学位論文要旨



No 120093
著者(漢字) 森元,雄一郎
著者(英字)
著者(カナ) モリモト,ユウイチロウ
標題(和) 縮小部を通過する気液二相流の脈動現象
標題(洋)
報告番号 120093
報告番号 甲20093
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6035号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 奥田,洋司
 東京大学 助教授 陳,
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

 将来型の沸騰水型原子炉における安全性、経済性向上のためのコンセプトの一つとして、内蔵CRD(制御棒駆動装置)の研究が進められている。内蔵CRDの設計では、ガイドチムニという縮小部を持った流路の内部を沸騰した冷却水が流れるが、縮小部を持つ垂直流路内を流れる気液二相流の現象についてはほとんど知見がない。特にどのような振動が発生するかについては、これまでほとんど調べられていない。縮小流路を含め異型流路を通過する二相流は、気泡の挙動が流動様式や振動に影響し、その挙動の特性や機構を解明することは工学的に非常に興味深く有意である。

 本研究は、縮小部を持つ流路内を気液二相流が垂直上昇する場合に発生する現象と、そのメカニズムを明らかにすることを目的とし、実験を中心に調査する。

2. 実スケール実験

 ガイドチムニ内で発生する流動現象を調べるため、想定されているガイドチムニのスケールと同程度の大きさの装置、流量を用いて実験を行う。

2.1. 実験方法

 実験装置の概略を図1に示す。体系を構成する配管すべて円管であり、テストセクションは流動様式を確認するために透明なアクリル素材から成る。液相として水を、気相として窒素ガスを使用し、常温常圧下で実験を行う。

 気液二相流は2[m]の助走区間を経た後、テストセクションに流入する。テストセクションの形状として、(A)直径が109から44.5[mm]に急縮小するもの、(B)直径が109から44.5[mm]へ縮小する300[mm]長のレデューサ形状のもの、(C)直径109[mm]の直管、(D)直径44.5[mm]の直管、の4タイプを使用した。

 二相流の流動を調べるため、点電荷ボイドプローブによる局所ボイド率の時間変動測定と、高速ビデオカメラによる撮影を行った。ボイドプローブの測定点とテストセクションとの位置関係を図2に示す。高速ビデオカメラのフレームレートは2000[Hz]、シャッタースピードは1/10000[s]とし、ハロゲンランプによるバックライト照明で撮影した。

 液相体積流量(QL)と気相体積流量(QG)を、それぞれ17〜670、10〜300[l/min]と変化させて実験を行った。なお、これらの直径44.5[mm]管内での見かけ流速は、0.18〜7.2、0.11〜3.2[m/s]となる。

2.2. 実験結果と考察

2.2.1. 観察された現象

 液相、気相の流量を変化させながら、流動様式の変遷を観察した。図3に、テストセクション(A)を用いた場合の縮小部上流における流動様式マップを示す。

 縮小部上流の流動様式がagitated bubbly flowの場合、縮小部下流において縮小部上流には見られない脈動が発生することが高速ビデオカメラ撮影によって明らかとなった。縮小部下流の撮影画像を図4に示す。50〜125[ms]にかけて気泡群が通過している様子が観察できる。以下ではこの脈動現象について詳細に調査する。

2.2.2. 脈動の周波数

 QL =420、QG =30[l/min]とし、テストセクションを(A)〜(D)と変化させた場合における、ボイド率 の時系列変動から求められるPSD(Power Spectrum Density)を図5に示す。図5から明らかなように、縮小部がない直管の流路(C)、(D)では脈動は発生していない。また、縮小部を持つ流路(A)、(B)ではある周波数のピークを持ち、(A)は5[Hz]程度の比較的鋭いピーク、(B)は7〜20[Hz]程度のなだらかなピークを持つ。

2.2.3. 脈動の発生過程

 脈動の発生過程を調べるため、テストセクション(B)を用いた詳細な調査を行う。図6は、QL=420、QG=30[l/min]とした場合の、V1〜V6のPSDを示したものである。レデューサ入り口手前のV1、入り口直後のV2においてはほとんどピークは確認できないが、V3、V4と縮小部を進むにしたがってPSDのピークが大きくなり、脈動が発生、発達している様子が確認できる。

 同じ流動条件にて、レデューサ部分の流動を撮影した高速連続画像を図7に示す。縮小部において小さな気泡は扁平に、ある程度大きな気泡は弾丸状となる(0[ms])。この弾丸状の気泡のすぐ上流にある小さな気泡は弾丸状気泡に吸い込まれるように加速し(1〜2[ms])、そしてついには合体する(3〜4[ms])。より大きくなった弾丸状気泡は縮小流路を通過する過程でさらに広範囲の小気泡を吸い込み、ますます大きくなる。縮小部を通過し直管部に進入した気泡は崩壊し気泡群となって上昇し、図4で観察された脈動となる。

