学位論文要旨



No 120085
著者(漢字) 丁,景福
著者(英字)
著者(カナ) チョン,グョンボク
標題(和) 材料設計によるフォトリフラクティブポリマーの高機能化
標題(洋) High-Performance Photorefractive Polymer by Material Design
報告番号 120085
報告番号 甲20085
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6027号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 志村,努
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 田中,肇
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 教授 荒木,孝二
内容要旨 要旨を表示する

研究背景と目的

 フォトリフラクティブ効果は、光強度分布に応じて屈折率変化が生じる現象であり、外界の変化に適応可能な干渉計測や実時間画像処理、ホロクラフィックメモリなどの次世代フォトニック情報処理のキーデバイス可能性がある。フォトリフラクティブ材料としては主に、無機材料を中心に研究されてきたが1994年Arizona大学の研究グループによって無機結晶を凌駕する効果の大きなポリマー材料(PVK:DMNPAA:ECZ:TNF)が提案された。しかし、この材料は応答速度が遅く、微結晶化による劣化が激しいため実用化には耐えないという問題も抱える材料であった。また、これまで行なわれてきた研究では、各過程で優れた特性を示す分子を添加することによる高性能化が検討されてきたが、十分な結果は得られていない。具体的に、フォトリフラクティブポリマーの実用化には、(1)大きな屈折率変化、(2)速い応答速度(msあるいはサブms)、(3)材料の安定性(寿命)をすべて同時に満足する材料が必要である。そこで、本研究では材料設計による高性能のフォトリフラクティブポリマー材料の開発を目的として研究を行なった。

非線形分子の構造改良によるフォトリフラクティブポリマーの高速化

 有機フォトリフラクティブ材料では、非線形分子の電場配向による複屈折格子が大きな回折効率をもたらすが、その一方で細長い形をした非線形分子は回りにくいために電場配向速度が遅く、フォトリフラクティブ応答速度も遅くなる。そこで大きな分極率の異方性を保持したまま、構造を変えることにより分子を回りやすくし、大きな屈折率変化と速い時定数を両立させるフォトリフラクティブポリマー材料を開発することを試みた。非線形分子の電場配向速度を速くするための基本的アイデアは、非線形分子DMNPAAに分極への寄与の小さいアルキル基を側鎖として付与することによってフリースペースを増やし、電場による分子の回転を容易にすることである。試料としては4種類の側鎖を付与した非線形分子(NLO)を合成し、PVK:TNF:NLO:BisCzProというHost-Guest型フォトリフラクティブポリマーを用いた。図1に改良した非線形分子の構造を示す。 改良した非線形分子を含む材料ではDMNPAAを含む材料より電場配向速度が速くなった。特に、一番速い材料m3p4のポーリング時定数は16 msであり、DMNPAAのポーリング時定数24 sに対して約1500倍速くなり高速化を達成した。側鎖の導入により電場配向速度が速くなった理由は、ガラス転移温度が低くなっていること、大きなfree volumeを持つこと、そして、材料中での非線形分子の分散性が良くなったためであると判明した。フォトリフラクティブ効果による回折効率の立ち上がり時間は97ms (I=2W/cm2, E=54V/μm)で、DMNPAAを用いた系と比較して約100倍の高速化を達成した。

TPD系ポリマーのフォトリフラクティブ応答速度の高速化

 電場配向速度の向上に比べてフォトリフラクティブ応答速度の向上が小さかったということは、光照射による空間電場の形成が律速過程となっていることを示している。さらなる高速化を実現するためには、キャリアを効果的に生成するための増感剤と移動度が大きい電荷輸送剤の模索が必要である。そこで、従来盛んに用いられている電荷輸送剤であるPVK (poly(n-vinylcarbazole)より3桁程度移動度の大きいTPD (N,N'-diphenyl-N,N'bis(3-methylphenyl)-(1,1'-biphenyl)-4,4'-diamin)をベースにしてフォトリフラクティブ特性を調べた。空間電場形成速度を決定する光伝導度を測定した結果、TPD系材料(PS:TPD:m3p4:C60)はPVK系材料(PVK:m3p4:BisCzPro:TNF)より一桁大きくなった。フォトリフラクティブ応答速度に対しても、TPD系材料がPVK系材料より速くなり、材料の組成比を最適化することによってPS:TPD:m3p4:C60 (10:43:45:2 wt %)の試料で約3ms(I=837 mW/cm2, E=40V/μm)程度の非常に速いフォトリフラクティブ応答を達成した。しかし、この材料は回折効率が約0.5%程度の低いという欠点があった。

ホストーゲストフォトリフラクティブポリマの安定性

 一般的に、Host-Guest形フォトリフラクティブポリマー材料は高い性能を示すが極性を持つ非線形分子による微結晶化が起こり易い、すなわち、材料の寿命が短いという大きな問題があった。そこで、フォトリフラクティブポリマーの実用化のためには材料の安定性を解決することが必要である。フォトリフラクティブポリマー材料の寿命はガラス転移温度、融点及び非線形分子の構造、材料の保存温度などで決まる。

本研究では、非線形分子m3p4にアルキル基を導入して非線形分子を改良することになり、融点を下げ、微結晶を抑制した。図2に非線形分子の構造を示す。室温で試料の安定性を調べた結果、m3p4を含む試料は一週間以内に微結晶化が起こったが、改良した非線形分子m3p2,6を含む試料は2ヶ月以上安定な状態になった。また、m3p2,6を持つ試料は成膜した際の均一性も良好であり、外部電場にも強くて100V/mmまで掛けられるようになった。そこで、フォトリフラクティブ応答速度約33ms, 回折効率49%(@E=100V/μm, I=942mW/cm2)の非常に高性能を示した。

 以下の表1にこれまでに行なった材料のガラス転移温度及びフォトリフラクティブ特性を示す。

結論

 本研究では、非線形分子の構造改良及び材料組成比の最適化を行うことによって、2ヶ月以上の寿命、33ms程度の速い応答速度、49%の高い回折効率を示す高性能のフォトリフラクティブポリマー材料を開発した。

Figure1. Chemical structures of nonlinear optical chromophores sub stituted with one and two alkyl groups.

