学位論文要旨



No 120088
著者(漢字) 今井,康之
著者(英字)
著者(カナ) イマイ,ヤスユキ
標題(和) 放射線照射下での沸騰伝熱特性に関する研究
標題(洋) Study on Boiling Characteristics under the Irradiation Environment
報告番号 120088
報告番号 甲20088
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6030号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 助教授 阿部,弘亨
内容要旨 要旨を表示する

1. 諸言

 原子炉のみならず、ボイラ、内燃機関など多くの熱伝達機関では、沸騰状態における単位時間単位面積あたりの高い熱伝達量が求められており、伝熱促進技術開発は工学分野の主要テーマとして続けられてきている。近年プラズマ形成された酸化皮膜金属にγ線照射を行った結果、表面濡れ性の改善や伝熱特性の改善が生じることが確認されている。この放射線による表面活性は放射線誘起表面活性、また沸騰熱伝達改善は放射線誘起沸騰改善とそれぞれ名づけられている。基礎伝熱研究ではγ線照射された酸化チタン板の限界熱流束が向上することが確認されている。実験は大気開放された水容器内に試験片を水平に固定し試験片に通電加熱するプール沸騰実験にて行い、積算照射量800kGy以上のγ線照射により照射前のほぼ2倍の限界熱流束を得ている。しかし詳細な機構は解明されていない。

そこで本研究ではこれまでの基礎実験で得られた知見をもとに、常温常圧下における基礎的な伝熱試験としてプール沸騰実験を行い再現性の確認を行った後、放射線照射による伝熱促進効果を確認するため、各熱流束域での沸騰様相を捉えると共にγ線環境下照射中での沸騰挙動メカニズムを調べる。

2. γ線照射直後の酸化皮膜金属における沸騰熱伝達特性の変化

実験はFig. 1に示す様な大気圧下でのプール沸騰実験で行った。試験片は直径0.5mm、計測部長さ約40mmのチタン細線を用いた。試験体表面にはプラズマ照射により安定した酸化皮膜を形成した。γ線照射は60Coγ線照射室にて線量強度1kGy/hrで一定時間行い照射直後に実験を行った。従って、プール水は照射されず水の放射分解はされていない。水容器は大気開放されており、蒸留水はヒーターによって飽和温度まで加熱されている。試験片はプール水中に水平に固定し通電加熱され、熱流束は随時得られた抵抗値より計測される。また、限界熱流束は電圧を上げ試験片が破断するまで計測を行い、回路内電流値が最大の値を取る点とした。Fig. 2に本研究で求めたチタン、酸化チタン、γ線照射直後の酸化チタンの沸騰曲線の1例を示す。表面温度は温度分布を一様と仮定することで比抵抗値から算出した。また各曲線右上の先端は限界熱流束である。γ線非照射のチタンと酸化チタンを比較する。酸化皮膜を有する試験片の沸騰曲線は、酸化皮膜を形成していない結果に比較して沸騰熱伝達率が向上する結果となった。チタン線表面に施した酸化皮膜により表面性状が異なるため違いが生じたためと考えられる。Fig. 2より限界熱流束近傍のみを拡大して、Fig. 3に示す。γ線照射・非照射の酸化チタンについて比較する。γ線照射の有無にかかわらず核沸騰から限界熱流束に至るまで沸騰曲線に顕著な違いは見られなかった。γ線照射により限界熱流束のみが向上することが確認された。

 また非照射・照射直後の試験線について任意の熱流束での沸騰様相を、高速度ビデオを用いてシャッタースピード1/8000sec、2000fpsで撮影し、実際の沸騰挙動を確認することでγ線照射による沸騰特性に及ぼす影響を調べた。試験片及び実験装置は従来と同じものを使用しγ線照射は2kGy/hrにて行った。Figure 4に本実験で得られたチタン、酸化チタン、γ線照射直後の酸化チタンの沸騰曲線を示し、Fig. 5に沸騰の様相の1例を示す。画像左の値はそれぞれFig. 4に示す点に対応している。各熱流束での様相を比較すると、低熱流束域ではγ線照射・非照射とも大きな違いは見られないものの、高熱流束域ではγ線照射を行った酸化チタンの気泡離脱頻度が非照射より高いことが確認できた。

3. γ線照射環境下の限界熱流束

 放射線誘起表面活性に関する研究では、一定量γ線照射された酸化金属の接触角が照射直後に超親水性を示し時間と共に照射前の値に戻ることが報告されている。これまでの伝熱実験はγ線照射直後から一定時間内に計測された結果であることから照射の直接的な影響が見られない可能性が考えられる。そこで照射中の沸騰曲線を計測し各熱流束域での沸騰様相を捉え、γ線照射による伝熱特性の変化を調べた。