2.3. まとめ

直管では脈動を示さない流動条件の気液二相流が、縮小部を通過することで脈動現象を起こすことを発見した。またこの脈動が縮小部を通過するにつれて発達する様子を、ボイド率変動のPSD、高速ビデオカメラによる観察によって明らかにした。

3. 可視化実験

 縮小部を通過する気液二相流を、Dynamic PIV と投影法を用いた高速同時計測により計測し、その流動を明らかにする。

3.1. 実験方法

 実験装置の一部と可視化計測システムの概略を図8に示す。トレーサとして蛍光粒子を混入した水を上方へ流し、そこへ窒素を注入する。二相流となった流れは縮小部を持ったテストセクションを通過する。そこでの気泡輪郭を投影法を用いて、液相の速度ベクトル場をDynamic PIVを用いて計測する。投影法には赤外線レーザを、PIVにはNd:YLFレーザを用いた。各レーザとカメラのタイミングを2000[Hz]で同期させ、フレームストラドリングを用いて150[μs]間での変動を高速計測する。テストセクションの形状は奥行き2[cm]で一定とし、5から2[cm]への縮小レデューサ形状のもの(A)と直線で縮小部がないもの(B)を用いた。気相の注入は電磁バルブを用いてパルス的に制御し、液相体積流量(QL)を50、70、120[l/min]と変化させて実験を行った。なお、このとき縮小後の液相見かけ流速はそれぞれ2.1、2.9、5.0[m/s]である。

3.2. 実験結果と考察

3.2.1. 解析結果

 PIVによって得られた速度ベクトル場の解析結果を示す。図9はテストセクション(A)を用い、QL=70[l/min]とした場合での液相速度ベクトル場と気相位置を表したものである。図中の黒実線は流路を、赤い矢印は液相速度ベクトルの大きさと向きを表し、緑の部分が気相存在位置を表す。図9からわかるように大気泡と流路壁面の間の流速は小さく、大気泡上流は流速が大きく向きが乱れている。

3.2.2. 規格化速さ分布と気泡形状

 縮小部がある場合(テストセクション(A))とない場合(同(C))での液相速度ベクトル場を比較する場合、図9のようなベクトル図のままでは議論するのは難しい。なぜならテストセクション(A)の流路内では流路が縮小する事により液相速度が大きくなり、また速度ベクトルの方向も流路中央にかたむいているからである。

 そこで気泡周りの液相速度ベクトル場が気泡によってどのように変化するかを調べるために、規格化速さVstdを定義する。

なお、〓は点(x,y)、時刻tにおける液相速度ベクトル、〓は気相を注入しない場合における〓の大きさの時間平均を示す。Vstdを用いることで流路形状の影響を排し気相により受ける液相速度ベクトルの影響のみを議論することが可能となる。

 図10は、縮小部あり、なしの場合それぞれについてVstdの分布と気泡位置を示したものである。図10からわかるように、縮小部内の気泡上流のほうが直線部の気泡上流よりもより大きな影響を受けている。気泡による液相の加速は大きく、またその影響範囲も広い。定量評価すると、それぞれおよそ2倍である。

 これは気泡の形状と変形による、液相の渦の生成に起因するものであると考えられる。直線流路を上昇する気泡形状はほぼ長方形をしているが、縮小流路を上昇する気泡は裾が広がった三角形をしている。液相より気相のほうが上昇速度が相対的に速いため、液相が気泡の後ろ側に回り込むことになる。この際に縮小流路中の気泡の方が大きな渦を形成させる。また直線流路を上昇する気泡は形状変化しないが、縮小部を上昇する気泡は縮小部出入り口で急激に形状変化する。以上の2つの要因により、縮小流路内気泡の方が直線流路内気泡に比べて液相加速の割合が大きく、範囲も広い。

3.3. まとめ

 縮小流路、直線流路を通過する気泡と気泡周りの液相速度ベクトル場を可視化した。その結果、縮小流路を通過する気泡上流の方が直線流路を通過する気泡より、液相流れ場を加速させる影響が大きいことが確認された。