Figure2. Chemical structures of nonlinear optical chromophores.

Table 1. Photorefractive parameters of PVK-based and TPD-based composites used in this thesis.

審査要旨 要旨を表示する

 有機フォトリフラクティブポリマーは、より優れた特性の実現のための材料設計の自由度の大きな材料であり、高い機能を持つフォトリフラクティブ素子を安価に作製できる可能性を持つ優れた材料である。特にPVKをベースとした材料は、大きな屈折率変化を示し、1994年のアリゾナ大学のグループによる報告以来、高い注目を集めている。

 しかしながらこの材料は、微結晶化および相分離が起こりやすく、実用デバイスへの応用という点では非常に大きな問題を持つ。また応答速度も100 ms程度で、ビデオレートでの処理には遅すぎる。そこで本研究では、材料の分子設計により、大きな屈折率変化を維持したまま材料の安定性を高めつつ、応答速度の向上を実現する試みを行った。

 本研究では、非線形分子に側鎖を付けることにより、材料全体のガラス転移温度を下げるとともに、構造的に回転のしやすさを高め、応答速度を向上させることを試みた。同時に電荷輸送剤をPVKからTPDに変えることにより、空間電荷の形成速度の向上を図った。さらに相分離と微結晶化の抑制も試み、素子の構成分子の構造設計による総合的なフォトリフラクティブ特性の向上を目的として研究を行った。

本論文は以下の7章からなる。以下に各章の内容を要約する。

第1章では、有機フォトリフラクティブポリマーに関するこれまでの研究の経緯、本研究の背景について紹介し、これらを踏まえた上で本研究の目的を示し、さらに本論文の構成について述べている。

第2章では、フォトリフラクティブ効果について述べている。まず、無機フォトリフラクティブ材料のバンド輸送モデルについて説明し、次いで一般的なフォトリフラクティブ材料の特性に関して述べ、さらに有機フォトリフラクティブ材料における効果の発現の仕組みについて述べている。有機フォトリフラクティブ材料にはいくつかの種類があり、これらに関する解説と、電荷の生成、移動、非線形光学効果、を発現する分子の種類と、そのメカニズムについて述べている。

第3章では、非線形光学分子の構造設計によるフォトリフラクティブ効果の高速化について述べている。非線形分子DMNPAAに側鎖を付加することにより、分子分極の大きさを減少させること無く、系のガラス転移温度を下げ、高速化を図った。分子の分散性、電場印加時の分子の回転速度、光伝導性について測定し、総合的にフォトリフラクティブ応答速度が向上したことを確認し、さらに性能向上に関する個々の要因についても検討を加えている。非線形分子の回転の速度の向上に比して、総合的なフォトリフラクティブ効果の応答速度の向上は大きくないことが明らかになったが、これは回転速度が十分速くなった結果、律速過程が空間電場の形成過程に移ったことを示している。

第4章では、第3章の結果を踏まえて、ニトロ基およびシアノ基を付加することの効果について検討した。分子の分散性、電場印加時の分子の回転速度、光伝導性について測定し、これらの付加に関しては、効果は限定的であることが明らかになった。

第5章では、空間電場の形成速度の向上を目指して、電荷輸送剤をPVKからTPDに変えた場合のフォトリフラクティブ効果の性能向上の検討を行った。光伝導度、非線形分子の回転速度、総合的なフォトリフラクティブ特性の検討を行った。屈折率変化の大きさは小さいものの、著しい速度の改善が実現されている。

第6章では安定性の向上のための一歩進んだアプローチに関して述べられている。微結晶化は材料の安定性を損なう大きな要因だが、微結晶化の起こりやすさと大きな関係のある核形成速度が、動作温度が系の融点に近づくにつれて小さくなることから、室温動作を前提として、系の融点を下げることにより安定性の向上を図った。ここでも非線形分子に付加する側鎖を変えることにより、融点を下げた。その結果、系の安定度は著しく向上し、数ヶ月から半年以上の保存寿命を持つ材料が実現された。また耐電圧性能も向上し、素子にかけられる電圧が大きくなったため、実効的な屈折率変化も大きくなった。

第7章では、本研究の結果がまとめられている。

 以上のように、本研究は優れた性能を持ちながら、応答速度が遅い、保存寿命が短い、といった実用上致命的な欠陥を持つPVKをベースとした有機ポリマー・フォトリフラクティブ材料に関して、主に非線形分子にさまざまな側鎖を付加することにより、分子設計による応答速度の向上と安定性の向上を実現した。本研究の特徴は、これまでの有機ポリマー・フォトリフラクティブ材料が、ガラス転移温度を上げることにより材料の安定性の向上を図っていたのに対し、逆にガラス転移温度を下げることにより、応答の高速化をはかり、その上で、分子設計により安定性の向上をはかるという、新たなアプローチを取ったことにある。本研究により、ガラス転移温度を下げても、十分に安定、かつ高性能なフォトリフラクティブポリマー材料が実現できることが示され、この材料の実用化に大きく踏み出すことができたといえる。本研究は今後の実用デバイス実現に向けてこれまでに無い方法論を示したという意味で重要な意義があり、物理工学の発展への寄与は大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認める。

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