 γ線照射室内での実験は沸騰様相可視化実験と同じプール沸騰実験装置を用いて行った。ただしγ線照射を行いながら実験を遂行するためプール容器は照射室内に設置し、プール水及び試験体の加熱、各計測値の記録等は外部から遠隔操作にて行った(Fig. 6)。試験体はγ線照射前にプール容器に水平に設置し、あらかじめ照射開始前に照射室内にて限界熱流束に達する前の任意の熱流束に対する沸騰様相を記録する。また撮影は高速度ビデオカメラを用いシャッタースピード1/8000sec、2000fpsで行った。沸騰曲線及び沸騰挙動測定後、更に試験体をプール容器内に固定したまま水中にてγ線照射し、同一試験体でのγ線照射による沸騰挙動の変化を確認する。

 Figure7に本実験で得られた酸化チタン、各積算線量を水中にて照射中の酸化チタンの沸騰曲線の1例を示す。ここで水中照射による沸騰曲線の一部を比較する。グラフには非照射、水中保管約1週間、14kGy及び34.8kGy水中にてγ線照射を行い、それぞれ照射時に得られた値が示されている。これより積算照射の増加に伴い沸騰曲線が高過熱度側に移行していることがわかる。更に34.8kGy照射後γ線照射時に測定した沸騰曲線において、右上先端が示す限界熱流束値は1.4×106とこれまでのγ線照射による限界熱流束値と比較して近い値を示し、実験の妥当性を示すと共に、水中照射においても積算線量に対して限界熱流束値が増加していることが確認できた。またグラフより非照射環境の水中にて約1週間保管された試験片に関して、試験片プール水設置直後と沸騰曲線に大きな違いが見られないことが確認され、水中保管による影響はγ線照射による伝熱特性の影響よりはるかに小さく無視できるものと考えられる。

 Figure8に各代表熱流束値でのγ線積算照射量の違いによる沸騰挙動を示す。各熱流束でγ線非照射、照射中の沸騰様相を比較すると、熱流束値がほぼ一定の場合、γ線照射により発泡点密度が減少し離脱気泡径が増加することが確認された。

4. 考察・まとめ

 酸化チタンに大気中でγ線照射を行うことで照射直後の沸騰熱伝達率は変化しないまま、限界熱流束のみが向上することを確認した。また照射直後の試験線において沸騰様相は、低熱流束域ではγ線照射・非照射とも大きな違いは見られず、高熱流束域にてγ線照射を行った酸化チタンの気泡離脱頻度が非照射より高いことを確認した。高熱流束域での限界熱流束値を含む熱流束の向上は、沸騰による生成蒸気泡の発生頻度が高くなっても、伝熱面の濡れ性がよくなることで表面張力等が変化し非照射と比較して離脱気泡割合が増加し、伝熱面の除熱量が促進されると考えられる。

 また照射前の酸化チタンを水中で保管した場合、沸騰曲線は水中に設置した直後に計測した値と顕著な差が見られなかった。しかし試験線を水中に設置し続けかつ一定時間γ線照射を行い、照射環境下で同様に沸騰曲線を計測した結果、積算線量の増加に伴い高壁面加熱度側に移行し、限界熱流束が向上することが確認された。更に同一試験体を用いて低熱流束域から中熱流束域まで一定の間隔で照射中における沸騰様相を高速度ビデオカメラを用いて計測した結果、任意の壁面加熱度に対しγ線照射中の発泡点密度は非照射時と比べ減少することが観察された。これは表面の濡れ性が向上したことで気泡発生に必要なキャビティ内に水が浸透し見かけの表面粗さが小さくなるためと考えられる。また、γ線照射中の離脱気泡径は照射を行っていない試験体と比べると増大することも確認された。照射直後の実験において高熱流束域の気泡離脱頻度が増加することから離脱気泡径は非照射時よりも小さくなることが予想されるが、照射による加熱表面濡れ性の向上により気泡の離脱が促進しても発泡点密度が小さくなることで気泡成長速度が増加し離脱気泡径は多くなると考えられる。また活性キャビティ径と発泡点密度の積は熱流束の値にかかわらず積算照射量によって決まる一定の値を示したことから、離脱気泡径が気泡発生に関する活性キャビティ径に依存すると仮定すると、γ線照射量と発泡点密度から離脱気泡径が概算できる。

