学位論文要旨



No 120087
著者(漢字) 五十嵐,幸
著者(英字)
著者(カナ) イガラシ,ミユキ
標題(和) 核燃料高温化学再処理の高度化に関する研究
標題(洋)
報告番号 120087
報告番号 甲20087
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6029号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 助教授 鈴木,晶大
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

1. 序

 使用済み高速炉燃料再処理に適用する高温化学再処理技術は、サイクルコスト、廃棄物発生量の低減に効果があると期待されており、国内での研究が進んでいる。

 しかし、高温化学再処理の除染係数は一般に湿式再処理に比べ低いため、核燃料物質の有効利用と放射性廃棄物の処分における環境負荷低減を実現するためには排出塩化物からUやTRUを抽出する別の工程が必要である。

 塩化物からUやTRUを抽出には、溶融塩と溶融金属を用いた液−液抽出法があるが、多種類の塩化物の混合した排出塩化物についての抽出研究は実験ばかりでなく解析の実施例も少なかった。

 本研究は高温化学再処理工程排出塩化物から、UとTRUを回収するための液−液抽出反応を解明する事を目標としたものである。

2. 対象とするプロセス

 本研究は図1に示した高温化学再処理工程の内、U,TRU回収工程を対象とした。再処理の対象燃料は酸化物燃料とし、U,TRUの抽出は多数回抽出法とした。

3. 結果

3,1 抽出計算

3.1.1 塩化物還元率の計算

 三価の塩化物が安定な元素を還元剤とする時、n価の塩化物XClnについて式(1)の酸化還元反応が起きる。

3XCln+nMinCd=3XinCd+nMCl3・・・・・・・・・・・・・(1)

 この反応が平衡に達した時、式(1)の自由エネルギー変化は0であるので、生成系と原料系の標準生成自由エネルギーの差、温度そして物理定数を代入し、還元剤がCdに飽和している条件を使えば式(2)が得られる。

nG0MC13-3G0XC13+14799.757log[α3xαnMC13/α3XC13]=0・・・・・・・(2)

式(2)において、還元率を未知数とし、活量を各成分の活量係数と平衡達成時のモル分率で表すと、XClnの還元率に関する式が得られる。これを支持塩化物を除く全ての塩化物について作成し、それらの連立式を解くことで、塩化物それぞれの還元率を求めた。

3.1.2 熱力学データの調査と評価

 抽出計算に先立ち熱力学データの調査を行い研究の中で統一的に使用した。表1にその一部を示す。塩化物標準生成自由エネルギーの情報は比較的豊富であったが活量係数については少なかったため、代替値を用いた。活量係数は熱力学的非理想状態において平衡定数を決定する重要な値であるが、溶融塩についての報告例は非常に少なかった。

 これまで、活量係数を計算で求める事は特別な条件以外では不可能とされていた。ここではDebye-Hueckelの極限理論を援用し、分子動力学による溶融塩のクーロンエネルギー算出と、化学ポテンシャルの定義を利用する事によって溶融塩中の活量係数を計算する手法を案出し試算した。図2は分子動力学を利用して算出したMgCl2の活量係数と実測値を比較したものである。分子動力学における粒子数が増加すると活量係数は低下し、粒子数20000以上の条件で約0.14一定となった。これはYangによる実測値0.0141より大きい結果であるが、今後、分子動力学における原子ポテンシャル式の精査、電場中のイオンの運動における抵抗の評価等によって活量係数計算の精度が上がると期待される。

3.1.3 還元剤の選定

 (1)式の駆動力は塩化物生成自由エネルギーの差に基づいている。従って、UやTRUを選択的に回収するためには、還元剤の塩化物生成自由エネルギーがUとTRUのそれよりも小さく、直近である事が必要である。更に、経済性の観点から還元剤は核燃料物質に比較して安価である事、生成する還元剤の塩化物が長寿命の放射性物質でない事などが必要である。その様な観点から米国で実績のあるUと、Ndを還元剤として選定した。

3.1.4 熱力学的非理想状態における抽出計算

 排出塩化物が還元剤と接触すると、還元剤との間で抽出反応が起こる。それは系を構成する全ての塩化物との間の競合反応となる。抽出計算は還元剤濃度をパラメータとして行った。図3はUを還元剤とした抽出計算の例である。Cd/塩比は、塩相に対し接触させるCd相の量を比率で表したもので、抽出系に与えた還元剤の量を示す係数である。横軸はCd/塩比ごとの抽出回数を示している。

 還元剤UはPuとCmに対し高い抽出性を示したが、Amはほとんど抽出しなかった。白金族とMoはほぼ全量が最初の抽出で回収された。希土類の混入は少なかった。図4はNdを還元剤とした抽出計算の結果である。Ndを還元剤に用いると、UとAmそしてNpの抽出が可能となったが、希土類の混入は大きくなった。また、Ndは還元剤としての濃度が高くなると抽出量を増大する特徴を示した。

図5はUを還元剤とした時の回収物の組成を総Cd/塩比についてプロットしたものである。総Cd/塩比が小さい範囲でZrやRuそしてRh等の不純物は約10wt%混入していたが、抽出が進行すると回収物に占める不純物の割合は減少した。これは還元反応に寄与しなかったUがCd相中に残留し、回収物に混入するためである。

 この現象を利用すればFPの混入率を実質的に低下させることが出来る。表2はUとNdの還元剤としての特徴をまとめたものである。結局、UもNdも単独でUとTRUの選択的な抽出を実現出来なかったが、それぞれの還元剤は相補的であった。

 この様子は表2から明らかである。

3.1.5 複還元法の効果

 表2の結果から、還元剤として相補的なUとNdを組み合わせる事によってUとTRUの高い回収率と、FPの低い混入率が同時に実現できる方法が考えられた。本研究ではこれを複還元法と名づけ、抽出計算によってその効果を調べた。還元剤の組み合わせは前段にUを、後段にNdを用いた。

 図6は複還元法の1例として、前段をCd/塩比0.3のUで5回、後段をCd/塩比0.1のNdで7回抽出したときの累積回収物の組成変化を示す。図から明らかなようにUを還元剤とした前段においてPuとCmはほぼ全量が回収され、後段の還元剤NdによってN pの残部とAmのほぼ全量が回収できた。そして、前段の抽出反応で生成し、塩相に混入したUCl3も回収された。これは一種類の還元剤だけでは不可能な効果である。また、余剰還元剤Uが回収物に混入し、FPの混入率を低下させる効果も現れている。しかし、Ndの場合は混入すると回収物の品質を悪化させるので、後段に関しては余剰のNdが発生しないようにする必要がある。複還元法は単一の還元剤では得られなかったUとTRUに対する高い回収率と低い不純物混入率を同時に実現できるばかりでなく、前段塩化物となった還元剤のUも回収できるので廃棄される核燃料物質の量を低減出来る手法でもある。

3.2 模擬材料による抽出実験と抽出計算結果

 模擬材料を用いた抽出要素実験を行い抽出計算と比較した。実験に使用した模擬排出塩化物は、排出塩化物の塩組成から1価から3価の塩化物を含む様に調製したものである。還元剤はCdに飽和させたNdである。還元剤のCd/塩比はパラメータとして変動させた。還元剤を飽和したCdと塩を反応容器に密封し、充分に抽出反応が進行するまで773Kに保持した。その後塩とCdの組成を蛍光X線分析によって調べ、抽出計算結果と比較した。低いCd/塩比の小さな条件における実験は、サンプルの採集が十分出来なかったので、実験結果と抽出計算との比較はCd/塩比0.1以上について行った。図7に抽出実験結果を、図8に抽出計算結果を示す。実験値は計算値より約10倍高い濃度となったが、希土類元素の抽出される傾向は計算結果と非常に良く一致していた。

計算値が実験値より小さくなった理由はYbの活量係数を実際よりも大きく設定したためと考えられた。アルカリ族の結果は計算値と大きくずれていたが、核燃料材料として重要な希土類元素の挙動は本計算手法によって予測可能である事が確認された。

4. まとめ

 1)本研究は高温化学再処理工程排出塩化物中のU、TRUを効率的に回収する手法に関するものである。

 2)研究対象の塩化物は高温化学再処理工程排出塩化物であり、抽出方法は還元剤を含むCdと排出塩化物の液―液抽出によるものとした。

 3)熱力学データの調査と整理を行った。そしてLiCl―KCl中の塩化物の活量係数を分子動力学の利用によって算出する手法を考案し、試算した。

 4)本研究では、熱力学的平衡計算に基づく解析的手法によってUとTRUの効果的な抽出方法を解明し、更に効果的な抽出方法として複数の還元剤を組み合わせる抽出方法を案出し、抽出計算によってU,TRUの高率回収と低い不純物混入率が同時に達成できる条件を明らかとした。

 5)模擬実験の結果と抽出計算結果を比較し、還元剤と同じ価数の塩化物については1桁程度の相違で抽出状況を推定できることが分かった。

 6)抽出の状況が計算によって推定できた事から、本研究で提案した複還元法の可能性が明らかとなった。

図1 高温化学再処理主工程とU,TRU回収工程の例

(U,TRU回収工程は3回抽出の例)

表1 熱力学データ調査結果

(標準塩化物生成自由エネルギー)

図2 分子動力学を利用した活量係数計算結果

LiCl-KCl中のMgCl2について 773K

図3 還元剤濃度をパラメータとした時の累積回収率の変化(還元剤:U)

図4 還元剤濃度をパラメータとした時の累積回収率の変化(還元剤:Nd)

表2 還元剤の特徴

Overall Cd/Salt

図5 抽出の進行に伴う回収物の組成還元剤:U

図6 複還元法による累積回収率の変化

図7 抽出実験結果(回収量:mol)

還元剤:Nd

図8 抽出計算結果(回収量:mol)

還元剤:Nd

審査要旨 要旨を表示する

 環境負荷が小さく資源の有効活用が可能で経済性に優れた核燃料サイクルの確立は資源小国の日本にとって非常に重要な課題である。高温化学再処理法はコンパクトなプロセスに基づく再処理施設の小型化、廃棄物発生量の低減などの特徴によってサイクルコストの低減に寄与する事が期待されており、次世代のサイクル技術として有望視されている。この方法をシステムとして確立するためには、低いUとTRUの回収率に由来する環境負荷の増大と低い資源の利用率を解決する必要があり、1)UとTRUについて可能な限り高い回収率が得られる事、2)回収物には不純物、特に希土類元素の混入が少ない事、が要求されるが、これらを同時に実現した高温化学再処理プロセスはこれまでに充分には検討されていない。

 このような状況を念頭に置き、本論文は、高温化学再処理法排出塩化物からUとTRUを高い回収率と低い不純物混入率で抽出するプロセスを検討するための解析手法を研究すること、具体的には、排出塩化物からのUとTRU抽出プロセスに関する熱力学的平衡論に基づく抽出計算方法の確立と、計算に必要な熱力学データベースの構築を行い、その成果を用いて様々な核種について抽出挙動の研究と効果的な抽出プロセスの検討を行うことを目的として行った研究の成果を取りまとめたものであり、全7章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景、目的、構成について述べている。第2章は熱力学平衡に基づく抽出計算方法について述べており、支配方程式の導出および整理を行っている。第3章では高温化学再処理に係る熱力学情報の調査と評価を行っており、抽出計算で使用する熱力学情報と物理物性値について調査と評価を行い、本研究で統一的に使用するデータベースを構築している。なお、活量係数についての値が報告されていない元素については、代替値を設定した。

 第4章では抽出計算によって熱力学的非理想状態における排出塩化物からのUとTRU抽出挙動を評価した結果について述べている。抽出法はUとTRUを含む排出塩化物と還元剤を含む溶融Cdを接触させる多数回液−液抽出とし、平衡状態を仮定した熱力学的計算によって評価した。還元剤にはNdとUを対象とし、塩相に接触する還元剤を溶解させたCd相の量をパラメータとして行った。その結果、Uを還元剤とした場合もNdを還元剤とした場合もUとTRUだけを選択的に抽出出来る条件は見つからなかったが、それぞれ特徴が明らかとなり、特に、還元剤としてのUとNdの性質は相補的であることが明らかになった。

 そこで、UとNdとを組み合わせた"複還元法"を案出し、計算によって抽出特性を調べた。抽出系の前段の還元剤にUを用い、後段にNdを用いる事でUとTRUの高い回収率が実現できた。更に前段に還元剤として使用したUの未反応分が回収物に混入する事による希釈効果で、不純物濃度の低い回収物が得られる事が分かった。また、活量係数の不確実性が抽出結果に及ぼす影響を評価するため、活量係数の感度評価を実施し、影響の評価を行った。

 第5章は、計算結果の妥当性を確認するために、模擬材料による抽出実験を行った結果を述べている。抽出実験は計算で用いた組成の内、主要な希土類元素とアルカリ族の塩化物で構成した模擬材料を用い、還元剤にNdを用いて行った。実験後、塩化物を分析し抽出前後の濃度変化から回収量を求めた。あわせて、抽出実験と同条件の抽出計算を行い、両者の比較を行うことにより、計算による予測が十分な妥当性を持つものであることを確認した。

 第6章は、活量係数についての理論的導出についての試みを行った結果について述べている。第3章で述べたように、調査の結果、活量係数の情報が非常に少ないことが明らかになった。活量係数は熱力学情報として重要であると共に、プロセス検討のための解析手法の研究に必要であるが、十分な実験データが求められているわけではなく、またこれまで、理論的予測も行われていなかった。そこで、本章では、理論的な活量係数導出を目的として溶融塩中の金属塩化物の活量係数計算のため、分子動力学法を応用する手法を案出し試算を行った。そして、活量係数の実測値が報告されている塩化物(MgCl2)について比較を行った。比較の結果、計算された塩化物の活量係数は実測値の約10倍大きな値となった。この相違を説明するため、実験状態でのイオン運動と分子動力学で想定しているイオン運動の関係を示す理論を提示した。本章の内容は、本研究の流れの中では少し異質なものではあるが、今後の溶融塩化学の分野において、大きな展開が期待される分野である。

 第7章は結論であり、本論文の内容を要約するとともに、本研究で得られた結論について述べている。

 以上のように、本論文は、排出塩化物からのUとTRU抽出プロセスに関する熱力学的平衡論に基づく抽出計算方法の確立と、計算に必要な熱力学データベースの構築を行い、その成果を用いて様々な核種について抽出挙動の研究と効果的な抽出プロセスの検討を行ったものであり、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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