学位論文要旨



No 120089
著者(漢字) 梶田,信
著者(英字)
著者(カナ) カジタ,シン
標題(和) レーザー光脱離法を用いたダイバータプラズマにおける負イオンの挙動に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 120089
報告番号 甲20089
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6031号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 小紫,公也
 東京大学 助教授 比村,治彦
 東京大学 助教授 門,信一郎
内容要旨 要旨を表示する

1. 序章

 国際熱核融合実験炉(ITER)などの次期核融合実験炉において周辺プラズマの理解と制御は重要な課題であり,プラズマ対向壁(ダイバータ板)への熱負荷軽減のために,プラズマを壁直前でガス化させる"非接触プラズマ"がITERでの標準運転モードとして考えられている.非接触プラズマ形成の物理機構にはプラズマの体積再結合過程が重要であり,その素過程の一つに下記の負イオンを介した再結合過程の存在が指摘されている[1].

 H2(ν)+e-→H-+H⇒H-+A+→H+A

ここでAはH,Heなどの各粒子種を表わす.この再結合素過程は理論的な予測がされたものの,実験検証に関しては多くの課題を残しており,直接的な計測が可能な負イオン密度nの計測は素過程の解明に際して重要な手法の一つとなる.ただし,nの計測に広く用いられてきたレーザー光脱離法(LPD: laser photodetachment)をダイバータ領域のような高密度で磁場が存在するプラズマに適用する際にはいくつかの問題が指摘される.本研究では,それらの問題に対して計測手法の開発を行い,ダイバータ領域での負イオン密度計測法を確立し(2章及び3章),その手法をダイバータ模擬装置MAP-IIに適用し負イオンの生成,消滅,輸送過程に関する考察を行なった(4章).

2. ダイバータ領域での負イオン密度計測法

レーザー光脱離法(LPD)の原理

 LPDでは負イオンの電子親和力(H-では0.754 eV)よりも大きな光子エネルギーを持つレーザーをプラズマに入射し,光脱離反応(H-+hv→H+e-)により生じた脱離電子を空間電位Vsより正にバイアスした静電プローブで検出する.バイアス電圧Vpにおける電子電流Ip(Vp)とレーザー導入による増加電子電流ΔIp(Vp)の比は,n_/neと関係づけることができ,下式の様に与えられる.

 △Ie(Vp)/Ie(Vp)=△Ie(Vs)/Ie(Vs)=n_/ne[1-exp(-wσpd/hν)](1)

ここで,Vsは空間電位,Wは1パルスのレーザーパワー[J/cm2],σpdは光脱離反応の断面積[cm2],hvはレーザーの一光子あたりのエネルギー[J]である.式(1)1−exp(−Wσpd/hv)のは光脱離率を表しており,レーザーの波長がλ=532 nmの時にはW=50 mJ/cm2で98%の負イオンが光脱離反応により電子を放出し,信号強度は飽和する.

ダイバータ領域での負イオン計測の4つの課題

 高密度でかつ不純物が存在するダイバータ領域へのLPD適用に際して図1に示す主に四つの問題が指摘される.プローブ表面にレーザーを照射するとプローブ表面のアブレーションにより負イオン密度が過大評価されることが本研究で明らかになった[2](図1(a)).磁場中では脱離電子を十分捕集できなくなり信号強度が減少する可能性がある(図1(b)).また図1(c)のようにプローブ電流の揺動が信号ノイズ比を下げ,再結合プラズマ中では電子電流が異常に減少し単針プローブの評価が信頼できなる問題が指摘されており[3]負イオン密度計測にも深刻な影響を与える(図1(d)).

新しい計測法の開発

 図1(a)のプローブ表面のアブレーション避けるために,アブレーションの発生メカニズムを調べると共に,図2(a)のようにレーザー光路中に遮光用のワイヤーを挿入しプローブへの直接的なレーザー照射を防止する"エクリプス光脱離法"を開発した.このエクリプス光脱離法においては,電子シース端とレーザー照射領域とが離れているため図2(b)のように信号のピーク到達時間に遅れが生じる.この遅れΔtpeak及び信号の回復時間(信号強度が元の値に戻る時間)trecovを利用して,(i)空間電位におけるtrecovからの変化,(ii)空間電位におけるΔtpeakからの変化,(iii)trecovとΔtpeakを利用する,という三通りの手法でシース厚の計測が可能となる[4].加えて影の位置をスキャンしたときの信号強度の分布から,十分な脱離電子を供給するために必要な領域(脱離電子の捕集領域)の長さLPDEを計測でき,磁場中でのLPDの妥当性を検証できる.