 ところで限界熱流束の発生メカニズムとしてZuberは加熱面に発生した上昇する蒸気が連続かつ定常な蒸気柱となり、加熱面上にTaylor不安定によって決まる間隔で、円柱状の蒸気柱が並ぶ上体を想定している。上昇する蒸気と下降する液との相対速度がHelmholtz不安定を起こす速度以上になると、加熱面への液体の流れが妨げられ、限界熱流束が発生するとして、飽和沸騰の場合の限界熱流束の式を示している。ここで限界熱流束をとる臨界波長は蒸気柱の間隔が蒸気径の2倍となる値としているが、活性キャビティ径と発泡点密度の積が一定であることから、発泡点密度の増加に対する離脱気泡径の増加が小さくなり限界熱流束値は発泡点密度の大きさに依存すると考えられる。またγ線照射中の発泡点密度は非照射時と比較し大きくなることから、高壁面加熱側においてもγ線照射により発泡点密度が増加し不安定波長に至り難くなる結果、限界熱流束が向上するといえる。

 限界熱流束の向上は濡れ性の向上による気泡離脱頻度と発泡点密度に起因すると考えられ、γ線照射により限界熱流束が向上することが確認された。

Fig. 1  Experimental apparatus

Fig. 2  Boiling curve of oxide titanium wire against temperature

Fig. 3  Boiling curve close to the CHF condition

Fig. 4  Improvement of CHF by gamma ray irradiation

Fig. 5  Boiling condition

Fig. 6  Apparatus of CHF experiment

Fig. 7  Boiling curve of oxide titanium wire in irradiation condition

Fig. 8  Boiling condition with gamma ray irradiation

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、酸化皮膜表面に放射線照射を行う事で限界熱流束が向上する、放射線誘起沸騰改善現象に関して、伝熱実験的検討と、放射線照射環境下における沸騰気泡挙動の可視化を実施し、照射にともない発泡核密度が減少することを明らかにすると共に、これらの実験データから限界熱流束が向上するモデルについて論じたものである。本論文は6章で構成されている。

第1章では、沸騰熱伝達や、濡れ性と熱伝達の関係、放射線照射による限界熱流束向上に関する従来の知見についてレビューするとともに本研究の目的についてまとめている。従来の知見が、マクロ的な限界熱流束データや、非照射環境下おける限界熱流束実験に留まっていることを指摘し、沸騰曲線の取得や沸騰挙動の可視化を通じて、限界熱流束向上メカニズムをモデル化することを目的とすることを述べている。

第2章では、試験片を空気中照射後に取り出し、非照射環境下で限界熱流束を計測する実験とその結果について述べている。試験方法自体は従来と変わらないが、本研究で新たに利用するワイヤ型の試験片について、従来と同様の傾向があることを確認し、ワイヤ型の試験片を用いることの妥当性を論じている。また、高速度ビデオカメラによる可視化により、非照射試験片と照射試験片の間には、沸騰挙動には差が無いことを確認している。

第3章では、照射環境下で限界熱流束を計測する実験とその結果について述べている。照射室内に沸騰実験装置を持ち込み、照射を行いながら沸騰挙動を計測している。事前照射は行わず、試験片を水中に設置し、同一の試験片に対して照射前と照射後の核沸騰領域における沸騰曲線を取得している。この結果、照射を進めることで、核沸騰領域における沸騰熱伝達が悪化することを明らかにした。また、照射室内に高速度ビデオカメラを持ち込み、照射中の試験片における沸騰挙動を計測している。この可視化画像解析により、照射を進めると沸騰核密度が減少することを実験的に明らかにするとともに、この沸騰核密度減少によって、熱伝達が悪化していることを明らかにした。なお、この挙動は従来の照射後の非照射環境下限界熱流束試験では全く得られていない知見である事を述べている。

第4章では、酸化皮膜試験片の挙動を評価するため、基礎的な濡れ性試験、表面観察を行っている。特に、従来全く得られていない、水中照射環境下における濡れ特性変化を明らかにし、空気中照射環境下と同様な濡れ性改善特性を示すことを確認している。また、照射前後の表面をSEM観察することで、表面形状は照射前後で変化が無いことを示している。この結果から、照射による濡れ性変化の原因が、荒さの変化ではないことを確認している。

第5章では、上記の実験結果を元に、限界熱流束向上のメカニズムに対する議論を行っている。沸騰核密度の減少と濡れ性向上が物理的に相関があることを示し、照射による濡れ性向上が沸騰核密度減少に関与していることを議論している。さらに、核沸騰領域における沸騰核密度減少の実験データをベースに、限界熱流束領域を外挿し、照射による限界熱流束向上についてモデル化を行っている。

第6章は結論であり、本論文で得られた成果をまとめている。

以上のように、本論文は、放射線環境下において沸騰核密度が減少する事実を発見するとともに、濡れ性との関係を議論し、放射線による限界熱流束向上について評価を行った研究であり、システム量子工学の発展に寄与することが少なくない。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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