学位論文要旨



No 120081
著者(漢字) 徳永,祐介
著者(英字)
著者(カナ) トクナガ,ユウスケ
標題(和) 磁気光学的手法を用いたペロブスカイト型遷移金属酸化物の磁気ドメイン観察
標題(洋)
報告番号 120081
報告番号 甲20081
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6023号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 為ヶ井,強
 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 教授 永長,直人
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 助教授 朝光,敦
内容要旨 要旨を表示する

 ペロブスカイト型Mn酸化物、Ti酸化物においては共にスピン・軌道・電荷の自由度の結合が多彩な電子相を生んでいる。Mn系においては巨大磁気抵抗効果の発現などからも、磁性と伝導の結合は明らかであり、微視的な磁気情報を得ることはまた伝導をも制御する鍵となると考えられる。これらの系における磁気ドメイン観測についてはいくつか報告がなされているが、多くの研究は低磁場領域にかぎられており、そのダイナミクスについてはそれほど調べられていないのが現状である。比較的大きな磁場中で起こる巨大磁気抵抗効果との相関を調べるには、磁場中での磁気ドメイン観察を行う必要がある。また、Ti系酸化物のなかでもGdFeO3タイプの歪みの大きなYTiO3はt2g軌道秩序を持ちモット絶縁体でありながら強磁性体でもあるという稀な例となっているが、その強磁性磁区についてはこれまで観察例がなかった。本研究ではインジゲータ磁性膜の磁気光学効果を用いてこれらの系のいくつかについてミクロスコピックな磁気的情報を得ることを目的とした。

1、層状ペロブスカイト型Mn酸化物La2-2xSr1+2xMn2O7(x=0.32)

La2-2xSr1+2xMn2O7はその層状構造に起因する異方性からx=0.3付近に一軸異方性をもつ温度・組成領域を有する。Welpらはx=0.32の組成において低温で迷路状磁区を観測している。Mn酸化物においては磁性と伝導は密接に結びついており、これらの磁区構造を操作できれば伝導特性をも制御できる可能性がある。本研究では磁区構造の外場による操作を試みた。試料はLa2-2xSr1+2xMn2O7(x=0.32)単結晶のへき開面(ab面)を用いた。試料は120 K付近で強磁性転移し、ab面を磁化容易面とするが、70 K付近から低温では一軸異方性をもち、この低温領域では迷路磁区構造が報告されている。c軸方向への磁場の印加に関しては前述のWelpらにより磁区構造にはそれほど大きな変化がおこらないことが報告されているので、ここでは主に面内に磁場を印加した場合に話を限る。20 Kにおいて、ab面内方向に磁場を印加すると、迷路状磁区が磁場方向へ引き伸ばされていくのが観測された(図1(c))。さらに磁場を印加していくと、2800 Oe程度の磁場の印加により磁区は磁場方向に揃えられたストライプ状になった(図1(b))。さらに興味深いことにc軸方向に500 Oe程度のバイアス磁場を印加した状態でab面内方向に磁場したときには、磁区構造はストライプではなくバブル状になることが見出された(図1(d))。

これらの構造は印加磁場を切っても安定であった。これらの構造を形成するのに必要な面内磁場の大きさには顕著な温度依存性が認められた。この温度依存性は試料の一軸異方性定数の温度変化に対応するものであると考えられる。生成される磁区構造のサイズが試料の厚さに対して顕著に変化することも厚さ勾配をつけた試料を観察することで確かめた。以上のように、この系での磁区構造が外部磁場、特に面内成分の大きな磁場の印加により操作可能であることが分かった。

2、層状ペロブスカイト型Mn酸化物(La1-zNdz)1.2Sr1.8Mn2O7(z=0.4)、(La1-zPrz)1.2Sr1.8Mn2O7(z=0.6)

La1.2Sr1.8Mn2O7はdx2-y2型軌道がドミナントな容易面型の強磁性体であるが、Laサイトをイオン半径の小さなNdやPrで置換してゆくとa/cが小さくなり、軌道タイプはd3z2-r2型へ移行していき、強磁性金属(FMM)相が抑制されて基底状態が常磁性絶縁体(PI)へと移っていくことが報告されている。置換率が中間の領域では二つの相は競合しており、(La1-zNdz)1.2Sr1.8Mn2O7(z=0.4)や(La1-zPrz)1.2Sr1.8Mn2O7(z=0.6)では無磁場下では低温までPIであるが、数Tの磁場の印加により、磁場誘起のPI-FMM転移が起こることが報告されている。転移後のFMM状態はc軸を磁化容易軸とし、低温では磁場を切っても安定であり、長い寿命をもつ。この転移過程と転移後の磁気ドメイン構造の変化を調べる目的で、磁性膜の磁気光学効果を用いた観測を行った。ここでは常磁性膜であるEuSe膜をインジゲータ膜として用いることにより、数kOe以上の磁場中での観察を可能としている。サンプルは単結晶試料のへき開または研磨面(ab面)を用いた。観察は10 Kでまずc軸方向に磁場Hmaxを印加し、その後印加磁場Hpicまで下げた状態で行った。Hmaxを強磁性転移の途中の磁場まで上げて、そこから磁場を下げたときには、どちらのサンプルにおいても結晶成長方向に垂直に走る強磁性ドメインと思われる構造が観測された(図2(a))。強磁性転移がおこりかつ磁化が飽和するのに十分な磁場を印加してから磁場を下げた場合は、この成長方向とは相関が失われた(失われかけた)強磁性磁区構造が観測されている(図2(b)-(d))。このような変化は結晶成長時の何らかのstriationに起因し、結晶成長方向に沿って強磁性転移磁場が異なる層が積層しているためと考えられる。すなわち、適当な磁場下では転移磁場が低い領域だけが強磁性転移し、これが磁気光学像の縞として観測される。一方、サンプル全体が転移するに十分に大きな磁場を印加した後には系は完全に強磁性転移し、一様な強磁性の構造になっているものと考えられる。面内で電気伝導度の異方性を調べると、どちらの組成のサンプルについても低温、低磁場領域で電気抵抗率に成長方向(MOにより観測される縞と垂直な方向)とこれに垂直な方向で異方的な振る舞いが観測されている(図3は(La1-zNdz)1.2Sr1.8

Mn2O7(z=0.4)についての結果)。この振る舞いは観測される磁気構造と対応している。

3、強磁性モット絶縁体YTiO3

YTiO3は共鳴X線散乱や偏極中性子回折などによりt2g軌道の秩序が確認されているが、モット絶縁体としてはめずらしくTc〜30 Kの強磁性体でもあることが知られている。この物質では、ゼロ磁場下で冷却(ZFC)後、低温においてc軸(容易軸)方向のM-H曲線がゼロ磁場からプラトーを持った後、急激に立ち上がるようなメタ磁性転移的な振る舞いや、弱磁場下でのM-T曲線が大きな温度ヒステリシスを示すなど(図4(a))、弱磁場下で磁化異常が報告されている。本研究ではこれらの磁化の異常な振る舞いの原因を調べる目的で強磁性磁区観測および微小ホール素子を用いた局所磁化測定を行った。ゼロ磁場冷却後のab面についてはTc以下で複雑に入り組んだ迷路状の磁区構造が観測された(図4(b))。強磁性磁区はM-H曲線にメタ磁性転移的な異常が観測される低温領域においても観測される。この磁区構造は10 Oe程度の磁場の印加に対してはほとんど変化しない。一方、10 Oeの磁場下で磁場中冷却した場合には得られる磁区はZFC時とは大きく異なり、泡状磁区などが多く含まれた状態になる(図4(c))。平均的には磁場方向を向いたドメインの比率が大きくなっており、これが図4(a)のM-T曲線におけるFCとZFCの違いの元となっている。磁場差像を用いて解析を行った結果、M-H曲線におけるメタ磁性転移的な振る舞いの現れる低温では、弱磁場の印加に対して磁区にほとんど変化が現れないことが分かった。磁場感知部分のサイズが30 μm角のホール素子を用いてZFC後の5 Kにおける局所的なM-H曲線の立ち上がりを繰り返し測定した結果(図5(a))、局所的な初期磁化の値はサイクルごとに異なるものの、この初期磁化の値によらずM-H曲線は同じ磁場で急峻な立ち上がりを示すことが分かった。これらの結果は低温領域において強磁性磁区は形成されているものの、弱い磁場の印加に対しては磁壁の移動が、ある大きさの磁場までは起こっていないことを示している。すなわち、バルクの磁化測定において観測されたメタ磁性転移的な振る舞いの起源は反強磁性-強磁性転移を示すものではなく、磁壁のピン止め力の低温領域での増大によるものであることが示唆される。FCとZFCでのM-T曲線の違いも同じ起源で説明できると考えられる。通常の強磁性体において、初期磁化曲線におけるはじめの変曲は可逆磁壁移動から不可逆磁壁移動への変化によるものであると言われているが、YTiO3の低温においてはこれがバルクの磁化曲線に顕著に現れていることから、低温で働くようになるピン止め中心がサンプル中に均一に分布していると考えられる。磁化の立ち上がる磁場は低温に向け指数関数的に上昇することも明らかとなった(図5(b))。

結論

1. La2-2xSr1+2xMn2O7(x=0.32)の磁区構造が面内磁場および面内から傾いた磁場の印加により磁場方向に整列したストライプおよびバブルになることを見出した。

2. (La1-zNdz)1.2Sr1.8Mn2O7(z=0.4)および(La1-zPrz)1.2Sr1.8Mn2O7(z=0.6)のPI-FMM転移過程における磁気ドメイン構造の変化を観測した。転移の過程において結晶成長方向に垂直に走る縞状の磁気構造を観測した。またこれに平行な方向および垂直な方向で面内の電気伝導が異方的であることを見出した。

3. YTiO3単結晶の強磁性磁区構造を観察した。低温・低磁場領域における磁化の異常が磁壁のピン止め力の上昇によるものであることを示した。

図1:La2-2xSr1+2xMn2O7(x=0.32)の磁区構造の変化。

図2:(La1-zNdz)1.2Sr1.8Mn2O7(z=0.4)の磁区構造の変化。矢印は結晶成長方向。

図3:(La1-zNdz)1.2Sr1.8Mn2O7(z=0.4)の抵抗率の温度依存性。

図4:YTiO3における(a)低磁場におけるM-T曲線、(b)ZFC後(c)H=10 OeでFC後の磁区構造。

図5:微小ホール素子により測定したYTiO3の(a)局所的なM-Hの立ち上がり、(b)M-Hの立ち上がる磁場の温度依存性。

審査要旨 要旨を表示する

 高温超伝導体の発見を期に盛んになった強相関電子系の研究は、様々な広がりを見せている。なかでも、スピン・軌道・格子・電荷の自由度が複雑に絡み合い、多様な基底状態をみせる遷移金属酸化物を中心とする物質系に関心が集まっている。

 このような物質系の中で、ペロブスカイト型マンガン酸化物は、巨大磁気抵抗効果等の外場に対して巨大応答を示すことが知られており、その機構・デバイス応用等の研究が盛んに行われている。この系では2重交換相互作用により、電気伝導と磁性が密接に絡んでいる。これまで、電気伝導特性や磁気特性等のマクロな物理量の測定とそれらの関係に関する研究は行われてきたが、ミクロな磁気構造をもとに輸送現象を理解しようというものは無かった。本論文では2種類の層状ペロブスカイト型マンガン酸化物における磁区構造の観察・制御と、その輸送特性との関連が報告されている。1軸異方性を持つ強磁性を示す層状ペロブスカイト型マンガン酸化物では、面内磁場と面垂直磁場の同時印加による磁区構造の制御が試みられている。また、常磁性絶縁体相を準安定状態に持つ層状ペロブスカイト型マンガン酸化物では、磁場印加による強磁性金属相への転移過程にける特異な強磁性領域の発生を観測している。さらに、この不均一な強磁性領域の起因と、その輸送特性に対する影響が詳細に議論されている。

 一方、チタンはd電子を1つだけ持つため基底状態は単純であるかに思われるが、典型物質であるYTiO3は複雑な軌道秩序と、強磁性絶縁体という稀な基底状態を持つ。本論分では、これまで報告されていなかったYTiO3における磁区構造及びその磁場変化も併せて報告されている。

 本論文は全6章より構成されている。緒言に続く第1章では、本研究の対象であるマンガン酸化物およびチタン酸化物に関する研究背景及び、物質紹介がなされている。第2章では、本研究で用いた実験手法である磁気光学法が、他の局所磁場測定法と比較しながら解説されている。第3章から第5章に3種類の強相関電子系に属するマンガン酸化物およびチタン酸化物における磁区観察結果とその考察が詳述されている。第3章では、層状ペロブスカイト型マンガン酸化物La2-2xSr1+2xMn2O7 (x=0.32)における磁区観察が報告されている。特に、面内磁場により、強磁性体に特徴的な迷路状磁区が面内磁場方向に引き延ばされたストライプ状磁区に変化することを明らかにした。また、面垂直磁場の存在下において面内磁場を印加することにより、バブル状の磁区が生成することを示した。この、バブル状磁区は磁場を取り除いた後も安定に存在する。これらの面内磁場による磁区構造の変化は、磁性ガーネット等の1軸異方性を持つ典型的強磁性体で観測されたものと定性的に同じであることを指摘している。第4章では磁場印加により強磁性金属相に転移する層状ペロブスカイト型マンガン酸化物(La1-zNdz)1.2Sr1.8Mn2O7 (z=0.4)および酸化物(La1-zPrz)1.2Sr1.8Mn2O7 (z=0.6)における絶縁体-金属転移に伴う強磁性領域の生成及び磁場変化を報告している。発生した強磁性領域は、常に結晶の成長方向と垂直に広がる。この結果、強磁性領域は金属的伝導を示すため、正方晶であるにも拘らず電気抵抗に面内異方性が生じる。このような特異な強磁性領域の生成は、結晶成長時に発生した結晶欠陥等によるものとしている。5章では、低温で強磁性を示すモット絶縁体であるYTiO3における強磁性磁区と、その磁場変化を報告している。c軸を容易軸とする迷路状の磁区が明確に観測されている。磁場をc軸に印加したときに観測される磁化曲線の異常を、局所磁場測定によっても明瞭に確認している。すなわち、ある閾磁場までは試料の磁化は変化せず、それ以上の磁場では試料全体が磁化し始める。この磁化過程は均一ではなく、変化の激しい点が散在する。高分解能磁気光学観察から、このような場所では、磁場と反対向きに磁化した磁気ドメインが急速に縮んでいることを見出している。これらのことから、磁化曲線に見られた異常はメタ磁性転移のようなものではなく、磁壁のピン止めに関係していると結論している。また、閾磁場の温度依存性と高温超伝導体における臨界電流の温度依存性との類似性を指摘している。6章は総括であり、研究結果がまとめられている。

 以上を要約すると、本論文は典型的な強相関電子系であるマンガン酸化物およびチタン酸化物における磁区構造の観察・制御、およびその輸送特性との関係を明らかにしたものである。強相関電子系に属する物質系においても従来の磁性理論の範囲で理解される磁区構造が実現していることを明らかにしたものであり、物性物理学、物理工学の発展に寄与するところは大きい。よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格であると認められる。

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