 さらに,図1(c)のノイズの問題に関してはフィルタリングと信号の積算により信号ノイズ比を2桁程度改善し光脱離信号の検出を可能とした.図1(d)の問題に対しては,電子電流の変化の影響を受けにくいダブルプローブの電子温度と単針プローブ電子電流の相対値を利用することで,より正確に負イオン密度を評価できることを明らかにした[5].

3. ダイバータ領域での負イオン密度計測法の評価

 図3(a)は従来の光脱離法とエクリプス光脱離法における信号強度のレーザーパワー依存性である.従来の手法では信号強度がレーザーパワーに対して増加し続けるがエクリプス光脱離法ではアブレーションの影響が消え,式(1)の光脱離率と一致していることから純粋な光脱離信号だと判断できる.エクリプス光脱離法では脱離電子の捕集領域の一部(もしくは全体)がレーザーの影に入るため信号強度の減衰が懸念されたが,レーザーの半径よりも十分に細い幅の影を使えば信号強度への影響がないことを検証した[6].加えて図3(b)はフィラメント型の加熱プローブを用いたときと従来の手法とのレーザーパワー依存性の比較であり,プローブ表面のアブレーションは表面から放出された中性粒子の電離に起因するため,加熱によりプローブ表面を洗浄するとアブレーション信号が消えnの計測が可能となることを明らかにした[7].

シース厚及び捕集領域の計測

 エクリプス光脱離法で計測された磁場中での円筒プローブ周辺のシース厚と平板型,円筒型のChild Langmuir(CL)則[8]から求められるシース厚を図4に示す.三つの異なる導出結果(case(i),(ii),(iii))がお互いに一致し,円筒型ではなく平板型のCLシースと一致したことは弱磁化プラズマ中においても磁場の影響を強く受けていることを示唆している.図4のLPDEは捕集領域の長さであるが,捕集領域はレーザーの半径(2 - 3.5 mm)よりも十分に小さいことが確認されMAP-IIでは捕集領域に与える磁場の影響は無視できることを検証した.

4. MAP-IIにおける負イオン密度計測

 MAP-IIはプラズマソース部及びドリフト管で互いに接続されたソースチャンバーとターゲットチャンバーからなる.プラズマソース部においてアーク放電でプラズマを生成し,円柱状のプラズマ(長さ約2 m,直径約5 cm)が形成される.ターゲットチャンバーの中心部における典型的なne及びTeはそれぞれ,〜1012 cm-3, 〜5 eVであり,は実機に比べ1-2桁小さいものの,Teが関与する原子分子素過程の実験検証に適していると考えられる.

 Teの比較的高い接触プラズマ[9]と,より再結合を誘起した非接触プラズマ[5]において計測を行なった.ここでは,非接触プラズマでの結果を報告する.水素分子の振動温度Tvibは水素分子Fulcher-α帯分光計測から評価し[10],nの計測には図1(a)に示したエクリプス光脱離法とダブルプローブを組み合わせる手法を用いた.

 図5(a)はnの径方向分布であるが,負イオンは周辺部に局在化するホローな分布を示しており,周辺部の密度は図5(b)のように〜5 mTorr以上ではガス圧増加に伴い減少した.図5(c)は振動温度のガス圧依存性であるが,中心部に比べて周辺部では振動温度が低いことが判明した.

 負イオンの生成と消滅,輸送を含むレート方程式は,

 dn_/dt=neΣνnH2(vn)αe,H2(Vn)-n_neαe,H_-n_n+α+,H_/τ,(2)

と書ける.ここでαe,H2(vn),αe,H-,α+.H-はそれぞれ水素分子への電子付着,電子衝突脱離,相互中性化反応の反応速度係数であり,最後の項は輸送項である.輸送項はまずは考慮に入れずに後に議論する.図6には式(2)から得られる計算結果を示す.図6(a)のように消滅レートの分布幅は,生成レートの分布幅に比べて狭いため,負イオンは周辺部に存在しており,図5(a)と図6(b)を比較すると4.5 mTorrにおいてはnの分布がほぼ再現されている.ただしこの計算では,中心部でのTvibを用いており,実際には周辺部はTvibが低いため実際には負イオンの生成には寄与できない.式(2)の輸送項を考えると中心部では流出項としてはたらくが,周辺部では流入項としてはたらくため,中心部で生成され周辺部へと逃げてきたものが壊されずに残っている可能性が高い.4.5 mTorrにおいては負イオンの平均自由行程は数 cm以上あり,中心部で生成された負イオンが周辺部へと流出してくる可能性が裏付けられる.

 図6(c)は周辺部におけるnの圧力依存性の計算結果であるが,図5(b)に比べ高いガス圧領域では著しく低い値になっており中心部でのTvibを用いても説明がつかない.このような差を生む原因としては,中心部からの負イオンの流出の影響と共に,非ボルツマン成分の振動励起分子の影響が考えられる.負イオンの輸送を含む粒子輸送シミュレーションに加えて非マクスウェル分布の振動励起水素の寄与の可能性等の定量的な評価が今後の研究課題となる.

5. 結論

 ダイバータ領域での負イオン密度計測法の開発とその評価を行なった.静電プローブ表面のアブレーションの影響を回避する手法の開発に加えて,光脱離信号への磁場の影響を調べるために電子シース厚及び脱離電子の捕集領域の計測法を開発し,ダイバータ模擬装置での適用妥当性を検証した.これらの手法は,ダイバータ領域における適用にも有効な手法と考えられる.

 ダイバータ模擬装置MAP-IIで負イオン密度計測の結果から,MAP-IIにおいてはプラズマ周辺部に負イオンが存在しており,ガス圧増加に対しておよそ電子密度と同程度の割合で減少していくことが明らかになった.計測した振動温度等を基としてレート方程式から算出される負イオン密度との比較から,周辺部の負イオンは主に中心部で生成され周辺部に輸送されてきていると考えられる.

[1] R. Janev, et al.: J. Nucl. Mater.Phys. Scr. T96 (2002) 94.[2] S. Kajita, et al.: Contrib. Plasma Phys. 44 (2004) 607.[3] N. Ohno, et al.: Contrib. Plasma Phys. 41 (2001) 473.[4] S. Kajita, et al.: Phys. Rev. E 70 (2004) 066403.[5] S. Kado, et al.: J. Nucl. Mater. (in press).[6] S. Kajita, et al.: submitted to Plasma Sources Sci. Technol.[7] S. Kajita, et al.: (in preparation)[8] I. Langmuir, et al.: Phys. Rev. 22 (1925) 347.[9] S. Kajita, et al.: J. Nucl. Mater. 313-316 (2003) 748.[10] B. Xiao, et al.: Plasma Phys. Control. Fusion 46 (2004) 653.

図1:ダイバータ領域での負イオン密度計測において特徴的に表れる4つの問題.

図2 (a)ダブルプローブを用いたエクリプス光脱離法の概略図.(b)従来の光脱離法とエクリプス光脱離法

図3 (a)エクリプス光脱離法,(b)フィラメント型加熱プローブを用いた時のレーザーパワー依存性の従来の光脱離法との比較.

図4 エクリプス光脱離法から得られたhとLPDEのプローブバイアス依存性.

図5 (a) 負イオン密度の径方向分布,(b)周辺部での負イオン密度のガス圧依存性,(c)周辺部と中心部での振動温度のガス圧依存性.

図6 (a) 4.5 mTorrにおける負イオンの生成と消滅レートの計算,(b)負イオン密度の計算結果(径方向分布),(c) 負イオン密度の計算結果(周辺部でのガス圧依存性).

審査要旨 要旨を表示する

 国際熱核融合実験炉(ITER: international thermonuclear experimental reactor)などの次期核融合実験炉において周辺プラズマの理解と制御は重要な課題であり,プラズマ対向壁(ダイバータ板)への熱負荷軽減のために,プラズマを壁直前でガス化させる"非接触プラズマ"がITERでの標準運転モードとして考えられている。非接触プラズマ形成の物理機構にはプラズマの体積再結合過程が重要であり,その素過程の一つに負イオンを介した再結合過程の存在が指摘されている。この再結合素過程は理論的な予測がされたものの,実験検証に関しては多くの課題を残しており,負イオン密度の直接的な計測は素過程を解明する重要な手がかりとなりうるものである。ただし,負イオンの計測に広く用いられてきたレーザー光脱離法(LPD: laser photodetachment)をダイバータ領域のような高密度で磁場が存在するプラズマに適用する際にはいくつかの問題が指摘される。本論文は,それらの問題をモニタする手法,回避して計測をおこなう手法の開発を行い,ダイバータ領域での負イオン密度計測法を確立し,さらにその手法をダイバータ模擬装置MAP-IIに適用し負イオンの生成,消滅,輸送過程に関する考察をおこなったものである。

 本論文は5章よりなる。

 第1章は序論であり,研究背景として核融合ダイバータ領域における非接触プラズマ生成の意義,及び非接触プラズマ形成における負イオンの役割について指摘している。

 第2章では本研究の主旨である負イオン計測法であるレーザー光脱離法の原理について説明している。次にレーザー光脱離法をダイバータ領域に適用する際に問題となる以下の4つの問題点を指摘している。すなわち(1)プラズマ中の電子密度揺動に伴うノイズ,(2)レーザーがプローブ電極に引き起こすアブレーション,(3)シース,捕集領域が磁場に沿って伸びることによる悪影響,(4)低温の非接触再結合プラズマにおいてシングルプローブ計測に異常性があらわれること,である。さらに本章では従来のレーザー光脱離法に改良を加え,これらの問題点を回避する手法を提案している。

 第3章では前章で提案した手法の評価を行った結果について述べている。(1)については検出システムに適切なハイパスフィルタを挿入することによって回避できることを示している。(2)についてはアブレーションのメカニズムを解明し,モニタ可能であることが示されている。さらに積極的なアブレーションを回避する手法として,加熱プローブの利用とレーザー光路に影を形成しプローブへの直接照射を防ぐエクリプス光脱離法の開発について述べられている。(3)については(2)のエクリプス光脱離法をシース,及び脱離電子の捕集領域の直接計測に応用可能であることが示され,それを用いて磁場の影響を調べることができることが述べられている。シース厚測定の結果,弱磁場条件で円筒のプローブを用いた場合でもチャイルド・ラングミュア理論による平板シース厚の理論式に近い値が得られており,磁場の影響が示唆されている。

 第4章ではダイバータ模擬装置MAP-IIにおいて負イオンを計測した結果について述べられている。接触プラズマの生成条件と非接触プラズマの生成条件について負イオン密度とその生成に寄与する水素分子振動励起状態の分光測定を同時に行い,負イオンの生成・消滅モデルと計測値が比較されている。非接触プラズマについては問題点(4)を回避するために提案した,電子温度計測にダブルプローブを併用する手法が用いられている。負イオンは周辺部に局在しており,電子温度の高い中心部では電子衝突による消滅速度が大きいことが示されている。接触プラズマの条件においては,振動温度に強く依存していることが示されている。ただし,輸送による損失項を仮定する必要があることも述べられている。それに対し,非接触プラズマの条件では,ガス圧増加に伴う振動温度の減少から予測される負イオン密度と比較して有意に多くの負イオンが周辺部に存在していることが示されている。その理由として,中心部で生成された負イオンが周辺部に輸送される量を流入項として付与しなければならないことが示唆されている。

これらの結果より,電子温度,電子密度の関数である消滅速度が両者の違いに寄与している可能性が高いと結論づけられている。さらに,非マックスウェル分布をした振動励起分布の寄与,及び粒子輸送シミュレーションの必要性が示唆されている。

 第5章は総括であり,結論と今後の展望が述べられている。

以上要するに,本論文では,従来の負イオン計測手法では困難であったダイバータ領域に代表される磁場環境,高密度への適用を可能なシステムが提案・実証され,負イオンの生成,消滅,輸送の寄与が解明されたものである。これらはシステム量子工学,特にプラズマ中の負イオンに関する新たな計測システムの構築及び負イオンの挙動解明に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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