix法を用いてGaMnAs / AlAs / InGaAs / AlAs / GaMnAs RTDにおけるTMRの振る舞いに関する理論計算を行い、実験的に観測されたTMR振動がInGaAs量子井戸における量子サイズ効果に起因することを示唆した。 | |
審査要旨 | 本論文は「III-V based ferromagnetic semiconductors and their heterostructures: A new quaternary alloy ferromagnetic semiconductor (InGaMn)As and tunneling transport in ferromagnetic semiconductor tunnel junctions(III-V族強磁性半導体とそのヘテロ構造:新しい四元混晶強磁性半導体(InGaMn)Asおよび強磁性半導体トンネル接合におけるトンネル伝導現象)」と題し、英文で書かれている。本論文は、新しい四元混晶強磁性半導体(InGaMn)Asおよび強磁性半導体を用いたトンネル接合におけるトンネル伝導現象についての研究成果を記述しており、全6章から成る。 第1章は「"Spintronics" and the Aim of This Work」であり、スピン自由度を利用したエレクトロニクスに向けた研究の状況と背景を述べ、本論文の目的を示している。 第2章は「Introduction of Recent Research on Ferromagnetic Semiconductors and Heterostructures」であり、本研究の対象物質である強磁性半導体およびそのヘテロ構造の基本的性質とその課題についてまとめている。 第3章は「Properties of Quaternary Alloy Ferromagnetic Semiconductor (InGaMn)As Grown on InP」であり、InGaAsにMnを添加した新しい4元混晶強磁性半導体(InGaMn)AsのInP基板上への分子線エピタキシー(MBE)による成長に成功し、その構造評価、磁性、磁気光学効果、磁気輸送特性を明らかにした結果について述べている。均一にMnを添加した4元混晶半導体が低温MBE成長によって得られInP基板に格子整合すること、強いp型で強磁性を示すこと、大きな磁気光学効果と閃亜鉛鉱型バンド構造をもつこと、異常ホール効果を示すことなどを明らかにした。特に、Mnを21%含む(InGaMn)Asにおいては、強磁性転移温度が130K程度となり、Inを含むIII-V族強磁性半導体のこれまでの報告値の中では最高値である。 第4章は「Tunneling Magnetoresistance in III-V-Based Ferromagnetic Semiconductor Heterostructures」であり、III-V族強磁性半導体(GaMn)Asおよび前章で作製した(InGaMn)Asを電極とする強磁性半導体ヘテロ接合を用いた強磁性トンネル接合(MTJ)を作製し、そのトンネル磁気抵抗(TMR)効果を実験的に研究した結果を述べている。GaMnAs/AlAs/GaMnAs単一障壁MTJでは11Kにおいて56.3%のTMR比を観測しTMR比がAlAs障壁膜厚を増すと単調に減少すること、(InGaMn)As/AlAs/(InGaMn)As単一障壁MTJでは初めてTMRを観測したこと(9.3KにおいてTMR比2.4%)を述べている。さらに共鳴トンネル効果とTMR効果を同時に観測するため、GaMnAs/AlAs/InGaAs/AlAs/GaMnAsから成るInGaAs量子井戸と二重障壁をもつMTJを作製し、負のTMRとTMR比がAlAs膜厚に対して振動する現象を見出している。 第5章は「Theoretical Calculations of Tunneling Magnetoresistance in III-V-Based Ferromagnetic Semiconductor Heterostructures」であり、sp3s*強結合近似とLuttinger-Kohnモデルを用いることにより、III-V族強磁性半導体ヘテロ接合MTJのTMRの理論計算を行っている。まず、sp3s*強結合近似とトランスファー行列法により、GaMnAs/AlAs/GaMnAs単一障壁MTJのTMRについて理論計算を行い、TMR比がAlAs障壁膜厚を増すと単調に減少する理由は、界面に平行な波数ベクトルk//が大きな領域でのトンネル確率が減少するためであることを明らかにしている。さらに、Luttinger-Kohnとトランスファー行列法により、GaMnAs/AlAs/InGaAs/AlAs/GaMnAsから成る二重障壁MTJのTMRについて理論計算を行い、前章の実験で示されたTMR比の振動現象が共鳴トンネル効果によるものであることを示唆している。 第6章は「Conclusions and Outlook」であり、本論文全体の成果を総括するとともに、その意義と将来の研究課題を述べている。 以上のように、本論文では、新しい四元混晶強磁性半導体(InGaMn)Asを形成しその基本物性を明らかにするとともに、Mnを21%含む(InGaMn)Asにおいては、Inを含むIII-V族磁性半導体の強磁性転移温度としては最高値である130K程度を達成した。さらに、強磁性半導体GaMnAsおよびInGaMnAsを用いた強磁性トンネル接合におけるトンネル伝導現象につき詳細な実験的及び理論的研究を行い、負のトンネル磁気抵抗(TMR)効果や障壁膜厚に対するTMR比の振動など新現象を見出したものであり、電子工学、材料工学、デバイス工学上、寄与するところが少なくない。 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |