学位論文要旨



No 120072
著者(漢字) 関野,正樹
著者(英字)
著者(カナ) セキノ,マサキ
標題(和) 生体における電気的現象の磁気共鳴イメージングおよび数値解析に関する研究
標題(洋) Magnetic Resonance Imaging and Numerical Simulations of Electric Phenomena in Living Bodies
報告番号 120072
報告番号 甲20072
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6014号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 広瀬,啓吉
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 田中,雅明
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,生体における電気的現象の磁気共鳴イメージング(magnetic resonance imaging: MRI)および数値解析に関する新しい手法を提案する.電磁場を用いた治療におけるメカニズムの理解や,最適な治療条件の検討,電磁場の生体影響の定量的な評価のためには,生体における電気的現象を非侵襲的に計測あるいは推定することが必要である.MRIを用いて磁場や導電率を画像化する試みはいくつか報告されているが,これらはデータ処理の煩雑さや長い測定時間,測定対象に関する制約などのため,実用化されるまでに至っていない.流体運動は,電気化学反応における重要な輸送機構であるにも関わらず,流速分布を定量的に画像化した報告はない.脳内ニューロンの電気活動の時間的,空間的な分布を測定することは,脳機能の研究において非常に重要であるが,時間分解能,空間分解能ともに優れた画像化手法はまだ確立されていない.精神疾患の治療のために行われる電気痙攣療法(electroconvulsive therapy: ECT)を,より侵襲の小さい経頭蓋的磁気刺激(transcranial magnetic stimulation: TMS)で代替する試みが行われているが,両者の脳内電流分布の違いは明らかにされていない.これらの問題を解決するために,本論文では,磁場および導電率,流体運動を画像化するための,MRIを用いた新しい方法を提案し,さらにECTおよびTMSにおける電流分布の数値解析を行った.

磁場イメージングの手法では,測定対象内の磁場の強さに比例する磁気共鳴周波数のシフトと,その結果として生じる信号低下を利用した.Bloch方程式にもとづいて,電流および励起パルスの印加時における巨視的磁化の運動を定式化した.その式を数値的に解いて,電流が発生する磁場と画像の信号強度との関係を求めた.本手法の有効性を実験的に確認するため,主磁場4.7 TのMRI装置を用いて,ファントムの測定を行った.球形のファントムの中央に設置した直線状の導線に,100 mAの電流を流した場合と流さない場合について,画像を測定した.電流を流した場合は,発生する磁場により共鳴周波数のシフトが生じ,導線の周囲の信号強度が低下した.数値解析から求めた磁場と信号強度の関係を利用して,ファントム内部の磁場分布画像を得た.測定から得られた磁場分布画像は,理論的な予測値とよく一致した.本手法の実現により,測定対象内部の磁場分布を3次元的に画像化することが可能となった.本手法は,診断や治療を目的として生体に外部から加えられる電流,例えば骨の低周波電気刺激,心臓の電気的除細動,電気痙攣療法などの画像化に応用できる.

導電率イメージングの手法では,水の拡散係数と導電率との関係を利用して,拡散テンソルMRIの信号から導電率を推定した.ラットの脳およびヒトの脳を対象として,測定を実施した.MPG (motion probing gradient)を6方向に加えた.拡散の速い成分は細胞外空間に由来するというモデルに基づき,b factorの増加による信号減衰から,細胞外空間の割合とその拡散係数を推定した.イオン伝導における静電気力と粘性抵抗の釣り合いの式およびStokes-Einsteinの式を用いて,細胞外空間の導電率を求め,さらに細胞外空間の割合による補正を行って,組織の実効的な導電率を計算した.導電率異方性の高い領域は,白質中に多く認められた.大脳皮質,脳梁,錐体路に置いた関心領域において,MCはそれぞれ0.10 ± 0.03 S m-1,0.12 ± 0.02 S m-1,0.08 ± 0.01 S m-1であり,AI (anisotropy index)はそれぞれ0.07 ± 0.03,0.60 ± 0.07,0.65 ± 0.05であった.脳梁および錐体路は大脳皮質に比べて高い導電率異方性を示した.推定されたヒトの脳の導電率は,組織を切り出して直接的に測定した結果とよく一致した.生体組織の導電率を得るために,従来は,目的とする臓器あるいは組織の中の一点を切り出して導電率を決定し,その値で臓器や組織の全体を代表させるという方法がとられていた.しかし,この方法は非一様な導電率を持つ組織(例えば脳の白質)には必ずしも適用できなかった.本研究で提案された手法により,異方性を持った導電率の組織内での分布を画像化することが,初めて可能になった.

電気化学反応に伴う流体運動の測定を,pulsed-gradient spin-echo (PGSE)法およびtime-of-flight法を利用して行った.円柱形反応槽に0.1 M ZnSO4水溶液を満たし,500 μA cm-2の直流電流を印加した.q gradientを最大1.1102 mm-1まで印加し,q gradientのパルス間隔Δ = 45 msにおける流体の変位の確率分布(average propagator)を求めた.対流運動が生じた場合は,対流によるスピンの輸送のため,average propagatorの半値幅が広がった.円柱軸方向について,対流が生じていない場合と生じている場合の半値幅は,それぞれ(8.5 ± 1.3)×(10-2 mm,(4.1 ± 0.3)×10-2 mmであった.さらに,流速の各方向成分を磁気共鳴信号の位相変化から計算し,流速分布画像を得た.円柱軸方向の流速の最大値は2.9 mm s-1であった.続いて,生理食塩水のファントムに電流を流した場合の対流を,time-of-flight法により測定した.円柱形反応槽に生理食塩水を満たし,両端に白金電極を置いた.円柱軸が水平になるようにMRI装置に置き,電流を1.0 mA cm-2まで加えた.流れが生じた領域は,スライス面への不飽和スピンの流入のため,画像の信号強度が増加した.電流1.0 mA cm-2における最大流速は0.85 cm s-1であった.これらの手法の実現により,流体運動に影響を与えることなく,速度分布を3次元的に画像化することが可能になった.電気化学反応において,流体運動は反応速度に大きな影響を与える.本手法は,電気化学反応系における輸送現象の評価に応用が可能である.

ラットの脳を対象として,ニューロンの電気活動に由来する微弱な磁場の検出を試みた.一対の白金線電極を,坐骨神経上に4 mmの間隔で置き,電気刺激を加えた.大脳皮質体性感覚野と交わるように厚さ2 mmのスライスを設定し,T2*強調画像を測定した.励起パルスの印加を,電気刺激と同時,30 ms後,60 ms後,90 ms後,・・・270 ms後と10段階に変化させた.左の体性感覚野では,刺激時の信号強度と非刺激時の信号強度との間に,ほとんど差が認められなかった.右の体性感覚野では,刺激時の信号強度が,非刺激時の信号強度に比べて大きかった.これは,右の体性感覚野の活動に由来する,BOLD効果による信号の増加である.右の体性感覚野において,刺激後0〜30 msの信号強度が一時的に減少した.検出感度の理論的な予測から,ラットの脳に発生する10-10 Tまたはそれ以下の磁場まで検出が可能であると予測される.したがって,右の体性感覚野において刺激後0〜30 msに認められた信号の低下は,ニューロンの電気活動に由来するものであると考えて矛盾はない.脳内ニューロンの電気活動の時間的,空間的な分布を測定することは,脳機能の研究において重要である.従来の方法を使って,例えば機能的MRIから得た空間的な情報と,脳磁図から得た時間的な情報を組み合わせたとしても,活動部位が刻々と移り変わっていく様子を完全に画像化することはできなかった.本手法により,脳活動のダイナミックな変化を画像化することが初めて可能になった.

ECTおよびTMSの数値解析は,単純化した3層モデルおよび詳細なモデルの2種類を用いて行った.3層モデルはMRIをもとに作成し,導電率の異なる脳,頭蓋,頭皮の3層から構成した.ECTのモデルでは一対の電極間に100 Vの電圧を与えた.TMSのモデルでは直径6 cmの8字コイルを頭頂に置き,コイルに3.0 kA,4.2 kHzの交流電流を流した.ECTでは頭蓋の持つ大きな抵抗のため,電流は大部分が頭皮を伝わって流れ,脳内では小さい電流密度で広範囲に分布した.脳内の最大電流密度は234 A m-2であった.TMSは頭蓋の影響を受けず,脳内に効率的に渦電流を誘導した.脳内の最大電流密度は322 A m-2であり,ECTと同程度の電流が脳内に誘導された.続いて,詳細な頭部モデルを用いて,ECTに近い電流分布を与えるような,TMSの条件を求めた.モデルの空間分解能は4 mmであり,各点が24種類の組織に分類された.TMSは直径50 mm,75 mm,100 mmの8字コイルにて行った.コイル位置を頭頂から前頭へ向けて移動させた.ECTとTMSにおける電流分布の差を評価するための関数を定義した.この関数に最小値を与えるようなTMSの条件を求めた.今回計算した条件の中では,直径100 mmのコイルに電流87 kAを加えた場合に最適な結果が得られた.これらの解析により,電気痙攣療法と経頭蓋的磁気刺激における電流分布の相違が,初めて明らかになった.また,精神疾患の治療に適した磁気刺激の条件が決定された.

以上の結果から,生体における電気的現象の理解や電磁場の医療応用を目的とした諸研究に,特に手法面での前進がもたらされた.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Magnetic Resonance Imaging and Numerical Simulations of Electric Phenomena in Living Bodies (生体における電気的現象の磁気共鳴イメージングおよび数値解析に関する研究)」と題し,magnetic resonance imaging (MRI)および数値解析を基にして,生体内の電気的現象を画像化する新しい手法とその有効性について論じたものである.全体で11章から構成されており,英文で書かれている.

 第1章はIntroduction (序論)であり,研究の背景と目的を述べている.脳機能のイメージングや,電磁場の医療応用において,生体における電気的現象を非侵襲的に計測あるいは推定することが必要であることを論じている.しかし,それを実現する手法がまだ開発されていないことを指摘し,これを解決するために,本論文ではMRIおよび数値解析を基にした新しい手法を提案することを述べている.

 第2章はMagnetic Resonance Imaging of Magnetic Fields (磁場の磁気共鳴イメージング)と題し,測定対象内の磁場の強さに比例する磁気共鳴周波数のシフトと,その結果として生じる信号低下を利用して磁場を画像化する手法について論じている.球形のファントムの中央に設置した直線状の導線に電流を加え,ファントム内に発生する磁場を測定している.磁場の測定結果が理論的な予測とよく一致することを示し,測定結果の妥当性を述べている.

 第3章から第5章はMagnetic Resonance Imaging of Conductivity (導電率の磁気共鳴イメージング)と題し,水の拡散係数と導電率との関係を利用して,拡散テンソルMRIの信号から導電率を推定する手法について論じている.ラットの脳およびヒトの脳を対象として,異方性を持った導電率の分布を画像化し,特に脳梁や錐体路などでは,神経線維の配向構造により導電率が高い異方性を有することを明らかにしている.この手法の実現により,脳内の導電率分布を得ることが初めて可能になる.生体の電磁場を解析する際に導電率分布を得ることは不可欠であり,この結果は,例えば磁気刺激における誘導電流分布の解析,脳波や脳磁図における順問題や逆問題の解法,電磁場を用いた温熱療法の評価,電磁場の安全性の評価などに有用である.

 第6章から第7章はMagnetic Resonance Imaging of Fluid Motion in Electrochemical Systems (電気化学反応系における流体運動の磁気共鳴イメージング)と題し,電気化学反応に伴って生じる対流の速度分布を画像化する手法について論じている.電解質溶液を満たしたファントムに電流を流し,発生する対流の三次元的な速度分布を,time-of-flight法およびpulsed-gradient spin-echo法を用いて画像化している.この手法は,流体運動に影響を与えることなく,電気化学反応系における輸送現象を評価できるという特徴を有する.

 第8章はDetection of Magnetic Fields Generated by Neuronal Electrical Activities Using Magnetic Resonance Imaging (ニューロンの電気活動により発生する磁場の磁気共鳴イメージングによる検出)と題し,脳内ニューロンの活動に由来する微弱な磁場を検出する手法について論じている.ラットの坐骨神経に電気刺激を加え,大脳体性感覚野におけるMRIの信号強度の変化を測定し,刺激後0 - 30 msにおいて信号が一時的に減少することを検出し,この信号減少がニューロンの電気活動に伴う磁場に由来するものであることを明らかにしている.すなわち,MRIを用いたニューロンの電気活動の直接的な検出が,数十msの時間分解能と1 mm以下の空間分解能を持つ新しい脳機能イメージングを可能にすることを論じている.

 第9章から第10章はNumerical Simulations of Electromagnetic Fields in Living Bodies (生体内の電磁場の数値シミュレーション)と題し,電気痙攣療法と経頭蓋的磁気刺激における脳内電流分布の数値シミュレーションについて論じている.解剖学的な情報に基づいたヒト頭部の三次元的なモデルを用いて,有限要素法に基づいた解析を行うことで,これらの治療法における電流分布の相違を初めて明らかにし,さらに経頭蓋的磁気刺激を用いて電気痙攣療法と同様の治療効果を得るために最も適した刺激条件を求めている.

 第11章はConclusions (結論)であり,本論文の成果をまとめている.

 以上これを要するに,本論文では磁場,導電率,流体運動などをMRIにより画像化する手法,ならびに生体内の電磁場分布を数値シミュレーションにより評価する手法を提案し,その有効性を実証したもので,これらの成果は脳機能研究や医用生体工学をはじめとする諸分野に応用が可能であり,電子工学の発展に寄与するところが少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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