学位論文要旨



No 120071
著者(漢字) 齋藤,真澄
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,マスミ
標題(和) 室温動作高機能シリコン単電子デバイスに関する研究
標題(洋) Room-Temperature Operating Highly-Functional Silicon Single-Electron Devices
報告番号 120071
報告番号 甲20071
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6013号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平本,俊郎
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 浅田,邦博
 東京大学 教授 桜井,貴康
 東京大学 教授 高木,信一
 東京大学 助教授 藤島,実
内容要旨 要旨を表示する

 過去30年間にわたり、MOSFETの微細化による大規模集積回路(VLSI)の高集積・高性能化が実現されてきた。最先端MOSFETのゲート長は既に50 nmを下回る領域に到達している。しかしデバイスサイズのスケーリングの進行と共に、MOSFETの微細化を阻む様々な問題が顕在化しつつある。中でも消費電力の急激な増加は、今日のユビキタス時代において最も深刻な問題である。

 本研究の目的は、極微細サイズにおいて性能が向上する新原理シリコンデバイスを既存のMOSFETと併用することによって、現在のVLSI技術の限界を打ち破ることである。本研究では、2種類の新原理ナノデバイス、シリコンナノクリスタルメモリ(メモリ応用)とシリコン単電子/単正孔トランジスタ(SET/SHT)(論理応用)について幅広く研究を行なう。この2種類のデバイスに極狭チャネル構造を導入することにより、性能及び機能性の著しい向上を図る。本研究は実際に作製したデバイスを用いた実証をベースとしており、実用の観点から室温での動作に焦点を当てる。

 シリコンナノクリスタルメモリはゲート酸化膜中にナノクリスタルフローティングゲートを埋め込んだMOSFET型のメモリであり、既存のフラッシュメモリと比べてよりスケーリングに適した、将来の不揮発性メモリの有力候補であると考えられている。本研究では、MOSFETチャネル構造の変更によるシリコンナノクリスタルメモリの性能向上(チャネル構造エンジニアリング)を提案する。作製した極狭細線チャネル(幅10 nm以下)ナノクリスタルメモリにおいて、古典的ボトルネック効果及び量子閉じ込め効果に起因する、巨大な閾値電圧シフト、長保持時間及び高速書き込みといった優れた性能を得ることに成功した。究極の単電子メモリの実現に向けての第一歩として、ドットからの単電子放出に起因した電流の階段状増加を幅5 nmのチャネルを有するデバイスにおいて室温で明瞭に観測した。極狭細線チャネルナノクリスタルメモリのスケーリングにおける課題及び将来展望について、主に特性ばらつきの観点から議論する。

 SETはMOSFETにおける連続的なチャネルの代わりに2つのトンネル障壁で挟み込まれた1つの極微細ドットを有するデバイスであり、その動作は単電子の操作をベースとしている。シリコンSET/SHTは将来の超高集積・超低消費電力LSI回路の基本要素になることが期待されている。本研究では、シリコンSET/SHTの動作温度を著しく向上させる新作製手法を開発する。SET/SHTの構造としては、ウェットエッチング及び少量熱酸化で形成した極狭チャネル(幅5 nm以下)を有するMOSFETを用いる。チャネル形成プロセスの最適化及びp型デバイス(SHT)の採用により、過去最高の電流山谷比(PVCR)(マルチドット型SHTでは106、単一ドット型SHTでは40.4)を有する巨大なクーロン振動を室温で観測した。極狭チャネルにおけるドットとトンネル障壁(SHT構造)の形成メカニズムとしては、チャネル幅/高さの揺らぎや酸化誘起歪みなどが考えられる。

 室温動作SET/SHTにおいては、極微細ドット中の巨大な量子準位間隔に起因する量子力学的効果が発現する。実際に作製したSET/SHTにおいて、ドット中の離散的な量子準位を介した共鳴トンネリングによる負性微分コンダクタンス(NDC)を初めて室温で観測した。観測したNDCのPVCRは11.8と大きく、これは全ての平面型シリコンNDCデバイスの中で最高の値である。このように室温動作SHTで観測された、ゲートで制御可能なNDCという新しい機能性を生かした、高機能論理及び柔軟なスタティックメモリを提案かつ実証する。クーロンブロッケード振動とNDCを組み合わせることにより、1つのSHTだけで2入力の排他的論理和(XOR)演算を室温で実現した。この回路方式は論理回路中のデバイス数の大幅な削減を可能にするものである。また、1枚のチップ上に作製した、NDCを示すSHTと負荷MOSFETを接続することにより、0.2 Vという低い電源電圧でのゲート制御可能なスタティックメモリ動作を室温で実証した。このスタティックメモリは非常に小型でかつCMOS VLSIとの整合性が高いという特徴も持つ。

 集積SHT回路の実現のため、制御性の高い極狭細線チャネルSHTの作製プロセスを開発する。作製したデバイスにおいて、1000以上のPVCRを有する極めて巨大なクーロン振動を室温で観測した。単一のゲート下に作製した2つのSHTを用いた電流スイッチを初めて室温で動作させることに成功した。また、実用的な回路応用のために不可欠な技術として、SHT及び直列狭チャネルMOSFET中に埋め込まれたナノクリスタルへの正孔注入によるクーロンブロッケード振動のピーク位置と電流の制御法を提案し、かつ室温で実証した。さらに、SHT固有の特性を最大限に活用するため、埋め込みナノクリスタルを有するSHTを用いた超小型アナログパターンマッチング回路を提案する。提案したパターンマッチング回路の第一実証として、1枚のチップ上に作製した埋め込みナノクリスタルを有する3つの室温動作SHTを用いて、3成分ベクトル間の距離計算を行なった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「Room-Temperature Operating Highly-Functional Silicon Single-Electron Devices」(和訳:室温動作高機能シリコン単電子デバイスに関する研究)と題し,英文で書かれている.本論文は,室温で動作する単電子デバイスの高機能化に関して述べたもので,全6章より構成される.

 第1章は「Introduction」(序論)であり,限界が近いとされるシリコンMOSトランジスタの技術動向と,シリコンナノ構造を積極的に利用した新機能デバイスの重要性についてまとめており,本論文の背景と目的を明確にしている.

 第2章は,「Silicon Nanocrystal Memory with Ultra-Narrow Wire Channel」(極狭細線チャネルを有するシリコン微結晶メモリ)と題し,シリコン微結晶メモリの特性を向上させるためにチャネル構造を極狭細線化する全く新しい手法を提案し,実験によりその有効性を実証している.

 第3章は,「Fabrication of Room-Temperature Operating Silicon Single-Electron/Single-Hole Transistors」(室温動作シリコン単電子/単正孔トランジスタの作製)と題し,単電子トランジスタの動作原理を述べるとともに,単電子/単正孔トランジスタの動作温度を上げるためのデバイス構造とプロセス技術を提案している.また,シリコン量子ドットがチャネル中に自然形成される機構を明らかにし,単電子トランジスタより単正孔トランジスタの方が動作温度が高いことを実験的に示している.実際に単正孔トランジスタを作製し,室温で電流山谷比が40を越える単一ドットの単正孔トランジスタの作製に成功している.この室温山谷比の値は,単一ドット系単電子/単正孔トランジスタの世界最高記録である.

 第4章は,「Quantum Mechanical Effects in Room-Temperature Operating Silicon Single-Electron /Single-Hole Transistors and Their Circuit Applications」(室温動作シリコン単電子/単正孔トランジスタにおける量子力学的効果とその回路応用)と題し,シリコン量子ドット中の量子効果がデバイス特性に与える影響とその回路応用について述べている.室温で大きなクーロン振動を示す単正孔トランジスタでは,シリコンドット径が約2nmと極めて小さいため,量子効果が発現する.その結果,単正孔トランジスタの特性に室温においても負性微分コンダクタンスが現れることを実験的に示している.この特性を利用したデバイスの高機能化として,単一のデバイスで2入力の論理動作を行う手法を提案し,室温において実証している.また,単正孔トランジスタとMOSトランジスタを集積した室温動作のSRAMの提案・実証にも成功している.

 第5章は,「Room-Temperature Operating Integrated Silicon Single-Hole Transistor Circuits」(室温動作集積シリコン単正孔トランジスタ回路)と題し,室温動作単正孔トランジスタの集積化と回路応用について述べている.まず,単正孔トランジスタを集積化するためには高歩留まりが必須であることから,制御性のよいデバイス作製プロセスを開発し,室温動作単正孔トランジスタを2個集積した電流スイッチ回路の試作・実証に世界で初めて成功している.また,ディジタル回路以外の単正孔トランジスタの応用として,アナログパターンマッチング回路を提案し,3個の集積単正孔トランジスタを用いて3成分のベクトルのマンハッタン距離を求める回路を試作して,室温においてその動作を実証した.この回路はこれまでにない単電子/単正孔トランジスタの新しい応用であり,単電子/単正孔トランジスタの有用性を実証する重要な成果である.

 第6章は「Conclusions」(結論)であり,本論文の結論を述べている.

 以上のように本論文は,シリコン単電子/単正孔トランジスタを室温で動作させるデバイス・プロセス技術を開発し世界最大の振動特性を得ることに成功するととともに,室温動作単電子/単正孔トランジスタの高機能化を実現し,その特性を生かした回路応用を世界で初めて提案・実証したものであって,電子工学上寄与するところが少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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