4. 脈動発生モデル

 2、3章の結果より、縮小流路を上昇する気液二相流の脈動発生について以下のようなメカニズムが考えられる。

 縮小部に進入した気泡は形状を変形させ、その上流の液相がより速くなり、また加速される範囲も広がる。するとそれまで離れた位置に存在していた他の気泡が液相の加速に応じて加速され、下流の気泡に近づき合体する。合体して大きくなった気泡はより広範囲の液相を加速させ、ますます多くの気泡を引き付ける。以上のような過程を経て、縮小部にて気相の多い部分と少ない部分が発生し、脈動現象となる。

5. 結言

 縮小部を通過する垂直上昇管内気液二相流の流動について、実験的に調査した。ガイドチムニを模擬したスケールでの実験にて、縮小部を通過することで脈動現象が発生することを発見した。また可視化実験にて、縮小流路を通過する気泡の方が直線流路を上昇する気泡よりも上流の液相をより大きく加速し、その範囲も広いことがわかった。この結果に基づき、脈動現象の発生モデルを提案した。

図1 実スケール実験装置

図2 テストセクションとボイドプローブの位置関係

図3 流動様式線図

図4 気泡群通過時の連続画像

図5 テストセクションによる脈動の変化

図6 レデューサ内での脈動の発達

図7 縮小部を通過する過程で気泡が合体する様子

図8 可視化実験概略図

図9 液相速度ベクトル場と気泡

図10 気泡の影響を受ける液相速度ベクトル場

審査要旨 要旨を表示する

 沸騰水型原子炉の安全性・経済性を向上させるこれからの概念の一つとして、内蔵CRD(制御棒駆動装置)の研究が進められている。内蔵CRDの設計では、縮小部を持つガイドチムニと呼ばれる流路を沸騰した冷却水が流れる。ガイドチムニの構造安全性・炉心の冷却安定性を確保するには、縮小部を持つ流路内の二相流に関する知見、特にその安定性に関する知見が不可欠である。本論文は縮小流路内二相流に脈動が発生することを発見し、その性質や発生機構について調べたものである。

 第1章は序論であり、まず研究の目的や背景についてまとめ、本論文の位置づけを明確化している。次いで、縮小流路を含む異形流路内二相流、大口径管内流を含む二相流一般の既往研究をまとめるとともに、脈動現象発生機構解明に必要な計測手法の現状を述べ、特に本研究において重要な役割を果たす可視化計測手法の現状をまとめている。

 第2章では実機で用いられる内蔵CRDガイドチムニとほぼ同スケールで実施した実スケール実験について述べている。作動流体としては水道水と窒素ガスを使用し、圧力はほぼ大気圧である。縮小部上流の流動様式線図がほぼ既往研究と一致することを確認した後、上流ではagitated bubbly flowの領域で脈動が見られない条件においても縮小部下流では脈動流となっていることを発見し、以下ではこの現象に絞って検討を進めている。まずその特性を明らかにするため、多くのパラメータを変化させた実験を実施している。上流がスラグ流であるときは、その脈動の影響が縮小部下流にも伝わるが、この場合周波数は上流のスラグ流のそれとなる。一方、本現象ではガス流量の影響をもっとも強く受け、流路体系等で固有に決まる周波数を持つことから、明らかに上流がスラグ流のとき発生する脈動とは異なる現象である。急縮小ではなくレデューサを用いても発生するが、縮小部を進むにつれ脈動が成長している。次いで、このような特性を基に、発生機構に関する仮説を提唱している。agitated bubbly flowの領域においても気泡の大きさにはばらつきがある。大きめの気泡が縮小部で他の気泡を引き付け、合体して大きくなった後、縮小部出口で分裂する。合体による大きな気泡が間歇的に生じるため、脈動が発生するというものである。

 第3章では、可視化実験について述べている。これは実スケール実験の結果から導いた脈動発生機構に関する仮説を確認するために実施したもので、扁平なレデューサ流路を用いる。ここに水道水と比較的大きな弾丸形の窒素気泡を流し、液相流れの速度ベクトルをダイナミックPIV(粒子画像流速測定法)で、また気相と液相の境界を投影法で、高速同時計測している。その結果、液相の速度は大きな気泡の直後で非常に大きく、これが後方の気泡を引き寄せていることを実際に示した。後方気泡の引き寄せには縮小部での気泡の変形が大きな役割を果たしていることも明らかにしている。この結果から、脈動発生機構についての仮説の主要部を確認できたとしている。

 第4章は結論で、本研究の成果をまとめている。

 以上のように本論文は内蔵CRDの採用で生じる縮小流路内の二相流について研究し、条件によってはこれまで知られていなかった種類の脈動が発生することを明らかにするとともに、その発生機構について調べたもので、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク